souls game

文月

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20.正しい距離。だけど‥もどかしい距離。(side 梛木)

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「柊の兄ちゃんの声、楠嫌いなんだね」
 資料室でパソコンを打つ楠を見ながら‥つい呟いたら、いつもは作業の手も止めない楠が手を止めて俺を見た。
「嫌いというか‥抗わなきゃって思う。自分の感覚が少しでも自分から離れるのって‥不安なんだ。
 だから、お酒も飲まない」
 ああ、酔って記憶がなくなる人いるよね。俺が納得して頷く。
「‥そもそも、一緒に飲む人もいなかったし」
 っていう楠の「ボッチ自慢」はスルーしておいてやることにした。
「楠はあの声に‥惑わされそうになってるってこと? 」
 魅了作戦成功してんじゃん、柊の兄ちゃん。
 俺がそう言うと、楠は
「あれは‥ダメだね」
 って苦笑いした。

 聴くものを虜にする声と、笑顔。
 それは、さながら魔性の様だ。
 人を夢中にして、虜にする。

「あの声は、後天的なものなんだろう」

 楠がそう言った。
 柊の兄ちゃんの声にゾクっと来るのはその「魔性の声」の「意図」に気付いてしまうから。‥それに抗おうって思うから。楠にはその力があるし、その意思がある。
「きっと、僕だって油断したらふらって来ちゃうと思うよ? だけど、そうなったら誰が柊さんを止めるのさ。
 僕だけは冷静でいないとね」
 楠が苦笑いした。
「後天的? 」
 ゴクリ‥とつばを飲んだ。
「うん」
 楠が頷く。

 自然にではなく、故意に。
 柊の兄ちゃんは、故意にその手段‥方法を身に着けた。

 だけど、それは「欲望」ではない。ただ、精神の安定を得るために。
 「獲物」をおびき寄せて、捕まえるために。獲物に対する愛情はない。ただ、抱けば‥少しはこころが落ち着くから。そのちょっとの精神の安定のためだけに‥柊はあの声やら仕草‥笑顔を身に着けた。

 柊の兄ちゃんはひたすら、自分の精神の安定を望んでいる。(ただそれだけを望んでいる‥)

 ‥悲しくなった。
 柊の兄ちゃんの孤独や苦しみを想像して‥こころが痛くなった。
「‥だけど、今は楠がいるから、柊の兄ちゃんは‥安心だね」
 誰彼構わず誘わなくたって‥。もう、寂しくない。きっと。
 言ったら、楠が苦笑いした。困ってるような、苦しそうな‥いつもの微笑。
 嫌って言えない楠のいつもの笑顔。
 俺の心臓がバクリと一つ大きく鳴った。

 ‥あ、今、俺‥楠に無責任に全振りしようとした。楠なら何とかしてくれるって思ったから‥。

 楠が断らないの知ってるから‥。
 これじゃ、まるで無責任で、思いあがったガキだ。

 ‥昔、俺が「普通に」あの人たちの息子だったとき、俺はあの人たちは何でも「何とか」してくれる人だって思ってた。
 だって、二人は俺の両親なのだから。
 親なら当たり前にそうしてくれるんじゃない? って思ってたんだ。
 本ばかり読んでたのは、他に何もすることがなかったから。退屈だったから。
 それと‥心配して欲しかったから。
 いつも仕事でいなかった母親に、ある日俺はわざとあの時には絶対読めなかった様な難しい本を強請った。入手が困難な専門書。困らせたかったのと、あと‥
「全く! 本ばっかり読んでないで、今日はドライブにでも行こうか! 」
 って‥言ってくれるのを期待したから。なのに‥
 俺の手には次の日にはその本が渡されていた。
 立ち尽くした俺。その顔を見て、あの人は一瞬何かを言おうとして‥でも、言えずに忌々しそうに立ち去った。
 そっと追いかけた俺は、あの人が座り込んで
「どうしろっていうのよ‥っ! 親だからって期待しないで‥! いい親ってどうやってなればいいのよ‥っ! やってるじゃない、私だって! 気にもかけてるし、お金も掛けてるのに‥っ! 」
 って泣いてるのを見た。

 苦しそうで、‥それ以上に「俺の事憎くて仕方がない」って表情をしてた。

 ああ、無償の愛は黙ってても得られる‥なんて甘い考え捨てないといけないな‥そう思った。
 ‥もう、期待を裏切られるのはまっぴらだ。
 それに‥かってな期待をされる側にとっても迷惑ってもんだ。母さんが苛立っても‥無理はない。
 甘えるのは‥よくない。
 そんなことを‥今まで俺は忘れてた。

 ‥楠の傍があんまりにも居心地がよかったから‥。
 俺が、「何でもない」「ごめん」って言おうとしたタイミングで、暫く黙っていた楠が口を開いた。
「‥柊さんは分かってると思うよ。‥僕との距離の取り方を。本能でね」
 そして、なぜか、そう小声で言った。内緒話、的な感じ? ‥小声で言った楠の真意は分からない。だけど‥なんかそれが妙におかしかった。
 俺は頭を上げて楠の顔を見た。
 楠は、困った様な顔をしていた。
「本能? 」
 俺は首を傾げて楠に聞き返す。楠はもう一度頷いて、やっぱり小声で
「一緒にいるだけしか出来ない。近づきすぎたら、水をかけすぎたら、火は消えるでしょ? 」
 真面目な表情で、俺に言い聞かせるように言った。
 ‥きっと、柊さん、梛木にそんな弱い所見せたくないと思ってるよ。ってもっと小声で俺に言った。

 水をかければ火は消える。それは当たり前。楠は、「燃やしたりするのは良くないから、あくまで調節する位のこと。消えてしまうまでは、いくらなんでも行き過ぎ」って思ってるのだろう。だけど‥柊の兄ちゃんは‥多分‥

「‥消えても、いいんじゃない? 」
 ぼそりと思わず呟いた言葉が、自分でもぞくりとする位‥冷たい声で、自分のことなのにびっくりして、思わず口を覆った。
「柊さんはそれを望んでいない」
 楠は、ただ首を小さく振って答えた。そして、小さく‥ほんの小さくため息をつく。
 楠だって、柊の兄ちゃんの「危うさ」に‥ホントは気付いているんだろう。
「‥消えてもいいって思う気持ち‥。‥俺とちょっと似てるから、なんか分かる」
「似てる? 」
 楠が驚いた顔で俺を見る。俺の話がここで出て来ると思っていなかったんだろう。
 俺が楠に頷いて「大丈夫だよ。今は」って笑う。
 (笑ったのは)楠を安心させたかったから。だけど、楠は(当たり前だけど)安心したような表情にはならなかった。
 依然心配そうな表情で俺を見ている。
「‥境遇がね。似てるかなって。俺って家庭に恵まれなかったんだよね。両親は居たけど、俺に無関心でさ。‥ネグレクトされてた。柊の兄ちゃんもそうだったみたいでさ」
 言ったら、余計に心配そうな表情になった。そういえば、楠に自分の境遇を話すのは初めてだ。楠は俺に色々聞いてきたりしないから、なんか聞かれないのに話すのも変かなって、今まで話したことなかったんだ。
 それは、柊に対してもそう。
「前に、柊の兄ちゃんが言ってたんだ。柊の兄ちゃん、楠にも聞いて欲しいって言ってた。‥自分の事知って欲しいんだって」
 って言った。
「僕に? 」
 楠が何度か瞬きして‥首を傾げて、
「‥そっか‥」
 って眉を寄せた。


 ‥僕は、もっと柊さんに向き合わなければいけないのかもしれない。

 傍にいる、それだけではなく。
 もっと話を聞いたり、‥向き合っていかなければいけないんだ‥。
 今まで人と向き合ってきたことなんかない。
 それは、僕にとって、とても難しいことだった。
 だけで、今まではそれでよかった。誰も、僕なんてどうでもよかったから。
 でも、天音ちゃんは言った「力が強いものは、自覚して力を使わなければならない。‥無意識で、「知らなかったから」ではすまない」と。それから「柊さんの成長に追い付けないようではいけない」もっと力をつけねばいけない。と。
 ‥力のつけ方なんて、正直分からない。だから、‥柊さんが不安になって力を暴走させないように、傍にいてきたつもりだ。
 でも、「聞いて欲しいって言ってた」って梛は言ってた。
 僕は、柊さんにちゃんと向き合えていないの? どこまで、向き合えばいいの? 
 どのくらい、‥柊さんは不安なんだろう。‥不満なんだろう。
 僕にはそれが分からない。
 そして、柊さんにも、きっと。


 楠が思いつめた顔をしている。きっと、楠のことだから、自分を責めて色々考えてるんだろう‥。
 俺は苦笑いして、
「‥俺だってね。興味本位で聞いてくる人とそうじゃない人の見分け位つく。‥たとえ子供でもね。そして、それは柊の兄ちゃんについても言えるってこと」
 って言った。楠が黙ってこくりと頷く。
「俺は別に聞こうと思って聞いたんじゃないんだ。柊の兄ちゃんの話。ホント偶然さ。柊の兄ちゃんの顔をみちゃってさ、何で隠してんの? って聞いたらその時兄ちゃんが‥母親が嫌がるから隠してるんだ、みたいなこと教えてくれたんだ。‥その後、家でのこととかさ、ちょっと聞かされた。
 柊の兄ちゃんにとっては辛いことだろうって思うのに、そんな感じじゃなくて、まるで他人事みたいに話してくれたよ」
 俺が言うと、また楠が頷いた。
「そっか‥」
「楠は、優しいからさ、心配してくれてるのは分かるけど‥俺はさ、楠に隠しておきたい過去なんてない。きっと、それは柊の兄ちゃんも同じだと思う」
「優しいんじゃ‥ない。僕は、人との距離の取り方が分からないだけなんだ」
 間違いじゃない。土足で人の領域に入り込むのは‥良くない。
 だけど、それは人によるじゃない? 楠なら俺たちはいいんだ。

 楠から距離を取られる方が‥俺たちにとっては辛いんだ。
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