souls game

６．僕の分かると柊さんの分かる（side 楠）

　ここに来て、僕は焦っていた。

　いい加減「何となく」とか曖昧な感覚で物を言うのを止めないといけない。
　じゃないと、僕の「分かる」は人に伝わらない。
　受け取る側に「何となく察してよ」って丸投げするとか、ヨクナイ。

　‥そう思って、僕の「分かる」を具体的な言葉にしようって‥躍起になってありとあらゆる本に目を通した。
　心理学、脳科学、哲学‥関係ありそうなものは片っ端から。
　学校にも通い始めたから、学校の図書館の本もあさったし、公共の図書館にも行った。特に学校の図書館はいい。Collegeじゃなくuniversityだから、色んな分野の書籍が揃っている。詳しくはなくても、幅広い分野の本があれば掘り進めるきっかけにはなる。きっかけさえつかんだら、その分野の他の本を検索したりできるし、「これとかいいかも？　」って本は取り寄せて読んだりもした。他の図書館の論文だって請求することが出来るんだ。
　ただ、買いはしない。不確かなものにお金を出せるほど僕はお金に余裕がなかったから。
　大学院には講義を受けに行くっていうよりは、ゼミを受けて、論文の下準備をしに行く。修理論文の文献を漁るだけじゃなく、調査をしにいったり、時には実験をしたりもする。働きながら‥ってのは全然簡単なことではない。学校に行ってることによって会社に絶対的に迷惑をかけている。だけどそこは「働き方」だ。僕はオンライン中心の働き方を選択している。ゼミ以外は、大学院での講義（講義も何個か取っている）よりオンライン会議を優先する。時間的にキツイけど、自分で決めたことだし頑張ろうと思う。いつか、この会社に大学院で学んだことが還元できるように今は精一杯やろうって思っているんだ。

「易‥経？　」
　関係ありそうかもって受けた授業『異常心理学』でたまたま取り上げられたのがこの教材だった。
　そもそも、普通、異常心理学なる学問がどういう学問かかは、専門家ではない僕は分からない。パソコンで調べてみたら、『社会的判断と主観的判断の食い違い‥』みたいなことが書いてあって「分かるような分からない様な‥」って気になった。いや、言ってることはわかるんだ。だけど、なんでこの先生が『異常心理学』の授業の教材に『易経』を用いたのかがわからないんだ。今は分からないけど授業中に説明してくれるのかな？　って思ったけど‥聞き逃したのかもしれないが結局分からなかった。
　だけど、‥何故かこれを手に取った。「なんか‥気にかかる‥」って直感でそう思ったんだ。
　『易経』上、下
　岩波書店の文庫サイズの本２冊。たかが文庫本２冊なのに‥一般的な読み物と違って容易には読めない。
　これは、教科書だ。それも、万人が理解できるようにと親切に「分かりやすく」書かれたものとは違い、僕のような基礎知識のない者が読むのには難解な部類の‥。

　易とは、八卦のことだ。
　八卦とは易学の８つの基本的な象徴のことで、卦は、陰（--）と陽（ー）の爻《こう》を三つ組み合わせた三爻により出来ている。
「２種類の記号を３つ合わせたものの組み合わせは、２×２×２で８それは当たり前だな。で、それらにはそれぞれ☰（乾） ☱（兌） ☲（離） ☳（震） ☴（巽） ☵（坎） ☶（艮） ☷（坤） という名前がついている‥」
　つまり組み合わせだ。そして、さらにそれを２つ組み合わせたものが８×８＝６４で６４卦となる。初めの３つが内卦（ないか）、組み合わせた３つが外卦（がいか）というらしい。
「なんで、３つなのか‥とかも意味があるんだろうけど、別に僕は八卦の専門家になるわけでは無い。そこは勘弁してもらおう。あくまでも‥ただ、僕の「分かる」を言語化する上で利用できそうって思うから、参考にさせてもらうだけだ。つまり、道を究めるために理解するわけでは無く、利用する為に理解する‥努力をする、いわば「なんちゃって自己流八卦」だ‥」
　深い意味は分からなくても、お約束として学ばなければいけないことは学ばなければいけない。

　お約束①　６本の爻の呼び方。
　陰爻は六、陽爻は九であらわす。爻は初、二、三、四、五爻、上‥と下から順番に数え、例えば一番下の爻が陰ならば初六、陽なら初九という。

　お約束②　６本の爻の陽位、陰位と「正」と「不正」
　初、三、五が陽、二、四、六が陰であるのが「正」である。
　つまり、初爻が陽位、二爻が陰位、三爻が陽位、四爻が陰位、五爻が陽位、上爻が陰位というのが「正」で、それに外れるのは「不正」であり、良くない。
　また、二爻（内卦の真ん中）と五爻（外卦の真ん中）を「中」といい、中が「正」なことを「中正」といい、中が「不正」なのを「中不正」という。
「じゃあ 内卦は☲（離）以外良くないって訳か？？　で、外卦は陰、陽、陰だから‥☵（坎）か。内卦離、外卦坎ってじゃあ最強ってこと？　しかも、中正だし！
　ええと‥「きせい」‥なんだろ、この字。現在の漢字だと「既済」か。きっと、スペシャルいいことが書いてあるに違いない。‥まだ勉強の途中だけど、それだけ見てみたい‥
　ことが既に済んだ状態。初めは吉だけど、最後には乱れる。
　‥全然良くないじゃないか。いや‥普通、いいのが普通じゃ‥？　だけど、占いってそういうもんかも。
　今がいいからって調子に乗んなやってことかな？　」
　だけど‥けっこうここで挫折した。
　解釈‥。解釈って難し過ぎる‥っ！　全然数学じゃない。
　法則性があるところは数学っぽいけど、その解釈は数学だけじゃない。（だけど、法則性があるから数学だともいえる‥）

「そういや‥内卦坎、外卦離は反対に最悪って感じなんだけど‥これはどういうことが書いてあるんだろ。
　未済
　ことが未だ完成していない状態。火の下に水があっても意味がないから、君子は正しい位置に置くように努めろよ‥って感じかな？　‥現在語で解釈を書いて欲しい」
　
　そんなこんなで、僕は早々に「正しく八卦、六十四卦を理解する」ことを諦めた。だけど、‥何か心に引っかかってこれを完全に捨ててしまうことが出来なかった。

「それと‥、八卦だけじゃなく、六十四卦ってのがいいよね。同じ組み合わせでもどっちが内卦でどっちが外卦かってことで変わって来る。それも‥いい。なんかよく分からないけど、とてつもない可能性を感じる」

　何がいいって今ははっきり「分からない」けど、なんか、いい。

　取り敢えず今は‥それでいい。
　結局僕はこうなんだ。
　積読って昔流行ったよね。
　そのうち読むかもしれないから、積んでおく。
　あれ。
　僕はね。‥何でも集めてしまうんだ。
　集めたことで安心するし、‥集めないと不安になるんだ。
　自分が何も考えられないことに不安になって‥考えてる時だけ、自分が生きてるって気がする。
　‥自分が生きてるって安心する。
　
　常に「分からない」ことに囲まれて、あれこれ考えることで安心する。
　考えていることで、自分が生きてることを実感できる。

　何も考えることがない無の状態。
　それはきっと‥何よりも不安定で‥不安な状態だろう。

　普段はあんなに考えなしなのにね。
　考えなしに‥人（柊さん）を拾い、何の根拠みなく「何とかなる」って思ってる。
　なんでもかんでも‥何とかしたいって思ってしまう。
　‥考えればさえ、何とかできるって思うし、それと同時に「考えることが出来た」って‥そんな風にも感じる。
　何とか出来るなんて思うのは、傲慢だし、人の人生を‥まるで暇つぶしの種みたいに考えるのは‥言語道断だ。
　‥だけど、それが正直な気持ちなんだ。
　そんな自分が‥たまらなく嫌になる。
　だけど
「人は善ではないし、人が理解できることも全ではない。
　そう常に自覚して、こころに言い聞かせている。
　人は不完全で、だけどだからこそ‥それを補うために努力することが出来るし、善ではないと自覚しているから、善であろうと努力できる。
　‥何にも増して、「現状の理解、把握」と「状況の向上、努力」は大切だ」
　って思うんだ。

「努力する価値があるかどうか位は‥「直感」で感じ取れるんだよね。
　‥僕の介入を相手‥柊さんが望んでいるかどうかも。‥それ位はね」
　相手の気持ちが一番大事でしょう。
　自分の「そうしたい」って気持ち以上にね。

　たった一人でいい。自分の手で、誰かを幸せにしたい。

　そう願っていたはずなのに、‥今までの僕は、ただ怖がらせたくないって思うことしかできなかった。
　この見た目のせいで‥僕は人を随分怖がらせてきた自覚があるから‥。
　嫌われるのは確かに嫌だったけど‥それ以上に人に怯えた顔をさせる自分が許せなかった。
　だけど、
　柊さんは‥

　もしかしたら、僕が唯一幸せに出来るかもしれない人かもしれない。

　‥なんとなくね、柊さんを見た時‥そう思ったんだ。