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3.捨てた過去(side 柊)☆ ※ 本編と殆ど同じです。本編よりちょっと「キモチワルイ」です。ご注意ください。
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俺は、あの家の息子でありながら、両親に忌諱されていた。
陰陽師を生業とする名家‥だけど、そう一族から能力者が出るわけではない。だから、一族は、他から能力者を招き入れた。養子という形をとっているから、苗字は同じ。だけど、「純粋」に拘る古い一族はよそ者を受け入れにくい。だから、純粋な一族を「表」能力持ちの養子を「裏」と分けることにした。
そんな中、俺が生まれた家は、「表」だった。そして、若いながらも父親は伝統を重んじる堅物で、母親はそんな伝統に憧れ、そういう名家に嫁に来たことを誇りに思っていた。そんな普通の夫婦の間に俺は生まれた。
西遠寺 隆行
それが、生まれた時俺が付けられた名前だった。
黒髪と黒目の母親と父親。だけど、生まれて来て目が開いた俺を見て母親は「ぎゃ! 」って叫んだらしい。
獣のような、金色の目‥。今でこそ、琥珀色になったが、生まれたばかりの俺は亜麻色の髪と金色の鋭い目をした、それこそ‥獣のような子供だったらしい。
成長するにつれて、俺は少しのことでも癇癪を起す子供になり、両親はすぐ下に生まれた弟を守る為に、俺を隔離して育てた。もう少し成長したら落ち着く、もう少し成長したら‥。そう母親が僅かな望みをなかなか捨てられなかったのは、俺の顔が自分に似ていたことと、俺の頭が良かったからだった。
この顔、この利発さ。
成長すれば、「表」の当主に成れるかもしれない。
自分たちの産んだ子供が一族のトップ‥当主になれるかもしれない。いや、貴方は絶対なるに違いない。きっとなりなさい。幼い俺に、何度も母親は話しかけた。まるで、呪文の様に、だ。
そんな望みを抱く程、俺は利発で見目麗しい子供だったらしい。今は弟にその夢を見ているようだけど、‥弟は俺から見ても、平凡だ。
父親に似て整ってはいるが平凡な顔。母親に似て、平凡な頭。そして、‥両親の夢を一笑に付して終わらせてしまえない様な‥優しい性格。
黒髪で黒目の平凡な子供だ。
両親に見捨てられ、隔離されている兄に興味本位で近づいては、ちょっと恐れた様な表情を向け、そして、両親の自分に向けられた愛情を再確認する‥そんな「子供らしい姑息さ」を持った「普通の子供」。そう、弟はどこからどこまでも、平凡だったんだ。‥俺さえいなかったら、両親は弟に過剰に期待なんかしなかっただろう。‥表の当主にしようなんて望み‥持ちはしなかっただろう。
プライドばっかり高い彼らにとって、狐憑きって言われる程に癇癪持ちな俺は、隠して、表には出したくない‥隠匿したい存在だった。
だけど、俺は別に、彼らの顔色を伺って、機嫌を取って生きることを強いられてきたわけではない。彼らもそれを俺に強要したりしない。
ただ、目障りだから、自分たちの見えないところで生きていてくれろと言われているだけ。隠匿したいって感情のまま、監禁されてきただけ。別に、虐待されているわけではない。
母親は、俺を毛虫や蛇の様に嫌い、父親は俺に対して世間体を気にしてだろう、形ばかりの同情とも愛情ともつかない感情を向けた。だが、父親は昔から‥俺のことが苦手で、俺のことを以前は跡取りとして、今は、可哀そうな子供と扱うものの、会いに来たりすることは無かった。
特に俺と目を合わせることはなかった。父親は、俺同様弟が小さい時にもあまり可愛がっていたように思えなかったから、多分子供が苦手なんだろう。そして、その中でも、俺が特別苦手だった、それだけだ。
母親が可愛がっている俺を避けるのは憚られた。だけど、母親の嫌っている俺なら‥。
10歳にもならないうちに、俺は、家族から離されて、家の‥『離れ』に押し込まれた。
本宅の生活スペースから離れ、家の正面からも裏からも見えない‥殆ど隔離されたように設計された俺だけが住む自室は、かって感染性の自分の病が家人にうつることを懸念した先代の隠居がつくらせた部屋だ。そこに、(俺を住ませると決めた時に)専用の風呂と厠がリフォームで増築され、その一角が俺の生活の総てになった。
かって、先代が家族を思いやって作らせた部屋に俺は、家族の愛情を感じることもなくおしこめられたんだ。
だけど、そこは快適だった。
部屋の前には、庭もある。小さな庭だが、縁側から眺めるその景色が俺に季節の移り変わりを告げ、情緒を感じさせた。三食が運ばれ、家庭教師が付き、剣術の指南は、その庭でつけられた。
女中は食事を持ってくる以外、ここに近づきもしない。家族の楽しそうな声が時々聞こえる部屋で、だけど、俺がその会話に加わることは絶対にない。
昼間は家庭教師に勉強を教わる、剣術の稽古をつけられ、素振りをする。(俺のストレスを発散をさせる苦肉の策なのだろうか。素振りをしているときは、三人ぐらいの見張りがついていた。多分、下手なことをしたら、叩きのめされるのだろう)夜は、読書をする。庭を眺める。
それが俺の生活の全てだった。
ろくに日に当たらないので真っ白な肌、艶のある絹のような髪、琥珀の様な瞳。母親にとっては不本意なことだっただろうが、俺の顔は、かって小町娘と言われて男の視線を集めた母親自慢の美しい顔にそっくりだった。
‥父親の整ってはいるが、平凡な顔とは違う。俺の容姿は、非凡ではなかった。人を惹きつけて止まない、魔性の美貌。そして、それは俺の弟で、彼女にとって愛する息子の弟にはないものだった。俺が癇癪持ちですらなかったら、彼女の愛情をその身に集めていたのは、彼女によく似た俺だっただろう。だけど、そうはならなかった。
彼女は、俺の癇癪が本家に知られるのを恐れた。「あの顔は、うちの顔じゃない。彼女の家の顔だ。(癇癪持ちの)息子は彼女の家の血を色濃く受け継いでいるんだろう」って言われることを恐れた。
なんてことはない。
俺は、一族に時折現れる「能力持ち」、‥陰陽師の血を受け継いだ子供だったんだ。だけど、彼女はそのことを知らず、(不運なことに一族の生れである父親も知らなかったのだった)俺に困惑して、俺を持て余した。
こころを病みかけた母親は、俺の前髪を、顔を隠すほど伸ばさせて、俺の顔が他の者に見えないようにした。
だけど、隠していても、知られる。幼い頃から俺を見てきた家人(古くからの使用人。一族のことをよく知っている者が多い)も多い。
家人たちにとって、俺は、隠匿された手負いの美しい獣だったらしい。(同衾した女中がうっとりとした顔で教えてくれた)
普段は、誰も俺の癇癪を恐れて俺に近づくことすらないんだけど、中にはもの好きや‥俺の顔だけに惹きつけられたような若い娘が俺に近づいてくることがあったんだ。
そして、俺に囁きかける。
「おかわいそうな若様。ですが、私だけは、貴方様の味方です」
って。
上目遣いで俺を見上げる。上気した頬で‥ねっとりとした視線を俺に向ける。戸惑い、不快感に首を振った俺をその娘は
「大丈夫ですよ? 私は‥味方ですから」
って言ったんだ。
「お可哀そうに‥どうすればいいのか分からないんですね? お身体は反応なさってるのに」
‥言ってることが分からなかった。
女の視線は俺の股間を見ていた。
反応して‥立ち上がった男性器。それに娘が触れる‥
気持ち悪いのに気持ちいい‥俺は怖くて仕方がなかった。
「大丈夫ですよ‥」
ねっとりとした視線を俺に向ける娘‥。
俺は‥
その時初めて女を知った‥教えられた。
女は俺に自分で持ってきた避妊具をつけてことに及んだ。そして、ことが終わり‥それを外しながら「若様はお綺麗だけど‥若様の子供なんて出来たら‥困りますからね」って冷たい口調で呟いたんだ。
母親は、不肖の息子が使用人の娘と淫行に及んだということを知ったのだろう。
だけど、彼女が本来すべきであろう、息子に社会的責任を問わせる親としての責任、‥婦女子に対する不義理を諫め、息子に相手に対する謝罪を厳命すること‥はついぞ果たされなかった。
俺はその後も、性教育をされた覚えもないし、無責任な行いに責任を取らされたことも、謝罪させられたことも、‥説教されたこともなかった。
その娘が俺の元に来ることは二度となかったけど、俺は悲しいとは思わなかった。
誰でもよかった。
不快感を我慢するのは辛かったが、‥好き勝手触られるのはもっと不快だって思ったから。
ここに来る女中とそんなことがあったのは、それきり‥じゃなかった。皆俺の顔だけ褒め称えて‥うっとりとした視線を向ける。キモチワルイ‥嫌な視線だ‥。
相変わらず母親は何も言わなかったが、ある日、避妊具が置いてあった時には、さすがに嫌な気持ちになった。
知っていて、隠蔽して、そして、忌み嫌い、軽蔑し‥更に忌諱する。
俺という存在自体自分の中から消したいと思っている。
見たくなかったのは、‥隠したかったのは、
自分と同じ顔した息子。
そして、その息子が女と『汚らわしい』行為をしたという事実。
前髪で顔を隠すだけでは到底足りない位、彼女にとって俺の存在は、‥耐えられないものだった。
そんなこと、‥どうでもよかった。でも、何故かあの時、朝からなんとなく気分が良くって、俺は家を出た。
計画性なんて何もなかった。着の身着のまま、自分が持っている全財産(貯金は除く)を持って。長距離バスに飛び乗った。
だけど、駅について、もちろん‥行くところもなくって座り込んだ。今までの高揚感は嘘みたいに無くなってて、気が付いたらいつもの‥不安で不機嫌な自分に戻っていた。だけど、‥楠に拾われた。おせっかいで人がいい楠。あれ以来、彼は俺の総てだ。
楠がいればさえ、それでいいって思える‥否、楠だけは‥絶対に手放したりなんかしない。‥俺から楠を取り上げる者は‥誰であろうと許さない‥そう思った。
陰陽師を生業とする名家‥だけど、そう一族から能力者が出るわけではない。だから、一族は、他から能力者を招き入れた。養子という形をとっているから、苗字は同じ。だけど、「純粋」に拘る古い一族はよそ者を受け入れにくい。だから、純粋な一族を「表」能力持ちの養子を「裏」と分けることにした。
そんな中、俺が生まれた家は、「表」だった。そして、若いながらも父親は伝統を重んじる堅物で、母親はそんな伝統に憧れ、そういう名家に嫁に来たことを誇りに思っていた。そんな普通の夫婦の間に俺は生まれた。
西遠寺 隆行
それが、生まれた時俺が付けられた名前だった。
黒髪と黒目の母親と父親。だけど、生まれて来て目が開いた俺を見て母親は「ぎゃ! 」って叫んだらしい。
獣のような、金色の目‥。今でこそ、琥珀色になったが、生まれたばかりの俺は亜麻色の髪と金色の鋭い目をした、それこそ‥獣のような子供だったらしい。
成長するにつれて、俺は少しのことでも癇癪を起す子供になり、両親はすぐ下に生まれた弟を守る為に、俺を隔離して育てた。もう少し成長したら落ち着く、もう少し成長したら‥。そう母親が僅かな望みをなかなか捨てられなかったのは、俺の顔が自分に似ていたことと、俺の頭が良かったからだった。
この顔、この利発さ。
成長すれば、「表」の当主に成れるかもしれない。
自分たちの産んだ子供が一族のトップ‥当主になれるかもしれない。いや、貴方は絶対なるに違いない。きっとなりなさい。幼い俺に、何度も母親は話しかけた。まるで、呪文の様に、だ。
そんな望みを抱く程、俺は利発で見目麗しい子供だったらしい。今は弟にその夢を見ているようだけど、‥弟は俺から見ても、平凡だ。
父親に似て整ってはいるが平凡な顔。母親に似て、平凡な頭。そして、‥両親の夢を一笑に付して終わらせてしまえない様な‥優しい性格。
黒髪で黒目の平凡な子供だ。
両親に見捨てられ、隔離されている兄に興味本位で近づいては、ちょっと恐れた様な表情を向け、そして、両親の自分に向けられた愛情を再確認する‥そんな「子供らしい姑息さ」を持った「普通の子供」。そう、弟はどこからどこまでも、平凡だったんだ。‥俺さえいなかったら、両親は弟に過剰に期待なんかしなかっただろう。‥表の当主にしようなんて望み‥持ちはしなかっただろう。
プライドばっかり高い彼らにとって、狐憑きって言われる程に癇癪持ちな俺は、隠して、表には出したくない‥隠匿したい存在だった。
だけど、俺は別に、彼らの顔色を伺って、機嫌を取って生きることを強いられてきたわけではない。彼らもそれを俺に強要したりしない。
ただ、目障りだから、自分たちの見えないところで生きていてくれろと言われているだけ。隠匿したいって感情のまま、監禁されてきただけ。別に、虐待されているわけではない。
母親は、俺を毛虫や蛇の様に嫌い、父親は俺に対して世間体を気にしてだろう、形ばかりの同情とも愛情ともつかない感情を向けた。だが、父親は昔から‥俺のことが苦手で、俺のことを以前は跡取りとして、今は、可哀そうな子供と扱うものの、会いに来たりすることは無かった。
特に俺と目を合わせることはなかった。父親は、俺同様弟が小さい時にもあまり可愛がっていたように思えなかったから、多分子供が苦手なんだろう。そして、その中でも、俺が特別苦手だった、それだけだ。
母親が可愛がっている俺を避けるのは憚られた。だけど、母親の嫌っている俺なら‥。
10歳にもならないうちに、俺は、家族から離されて、家の‥『離れ』に押し込まれた。
本宅の生活スペースから離れ、家の正面からも裏からも見えない‥殆ど隔離されたように設計された俺だけが住む自室は、かって感染性の自分の病が家人にうつることを懸念した先代の隠居がつくらせた部屋だ。そこに、(俺を住ませると決めた時に)専用の風呂と厠がリフォームで増築され、その一角が俺の生活の総てになった。
かって、先代が家族を思いやって作らせた部屋に俺は、家族の愛情を感じることもなくおしこめられたんだ。
だけど、そこは快適だった。
部屋の前には、庭もある。小さな庭だが、縁側から眺めるその景色が俺に季節の移り変わりを告げ、情緒を感じさせた。三食が運ばれ、家庭教師が付き、剣術の指南は、その庭でつけられた。
女中は食事を持ってくる以外、ここに近づきもしない。家族の楽しそうな声が時々聞こえる部屋で、だけど、俺がその会話に加わることは絶対にない。
昼間は家庭教師に勉強を教わる、剣術の稽古をつけられ、素振りをする。(俺のストレスを発散をさせる苦肉の策なのだろうか。素振りをしているときは、三人ぐらいの見張りがついていた。多分、下手なことをしたら、叩きのめされるのだろう)夜は、読書をする。庭を眺める。
それが俺の生活の全てだった。
ろくに日に当たらないので真っ白な肌、艶のある絹のような髪、琥珀の様な瞳。母親にとっては不本意なことだっただろうが、俺の顔は、かって小町娘と言われて男の視線を集めた母親自慢の美しい顔にそっくりだった。
‥父親の整ってはいるが、平凡な顔とは違う。俺の容姿は、非凡ではなかった。人を惹きつけて止まない、魔性の美貌。そして、それは俺の弟で、彼女にとって愛する息子の弟にはないものだった。俺が癇癪持ちですらなかったら、彼女の愛情をその身に集めていたのは、彼女によく似た俺だっただろう。だけど、そうはならなかった。
彼女は、俺の癇癪が本家に知られるのを恐れた。「あの顔は、うちの顔じゃない。彼女の家の顔だ。(癇癪持ちの)息子は彼女の家の血を色濃く受け継いでいるんだろう」って言われることを恐れた。
なんてことはない。
俺は、一族に時折現れる「能力持ち」、‥陰陽師の血を受け継いだ子供だったんだ。だけど、彼女はそのことを知らず、(不運なことに一族の生れである父親も知らなかったのだった)俺に困惑して、俺を持て余した。
こころを病みかけた母親は、俺の前髪を、顔を隠すほど伸ばさせて、俺の顔が他の者に見えないようにした。
だけど、隠していても、知られる。幼い頃から俺を見てきた家人(古くからの使用人。一族のことをよく知っている者が多い)も多い。
家人たちにとって、俺は、隠匿された手負いの美しい獣だったらしい。(同衾した女中がうっとりとした顔で教えてくれた)
普段は、誰も俺の癇癪を恐れて俺に近づくことすらないんだけど、中にはもの好きや‥俺の顔だけに惹きつけられたような若い娘が俺に近づいてくることがあったんだ。
そして、俺に囁きかける。
「おかわいそうな若様。ですが、私だけは、貴方様の味方です」
って。
上目遣いで俺を見上げる。上気した頬で‥ねっとりとした視線を俺に向ける。戸惑い、不快感に首を振った俺をその娘は
「大丈夫ですよ? 私は‥味方ですから」
って言ったんだ。
「お可哀そうに‥どうすればいいのか分からないんですね? お身体は反応なさってるのに」
‥言ってることが分からなかった。
女の視線は俺の股間を見ていた。
反応して‥立ち上がった男性器。それに娘が触れる‥
気持ち悪いのに気持ちいい‥俺は怖くて仕方がなかった。
「大丈夫ですよ‥」
ねっとりとした視線を俺に向ける娘‥。
俺は‥
その時初めて女を知った‥教えられた。
女は俺に自分で持ってきた避妊具をつけてことに及んだ。そして、ことが終わり‥それを外しながら「若様はお綺麗だけど‥若様の子供なんて出来たら‥困りますからね」って冷たい口調で呟いたんだ。
母親は、不肖の息子が使用人の娘と淫行に及んだということを知ったのだろう。
だけど、彼女が本来すべきであろう、息子に社会的責任を問わせる親としての責任、‥婦女子に対する不義理を諫め、息子に相手に対する謝罪を厳命すること‥はついぞ果たされなかった。
俺はその後も、性教育をされた覚えもないし、無責任な行いに責任を取らされたことも、謝罪させられたことも、‥説教されたこともなかった。
その娘が俺の元に来ることは二度となかったけど、俺は悲しいとは思わなかった。
誰でもよかった。
不快感を我慢するのは辛かったが、‥好き勝手触られるのはもっと不快だって思ったから。
ここに来る女中とそんなことがあったのは、それきり‥じゃなかった。皆俺の顔だけ褒め称えて‥うっとりとした視線を向ける。キモチワルイ‥嫌な視線だ‥。
相変わらず母親は何も言わなかったが、ある日、避妊具が置いてあった時には、さすがに嫌な気持ちになった。
知っていて、隠蔽して、そして、忌み嫌い、軽蔑し‥更に忌諱する。
俺という存在自体自分の中から消したいと思っている。
見たくなかったのは、‥隠したかったのは、
自分と同じ顔した息子。
そして、その息子が女と『汚らわしい』行為をしたという事実。
前髪で顔を隠すだけでは到底足りない位、彼女にとって俺の存在は、‥耐えられないものだった。
そんなこと、‥どうでもよかった。でも、何故かあの時、朝からなんとなく気分が良くって、俺は家を出た。
計画性なんて何もなかった。着の身着のまま、自分が持っている全財産(貯金は除く)を持って。長距離バスに飛び乗った。
だけど、駅について、もちろん‥行くところもなくって座り込んだ。今までの高揚感は嘘みたいに無くなってて、気が付いたらいつもの‥不安で不機嫌な自分に戻っていた。だけど、‥楠に拾われた。おせっかいで人がいい楠。あれ以来、彼は俺の総てだ。
楠がいればさえ、それでいいって思える‥否、楠だけは‥絶対に手放したりなんかしない。‥俺から楠を取り上げる者は‥誰であろうと許さない‥そう思った。
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