Happy nation

文月

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八章 明日へ

5.馴れ合いは、良くない。

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「ジーファスさん! 新しい魔法教えてくださいよ~! 」
 黒髪黒目の少年が走ってくる。
 ジーファスと呼ばれた異世界人は、目を細めて微笑んでそれを迎える。
 ローブを着て、杖を持った典型的な魔法使いである。
 この春王都に就職した彼は、幸運なことに王城勤務になった。
 王都に就職したからと言って、皆がみんな王都で働けるわけではない。地方勤務だって勿論ある。勤務地が生まれ故郷になることもあるし‥まったく知らない土地でに勤務することもある。
 それは騎士も同じだ。

 ジーファスの初仕事は、地球での魔法使い養成事業の「チューター」だった。
 地球に常駐というわけにはいかない。
 時間差が結局分かっていない地球(※ 多分本腰入れて調べる気がないのだろう)で、長時間滞在することも危険なので、一日数時間何人かの仲間と交代で地球に来ては、チューター‥つまり、魔法の家庭教師をする。
 チューターとして彼は何人かの「生徒」生徒を受け持っていた。黒髪黒目のその少年もジーファスの受け持ちの生徒の一人だった。
「わかったわかった。
 それにしても‥ホントにシマモトは真面目だな! 理解も早いし順応も早い。まるで、生まれつきHappynationの魔法使いだったみたいだな! 」
 機嫌よく微笑むジーファスに褒められ、嬉しそうに微笑む黒髪黒目のその少年は、高校生かもう少し若い位に見える。
 魔法使い養成事業で、あの例の検査機で「魔法使い見習い」に選ばれた子だ。
 魔法の素質があって、性格に問題が無いってHappynationにH認定された‥「無害」枠の少年だ。
 もっとも、「素質がある」っていったってHappynationの魔法使いとは比べるべくもない。あくまで「魔法に対する下地がある」って程度だ。
 魔法に対する下地があって、理解もある。魔法を使うだけの体力もある。
 そしてなにより、
 明るく、素直だ。
 内に籠るタイプに魔法を貸与するのは危険だ。
 俺様タイプにも、だ。
 その点、シマモトは俺様タイプでもなかったし、明るく、普通の「いい奴」だった。
「じゃあ先に練習所に行ってきますね! 」
 明るい笑顔をジーファスに向けると、シマモトは練習所に走って行った。
「ははは」
 笑顔でシマモトの後ろ姿を見送るジーファスの後ろに人が立ったことが気配で分かり、ジーファスが振り向く。
「! 」
 ジーファスは、次の瞬間、がばっていう音が聞こえてくるほど、深々と頭を下げた。

「ジーファス、お前は‥やけに親しいんだな。彼と」
 ふふ、穏やかな表情で立っていたのは、自国の麗しの王‥アララキだった。
 口元に緩やかな弧を描かせ艶やかな微笑を浮かべた麗人が、穏やかな口調で言う。
 ‥眩しい‥そして、‥麗しい。
 自国では、拝顔に賜ることすら出来ない様な身分のお方である。
 いくらHappynationが身分に対して厳しい国ではないといえど、一介の新人魔法使いがそうやすやすと王と謁見できるわけがない。
 ‥そもそも、会う理由がない。

 ‥初めてこんなに近くで見た‥。しかも、俺の名前をご存じでいらっしゃる‥。

 ジーファスは、めちゃめちゃ感動していた。
 なんてことない。さっきシマモトが「ジーファスさん」って呼んでたのを聞いていただけの事だ。
 カチンカチンに固まるジーファスにアララキは「楽にしていいよ」とフランクに微笑みかけた。
「シマモトですか? 親しいというか‥。あいつは真面目で熱心だから、つい、肩入れしてしまいますね」
 恐縮しながら、ジーファスが言った。
 アララキは穏やかに頷き、
 しかし、次の瞬間
「馴れ合いは、‥良くない。僕たちとこの国の人間は‥まったく別ものだ」
 今までと一転、その表情を硬くした。
「‥は! 」
 ジーファスは一瞬固まり、ますます恐縮して深くお辞儀した。


 ‥アララキも人が悪い。
 可哀そうに新人君は、すっかり恐縮してしまっている。
 ‥アララキはサカマキに対して以外、そう愛想がいい人間でもないんだ。


「魔法は、この世界にはないものだ。‥この世界に、魔法が根付くことはないし、本当の意味で、この国の人間を信じる必要も無い」
 恐ろしい程の美形の無表情は恐ろしい。
 更に怒っていると‥否、ちょっと注意しているだけでも、本人が思っている‥その100倍は怒っている様に見える。
 それどころか、普通に笑っているだけなのに‥なにか企んでるように見えるんだ。

 ‥美形っていうのも、大変だ。

 で‥今のアララキは、新人にちょっと注意をしているだけだのに‥
「は! 」
 目の前の新人は、もう‥涙目だ。
 だが、アララキは容赦ない
「そこら辺を‥忘れてはいけないよ」
 そうダメ押しの様に‥念を押した。
「は‥はい‥!! 」
 俯いたまま、新人の彼は喉から絞り出すように返事をした。
 もうちょっとメンタルが弱い奴だったら、次の日には辞表書いてるかもしれないってレベルでビビっている。
 そうならないのは‥
 彼が下っ端で、そうそう王に会う用事はないってことと、王城の給料その他待遇がいいからだ。
 生まれ故郷を、皆の期待を背負って出て来てるわけだしね。そう、しっぽ丸めて帰ることなんてできないんだ。

 ふう‥
 その更に後ろから、小さくため息が聞こえた。

「アララキ。何をお前は威嚇してるんだ。‥怯えてるじゃないか。まあ、だけど‥それは本当だ。俺たちと彼らは住む世界が違うんだからね」
 
 呆れた様な顔でアララキを見るのは、彼の幼馴染で、最近結婚を自国で(一方的に)公開された彼の妻である、‥歴代最強の元高位魔法使いであり、今は筆頭魔法使いの‥サカマキだった。
「サカマキ! 」
 アララキの顔が破顔する。
 ぱっと、花が咲く様な微笑みをその秀麗な顔に浮かべる。
 ありえない速さで駆けより、がばっとサカマキを抱きしめるその姿には‥見えないはずのしっぽが見える。

 そう、あれ、犬のしっぽ。嬉しそうにぶんぶんふってるやつ。

 ‥使い古された表現だけど‥、まさにそうとしか言えないって状況だな‥! ‥まさかリアルでみるとは‥。
 新人の彼は、呆然としていた。
 ‥だらしない顔した上司に呆れるっていうより、この世の事って感じがしてない。
 さっきまで絶対零度の顔してた美貌の上司と同じ人間だとにわかに信じがたいというか‥変化に対応できないというか?
「? 」
 信じられないのと、なんかいろいろパニックなので固まっていると、
「彼‥彼女は、筆頭魔法使いのサカマキ。僕の奥さんだよ。これからは、サカマキの指示に従って動いて欲しい」
 サカマキを抱きしめたままのアララキが説明してきた。
「は! 」
 恐縮した様子で了承したあと、ちらり、とサカマキを見た。
 筆頭魔法使い‥。そういえば、最近そんな今までは無かった役職についた人がいたって聞いていたけど‥。
 こんなに若い人だったとは‥。
 それに、噂の新筆頭魔法使い様は元、高位魔法使いって‥。凄腕の魔法使いってことだよね? ‥そんな風には見えないな~。
 腕も足も細いし、背もそう高くない‥。
 挽き茶色の目がクリっとしてて、ブラウンアッシュの髪の毛もサラサラで‥
 色が白くって‥首とか折れそうに細い。
 華奢で‥なんか‥もう、夢みたいに可愛い‥。
 さっき聞いた、ボーイッシュな声も可愛かったなあ~。
「‥僕の奥さんだから、じろじろ見ないで欲しい」
 ‥上司に、チラ見がバレた。(※チラ見なんかじゃなかった)
「‥申し訳ありませんでした!! 」
「アララキ‥」
 サカマキがジト目でアララキを見る。
「サカマキ。彼は、ただの部下だ。‥そう親しくする必要なんかない。‥馴れ合いは、良くない」
 アララキはサカマキにも「馴れ合いは良くない」って話をする。

 ‥今回の方が、ガチ説教。

「まったく‥」
 大きくため息をつき、呆れた様な顔をアララキに向けるサカマキだった。
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