Happy nation

文月

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七章 元通り

11.どうやら、お守り的な大事なものだったらしい。

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 ‥有り体に言えば、自分は振られたらしい。

  ナツカに。
 幼馴染で、許嫁で‥今まで一緒にいるのが当たり前だった、誰より‥両親を除けば一番近しい人に‥振られた。
 将来結婚する人なんて、ナツカ以外いないって思っていた。
 当たり前に、するんだって思ってた。
 ナツカは我にとって特別だった。
 幼馴染で許嫁。
 村や長老が決めたことで、そこに、ナツカや我の意思は関係なかった。
 否‥ナツカの意志は関係なかった。
 ‥でも、我に限って言えば、
 関係があった‥らしい。今気付いた。
 我は、長老の決まりを喜んでいたんだ。
 勿論口には出さない(だって、喜んでたって自分でも気づいてなかったし)。
 でも‥思えば、油断していた。
 村長の決めたことが、「余程のことが無い限り」覆ることはないって、油断していた。

 そういえば、肉体が死んで別の身体に生まれ直すって‥
 「余程のこと」だわ‥。

 村長がどう‥って話じゃない。
 契約無効‥じゃないけど、普通に状況が変わる。
 ナツカと我の「契約」‥言い交わし‥も、終わる。
 我は‥精神は死んで無いけど‥肉体的には死んでいる。
 あの村出身のフミカは、もういない。
 だから、ナツカはもう、我の許嫁じゃない。
 ‥それどころか、今のこの我では、幼馴染ですらない。

 それは、思ったよりショックで、気が付けば我はボロボロと子供のように涙を流していた。
 年頃の女子の様に‥さめざめと‥じゃない。
 ボロボロと大粒の涙が、勝手に目から落ちて来る。
 それは、不可避で、‥多分初めは無意識だった。
 気が付いたら、流れ落ちる涙を
 今の我は、拭えずにいた。

 親に決められた、自分の意思なんて全く介入していない約束‥許嫁だった。
 ただ、それだけ。
 ただそれだけのはずだった。
 村が我にしてくれたこと‥学ぶ場である学校に行かせてくれて、道場に通わせてくれて、そして、王都に行く機会を与えてくれて、その為の資金も出してくれた。そして、我が村に出来ること。立派に王都で職を得て、給料を村に入れて、ナツカと結婚する。
 ナツカと子供を作り、育てる。
 我は、それに従うだけだ。って思っていた。
 それが、決まったことなんだ。って。
 許嫁がナツカで嬉しいとか、そういうのは無かった。ただ、嫌じゃなかった。それだけで、満足だった。‥やっぱり、自分に定められた伴侶が嫌いな奴というのはやっぱり‥嫌だからな。
 嫌じゃないけど、特別好きなわけでもない。
 そもそも、特別好きな者なんていない。
 だって、
 自分自身、別に誰に対しても恋愛感情なんて持ったこともなかったし、‥思えば、ナツカが自分の事をどう思っている‥ってことも気にはならなかった。
 ‥気にしない様にしてきた。
 気にしない様にって‥自分のこころに頑なに鍵をかけて来た。
 気にしても仕方が無いからって。

 我は、我である前に、あの村の人間だったから。
 そう考えたら、多少の不満も「使命」だって割り切れるから。
 自分の気持ちなんて、持つ必要は無い。

 でも、いま気付いた。
 必要がないんじゃなくて、‥他の誰も好きになんてならなかったんだ。

 ‥自分は、ナツカが好きだったんだ。
 今頃気付いた。
 否。
 ‥ホントはずっと前から気付いていた。
 気付いていて、‥気付かないフリして来た。
 だって‥それは‥。仕方が無いことだったから。
 我にとってこれが「決まり」であると同時に、ナツカにとっても‥否、我以上にナツカにとっては‥それは「決まり」で仕方がないことだった。
 三男坊でであるナツカには‥選択肢なんてなかった。
 長男であったら、継ぐ家がある。次男も、分家の家長に決まっていた。だけど、‥三男であったナツカは、我が家に入り婿に入るしかなかった。
 ナツカには、拒否権も、選択肢も無かったんだ。
 渋々だったかもしれない。‥いや、きっとそうだろう。
 誰が好き好んで、戦狂いの色気のない女などを嫁にしたいって思うだろうか。
 ‥自覚はあるんだ。
 それだのに、そんなナツカに‥、‥ナツカに自分のこと好きになって欲しいって願うなんて‥それは、‥図々しい‥ってものだろう。
 嫌われてるって‥それは仕方が無いことだ。

 ‥自分だけナツカが好きって‥なんか悔しい‥というか、‥哀しい。

 だったら、両方決まりだから‥って思った方がよほどいい。
 仕方が無いって思ってるのは、ナツカだけじゃない。
 自分さえ誤魔化せば、何とか耐えられた。

 それが、音を立てて崩れおちようとしている。

 ‥イヤだ‥。

「フミカ? どうしたの? 」
 ナツカが心配そうな顔で我を見ている。
 こんな時でも、ナツカは優しい。
 大好きなナツカ。
 ナツカに‥そんな顔させたらダメなのに‥。
 そんな顔させたくないのに‥。
「ふえ‥っ」

 涙腺が決壊する。

「嫌だ‥っ! 我は‥ナツカが好きなんだ‥っ! ナツカしか好きになんてなれないんだ‥っ! 」
 ぼたぼたぼたぼた。
 馬鹿みたいに涙が流れるのを止められない。
 子供って奴は‥本当に面倒だ。
 涙腺が緩くって、‥本当に面倒だ。
 だけど、
 今我は子供なんだから‥
 子供だし、‥もう、村の人間じゃないんだから
 ‥最後に我が儘位言ってもいいんじゃないか? ‥言わせてほしい。
「‥自由に成ろうなんて言わないで‥っ! 恋バナをしようなんて‥そんな言葉、ナツカから聞きたくないよ‥っ! 」
 涙腺の決壊は‥止まりそうにない。

「フミカ‥」
 心配そうに‥焦ったナツカの声。
 我は、ナツカの顔を見れなかった。
 ‥さっき自分でフッたのに、フッた相手に対して心配そうになどするな。残酷だぞ。‥こういうときは、気を利かせて黙って立ち去るのが「スマートな男のやさしさ」だって、少女漫画では言っておったぞ? 
 でも、‥行かないで欲しい。
 今、別れたらきっと、‥きっともう会えない。
 友達になんて、きっと戻れない。
 そもそも、‥戻るどころか、我とナツカが友達だったことなんて今までなかったじゃないか。
 例えば、親に「明日からは、近所のオッサンだと思って気さくに接してくれ」って言われて、その通りに出来るか!?
 その例えは‥ちょっと変だが‥。
 ‥友達としてナツカに接するなんて、我には出来ない。
 ‥したくない。
 そんなのは、嫌だ! 
 気が付いたら、我はナツカの服の端をつかんでいた。
 顔を上げるのは‥つらい。ナツカの困惑した‥迷惑そうな顔は見たくない。
 でも、
「恋愛とかわからぬし、可愛い仕草とか‥出来ぬが‥それどころか、今までナツカが好きだってことすら気が付かなかったが、‥我は‥我はナツカが‥! 」
 これだけは、
 顔を見て、言いたい。
 振られるって‥振られてるのは分かってるんだけど‥でも、言わないまま、終わるのは嫌だ。
 
「我はナツカが、一番好きなんだ! 今までも、これからも‥ナツカだけが、好きだ! ナツカ以外の者と結婚なんてしたくない‥っ! 」 
 言うだけ言って、ナツカを見ないで走り去ろうとしたのに、
 気が付いたら、抱きしめられていた。
「フミカ‥っ! 」
 ‥ナツカ‥?
「フミカ‥っ、フミカ‥! 」
 抱きしめられた腕の力が強くなる。
「ナツカぁ‥っ! 」

 我は今子供だから、ナツカの腕にすっぽり収まっている。
 以前の身体だったら、我は‥多分ナツカより少し身長が大きかった。我の身長が高いわけではない。‥ナツカが小さかっただけだ。我は、兵士の中では一番小さい。‥でも、ナツカはそんな我より、ホンの少し小さい。小さな違いは身長だけで、それこそ骨格で言ったら、我の方がしっかりしていた。
 デブなんじゃない(断じて)‥がっしりしてたんだ。
 だから、以前ならこうしてナツカの腕に収まるってことはできなかった。
 ナツカの腕の中。
 あったかくって、安心する。
 逞しいって感じではないけど、ひょろがりじゃない。(きっと、カツラギの方が華奢だろう)‥勿論、奴の身体なんて見たことは無いが、あんなに動かないんだ。筋肉なんてついてるはずがない。(←実は案外細マッチョ。自給自足の村出身だから、子供の頃から「働かざる者は食うべからず」だった)
 ナツカはよく自分の事を武術の才能がないんだ‥って言ってたけど、ナツカだってあの兄弟と一緒に鍛えて来た。筋肉は付きにくいんだろうけど、脂肪もついていない。
 顔を覗き込まれ、にっこりと微笑みかけられる。
 そんな笑顔に、頬が熱くなった。
 ハシバミ色の髪に、新緑の頃の森の様な深くて‥でも、優しい緑の瞳。清涼で綺麗な輝きを湛えた瞳。
 サカマキと似た様な色味。‥あいつの方が、造形も含めて、やたらキラキラしてるけど。

 ああそうか、
 我がサカマキを見た時、気が付いたら声を掛けていたのはそのせいだったのか。

 ナツカに似た色合いの少年は‥ナツカより、ずっと美少年で‥でも、高位魔法使いだというせいで、皆に忌諱されていて‥遠巻きに悪口を言われて‥。周りにはいつも、アララキとカツラギがいたけど、いつもどこか寂しそうで‥。
 何故か、
 放っておけなかった。

 あれって、‥ナツカに色味が似てたから、放っておけなかったのか‥。

「ナツカ。我はすぐに大人になるから、待っててほしい。‥アララキと同じ顔なのは‥変えようはないけど‥でも、‥気になるなら、整形してもいいし‥」
 ナツカの瞳を真っ直ぐ見つめながら、我は言った。
 もう、隠さない、誤魔化さないって決めた。
 自分の気持ち、
 もう、隠したりなんてしない。
 ナツカは、誰にも渡したくないから。
 ナツカのこと、こころごと手に入れたいから。
 その為には、なんでもする。
 整形は怖いけど‥でも、何でもするって決めたんだ。
「整形? 」
 ナツカが首を傾げる。
 ああそうか、整形って言葉は、ここにはないな。
「顔を変えることだよ。地球では、魔法ではなく、医学とやらが発展していて、そういうのも一般的なんだ」
 頷いて、ナツカに説明する。
「顔を変える? 」
 ナツカはまだピンと来ていないようだ。まだ首を傾げたままだ。
 そんな仕草が、可愛いって思ったり。
「うん、手術っていって、顔にメス‥鋭利な刃物を入れて‥どうやるのかは、詳しくは知らないが‥顔を変えるんだ」
「怖い‥! いや、そんなの、いい! そのままで‥そのままでいい。アララキと同じ顔は‥同じ顔も‥そのうち慣れると思うし(?)」
 ‥慣れるのか? というか、慣れればいいのか。ナツカ!?
 でも、‥そのままの我でいいって‥我がいいって‥っ!

「ナツカ‥! 」

 我は、今、初めて生まれ変われた様な、気がしたんだ。
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