Happy nation

文月

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七章 元通り

10.俺が知ってるフミカ(ナツカside)

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 フミカと俺‥ナツカは、幼馴染だ。
 家が隣同士で、俺はフミカの二つ上。フミカが生まれた時から、一緒に育ってきた。
 妹的な物?
 否、そんな感じではない。
 だって、‥兄妹じゃない。
 俺には兄が2人いたし、姉も1人いた。フミカより一つ上の‥つまり一つ違いの妹もいた。兄妹が沢山いるのは、村では珍しくなかった。それだけ兄弟がいれば、年の近い幼馴染だって兄弟同様なんではないか?  って思うかもしれないが、‥この村は違った。
 そういう、「なあなあな関係」な関係から、近親婚をする者がでてきたり‥そういうのを防ぐ為に、この村は、兄弟は生まれた時から男は男、女は女と分けて育てるのが普通だった。ある程度大きくなったら‥とかじゃない。それこそ、生まれた時から、だ。男が働き手として主要になる家なら、男を、女が働き手として主要になる家なら女を‥親が育てる。
 我が家は、代々兵士を産出‥っていうのかな‥してきた家だから、男だけが両親に育てられた。だから、俺は妹や姉の事をそう覚えてはいない。
 姉と妹は、産まれた時から親戚に預けられ、姉と妹はその家の息子と結婚したって聞いた。「預け先」っていうのは、将来の奉公先やらお嫁さん候補って意味があるんだ。
 奉公先の場合は、働ける年になるまでの養育費を貸しにしておいて、働けるようになってから返していく。大概10歳位までには借金も終わり、お嫁に行く15歳位まで住み込みで働いて、奉公先が斡旋したくれた嫁ぎ先に嫁ぐ結婚資金にする‥って言うのが一般的だ。
 そこまでして、兄弟と姉妹を離す。
 なんせ、娯楽が少ないからね。暇と性欲を持て余した男っていうのは、‥ろくなもんじゃないからね。
 だから、年頃の「決して番ってはならない男女」は、一緒に住ませないに限る。そしたら、間違いも起こり様が無い。
 だから、フミカは俺にとって妹じゃない。‥というか、‥妹なんていた感覚すらないんだ。
 ぽつり、と人里離れた村だ。周囲の村との交流もそう、ない。
 だから、近親者で結婚する‥ということがわりと近年まではよくあったというのも、想像に難くない。だけど近親婚による弊害は、わざわざここで語るまでもない。
 そこで村長が新たに力を入れたのが、若者の王都での就職である。
 優秀な若者であると認められ、王都で就職し、そこで結婚相手を‥近親者ではない結婚相手を‥見つけてくる。そうすれば、村に新しい血が入るし、子供も生まれて高齢化問題も少しは解消できる。(しかも、優秀な子供になる確率も上がるしね)
 フミカの両親もそうして、王都で知り合い結婚した夫婦だった。
 因みに、フミカの母親がこの村の出身者だったのだが、母親と同様兵士だった父親は(父親は母親の上官だったらしい)、この村‥筋脳が多いこの村‥に、すぐ馴染んで、今では生まれた時からこの村出身のようだ。
 両親共、兵士で両方剣や弓などの武器ではなく、体術の名手。そして両親共、魔法はからっきしだった。フミカの専門が女性でありながら、弓や剣ではなく、体術なのは、フミカに向いているから‥という以前に、教える相手がいなかったからなのだろう。
 そして、フミカは誰よりも体術に向いていた。反撃速度を左右する反射神経、そして、一撃の重さ、正確さ。何をとってもフミカは誰よりも優れていた。それに、体力もあった。それこそ、男よりあった。
 戦いにおいてのフミカは、天性の才‥天才だった。
 体力その他を補助して補う必要がなかった。
 そのことは、フミカに女性の兵士ならまずは習うであろう補助魔法を習うきっかけを失わせた。防具といった魔道具すらもフミカは持っていなかったんだ。

 魔法はもっとも、誰もが使えるわけではない。魔力が全くない者は使えない。だけど、全く魔力が無い者っていうのは、そうはいない。
 だけど、フミカの両親はフミカの魔力を調べることもしなかった。
 調べなかったから分からなかっただけで、フミカに魔力があったかもしれないし、もしかしたら魔法が使えたかもしれないのだ。
 フミカの母親方の祖母は生活魔法位なら使えたから、フミカに魔力のある可能性はゼロじゃなかった。‥だけど所詮「生活魔法程度」、戦闘に有用というものは期待できない。フミカの父親は「そんなもんに頼らなくても、自分の身体で勝負だ」みたいなところがあったし(←生粋の筋脳)母親は‥自分が魔力が全くなかったので、娘の魔力について考えも及ばなかった。
 仮に、フミカに魔力があったとしても‥、魔法をつかう勉強をしないと使えるようにはなれないしので、フミカには生まれながらに魔法を学ぶ環境が無かったと言える。
 件のフミカの祖母はこの村では無い村の出身者だった。
 フミカの祖母が育った村は、教育が盛んな村だった。魔法教育についても、それは言えた。フミカの祖母は文官として王都で働いていた時、武官であったフミカの祖父と出会ったらしい。そして、生まれたフミカの母は魔力が全くなく、フミカの祖父の元で兵士としての修行を積み、王都に出ていった‥というわけだ。
 村中の者の詳しい家族構成を知っているわけではないが、村出身者以外の血が入っているか位は、村中の者が知っていた。ひとえに、近親婚を防ぐ為に、だ。
 血が濃すぎるのもいけないが、薄くなりすぎるのもいけない。
 そんな条件に村の血クオーターのフミカと村の血ハーフの俺はぴったり合ったのだろう。
 俺とフミカは生まれながら「許嫁」だった。

 兵士として村のエースで期待の星であったフミカとは違い、武官でもないし、文官としてもそう才能もない俺が王都行きに同行させられたのは、許嫁であるフミカをサポートするためだった。
 フミカは、武術の才能はあったが、生活能力に乏しいところがあったし、何より他人に対して警戒心が薄すぎたからだ。
 王都に来て、フミカと何時も一緒にいて世話を焼く俺を、フミカの兵士仲間は「過保護な兄黄」「いや、子分だ」と認識していた様だ。
 誰もフミカの許嫁として来ているとは思っていなかっただろう。
 フミカは、初心で‥というか恋愛音痴で、脳筋でだったから。
「フミカには恋愛なんてまだまだ」
 そう言いあうことで、お互い‥ライバル同士、けん制し合っていた。
 フミカは、(本人は気付いてもいなかっただろうが)いつだって男の目を集めていた。
 ふわふわの金茶の髪と、若葉色の目の美少女。
 そして、戦場を嬉々として舞うように戦う「癒しの戦神」。
 戦場では、フミカは女神だった。
 フミカに助けられたっていう味方も多い。
 可憐で強くって頼りになる女神。そりゃ、惚れるだろう。

 だけど、俺はね、ちっとも心配してなかった。
 だって、フミカだもの。フミカは俺の幼馴染で許嫁だから。
 美人で将来有望なフミカが、お互いの両親公認の許嫁。
 俺は、彼らに密かに優越感を感じていたんだ。

 でも‥不満が無かったって言ったらうそになる。
 文官仲間にはもっと、ふわふわと可愛くって優しくって‥家庭向きな子だっていっぱいいる。‥寧ろ、みんなそうだ。顔でいったらフミカの方が可愛いかもしれないが、‥結婚ってそれが一番の条件でもないでしょ? 少なくとも‥俺にとって容姿はそう重要じゃなかったんだ。髪結いにお客として来てくれる可愛い‥小動物系の子たちを見てたら、「こんな子と結婚出来たらいいのにな」って思った。
 きっと、穏やかで平凡な夫婦生活を送れるだろうって。そして、子供が産まれたら、うんとかわいがろうって。‥別に子供を王都に出せる程優秀に育てようなんて思わない。ただ、平凡で幸せな生活が送れればそれでよかった。
 まあ。‥夢だ。
 そんな生活は‥選択肢は俺には初めからない。
 フミカと結婚して村に帰り、子供を産んで、父さんやフミカの両親とフミカとで、立派な兵士を育て、後々は王都に送り出す。
 ‥俺の父親は武官なんだ。俺の兄たちも。だけど、俺だけは、戦いの才能が無かった。兄弟のなかで一人だけ、文官だった母さんに似ていた。優し気に見られる顔も母さん譲りだ。(‥髪結いという仕事をするうえで、兄の様に厳つい顔じゃなくて良かったなと、生まれて初めて思った。それまでは、この頼りない女顔は不満しかなかったんだ)
 俺にあった才能は、計算能力やら、分析能力‥そして手先の器用さだった。
 まあね‥、髪結いになるのはどうかな‥って思ったんだけど、髪結いっていうのは、情報収集しやすい職業なんだ。髪を結ってもらいながら、人は色んな話をするよね。
 単なる噂話から、ちょっと気になる話まで‥。
 お客さんは女の人だけじゃないんだ。
 (※ナツカは結構情報通で、時々カツラギも内緒で聞きに来るくらいなんだ)

 王都にきて、初めて出来た友達。
 カツラギと、サカマキ‥サカマキはちょっと怖い。だって、‥高位魔法使いだしね。でも、職業柄感情を顔に出さないでいることは難しいことでもないんだ。(※実際はキャパオーバーらしく、結構顔に出ているのだが、ナツカは気付いていない)
 そして、アララキ。‥カリスマの塊って感じの、麗人。
 王様になった時は、驚いたけど‥納得した。

 そんな、‥アララキ。アララキと同じ顔をした今のフミカ。(しかも子供)
 アララキのこと、尊敬はしてるし、友達だし、嫌いじゃない。‥勿論嫌いじゃないけど
 ‥嫁にしたいとは思えないし、‥抱けるとも思えない。

「俺が知っているフミカと、今のフミカは違う。‥あの顔だったからフミカだったわけではないけど、‥俺の知っているフミカはあの顔で‥あの顔のフミカしか知らない。‥戸惑ってるってのが、今の感情の総てだ。
 ‥ごめん‥ちょっと、時間が欲しい」

 この一言が、今の俺の気持ちの全てだ。
 男らしくないのは‥重々承知だけど‥人間そう割り切れることだけじゃない。

「‥フミカだって‥そうだろ? 
 フミカは、‥俺のことが好きだから結婚するわけじゃない。長老に言われたから結婚するだけだ。‥今は、‥フミカはフミカには見えない。魂はフミカだっていったって、‥皆信じない。きっとね。
 ‥フミカはもう俺とのこと‥考えないでいいと思う。
 生きて再びフミカに会えてうれしいけど‥でも、それは‥友人だから嬉しいんだって思う。
 ‥あの村出身のフミカは‥もう死んだんだ。あの時にね。
 もう、決まりに縛られることは‥ない。
 逃げてるんじゃないし、フミカの事嫌いになったんでもない。
 だけど、‥フミカがフミカじゃなくなった今、‥今までと同じ状況である必要は無い気がする」
 ‥何言ってるんだろう。
 なんか、「逃げてるんじゃない」って言いながら、自分が一番「逃げてる」って自覚している。
 言い訳ばっかりで、すごく‥恰好悪い。こんなこ自分が‥本当に嫌だ。

 そもそも‥先に言うことはないか?
「あの‥な。フミカ。
 ‥また会えて、‥嬉しかった」
 改めて‥今更なことを言った俺に、フミカは驚いた顔をした後、微かに笑った‥分かりにくい笑顔は、顔は違えど、幼馴染の微笑み方で、俺はほっと自然に微笑み返していた。

 でも

「フミカ、お互い自由になろう。
 お互い、初めましてで、新しく友達になろう。
 それでさ、恋バナもしよう。
 自由になって誰かを好きになって、失恋したりして‥
 それで‥でも‥もし
 俺たちに恋愛感情が生れたら、‥その時は、結婚しよう」
 フミカはぽかん、って顔していた。
 それから
「恋愛‥出来るかなあ‥。恋バナ‥昔、サカマキと一緒になって頭を悩ました少女漫画みたいな感情を‥我がもつ‥出来るのかなあ」
 ふにゃって眉毛を下げて苦笑いする。
「敵前逃亡、‥フミカは嫌いなんじゃなかった? 俺は軍人じゃないから全然いいんだけど‥でも、フミカに言った手前は頑張る」
 ‥恋愛って頑張るもんなのかね?
「なんか、ややこしいなあ」
 困った様な顔でもう一度、ふにゃって眉毛を下げて苦笑いして‥フミカが握手の手を差し出して来た。
 握り返したフミカの手は‥昔のフミカの手とは違って、小さくて柔らかい‥まだ、ほんの子供の手だった。
 
 いっぱい、‥いまから新しい未来がいっぱいある手だった。
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