Happy nation

文月

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六章 Happy nation

9.解呪

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「サカマキ、‥もう、高位魔法使いの呪いは解けているんでしょう? 」
 眠るサカマキの‥眠ったふりをする可愛い可愛いサカマキの背中を撫ぜる。
「‥なんでわかった」
 「黒い目をした」サカマキが、目を開けて、僕を見上げて。すぐ視線を逸らす。
 耳が赤くなっている。‥可愛い。
 僕は薄く微笑む。
 ‥何で分かったか、って? ‥これについては「なんとなくかまかけてみただけ」だから、言いたくない。‥そういうことは、言わないもんだ。
「どうして、‥自分に魔法をかけて、僕の事忘れたの? 」
 僕はサカマキの質問には答えず、違う質問をかぶせた。
 まあ。どうしても聞きたいって言われたら「愛だよ」っていうね。間違いなく、この言葉は万能だ。(←でも、軽々しく使うと価値が下がる取扱注意な危険ワード)
 サカマキの答えを促すように、微笑んでサカマキの「黒い」瞳を見つめる。
 いつものように、うっとりと、じゃない。
 だって、このサカマキは「僕のサカマキ」じゃない。このサカマキは僕の前世である「彼」と「賭けをした」サカマキ(名前はきっと違うんだろう。残念ながら覚えてはいない)だ。
 前世(?)のサカマキでもサカマキには違いないから、冷たくする気はないが、サカマキに向ける眼差しを向けるのはちょっと違う気がする。
 そもそも、気分が乗らないよね。
 今僕が愛しているのは、「僕のサカマキ」だ。「以前の誰か」じゃない。
「‥俺に魔法をかけたのは、俺じゃない。自分に魔法はかからない。俺がしたことは、「高位魔法使い」になっただけだ。高位魔法使いになって‥君に会う為に、君の近くに転生することを計画しただけだ。
 高位魔法使いは、「誰の事も好きにならない人」って条件にぴったりだから。だから、君が「賭け」の為に、俺を口説きにかかるって思ったんだ。‥本気じゃなく、ただ賭けだけの為にね。だって、‥君は君こそが「誰の事も好きにならない人」だったから」
 ‥まあ、‥それについては否定はしない。‥ってか、‥気付かれてたか。僕自身ですら、ついさっき気付いたばっかりだっていうのに、サカマキ(色違い)にはお見通しだったんだなあ。‥恥ずかしい。
 賭けの為に口説く‥
 ‥初めは、そういえば「賭け」のことを覚えてた。(カツラギに初めて会った時も「こいつか? 」って一応は考えた位にね)‥でも、サカマキを好きになったのは賭けの為じゃない。
 ‥なんなら、賭けの事なんて忘れてたくらいだ。
「高位魔法使いになったら、自然に、君を愛しい‥誰かを愛しいって思う気持ちが消える。
 そして、同時に誰も俺のことを愛してくれなくなる。
 ‥でも、それはどうでもいいことだ。
 君以外なんて‥どうでもいい。
 それに、誰にも愛されないのは‥人間として地球で暮らしていた時とちっとも変わらなかった。‥あの時も誰も俺のことを愛してなんかくれなかった」
 寧ろ、呪いのせいで愛されない方がずっとましだ。

 だってそれは「仕方が無いこと」だから。

 伏せた瞳にサカマキの長い睫毛が影を落とした。そうしていると、黒曜石の様な瞳は、光を総て瞳から消し去ってしまったかのように見えた。
 「黒い瞳の」サカマキに僕は、何も言えなかった。
 サカマキ(色違い)も多分、僕の言葉を求めていなかっただろう。
 ‥それは、独り言の様な告白だった。
 
 『高位魔法使いになったら、自然に、君を愛しい‥誰かを愛しいって思う気持ちが消える』

 僕を愛しいって思いが消える?
 この「黒いサカマキ」は‥僕の事好きだった、ってこと?
 前世のサカマキは僕(前世)の事を好きだったのに、僕(前世)は「誰の事も好きにならない人」だったから、恋は実らなかった。だから、僕に意地悪をしたくなった‥ってことかな?
 それとも‥
 賭けでもいいから好きになって? ってこと?
 ‥熱烈的。
 ホント可愛い‥。
 それを、このサカマキ(色違い)は僕の前で告白している。‥多分告白してることに気付いて無いだろうけど、告白している。
 ‥多分気付いてないってところが、「サカマキ的に」萌えポイントだ。(つまり、サカマキ限定の萌えポイントってわけ)
 見た目「目だけ色違い」のそっくりさんだけど、‥こういう「無自覚に爆弾発言」ってホントサカマキっぽい。
 ‥っつ! 神!!
 とまあ、昨日の夜(※四章の終わり。実は一晩しかたっていないのだ‥! )みたいに盛りそうになってしまったが、目の前にいるのは色違いであって、サカマキではない。
 そっくりさんな双子みたいなもんだ。‥オチツケ。

「だけど、ここで俺は最大の間違えを犯した」
「間違え? 」
 ‥おう、ちょっと声がひっくり返りそうになった。ホント、落ち着け落ち着け‥。
 僕の葛藤なんか勿論知らないサカマキ(色違い)の言葉は硬いまんまだ。
 ふう、
 自分を落ち着かせるためか、サカマキ(色違い)は小さくためいきをついた。
「高位魔法使いになって生まれ変わった瞬間、当たり前なんだろうけど‥、高位魔法使いそのものになった。
 僕は、「賭け」どころか、君の事も忘れてしまったんだ」
 裸の上半身を起こし、薄手のシーツを掴むサカマキは、僕の方を見ることもなく、微かに自嘲気味に微笑んだ。
 もう照れて赤い顔もしていなかった。
 暗い顔で淡々と話している姿は「いつものサカマキ」とは違っていた。
 ‥なんとなく、前世のサカマキもこの顔をしていたんじゃないかな‥って思った。
 同じ顔で、目の色だけ違う、前世のサカマキ。
 前世の僕が「別に好きでもなかった」サカマキ。(今思えばもったいなかったね)
 でも、僕にとってこの姿はもう、「僕のサカマキ」で、他の誰でもない。(前世のサカマキのものですらない)
 だのに‥目の前にいるサカマキが色違い(=他人)だって分かってるのに‥サカマキの真っ白な首筋に残る跡は、確かに昨日僕がつけたものだったから‥
 扇情的でいけない‥。
 気がつけば髪も黒髪になっている。
 黒髪黒目の、僕とお揃いの前世のサカマキ‥。
 白い肌に零れる黒髪と、首筋に落とされた‥僕が付けた赤い痕‥。
 なんか、‥いいかも。
 自然と、喉が鳴った。
 と、まあ、沈痛な面持ちで自分の過去について告白している「シリアスなサカマキ(色違い)」に対して、自分のこの劣情は、断じて浮気なんかじゃない、‥僕は節操なしなんかじゃない‥、目の前の「サカマキの身体」に劣情を感じているだけだ‥って、アララキは必死に理性だとか自分の貞操観念みたいなものと戦っている‥という二者の状況は、余りにも違うのだった。
 ‥中身は違うけど、身体はサカマキって‥これ何の拷問‥っ!

 高位魔法使いになった理由についてサカマキ(前世)は、
「傍観者ではなく、自らが「高位魔法使い」となって君との賭けに参加することを選んだのは僕だ。‥だって、賭けとはいえ、君が誰かに愛を囁くのを見るのは嫌だったから‥。
 まずは君に、happynationという世界を知ってもらうために、君の身体の時間をちょっと巻き戻して、子供として、あの世界に「転移」してもらった。
 魔法は‥あの世界で安全に暮らしていくには必要かなって思って、付けさせてもらった」
 ‥転生じゃなくて、転移?
 じゃあ、この姿は前世のそれとそう変わらないってこと?
 僕は、ちょっと首を傾げた。そしたら、意図しなかったのに、ちょうどサカマキの瞳を下から覗き込むようなかたちになった。
 サカマキ(色違い)はそのことに気付かなかったようだった。
 相変わらず、その目が僕と合うことは無かった。
 ‥あ、別に「魚の死んだような目」になってるわけじゃない。真っ黒で、何時もとは全然違うけど、何時ものキラキラのサカマキの瞳だ。
 そう思って、僕はほっとした。
 
「あの村を僕の転送先に選んだのは、あの村には孤児が多くて、急に現れた僕を受け入れる態勢が取れて、都合がよかったから? 」
「うん。それに、あの村は安全だって思ったからね。あの村は、‥いい村だ」
 そう言って頷いたサカマキに僕も頷いた。
 ‥それに、「僕を追って転生(転移? )した」サカマキにとっても、あの村は良かったはずだ。
「村の皆は、高位魔法使いだからって君の事嫌ったりなんかしなかったね」
 サカマキはさっき、「誰も自分のことを愛してくれなくなる」って言ってたけど、少なくともあの村で、サカマキは‥嫌われていなかった。寧ろ、好意を抱く不届きものもいた位だ。それを、ことごとく潰していったから、僕のせいでサカマキは皆から微妙に恐れられていた‥っていうのは‥うん、‥否めない。
 サカマキは軽く首を振る。
「嫌いっていわなかっただけ。王都での食堂のおばさんと同じ。表立ってキライって言わなかっただけ。気の合わない人間と、感情を隠して、表面上普通に生活する‥地球で発達したスキルだよね。‥あの村はそんなスキルを持った‥地球人をルーツに持つ人が多い村だったんだ」
「あ~‥」
 ‥何か‥「それは、そうなのかも」って思った。
 好意的な目をサカマキに向けてた奴だって、僕がちょっと横槍入れたらあっさり引き下がったし‥。見かけだけに魅かれてたって奴も多かったんだろうな。
 それと‥「地球人をルーツに持つ人が多い」それ事が、あの村が僕らにとって住安かった理由の全てなんだろう。

 つまり、サカマキを忌諱しない人間は‥
 地球人をルーツに持つ人間ってこと。

 転移して来た僕然り、転生する予定だったカツラギやフミカ然り‥。
 彼らは、多分サカマキに会う前から「今後転生する予定」が予め決められてたんだ。(きっとね)

「それに、あの時カツラギは僕の事を「高位魔法使い」だって皆に言ってなかった。‥言わなくても、「なんか嫌な感じ」ってのは、するんだけど、‥言ったらやっぱりあの村の人でもあんな態度は取れなかったって思うよ」
 って、今度は顔を上げて自嘲的な微笑みを僕に向けた。

「‥僕は、君が僕の事好きだったなんて、好意的に思ってくれてたなんて、知らなかった。どうして言ってくれなかったの? 」
 サカマキ(前世)に尋ねてみる。
 こんなこと、僕のサカマキにきいたらきっと真っ赤になって怒り出しそう。「好きなんかじゃね~わ!! 」って言いそう。‥照れてるだけってのは分かるんだけどね。

 色違いのサカマキは、僕を見上げたまま、‥ちょっと泣きそうな顔をした。
 このサカマキは‥僕のサカマキよりちょっと「素直」らしい。‥これはこれでいい。僕のサカマキが逆立ちしても言わないこととか言ってくれるし。
 好き、とか
 ‥もう一回言って欲しい。

「初めっからふられるって分かる恋愛するなんて、馬鹿な事‥俺は嫌だったんだ。
 僕の気持ちを伝えてフラれるのが嫌で、‥諦めて、その恋を終わらせたいって思った。
 誰の事も好きじゃない君が、誰かを好きになるのも‥嫌だった。
 ‥でも、君はきっとそうならないって思った。
 だから、あの賭けをしたんだ。
 誰の事も好きじゃないくせに、それを認めない君に分からせて‥自覚させたかった。
 賭けの為に人を好きになれる人間が、一人の人をホントに愛することが出来る人間って言える? って言ってやりたかった。
 それと‥
 やっぱり、報われない愛なんて、君だってしないじゃないか。君だって楽な方‥気持ちい方に逃げるんじゃないか。
 って‥。
 そんな後ろ向きなことばっかり考えてた。
 ‥今思えば、馬鹿な奴だな‥」
 後はもう、言葉もなく突っ伏した。

 そんな馬鹿なこと考える位なら、ふられる覚悟で告白すればよかったな。
 ‥その方が、ずっとずっと‥よかった。

 大きく涙を貯めたサカマキの瞳から涙が零れ落ちないようにって
 顎をあげて上を向かせた。
 その瞳は、何時ものひき茶色だった。
 ‥いつもの、可愛い可愛い僕の宝物。
「おかえり、サカマキ。
 賭けは、僕の勝ちだ。
 僕は、君が誰だろうと、君が僕の事を好きじゃなかろうと、君が僕から逃げようと、
 君が好きだよ」
 だけど、‥違ったね。
 君は、最初っから僕のことを好きでいてくれたんだね。
 君が僕のことを好きじゃなくたって、別に構わなかったけど‥好きだって知ったらもっとずっと嬉しかった。
 ‥誰の事も好きにならない奴は僕の事で、君はそんな僕の心を撃ち落とした。実は‥賭けは僕の負けなんだけど、君と賭けをしたのは僕だから、そこは黙っておく。
「‥賭けの前提が違ってたから、賭け自体無効だよ」
 拗ねた顔のサカマキが僕から顔を逸らした。
 真っ赤な顔。
 火が出たみたいに真っ赤な顔。
 うう‥かわいぃ‥!!!
 その破壊力に思わず固まった僕の唇に、サカマキの唇が軽く触れた。

「だけど、俺のこと好きって言ったのは、取り消しは出来ないからな!! 」
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