Happy nation

文月

文字の大きさ
上 下
81 / 116
六章 Happy nation

6.コギト・エルゴ・スム

しおりを挟む
 神とは‥何なんだろうか。
 
 僕と賭けをした、あいつ。
 僕をこの世界に転生させたのはあいつだから、あいつが間違いなく神なのだろう。
 そして、‥この世界そのものを創り、また高位魔法使いと賢者を定期的に遣わせて、世界の秩序を守っているのも神。
 高位魔法使いの遺伝子を残さないって決めたのも神。
 だのに、フミカは一部神獣‥つまり、サカマキの遺伝子が一部残っているんだ。
 高位魔法使いの遺伝子を残さない呪いに、神獣の遺伝子保存本能が勝ったってことだ。
 獣が遺伝子を世に残そうとして、人の精子を神獣の精子と混ぜあわせ、「ほぼ神獣で‥ちょっとだけ人」の子孫にするのも神の意志で、‥両方とも神の意志だと言うのに、だ。

 この、優劣、もしくは矛盾‥。
 
 神とは本当に一人なのだろうか? (神だから『一柱』っていうのかな? )
 
 分かりやすい(?)ように整理すると。

 神1 「創造主」的な存在。世界のルールで、私情は挟まれていない。プラグラマー
 高位魔法使いを生理的に嫌悪される対象とした。
 ‥‥ サカマキに対して言えば許せないけど、でも、これは必要悪、かな?
 
 高位魔法使いの遺伝子が遺伝されない呪い
 ‥‥ サカマキに対して‥は怒り心頭だけど、‥世界の為にって考えると、これも仕方が無いのかも?

 神2 プログラムの執行、調節をする存在。
 世界のルールを守りながらも、ちょくちょく私情を挟んで世界を調節している。
 僕を高位魔法使い‥つまり、恋愛を理解できない存在と出合わせた。

 そのサカマキは、しかし、生殖において絶対的に優性な神獣。
 ‥‥ これは、偶然かな? ミスかな?

 神1と神2は、同じ神か否かって話になるんだけど、僕は違うんじゃないかなって思う。
 だけど、今、二人いるかって言われると、それはそうだとは言い切れない。
 神獣の生態を定めたのはきっと神1で、僕と「賭け」をしたのは神2だ。2は臨機応変に‥時々「意地悪か? 」って感じで動いてる気がするから、神2こそが「居て」神1は、「そういう存在」って感じだって考えてる。ルールそのものって感じだな。
 ‥神1は、以前にいた神、神2は今いる神って感じかな~。

「神、かあ‥」

 王都に来て、まだ僕が王でも何でもなかった時、
 フミカは見習いの兵士で、僕は文官見習いだった。
 比較的暇だった僕らと違い、サカマキは高位魔法使い、カツラギは学者‥肩書持ちとして忙しかったけど、休みを合わせて集まったものだった。
 お金もない僕らが集まってすることっていったら、まあ、安いお酒を飲むことが多かったかな。
 フミカもカツラギもお酒が好きなんだ。
 フミカはザルだったけど、カツラギは好きな割に弱くって、ちょっとのんだら「ご機嫌」になってた。
 僕とサカマキはちょっとだけ。僕は弱くはないけど、そんなに量は飲まないんだ。サカマキは、多分カツラギ以上に弱かったんじゃないかな? 
 食べ物を摂取しないサカマキだけど、水や酒は飲むんだ。
 でも、文献によると、神獣は食物を食べられないんじゃなくて、食べなくても大丈夫ってだけらしい。サカマキは多分、噛んだりするのが面倒だとかそういうあれなんだろうね。「別に必要ないなら面倒だし食べなくてもイイや」って感じなのかな? 僕なんかは、食事するってことが楽しいって思うけど、サカマキにはそういうのがないみたいだった。
 
 皆自分のペースで飲みながら、ダラダラつまらない話をする。
 昔の失敗談だとか、最近面白かったこと。
 ‥恋バナとかはしなかったな。僕はほら、サカマキ一筋だったし、フミカもサカマキも恋愛に興味がなかったし、カツラギは‥ピュアな恋愛って感じじゃなかったしね。僕らみたいな朴念仁にそんな話するのもばかばかしいって感じだっただろうね。僕らの前でそんな話しなかったよ。(ヤッて来たんだなとかは、皆にバレバレだったけど)そんな時、僕らは表情にもださなかったけど、ナツカだけはいや~な顔してた。嫌な顔っていうかあれね、「軽蔑してます」って顔。ナツカがあの中では一番潔癖症だったんだ。だから、ナツカはカツラギがいるときは基本的にいなかったな。あと、サカマキの事は恐れてた。
 だから、いつものメンバーっていったら、フミカとカツラギ、それから僕とサカマキだった。

 大概はつまらない話。
 だけど、時々若者らしく「小難しい」話もした。
 世の無常だとか自分の存在する意味。そんな「答えなんて分からない」話‥哲学って奴だね。「コギト・エルゴ・スムー我考えるゆえにわれあり」って奴だ。
 「神について」、も良く語り合ったテーマだった。

「フミカにとって、神ってどんな存在? 」

 僕がそう聞くと、フミカは、酒の入ったコップを床に置くと相変わらずの無表情で、
「‥正直、生まれた時から神はこの世界の唯一の真理だって親に教えられて、‥教えられてっていうか、皆当たり前の様にそう思っていたな、‥だから、我もそう思っておった。‥どういう存在かと‥考えたことはないな」
 って言った。フミカの横にいたフミカの幼馴染のナツカも頷いたから。きっとフミカの村がそういう感じなのだろう。(そういえば、この時はナツカがいた)
「カツラギにとっては? 」
 カツラギとサカマキは、僕と同郷だ。生まれた村の風習による考え方の違いはない。
「下手なシナリオライター? かな。この世界のお話を作ってる」
 ‥ただ、人間的には全く違う。育った環境が同じでも、性格っていうのは、持って生まれたものだ。
 でも、王都の年寄りに眉をひそめられ、真面目な者に嫌悪されてるカツラギのこの物言いは、気障なわけでも、世界を舐めてるわけでも、ない。
 格好つけてるのはまあ‥否定できないんだけどね。
 ‥でも、まあ若者なんだから許してやって欲しい。
 悪ぶって、ちょっと斜に構えたような、ひねくれた言い草をする。だけど、カツラギは「いい加減なこと」は言わない。
 賢者である彼は、情報収集が好きで、「分からない事」が嫌い。だから、本を読んでは考える。考えてはまた本を読んで、人と交流する。誰よりも色んなことを知っているカツラギだけど、奢ったところがないところと、人の意見を聞けるところは偉いと思う。
「サカマキは? 」
 サカマキに話を振ったのは、カツラギだった。
「‥考える対象じゃ、少なくともない。この世界そのものだろ?
 この世界が俺に望むこと、俺に定めたこと。俺は、それに従うだけだ」
 サカマキらしい‥。否、高位魔法使いらしい答えだった。
 自分が高位魔法使いであると自覚して以降のサカマキの思想は、「高位魔法使いの宿命」に引っ張られることが多くなった。世界の拘束力ってやつだろうか? そして、それはカツラギについても言えた。
 カツラギはサカマキ程目に見えて‥って感じでは無かったが、‥そもそも運命に対する拘束力が無かったら、カツラギが自分以外のために何かをすることなんてないだろう。
 フミカ同様表情のない顔で言ったサカマキ。
 でも、フミカとサカマキの無表情の意味は全く違う。
 フミカは普段から表情に乏しい。
 サカマキは「あまりに当たり前のことだから、表情にも出ない」って感じ。
 フミカとサカマキは全く違う。
 普段のサカマキは‥少なくとも僕にとっては、表情に乏しくはない。(注。皆にとってサカマキはいつも無表情)
「アララキはどうなんだ? 」
 サカマキが僕を振り向いて、ちょっと首を傾げる。
 ‥可愛い。

 あの時、僕は何て言ったっけ‥
 僕の発言の後、カツラギが
「アララキらしいけど‥傲慢な考えだな」
 って呆れ顔をして、それから
「それも含めて、定めって感じもするけどな。己に打ち勝つ、試練。みたいな? 」
 って苦笑いして言ったんだ。
 ナツカは、‥ナツカも変な顔してたな。多分僕の答えがナツカにとっても「傲慢な考え」だって思ったからだろう。
 でも
 サカマキは
「‥人は一人では産まれてこれない。
 一人で生きていけるって強がったところで、‥本当に一人で生きて行けるものでもない。
 誰かが蒔いた果物の種がやがて実を実らせ、その実に救われる小さな獣がいて、その小さな獣を食べる大きな獣がいて、そして、それを食べる人間がいる。
 食物連鎖、生態系。
 人は、‥生き物は皆‥一人じゃ生きられない。
 ‥一人じゃない。誰かとずっと一緒にいなくたって、誰かの善意に助けられて生きている。誰かの善意は、誰かの心に灯をともし、そして、誰かへの善意はまわりまわって誰かを助けて、そして自分を助けてくれる。
 人は何処かで誰かと善意で繋がっている。
 だから、‥自分を諫めて、出来ないことを悔やみ、‥人から受ける悪意を憎み人を疑い、楽しいことの後に来るかもしれない苦しみを恐れず、‥流されるんじゃなくって、受け止める。
 ‥それが宿命ってもんじゃないかな。
 神は、唯一の良心だって俺は思ってる。
 宿命という形で、神の意志から逃げられない僕は、‥だけど、自分の定めから外れない限り、間違ったことはしない‥それって、すごく安心できる。
 だから、こんな自分でも安心して暮らしていくことが出来る。
 忌諱されて、‥果たして自分のしていることは世界にとって必要なんだろうかって迷ったとき、これを思いだす。‥忌諱されている自分でも、自分のしていることは、世界にとって必要だって‥。だからこんな俺でも生きていていいって思える。
 歯を食いしばって生きていくことが出来る。
 世界の為に俺がすべきこと、それから逃げないように‥、世界の一部である自分を放棄しないように、‥わがままにならないように‥」
 って言ったんだ。
 ‥あの頃のサカマキは、今よりずっと自嘲的なところがあった。
 皆から向けらる悪意に今より慣れていなかったんだ。‥あの頃のサカマキはいつも傷ついてて、さみしそうで、僕らは見ていて凄く悲しかったし、何も出来ない自分がもどかしかった。
 サカマキを特に虐めた奴は、今はもう王都には残っていない。‥僕とフミカで「酷い目に合わせた」からね。その為に、フミカは腕を磨き、僕は発言権を得るためにいろいろ頑張ったんだ。
 あの頃の僕は、今よりずっと血気盛んだったし、‥青臭かった。
 発言も、うん、ちょっと青臭かったね。‥そもそも、「神について」語り合うとか、‥若いって感じするよね。(※個人の感想です)

 ‥その青臭い、若い僕は、一体何を言ったんだろう。

 だけど、きっと例の如く「青臭い」意見だったんだろう。それこそ、若者らしい「傲慢な」意見だったんだろう。
 そんな傲慢な僕を、サカマキは「一人で生きてるんじゃないんだぞ。自分勝手だな」って諫めるんじゃなくって、「一人じゃない大丈夫だ」って慰めてくれた。
 人に対する善行を驕らず、悪意も受け止めて‥「神は良心のパラメーターで自分が生きていく上の指針」「自分はその運命から逃げないように‥自分に恥じないように暮らしていく」って言った‥。
 
 涙が止まらなかった。
 一人じゃないって言葉が嬉しくって、
 でも
 ‥今まで守って来たって思ってたサカマキからそんなこと言われたことに対するもどかしさとか、‥ホントの意味ではサカマキの力になれない自分が情けなかったりとか。
 サカマキが今どんな気持ちで生きているのかって思ったらすごく辛くて、サカマキを辛い目に合わせている奴らが憎くって‥そして、それを「しかたがないこと」って歯を食いしばって耐えているサカマキが悲しくて、可哀そうで、
 怒りとか
 悔しさとか‥
 なんか、凄く複雑な想いを感じたんだ。

 『宿命』
 なんでサカマキは、「宿命」なんて言葉言ったんだろう。
 ‥そうだ。僕はこう言ったんだ。

「どう‥なんだろう。
 ただ、「これでいい」って思っちゃいけないって、‥それだけを心がけている。
 運命・宿命‥。
 今起こってる総て。
 棚ぼたに歓喜して‥嬉しいことも‥油断してていいものではないし、苦しいことを宿命として甘んじてそのまま受けいれて‥不幸な運命って言葉に打ちのめされたりしないように‥
 自分の身に起こる全てを、自分の力で自分の流れに持っていけるように変えていく‥それを心がけてる。
 ただ、自分を強く持つ。それだけだ。
 信じるべきは自分で、努力するのも自分。そこに、神って存在は、ない」

 あの頃は若かったんだ。
 だから、傲慢だった。何でもできるって思ってた。
 それに、‥転生者な僕は年齢よりずっと長い時間を生きて来た記憶があった。
 サカマキより、カツラギよりずっと大人だと思ってた。
 だけどそれは、この世界の常識じゃなかったし、僕は‥考えれば、前世でもそう器用に生きては来ていなかった。だのに‥器用に生きてこれなかった僕が先輩面して周りより一歩前にいる気になって‥。
 慢心してた。
 
 慢心して、油断してた。
 
 そして、そんな自分に気付いた今、僕は失う怖さに臆病になっている。
しおりを挟む

処理中です...