Happy nation

文月

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六章 Happy nation

1.花と、虫

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 うとうとと、再び瞼が重くなったサカマキの髪を優しく撫ぜていると、サカマキが静かな寝息を立て始めた。
 サカマキは僕の傍に居る時が一番安心して眠れる。(※ アララキの希望で真実は定かではありません)
 僕の腕枕が世界で一番安心できる場所だ(※ これもアララキの希望)

 あの後、‥傷だらけのひよこなサカマキを拾ってきた後‥僕の献身的なお世話のかいあってサカマキのケガは綺麗に治って、復活したカツラギの指導の元僕は、「神獣」の子育てを始めた。
 サカマキの産まれた村にも見に行って、サカマキの両親の事をちょっと探ったりしたけど、手がかりは見つからなかった。
 ‥そうしつこく探しはしない。少し様子を見に行った程度だ。

 サカマキの産まれ故郷、あそこは‥居心地が悪かった。
「邪神を信仰している邪術師たちの隠れ里」
 そうカツラギが言っていた。
 そういう先入観でもって見ると、村中がおどろおどろしい感じすらしてきた。
 まあ、邪神を信仰してるっていうんだから、おどろおどろしいで間違いは無いだろう。
 依頼を受けて、相手を呪うタイプの邪術らしい。
 お得意先は、先の王家。‥まったく腐ってるよな。‥まあ、勿論あの頃はそんなことまでは僕は分からなかったんだけどね。
 邪術は失敗すると、術者に邪術が返ってくるらしい。
 人を呪わば穴二つってやつだ。(←違う。これは、呪いは自分に返って来るから、人を呪わない方がっていいよ、って意味だ。)
 ‥ああ違うか? まあ‥いいや。
 ‥そういうのはよくわかんないけど、その村にとって、サカマキはどうやら歓迎されない存在だったらしい。
 サカマキは神獣で、邪悪とは対極の位置にいる。つまり、聖なる存在のサカマキがいると邪術が失敗する。
 そして、失敗すると自分が掛けた邪術が自分に返って来る。
 だから、術師はサカマキを恨み、(サカマキに呪いは効かないから)物理的にサカマキに危害を加える‥。自分に害が及ぶのは嫌だから、皆も見て見ぬふりだ。
 ‥とにかくあの村にサカマキの味方なんて一人もいなかった。
 だから、命からがら逃げだして来た当時、まだ人型が取れなかったサカマキは、なかなか人間に心を開かなかった。
 ‥無理もない。
 悪いのは全部奴らで、サカマキはなんにも悪くない。
 僕だってあんな‥胸糞悪い村には関わり合いになりたくない。
 できることならあんな村地図から消し去ってしまいたい。
 ‥多分あの村はサカマキの両親の生まれ故郷じゃない。ただ、サカマキがあそこで生まれ落ちたに過ぎないだけなんだろう。

 ‥神獣に両親なんているんだろうか? 

 片方もしくは、両方が神獣だったってことだろうか? この疑問はあの時も直ぐに浮かんだ。すぐにカツラギに聞いたら、ちょっと嫌そうな顔をして
「神獣は、花みたいなものらしい。‥そう書物に書かれていた」
 って言った。
 書かれていたってことは、何かの書物からの情報なのだろう。
 嫌そうな顔をしたのは、そう詳しい分野でなかったからだろう。そして、「あってる」って100%の確証を自分が持っていないから。「多分そうだと思う」って言葉は、カツラギのある程度確証がある推測、でも「そうらしい」は、カツラギの確証があまり‥もしくは全くない推測。
 「そうらしい」っていうカツラギはいつも不機嫌だった。
 一人称が「私」に変わったり、話し方が少々変わったりと小さな変化はあったものの負けず嫌いなもともとの性格までは変わらなかったようだ。
 カツラギは、使命を思い出して賢者になってからも、僕らの知ってるカツラギだった。
 負けず嫌いで「知らない」っていうのが嫌い。
 勉強家で、自分の欲望に忠実で、隠れ「俺様」。
 女の子にはいい顔するけど、男にはわりと適当。
 ‥でも、後輩にはいいとこ見せたいとか、ちょっと子供らしい可愛いところもある。
 そんな性格はかわっていないけど、カツラギは3日間寝込んで以降、今まで以上に勉強家になった。そのレベルは「頑張り屋さん」ってレベルを超えていた。寝食忘れて‥それこそ憑りつかれたように書物を読み漁っていた。‥まるで、賢者として、自分を必死につくりかえようとしているようだった。

「神獣は花みたいなものだから、両親が誰か‥というのは分かりにくいっていわれてる」
「花? 」
 僕は首を傾げた。
 動物である神獣が、花?
 カツラギが頷く。
「動物だけど、同種同士の交尾によって繁殖する種族ではないってこと。その繁殖方法は、動物のそれより、植物のそれに近い‥と書かれていた」
「植物? どういうこと? 動物の交尾と、植物の受精は‥でも、受精卵に精子的なものが受精するって点では変わらないよね? 神獣は植物じゃないから、動けないってわけじゃない。‥植物みたいに、動けないから風やら虫やらに精子的なものを運んでもらう必要はないよね? 」
「‥神獣が動物ではなく、植物的と言ったのは、その点じゃない。‥受精方法ではない。‥受精方法は、多分、動物同様交尾だ」
「? 」
 神獣は動物で、受精方法も動物同様交尾‥。
 でも、神獣は「花みたいなもの」らしい。
 ‥何のこと言っているのか分からない。
 首を傾げ続ける僕にカツラギが説明してくれたのは、‥やっぱりよくわからない事だった。
「動物の場合、交尾して、卵子に受精するのは、精子‥その動物の精子だわな」
「‥そりゃな」
「植物の場合、花に誘われておびき寄せられた虫が花のめしべに花粉をつける‥、花粉から卵管がのび‥卵子に受精されるのは、その動物の精子か? 」
「違う‥。別の花の花粉だ」
 もしくは、自分の花粉ってこともあるかも‥。
 花粉‥花粉は、虫の精子ではない‥
「あ‥」
 僕が「気付いた」ということが僕の表情から分かると、カツラギが一度頷く。
「そう。それが、神獣が花みたいなものっていわれる所以だ。‥花の中でも、虫に花粉を運ばせて受粉する虫媒花や鳥媒花って種類だな。いわゆる他花受精ってやつだ。神獣は、神獣どうしで生殖活動をしない。他の動物を生殖に利用するんだ」
「‥成程‥? 」
 僕は「分かるような分からない様な」って難しい話を適当に聞き流した。
 あの時‥あの話をした時‥
 ‥前世の僕だって17歳(つまり、死んだ(と思われる)ときの年齢。今の姿で言ったら、魂の話ね)。そして、あの頃の僕は何歳だったかはわかんない(覚えていないわけではなく、確かめるすべがなかったから「わからない」が正しい)けど、小学生位で、精子だとか交尾だとか、恥ずかしいって思う年頃だ。‥カツラギにとっては何でもない事だったかもしれないけど‥。‥タラシだったから、とか経験豊富だったからって話ではない。「性的なことというより、学術的な事だったから」って話だ。
 保健体育の授業って、思春期の青少年には照れるけど、勉強だからねって話と一緒? ‥そういう感じ。
 勉強だからそういう話は、恥ずかしいって思ってはいけない。寧ろ、恥ずかしい‥って何想像してるの? って感じ。
 そもそも、‥賢者なカツラギはともかく、僕がそういう話理解できてるって、カツラギは思ったのかな。‥カツラギのことだから、きっとどうでも良かったんだろうな。相手が自分の話を理解していようがいまいが‥。
 大事なのは、「自分が聞かれたことを正しく知っているか」ってことで、(聞いた相手が)理解できようが、それは関係ない‥って感じなんだろう。

 カツラギってそういうやつ。

「‥あの時は気付いてなかったけど、結構重要な話をしてた」
 当時の僕は、そのことに気付いてなかったっていうか‥、恥ずかしくって話を変えたかった。(あの頃僕は初心だった)(心は)童貞高校生だったわけだから、仕方ない。高校生くらいって、一番そういうの興味があるけど‥恥ずかしいよね?? あと、カツラギとはそういう話したくないって思ってたし?
 頭いい親戚の兄ちゃん(2歳年上)とそういう話、したいか??

 生殖の手伝い。
 ‥つまり、花粉的なものを運ばせる役割をする。
 花粉的なもの‥
 つまり、花の遺伝子情報。
 神獣の子供は、必ず神獣で、人間でも獣人でもない。
 相手の精子は花粉を運ぶ輸送経路。
 花粉はどこにある?
 ‥多分、神獣の精子だ。
 精子‥というか‥虫の精子の遺伝子が神獣の精子となんか化学反応みたいなものをおこして‥書き換えられ‥花粉になるんだろう。
 じゃないと‥虫の精子は、花には着床しない。
 (下品な話だが)自分のものを自分に突っ込むことって無理だ。だから、虫に運ばせる‥。
 その為の、「催淫状態」だ。何がなんだかわかんないうちに、虫はその役割を担わされる‥。

 精子と卵子を持っている‥。
「‥サカマキだけが特別じゃない‥ってことか」
 「ふたなり」‥雌雄同体は、サカマキだけじゃなくって、神獣自体の特徴。

 ‥遺伝的には関係は無くても、生殖の手段として必要ならそれでいい。
 虫は自分だけで十分だって話。
 ただそれだけの話だ。
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