Happy nation

文月

文字の大きさ
上 下
66 / 116
五章 世界の異分子

3.試される僕

しおりを挟む
 気がつくと、僕は子供になっていた。
 黒髪黒目は、以前と変わらない‥でも、見たことがない子供だった。
 

 あの後、‥目の前が真っ白になって、余りの眩しさに目を瞑った僕は、直ぐに「ヤバい、目を瞑ってたら咄嗟に動けない」って気付いて、目を覆いながら‥あれだ、直射日光見たら眩しいから手で目を覆いながら見る的な感じだ‥目を開けた。
 だけど、何にも見えなかった。
 眩しくはなくなったけど、何も見えない。
 真っ白で、静かな空間だった。
 そんな時間が一瞬だけあって、その後すぐに身体がふっと浮遊した様な感覚があって‥
 次の瞬間には尻もちをついていた。
 そう衝撃はない。
 ふ、っと浮いて、どんって位かな。せいぜいが、道でこけた位の衝撃‥
 しかも、着地地点は柔らかい草の上だった。
「っへ?? 」
 周りを慌てて確認する。
 草原‥見渡す限りの草原だ。
 さっきまで「彼」と口論‥お話‥してた場所とも違う。国が違うとかかもしれないが、生まれ故郷ではない様な気がする。
 それにしても、何もない。
 人工物がって話だ。自然物なら、それこそオールスターって感じで、ある。目の前は大きな池だし(湖? )。その後ろには森っぽいものがあるみたいだし、森っぽいところの奥から水音が聞こえてる‥あれは、多分きっと川があるんだろう。ざざーって草原を渡る風の音も聞こえる。
 草を刈った時の様な青臭い匂いが鼻腔を掠めていく。
 池に影を落としてるのは、森の入り口に立つ大きな樹だ。森は‥白樺の様な樹皮の樹が多いだけど、葉っぱがトウヒっぽい。‥トウヒの森って初めて見たかも。(正確には、トウヒじゃない)
 パニック起こすより先に、見惚れた。
 濃い緑の美しい光景に、息を呑んだ。空は抜けるように青く、草は柔らかな若葉色。池の向こうの森は深く、奥は見えない。怖いって感じはない。神聖って感じ‥今にも池の水を飲みに樹々の間から白馬が出て来そうな‥そんな感じ。東山魁夷の絵画を思い起こさせる幻想的な風景だった。
 誘われるようにふら、っと立ち上がろうとして、自分の足元に目がいった。一気に血の気が引く。
 ‥足が小さい。
 慌てて自分の全身を眺める。
 ほっそい頼りない脚、腕、首、小さな手や、足。それらを順番に触って確かめる。
 間違いなくそれは自分のものだったし、そして間違いなくそれは、どう見ても子供のものだった。
 なんだか色々忘れてたり曖昧になってるんだけど、「今までの僕」はそんな年では無かった。詳しい年は分からないけれど、少なくとも子供では無かったはずだ。
 ‥ホントになんか分からない感じなんだけど、‥そもそもこの大きさの子供が愛について語ろうか?? さっきまで、僕は見知らぬ‥「神的な男」と愛について語ってたはずだ。(それは間違えは無いだろう)
「とにかく、現状確認‥。まずは、自分の姿を見なければ‥」
 思わず独りごちた声が、高い。これも地味に落ち込んだ。だけど、頭を振って気合を入れ直す。
 姿を見ようと、池を覗き込んだ。
 池には、自分の姿が辛うじてぼんやりと映った。黒髪黒目の‥子供だ。
 細かいところは、まるで見えない。だけど、全体的に丸みを帯びたパーツから、5歳くらいかそれより小さい位かな、と推定した。元の世界において、小学校に入る前って位か。
 でも、細っちくって小さいけど、不思議と弱弱しさ‥華奢な感じはしない。
 脚や腕には、薄っすらだけど筋肉がついている。骨も太そうだ。
 小さな手も、まるまるしてるって感じより、骨ばってるって感じ。如何にも丈夫そうで安心した。身体能力の方は後で確認するにしても、転んだだけで骨折する様な仕様では無い様でまずは安心する。
 服は、辛うじて着ていた(良かった)
 生成りの‥麻みたいな服。
 頭からかぶるタイプの長い上着(貫頭衣っていうんだっけ? )で、腰の辺りを紐で縛ってる感じ。一応、織物って感じの布だ。葉っぱを服代わりにしてるわけではなさそうだし、毛皮を纏ってるわけでもない。
 少なくとも、原始時代‥よりは文明が発達してる感じらしい。情報を収集する術は今のところ、ない。
 この辺りに人もいないみたいだしな‥。
 ‥強制的に場所の移動と、幼児化。周りに頼りになりそうな家は無い。
 サバイバルで生き延びろってことか‥。
 ソロでサバイバルゲームで、プレーヤーが幼児って何の無理ゲーだ‥。
 いや、でも、砂漠の真ん中に放り出されることを思ったら、まだまし‥かも?
 池もあるし(つまり水がある)、‥食料調達できそうな森もある。
 装備品は、ない。
 薄っぺらい服と、服のウエストを縛っているベルト的な紐(どうやら、麻ひもを編んだものらしい)。そして、動物の皮で作られた靴。
 ‥これがあってよかった。靴がないと、早く走れない。地震なんかで避難する時でも、靴を履くことが重要っていうもんな。足を怪我したりすると走れないからね。
 そうか‥避難。キャンプだと考えて、必要な物の調達をしておこう。今は明るさからして昼間の様だけど、何の用意もないまま夜が来るのはヤバい。‥時間が分からないから、今日は人を探すのは諦めて、明日の朝から移動することにしよう。
「‥水はあるから、水に困るということはない‥のか?」
 綺麗な池ってわけではない。
 別にゴミが浮かんでいるとか、濁って泡(あぶく)が浮かんでいる‥ってわけでもないが、透き通って底が見えるって程ではない。水の色も、緑色で「植物性プランクトンいっぱいそう‥」って感じの水だ。
 今「この水飲まないと無理、死ぬ」って程喉が渇いてるってわけじゃないから‥絶対飲まないな。


「どんなに愛しても、愛を返してくれない。そんな相手を愛する苦しみをお前も味わってみろよ!! 」
 さっき「彼」(多分神)は、そう言っていた。
 だから、ここはその「舞台」なんだろう。
 ‥で、そこで僕は「そんな相手」に会うんだろう。
 会って、僕がどうするか‥神は見てるんだろう。
 この、異世界で。

 ‥ここ、異世界だ~‥。

 僕は、遠くに角と羽がはえた馬的なものを見ながら‥何故か冷静に思った。


 所謂異世界に僕は転生した(転移? )させられたらしい。
しおりを挟む

処理中です...