Happy nation

文月

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五章 世界の異分子

1.価値観・倫理観と人々の理想郷(ユートピア)

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 僕の腕の中で静かな寝息をたてているサカマキの白い滑らかな背中を撫ぜながら、僕は「昔」の事を思い出していた。

 ‥今の僕は、サカマキの事がそれはそれは好きで、ぶっちゃけサカマキの事以外どうでもいい。
 その事実だけは、間違いない。今の事態に至るまで、そりゃあ色々なことが当然あったわけだけど、結果的に残った普遍的な「真実」ってのはそれだけだ。
 いろいろあって、今に至った。
 神の決めた「賢者」に会おうと思ったわけでもなく、賢者に会うことが運命付けられてたわけでもなく、たまたま昔馴染みが「賢者」だった。
 元から王様だったわけじゃないし、王様になる運命とかじゃないし、‥別に僕がそう望んだわけでもないのに「したい様にしていたら」いつの間にか王様になっていた。なる様になった‥ってことなんだろう。なるべくして、なる様になった。
 なる様に‥って、勿論サカマキと一緒にいることだ。
 サカマキと一緒にいたいから、王都に付いて行った。(ホントに王都に必要だったのは、賢者のカツラギと、高位魔法使いであるサカマキだけだったというのに、だ)
 そこで、僕が目にしたのは、高位魔法使いに対するあからさまに不条理な対応だった。
 至急、なんとかしないと‥って思った。
 サカマキの生活改善と‥将来的にはサカマキと結婚するため、頭の固い奴らを、なんなら実力行使も辞さないぜ~って感じで粛清してたら(っていう言い方はちょっと大げさだけど)奴ら多方面から嫌われてたらしくって、まあ‥何となくね、いつの間にかリーダーみたいな感じになってて、そのまま祭り上げられて王様にちゃったってたって感じかな?
 あの頃は、僕も血の気が多かったなあ。
 それだけ。
 お約束の‥伝説の勇者とかじゃない。
 何となく、‥嫌な役割を押し付けられちゃった「どんくさい奴」って感じなんだ。
 主人公的‥カリスマ要素なんて皆無だ。
 チートもない。
 万物の理を知る、全知の王『賢者』であるカツラギや、戦場の女神フミカそして、総ての魔族を葬り去る殺戮の魔王(でも、それよりなにより無敵に可愛いの)‥『高位魔法使い』であるサカマキ‥。
 チートは彼らの方だ。
 でも、そんな主役級の彼らは皆‥でも、揃いも揃って残念な性格をしていて、表舞台に出てくることは無かった。‥その結果、彼らの近くにいて、彼らの扱いに慣れている「ある程度器用で使い勝手のいいモブ」な僕が王様になったって感じ。
 そんな流されちゃってる僕なんだけど、‥サカマキの事だけは、何となく‥にする気はない。それだけは、ブレないでいればそれでよし、って僕は思っている。
 最後にこれだけは残っていればいい、ってものさえあれば、ぶっちゃけ生きていけるでしょう。
 王様が絶対、って国じゃない。
 時代が王を作り出し、また次の時代がくれば、次の王がつくられる。
 王は民意の象徴、的な? 
 だからといって、民衆に迎合してちゃいけない。
 民衆の要望と、社会の理想との折合いが大事だ。
 少しでもいい暮らしがしたい。少しくらい贅沢がしたいし、楽に暮らせるならそうしたい。
 そう言った人間だったら当たり前に持つであろう‥民衆の要望は、だけど、「善良なるこの国の国民」にとったら『世俗的な欲望』なんだって。

 選ばれた「Happy nation」の国民としては、恥ずべき思想なんだって。

 善良なるこの国の国民である民衆の理想は「社会の理想」を実現すること。
 社会の理想とは「すべての国民が等しく幸福になる事」であるらしい。
 実現不可能な理想を掲げ、そんな善良な自分に満足する。
 だけどもし、社会の理想を実現するために、単純な方法をとったなら‥一番お手軽なところで、同じ額のお金をみんなに配ったなら、人はそれに甘えて努力することをやめるだろう。
 ‥社会主義より資本主義‥ってそんなに大袈裟な話をするわけじゃない‥
 だけど、まあ‥人間の欲望の話だから、結局はそういう話になっていくんだろう。
 人は、欲望により進化していく。
 欲望を叶える為に努力するんだ。
 別に、それは「俗っぽいこと」でもないし、社会倫理に反していることでもない。

 あったり前のこと。
 それを、だけど社会の平等がどう‥とか、倫理的に‥とか、理想に反する‥とか考えるからややこしくなる。
 理想ってのは、心に夢物語として思い描くだけが一番いいんだ。

 人と、自分は違う。
 ‥自分だけは、周りの奴らとは違う。

「俺は、誰よりも努力して自分の幸せを手にした。努力の足りない奴と俺が一緒の評価で、同じものを手に入れるって‥そんな馬鹿なことがあるか? 」
 人より頑張ってる自分が、その他の者たちと同じ報酬って‥そんな不条理はあるか? っていう不満だ。
 ‥だけど、努力って目には見えないよね? 自分以外の人の努力を測る方法はない。
 既存の能力差もある。能率の違いもある。だから、同じだけ時間をかけたって、同じだけ汗をかいたって、おんなじ結果を得られるわけではない。
 だけど、彼が言っているのは「自分がどれ程時間をかけたか」「自分がどれほど汗をかいたか」って話だ。
 周りの人より自分の方が時間をかけたとか、汗をかいたか‥とか。
 だのに、報酬は同じ。それっておかしくない?
 それが、彼における「不平等」だ。
 成果の話をしている場合もあるだろう。
 自分の方が、周りより沢山の製品を作った‥。
 これも、同じなんだけど、ちょっと違う要素が加わってくる。
 個人の元々の能力だ。
 能力が高い者なら、周りと同じ時間でも、沢山の製品を作ることができるだろう‥って話。
 じゃあ、それは能力給がいいのか? って話になってくる。
 だけど、それも、彼の言う「自分の努力云々」によって、変わることもある。
 元々の能力に加え、「学習」により、能率が上がるという話だ。
 
 自分は元々の能力以上の努力をして、その結果、能力が向上した。

 それが、「自分は努力した」と主張する彼の根拠である。
 例えば学歴だったり、その努力は形としてそこにある。その努力は客観的に評価されるべきだと。
 ぶっちゃけ金のある者は、高水準の教育を受け、効率のいい方法を学び、結果を出す。それこそ、善良で努力家の彼を凌ぐ結果を簡単にはじき出す。
 それを、だけど、個人差だから、社会の理想の前で平等が望ましいから‥と評価しないのは、社会にとっての損失だ。
 個人の努力はいずれ、社会全体の発展につながり、社会全体の幸福に貢献する。
 彼の一時間が、能力的において、効率の悪い労働者の一時間より価値があると言えたなら、その価値に見合う報酬を彼は得るべきなのだ。その価値を支払える場所というのが、彼の職場になるべきなのだ。
 万人は、能力と報酬が見合う職場でそれぞれ努力する。過大評価されることは無いが、過小評価に泣くこともない。
 これが、社会における「真の理想」だ。
 実際は、そう上手くいかない。
 事業主にそんな「天の眼」は無いし、報酬が違うことにより生まれる社会的格差はやはり問題である。
 初期費用(イニシャルコスト)を多く用意できる資産家階級は、相対的に既定値(デフォルト)が高く、また技術向上にかける資金が捻出しやすい。結果、給料がよい職業に就けることが出来る。
 つまり、金持ちは金が入ってくるようになっていて、貧乏人はいつまでたっても貧乏のスパイラルから抜け出せないってことだ。

 人の権利や身分が法の前で平等だといっても、人が真に「平等」であるとは、言えない。

 人に与えられた時間は平等だけど、時間の使え方は人によって違う。使い方じゃなくて、使え方だ。
 自分の楽しみのために使える時間の有無、の話だ。
 善良なる国民は、日々自分の生活の改善に尽力しながら、総ての人々の幸福を願う。
 人々は、総ての人が平等で、幸せで、総ての人が笑いあえる国‥「Happy nation」‥理想郷(ユートビア)を願う。そのユートビアを願う心がある限り、人は自分には良心がある‥と確認できる。

 不可能だって思いながら、「せめて」心で祈る。
 総ての人が幸せでありますようにって。

 ただの私たちには‥でも、願うだけで実現は不可能だ。
 彼が、彼ならなんとかしてくれる。
 彼‥「Perfect man」なら‥

 自分たちの国を真のHappy nation(理想郷)にと導くのは、「Perfect man」である。‥自分たちの様な平凡な国民には成し得ない偉業を成すことが出来る‥それが伝説の男「Perfect man」である。

「それって、自分たちは、正しいことを願っている「善良な一個人」にしか過ぎないよ。自分たちは、(善良ではあるけど)平凡だからできるわけないから、誰か出来る人がしてくれ。っていう、責任転嫁だよな。
 出来ないから(やろうともせずに)‥結局何もやらないって言うね‥
 自分たちの事、善良だと思っている‥とか#質_たち__#が悪いな」
 アララキはため息をついた。

「Perfect man」。‥誰もが憧れるヒーロー。
 絶対現れない‥現れて欲しくない英雄。
 いないって分かってて、人は彼が現れるのを「願う」
 彼の前で、真の理想郷を是非作ってくれと、人は言えない。
 ホントはそんなこと望んでいない‥。
 伝説のヒーローじゃないとこんな実現不可能な望みは叶えられない。ヒーローが現れて下さらないから、この望みは実現不可能なままなのだ。っていう言い訳。つまり、‥責任転嫁、かな?
 ヒーローは良心の化身。

 ‥神とは違う。

 神は、僕の事を見ていてくれてる‥誰に認められなくても。
 ‥だから、この小さな僕の努力を認めて下さい。
 そして、神は総ての人を見てるんだから、僕なんかのことずっと見てるわけではない。
 ‥だから、小さな悪事位見逃してくれるだろう。

 彼らにとっての神は‥完全な(善である)存在では無い。

 そして、間違いなく、ここの神はそんな完璧な存在では無い。
 団体のトップたるものが、善意だけで居られるわけがない。‥この世界における神もまた、そのような存在なのだ。
 人々もそのことを知っている。
 日々の生活を‥安寧を守り、生命を守ってくださっているのが神様。
 だから、自分たちは神に感謝を奉げるべきなんだ。
 そういった感覚だ。(Perfect manは、理想と憧憬であり、信仰と感謝をするのは神って感じ)

 ‥そこら辺が僕が昔「生きていた」世界と違うところなのかな、って思う。僕の昔生きて来た世界では、『天知る地知る神ぞ知る』とか、人は神の前に正直で正しくあれ‥って教わって来た。
 苦しい時も神頼みだったし、正しい国は「天国」‥神の国で、理想の男が導く「Happy nation(理想郷)」ではない。良心は他者に対する思いやりというよりは、「神の前で恥ずべきことをしていないか」ってことだったと思う。
 心の中に、理想の男に対する信仰心さえあれば、その者には「良心がある」。良心があればそれでいい。っていうのがこの国で、彼の国は、もっと自分に課すところが大きいって感じかな。
 精神論っていうのは、難しいね。

 ここの神は、元の世界の神よりもっと「身近(っていうのかは分からない)」だ。
 それに、もっと効率的だし、‥残酷だ。
 神は‥自分の世界を守る為に、小さな犠牲位仕方が無いって言う。
 自分がつくった高位魔法使いである「サカマキ」や、進行役である賢者「カツラギ」。彼が「小さな犠牲位仕方が無い」で切り捨てることが出来る、駒。
 そして、この世界に住む善良なる民もそんな神を当たり前に受け入れて、魔物を排除するサカマキを「日常とは相反する者」と忌諱して、そして、例え魔物に殺されたとて「おお、神よ。何故あなたは貴方の国民をお見捨てになるのか! 彼の尊い犠牲を我々は決して忘れない」なんて、言わない。
 仕方が無い。って言う。
 ‥この国の神も正樹と一緒だ。
 世界を守る為、‥家族を守る為‥
 ‥だから、仕方が無い
 って言うんだ。

 この国に‥否、この世のどこにも‥

 本当に「正しい」ということは、ない。
 そして
 本当に「平等」ということは、ない
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