Happy nation

文月

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四章 物語の主人公

22.サカマキ、今更なことに気付く

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 ‥確かに、アララキってそこそこ細マッチョだ。
 細マッチョだって、分かった。体感した。
 あの時‥。

 ‥服を着てたら、そんなに分からなかったけど‥
 綺麗に筋肉がついてた。
 ぱっつんぱっつんでむっきむきって感じじゃなくって、引き締まってるって感じ。
 圧迫感半端ない、怖いって感じでも、男臭いって感じでもなくって‥セクシーって感じ。男から見ても見惚れる身体だったんだ。

 まあ‥アララキはあれだ。
 肌も白くって顔なんか、‥綺麗で、女って思えんでもない様な顔してるから、ありか。ありってことにしよう‥その女みたいなのに、突っ込まれる側ってどうだ‥いや、それも考えないでおこう‥ってあのとき色々考えた。
 ‥はい、そうです嘘です。流されてたあの時は、何にも考えられてなかったです。いろいろ考えたのは、アララキがまだ寝てる間に奴の腕から小鳥に変態して抜けだして、一人になった時だった。(細マッチョに凄い力でがっしり抱え込まれてたから、変態しないと抜け出せなかった。ってか、いろいろと大変なことになってる自分の身体とかしみじみ見たくなかった)
 そりゃあ、もう「やってしまった~!! 」って感じだった。
 あの時は仕方が無かったんだ~って、誰に言うでもない言い訳を言ったりとか。
 なのに、いろいろ‥鮮明に覚えてたり‥。
 昨夜のことを思い出したら、一気に、沸騰するかと思う程盛大に赤面した。だけどその後、じわじわと捕食者のそれにも似た、ギラついた‥情欲をはらんだ熱っぽく色っぽい眼差しや、何度も俺の名前を呼ぶアララキの余裕のない声、俺の身体を執拗に撫でまわす火傷するんじゃないかって思う程熱い指先と唇。彫刻みたいに整った身体を思い出して、思わず身体がじくり、と疼いて‥「‥っ」思わず声が漏れた。
 で、その後すぐ、我に返って
 ‥俺は変態か。
 って、落ち込んだり。
 ‥っくそ。あれは、‥あれだ。しょうがなかったんだ。無我夢中って奴だ。忘れよう!

 ‥カツラギがあんなこと言うから、思い出してしまった。
 それにしても‥

「アララキだって、そこそこ細マッチョだよね!? 中に入ってどころじゃなくガッツリ本体でアララキと子作りセックス出来ちゃう奴が、「マッチョとかマジ無理」とか言ってんじゃねぇよ!! 」

 カツラギがあんなこと言うなんてなあ‥。あいつは間違えても品行方正とは言えない奴だけど、ああいうあからさまに下品なこと、普段から言ったことなかった。妙にスカシて、世の中の俗っぽいことも全てあるがままに受け入れる‥ある意味で悟り人みたいなところがあった。

 ‥よっぽど『方向(シフト)転換(チェンジ)』が嫌なんだろう。
 まあなあ‥ある意味、カツラギの自信や生活の全てだったもんなあ‥あの顔と、あの顔が周りに与える印象が。‥そういうと、カツラギって人間がやけに浅~く聞こえるな。
 確かに、下半身的には‥浅~いし、女っタラシだし、欲求不満? なにそれ、なんかの病気? って感じのクズだったけど、別にそれが全てじゃない。
 普段のカツラギは部下からの信望も厚かったし、仕事にはシビアで、妥協なんかしない職人タイプ。冷たそうに見えても、あれで面倒見のいいところもあって、俺にも優しかった。
 あんなこと、カツラギが言うなんて思いもしなかった。
 あんなに‥カツラギが悔しがり、傷ついてるなんて思わなかった。
 あの貌も含めての、カツラギだったんだって思い知らされた。
 否、あの貌こそが、カツラギの矜持で、生活の全て‥(基盤位かな、‥そういうことにしておこう)だったんだ。

 そんなこと考えたことなかった。

 俺自体、自分の顔にそんなに思い入れがない。この顔で損をしているとも、得をしているとも、この顔が嫌だともいいとも‥思ったことがない。
 『存在自体』が嫌われているからだ。俺も、俺の存在自体が(自分の事ながら)嫌いだ。‥俺なんかが生きているのは申し訳ないとすら思う。
 だけど、それは俺だからだろう。
 普通の人間にそういう『前提』はないんだろう。
 そして、そういう『普通の人間』の中でも、カツラギは自分の顔に誇りを持っており、その顔をいかんなく発揮する方法を今まで取って来ていた。
 そういえば、フミカもそうだった。必要と自分が感じれば、あの顔を利用することも厭わなかった。
 
 ‥もしかしたら、フミカも今の‥新しい顔に不満があるんじゃないだろうか‥。

「ごめん‥」
 そう思ったら、居てもたってもいられなくなって、傍に居たフミカに謝った。
「ん? なんの、「ごめん」だ? 」
 フミカが首を傾げる。因みに今は二人とも鳩の姿で、何時ものリビング前の樹の枝にいる。
「フミカ‥その顔‥ええと、アララキの顔‥嫌なんだよな‥生きてればさえって思って俺‥そんな事考えてなかった。フミカは‥少なくとも選べたのに‥前と同じ顔になる様にとか‥少しでも選べたかもしれないのに‥」
 俯いて
 俺は、フミカの顔を見れなかった。
 アララキそっくりの顔を‥見れなかった。(※今は鳩だけど)
 アララキそっくりで、でも、アララキとはいつも違う表情をするその顔を‥。当たり前だけど、顔以外に「アララキ」を見つけられないその仕草、表情、口調。
 見られなかった。
 顔を見てしまえば、
 そこにいるのは、アララキでもなく、かっての親友でもない、全く「知らない人」のように見えてしまう。
 それは、たまらなく寂しい。
 黙り込んでしまう俺の頭上で、フミカが深いため息をつく気配がした。
「それは何か? サカマキが我の昔の顔と同じ様な顔をした『男』とまぐわえば良かったって思ってるってことか? それは、サカマキが望んで出来たことなのか? あの緊急時に? 」
 呆れた、って口調。
 俺が望んでも出来ないこと‥確かにそうだ。
 だって、俺の生殖能力は云々以前に、俺の容姿は全くの男だ。
 それに、急に現れた他人に「子作りしてくれ」はない。俺はともかく‥相手が嫌だろう。
「‥‥そうだ‥な」
 そうだ、仕方が無かったんだ。
 とは思うものの、‥顔があげられなかった。
「我は、別にどんな顔をしていようが我だ。‥アララキの強力な執着がDNAに含まれていて、自分を知らないうちに操っていく未来が来たらどうしよう‥っていう恐怖はあるが、別に‥アララキが親で嫌だ、とかは‥口でいう程は思っておらん。
 生きていれば
 その通りだと思う。
 この顔なら、この顔の様に‥それを利用して生きていけばいい。別にそれが全てでもない。どうしてもこの顔が生きにくければ、顔なんか隠せばいいし、ここで‥引き籠って在宅ワークでもしようかな」
 なんてな、
 って笑った。
「‥‥」
「急にどうしたんだ? 」
「‥カツラギが昨日‥」
 俺は、フミカに昨日カツラギに呼ばれた話をした。
 フミカは、暫く、それこそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが
 急に爆笑した。
 まるで、ポップコーンが破裂したみたいに、
 沈黙を破って、‥フミカが急に大爆笑した。
「あいつは‥ホントにアホだな!! 」
 
 久し振りに、フミカのこんなに楽しそうな顔を見た。

「あはははは、そうか! カツラギは天使でショタな外見で中身ドSな腹黒賢者は嫌なのか! あはははは。
で、アララキは細マッチョなのか! 
 言ってたな! 確かにサカマキ「マッチョは無理」って」
 もう、笑いが止まりません、って顔だ。
「正樹をサカマキが選んだって、あはは! あいつも見てただろうに! サカマキは炊き付けはしたが、別にサカマキが正樹を選んだんではないであろう? 寧ろ、あれは「誰でもいいから」って感じだったぞ? 我は、正樹がいい奴で良かったよなってすら思ってるぞ? 」
 そう言って、最後は、にっこりとサカマキの顔を見上げて微笑みかける。
 って、鳩だから、にっこりって感じでもないんだけど、そんな感じがするってこと‥。
「いい奴かな」
 ‥ちょっと腹黒すぎるかなと思ったり。
「‥まあ、悪い奴じゃないと思うぞ。ちょっと愛が重いが」
 ‥やっぱり愛は重いですよね。ちょっと、ウザいですよね。ちょっと、病んでますよね‥。
 俺のせいだよね‥。
「う‥」
 何も言えない。
 くすくす、とフミカが笑う。
「まあ。そんな奴じゃなかったら、あんなに早くに結婚して子供を作ろう‥なんてならなかったと思うから、結果良かったんじゃないか? 」
 ‥確かに。
 まあ、確かにそうかも‥。
 
 結果良ければすべてよし

 ってか、「瓢箪から駒が出る」
 ‥思ってもなかったことから、思ってもない様な事になった。
 人生って分かんない。

「そりゃあそうと、‥アララキは、細マッチョなのか? 見たサカマキはまだしも‥カツラギは何で知ってるんだ? 」
 俺は、うーんとちょっと考えて、「あれだな」ってすぐ思い当たる。
「幼馴染だから、水浴びを一緒にすることが多かった」
 カツラギはアララキと一緒に水浴びをすることもあったが、元々が神獣で、そんなに風呂に拘りがない俺は、神獣姿になって、ざぶんって水に飛び込んでぶるぶるって身体をふるえば、もう終わり、って感じで済ませていた。(魔法もあるしね)
 人の姿で洗うより、神獣姿の方がずっと楽なんだ。魔法もあるから、普段からそう汚れないし。
 村でも、村の仲間と水浴びをすることなんかなかった。だから、他人の裸なんぞ見る機会は無かった。(まして、男の裸なんか好んで見るもんでもないだろう)
「成程ねえ」
 ふんふん、とフミカが小さく頷いている。
「で、サカマキは知らなかった、と」
 そう。(アララキが細マッチョだって)‥知ってたら、まぐわうの‥躊躇したかもしれんな。
 だって、怖いじゃん。マッチョ。
「アララキがマッチョってイメージないな。あいつ、女みたいな綺麗な顔してるもんね」
 そう。それ。
 でも、仕方ないわなあ~。あの村で、サバイバル自給自足生活してたんだもんなあ。そりゃ、マッチョになるよなあ。寧ろゴリゴリのマッチョにならなかったのが奇跡って感じもする。あの村の若い男たち、ゴリマッチョも多かった。なんせ、世話好きな筋脳が愛情込めて暇に任せて‥鍛えたんだ。その結果、狩りっていうか、もう「暗殺」みたいなレベルだったし。
 その中で、アララキも一切の遅れを取ってはいなかった。魔力持ちはそんなにいないし、教官役の世話好きの筋脳共(元S級冒険者たちだったらしい)も魔法は使えなかったから、アララキが魔法を使ったら「ズルするな! 拳一つで戦え! 」って怒ってたっけ。‥そうか、教官がいない時は魔法で「ズル」してたから、アララキはゴリマッチョになるのを免れたのか? いや、‥もともとそうい体質なんだろうな。そういうズルはしてたけど、‥俺を背負って狩りとか行ってたから、他の奴らと比べて運動量が少ないとは思えなかったからな。
 ‥思えば、とんでもないな。
 俺は‥神獣で、飛べるとはいえ、幼年期はその殆どを寝て過ごすからね。
 ‥ってか、置いていけばいいのに。(皆にも言われたらしいが、アララキは断固として「NO」だったらしい。‥なんか、想像に難くないな。アララキらしい‥)
 カツラギも同じ村出身だったけど、カツラギは要領よくさぼってた様だ。夕飯当番とか100%女の子に変わってもらってたし(※カツラギが頼んだわけでもなく、だ)。‥薪運びとかは「弟分でしょ!! 」って俺がやらされたもんな。
 恋する乙女の「真心」や献身は、イケメン限定。‥女の子が「か弱いもの」って思えないのは、あの時の女の子像が俺の頭にあるからなんだろうなあ。
 そういえば、その他の力仕事は「カツラギ信者」にやらせてたな。‥あいつ、あの頃から信者いたんだよ。‥なんか思い出した。
 王都にいるときみたいに、性的な‥「カツラギ様抱いて♡」的な目でカツラギを見てる奴はいなかった。ただ「兄貴、物知りっすね! 半端ねっすわ! 」って純粋に尊敬してる感じ。文字を教えたら「成程~」計算を教えたら「凄いっすね~」ってキラキラ。
 ‥あいつら、ホントにあれで覚えられてたかな。
 くす、ってつい笑ってしまった。

「やっと笑ったな」
 くすっとフミカも笑う。
「いいんだよ。サカマキは悪くない。あいつもあの異常にいい頭を利用して、シフトチェンジ頑張ればいいんだ。
‥そもそも、顔につられて慕ってくるような奴、駄目だろ。
本当の誠実さを知るチャンスだって、‥我は思うておるぞ」
「フミカ‥っ! 」
 
 やっぱり、俺の選択は間違えてなかった‥っ! フミカがいてよかった‥っ!
 そして、やっぱり、カツラギ、クズ‥っ!
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