Happy nation

文月

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四章 物語の主人公

17. 回想の中のカツラギと今のカツラギ。~「違う」と「同じ」~

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(サカマキside(回想バージョン))


 魔物が出たら。
 一番に‥
 いつだって、一番に分かるのは俺だ。
 俺個人‥というか、高位魔法使いの習性だ。

 カツラギが、王都に来る前に
「実は、お前は高位魔法使いだ」
 って俺に言ったんだ。
「私は、賢者だから、分かるんだ」
 って。
「‥だから、お前は私と一緒に王都に行かなければならない。王都で、‥魔物から人々を守る為に戦わなければならないのだよ」
 カツラギと一緒なら、まあいいか~。心配ないか~。
 いつだって、カツラギの言うとおりにしていれば問題がなかったから。それに
「勿論、僕も一緒に行きますよ」
 ってアララキがいつものように笑って言ってくれたから。
 ますます、何の心配もないって思った。何にも変わらないな、って安心した。
 アララキはいつも、俺を助けてくれた。
 ご飯だって作ってくれるし、狩りだって上手だし、服が破れても繕ってくれる。
  カツラギは「なんでも自分でしろ」って何にもしてくれない。「私がお前に何もしないのは、何でも私がやっていたらお前の為にならないからだからね」って俺に言うけど、絶対カツラギが何も出来ないからやらないだけなんだ。出来てもきっとやらないだろうし。そもそもカツラギが自分の事自分でしてるのなんて見たことないよ。「ものぐさ」ってやつだよね!? でも、カツラギは偉そうだから誰も何も言わない。
 それどころか大概、女の人が代わりにしてる。しかも、いつも違う人なんだ! 
 おじちゃんたちは「羨ましいな! 」って笑ってるけど、「お兄ちゃんたち」(一緒に生活してた孤児の子供たちだ。子供たちは皆、自分より大きな子は、お兄ちゃん、お姉ちゃん。自分より小さな子は妹やら弟って呼んでたんだ)は「不誠実だ! 」って怒ってたよ。俺も思う。「女ったらし」(←「お兄ちゃんたち」に教わった言葉)はよくない。(今ならわかる。あの時「お兄ちゃんたち」はカツラギを羨んでたんだって。お兄ちゃんたちは、全然女の人たちに相手にされてなかったから。‥カツラギなんかよりずっと「誠実で」「働き者で」いい人たちなのに、女の人たちは見る目がないな! あの頃のカツラギなんて、それこそ「顔だけ」で「女ったらしスキル」に長けただけの奴だったのにな! )
 アララキは違った。同じように育ってきたのに、アララキはカツラギとは全然違ってた。女の人にしか優しくないカツラギと違って、男の俺にも優しかった。(※というか、アララキはサカマキにしか優しくない) 
 森で拾って来た俺を一番世話してくれたのもアララキだったらしい。その時俺は、神獣の姿だったらしいから、ペット的な感じだったのかも。
 人型になったばかりで、指が中々上手に使えるようになれなかった俺に、匙で掬ってご飯を食べさせてくれたのは、アララキだった。字を教えてくれたのも、一緒に添い寝してくれたのも、アララキ。いつも一緒にいてくれたのもアララキ。
 流石に6歳になったら大人と一緒に寝てるなんてカッコ悪いだろうな、って他の子たちと子供部屋で寝るようになったけど(※いうまでもなく、この時アララキは泣いた)、それでも怖い夢を見て、心細くなってアララキの布団に潜り込んだら、何も言わずに微笑んで、一緒に寝てくれた。そしたら、もう怖い夢なんか見なかった。
 幼い頃、‥俺は何故か怖い夢をよく見てたんだ。‥今思えば、俺が高位魔法使いだからだったんだろう。
 高位魔法使いが、魔物を怖がってたら話にならないから「怖いモノの耐性」をつけるために、悪夢を頻繁に見せられてたんだろう。
 ‥だったら、アララキの布団に逃げこんでちゃダメだったんだな‥。

 人間的にはダメダメだけど、物知りだし、決断力があるカツラギ。いつだって優しくって頼りになるアララキ。俺の特別な兄ちゃんたち。
 ‥そういえば、二人の事を俺はあの頃「兄ちゃん」って呼んだことなかったし、二人も俺のこと「弟」って呼ばなかったな。カツラギは俺が高位魔法使いだって、拾った時から分かってたらしいし、アララキにはその時話したって言ってたからアララキも知ってた。‥だから他とちょっと違ってたのかな?
 呼び方だけじゃない。存在も他とは違ってた。
 二人は俺にとって特別だった。
 二人がいれば、何も怖いこともないし、きっと全部問題はない。
 その時、俺はそう思った。(二人には内緒だ。恥ずかしいから一生言いたくない)

 二人がいるならどこに行ってもなんとかやっていけるだろう。
 例え、王都だろうと‥。
 
 そんなことを思って、頷いた。
 王都だってそりゃあ遠いけど陸続きだし、皆また会えるよって言ってくれた。今生の別れじゃあるまいし‥って。俺もそりゃそうだって思った。
 いつも通り、子供部屋に帰ったけど、それでもなんか不安になって、アララキの布団に潜り込んだ。アララキの暖かい身体に抱き着いてたら、王都迄の旅の不安だとか、カツラギからさっき聞いた俺の正体に対するショックは、嘘みたいに軽くなった。
 でも、中々眠れなかった。
 俺が高位魔法使い‥。
 なんか。
「嫌だな」
 ってふとそんな考えが頭にじわって浮かんできて、‥じわ~じわ~て広がってきて、頭の中がぐちゃぐちゃ~ってなった。
 そして、突然どんって突き飛ばされるみたいに、意識が真っ黒に塗りつぶされた。
 眠ってしまったっていうより、‥あの時のあの感じは気絶させられたって感じだった。
 勿論、実際に誰かに殴られたわけじゃない。そういう感じだったってこと。
 それで、次の日の朝
 いつもと同じように
 目が覚めたら、
 自分がとてつもなく、「嫌な」存在に変わっているような気がした。
 何故かあの時は、そう思った。‥そうとしか思えなかったんだ。

 顔は‥怖くて見れなかったけど、もしかしたら魔物みたいに変わっちゃってたかもしれない。(その時はそう思ったんだ。鏡なんかで確認していないから、今でも真実は分からない)
 他の子供たちと顔を合わせたくないって思った。
 『弟』たちが、俺の顔を見て‥弟たちに、恐れられたら‥きっと耐えられない。
 俺は、こそこそと用意をして、ろくに誰とも話さないまま、あの村を出た。
 カツラギもアララキもそのことについて何も言わなかった。
 黙ってついてきてくれた。
 そのことに対する疑問だとか、「二人はみんなにお別れしなくてよかったのかな」とかいう考えすら‥あの時は浮かばなかった。
 ただ、ただ逃げたかった。
 ‥何故だか分からない。
 ただ、何にもかもが変わってしまっているような気がして、怖かったんだ。

 運命の呪い児。

 でも、‥同じく呪い児であるカツラギは兎も角、アララキはちっとも変ってなかった。相変わらず優しく微笑みかけて、俺の寝癖を撫ぜつけて、俺と一緒にいてくれた。
 すぐに村を出たいっていう俺の急な「お願い」にも嫌な顔一つせず頷いてくれた。
 それは、カツラギも一緒だった。
 
 (俺の予感通り)変わったのは俺だけじゃなく、他の皆の俺に対する見方も変わる。

 カツラギには‥きっと分かっていたのだろう。(分かっていたから‥ギリギリまで、俺の正体を俺に話さなかったんだろう、って今になって分かった)

 あの時、俺はただ怖かった。
 時折、すれ違う人が俺のことを嫌な目で見る度に、びくっとした。(※勿論、疑心暗鬼からそう見えていただけのことだ)
 俺が落ち着けたのは、魂が「自分は高位魔法使い」って納得した‥魂が落ち着いた‥ってこともあったけど、アララキとカツラギがいてくれたからだろう。‥あの地獄の日々があるから、俺は二人に頭が上がらない。

 あの時から、‥俺たちはずっと一緒だった。


「‥私はまだ、‥ここを動けない。物理的に。なんせ、自分の事も自分で決定権がない子供ですからね。こっちの世界には「自分の事が自分でできるならば、自分で何とかして暮らしていけ」的な考え方はないんですよ。今が5歳だから、最低でも高校を卒業する18歳になるまで、私はここで親の保護下にいることになります」
 落ち着いた口調。丁寧でゆっくりとした話し方はいつものカツラギだ。あの時から、ずっと「変わらない」幼馴染のカツラギだ。
 だが、今目の前にいるのは、プラチナブロンズとターコイズブルーの恐ろしく整った容貌が、「氷の美貌」と称された幼馴染ではない。
 口の端をちょいっと上げて笑う、皮肉屋で、チョイ悪な‥妖しい色気満載の‥老若男女が頬を染め上げた‥伊達男はもうこの世のどこにもいない。
 自然に年を重ね、その色気を熟成していくこともなく、カツラギはこの世から‥Happy nationから姿を消した‥ってカツラギの部下という名の信者共が俺をなじっていたが、‥俺に言わせれば、年齢を経て性格のマズさの責を負わぬまま‥人々の記憶に「美しい記憶だけ」残した‥が正しいと思う。
 年を取った時、本当の自分が出るからね。
 (きっと、助平で下品な顔になってたと思うよ!! )
 でも
 姿かたちを変え、新しい人生を歩み始めたんだから、カツラギには新しい生活を今度は誠実に‥平安に生きていってほしいな‥と思う。

 もう、カツラギはあの頃とは、姿かたちも彼を取り巻く環境もまるで「違う」んだ。

 魔法による、転生。カツラギという記憶‥魂はそのままに、新しい身体で生まれ変わった。
 彼の今の「見た目」は牧野 翔 先日5歳になったばかりの幼児だ。
 黒髪黒目で、だけど目鼻立ちがくっきりして、黄色人種というより白人に近い白い肌の、ちょっとハーフっぽい見た目は、ぱっと見、正樹そっくりだ。
 ‥正樹のちょっと「黒いところ」をなくした版って感じかな? 
 正樹のちょっと「黒いところ」は、彼の「誰も信じない様に見える茶色っぽい目」によるところが大きいんだけど、カツラギ‥翔は、桜子に似た優しい印象の黒目だ。
 つるつるふわふわのもち肌。サラサラの黒髪(ここも、正樹とは違う。正樹の髪の毛は、ちょっと堅い。翔のらっとした髪質は、子供だからっていうより、桜子の遺伝だろう)くりっとした大きな黒い目。その容姿で、あざとく天使のスマイルをするもんだから、もう大人も子供も。‥もう、「天使~! 」って感じで、でれっでれだ。桜子パパ・ママなんてもう「うちの孫、最高、天使‥」って「目に入れてもいたくない程」のねこッ可愛がりだ。
 幼稚園に行きだしたカツラギ‥翔は幼稚園児たち(女子)にモテモテらしい。
 人に愛される顔を作るのも得意、女の子にちやほやされるのも慣れてる。
 でも、家族に無償の愛を与えられ、猫可愛がりされるのには、慣れてない。
 くすぐったい。照れくさい。
 って苦笑いして「アララキに構い倒されるサカマキの気持ちわかった気がする」って言ってたカツラギ。
 戸惑いはしているが、嫌じゃないんだろう。
 自分から懐いて行って、あざとい笑顔で家族を悩殺して、また構い倒されてる。
 カツラギにとって初めて出来た、家族だ。魂は兎も角、血が繋がった正真正銘の家族だ。
 それを彼がどう感じているかは分からない。
 あざとい‥と思いながらも、見た目は間違いなく可愛らしい子供。その可愛らしい子供がにっこり笑うんだから可愛くないわけがない。(しかも、カツラギは笑顔のプロだ)その可愛らしい天使の笑顔に自然に俺の頬も緩む。
 でも、そんな、天使な雰囲気は、「今ここにいるカツラギ」にはない。
 電気でも消したのか? ってほど、「キラキラオーラ」がなくなった顔をしている。(仲間内に振りまく愛想はないって奴だろう)

 ‥愛っ変わらず、カツラギだ。
 って逆に安心する。

 カツラギは、カツラギじゃなくなっていて、でも、以前と少しも変わらないカツラギの部分もある。
 もう完全に「成長しきっていて」変わらないって思ってた「兄ちゃん」の「成長」に、嬉しさを隠し切れなかったんだ。
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