Happy nation

文月

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四章 物語の主人公

1.変化した日常を生き残るために必要なのは、柔軟性って話。

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 ある日、ホント突然なんの脈略もなく‥平凡な容姿の主人公(といいながら、なかなかに非凡な容姿をしているもんだ)が異世界に転移しちゃって、神様やなんかにチートをもらって無双する夢物語。

 そんなことを、ちょっと隠れオタク入ってる自覚がある俺はそれこそ何度か夢想した。
 異世界には魔法があったり、異世界の可愛い女の子やなんかと知り合っちゃったり、‥恋に落ちたり、一緒に戦ったりとか、‥あるのかもしれない。
 ああいうのさ、ちょっと「旅の恥は搔き捨て‥」じゃないけど、日常じゃないし、自分の事を知った人がいないから「はっちゃけ」られるんだろうね? 多分、この世界に居て急に魔法が使えるようになっても、親とか幼馴染とか、自分を昔からよく知ってる人間が近くに居たら、ああは「はっちゃけ」られない気はする。‥だって、恥ずかしいじゃない? 生温かい目を想像すると、‥魔法が使えてもきっと隠すんだろう。妹とか(俺にはいないけど)に「お兄ちゃん、何やってるの」って冷たい目で見られたらきっと立ち直れそうにない。

 だけど、異世界と地球が『重なる』ってどうよ‥。
 俺たち自体は、今も依然として地球にいるんだけど、どこもかしこも「違和感」がいっぱい転移して来ている。
 ‥異世界そのものが転移して来ている。
 『異世界そのもの』に変わったわけではない。ここ(地球)は、依然として地球なんだ。
 この町に急に大型アトラクション施設ができたような‥そんな大きな変化じゃない。この変化はもっと、分かりにくい。
 例えば、「何もないところから」人が急に現れたりする。
 だけど、車の前に急に人が飛び出してきて大事故になる、とかそういう危険はない。急に現れるといっても、建物や人を除けて出て来る。
「あっち」の人間は、この状態を「あっちとこっちを隔てていた見えない「膜」が消えかけた状態」って言っていた。あっちの世界は、元からこの世界に近しいところにあったというのだ。

 曰く、その膜はもともとそこにあり、地球とあっちの世界は、二層のシートの様に重なっている。建物やなんかは共通のものでは無いが、元々ある山やなんかは、あっちの世界とまったく同じだという。あっちの世界‥異世界‥の限られた人間が異世界から地球に来ることは出来るが、地球人からは異世界は見えないし、地球人が異世界に行くことも出来ない。異世界側からしても、地球を見たり、行き来したりできるのは、膨大な「魔力(なんと異世界には魔法があるらしいのだ! )」を有する特別な人間のみならしく、普段(一般の)異世界人は地球を見ることすらないらしい。
 異世界人にしてみても、地球は「あるのは知っているけど、日常生活には全く関係が無いところ」というところなんだろう。(‥だと俺が推測しているだけで、本当のところは分からない)
 
 ある朝起きたら、急にこんな状態になってたわけじゃなかった。
 天災級の隕石が落ちて、街が一瞬にして混沌の渦に巻き込まれた‥っていうドラマチックで急激な変化でもない。
 それはもともと、ちょっとした変化だったんだ。
「あれ、なんか穴が開いてる。こんな穴昨日はあったっけ? 」
 モグラかなんかが開けたんだろう。平和ボケした地球人が気にもかけなかった小さな変化。
 そもそも、これこそが「一番分かりやすい」膜の綻びだった。その視覚できた変化は、次の日には「侵入者」によってすっかり隠されていた。
 膜の綻びにいち早く気付き、その隠蔽をはかったその「侵入者」は、「魔物」だった。
 知能が、地球における烏程度高く、食欲や闘争本能、身体能力が地球上のどの生物よりも勝っているという危険生物である彼らは、本能で地球が自分たちの住む異世界より「獲物を取りやすく自分たちにとって安全」であることを悟ったらしい。その綻びを通って、地球に侵入してきた魔物は、森や海に身を隠し、夜な夜な「餌(つまり人間だ)」を物色し始めた。
 現在の闇って言えるんだろうなあ。他人に関心の薄い人々は、そう親しくない隣人がある日突然消えていたところで、気付くこともなく、‥(魔物の侵入という)事実に気付くのが遅れた。
 気付いた時には、相当数の魔物が既に侵入していた後だったというわけだ。
 すぐさまその謎の生物を調査する学者のチームが極秘で組まれ、国民には
「見たこともない生物が出た。かなり凶暴らしいから、見かけたら即警察に連絡して、絶対に近寄らない事。捕獲はおろか、接触も絶対禁止」
 っていう通達が出された。通報者にはいたずらに国民を怖がらせるなってことだろうか、箝口令が敷かれた。
 学者は事態をより重く受け止め、マスコミをシャットアウトする方針を決めた様だ。
 報道魂で、自ら危険物に接触しようとする記者を守る為、と学者は言った。(が、ホントはただ邪魔されたくなかったからかもしれないけど)
 学者たちには、護衛として国から屈強なボディーガードがついたが、余りの危険な状況に人員の確保も難しい状況だと噂で聞いた(まあ、無責任な噂がそこかしこに蔓延しているから、これが真実かどうかはわからない)
 が、未だその正体も生態も解明されていない。

 その未確認生物の正体を解明しようとやっけになっていたのは、しかしながら「こっち」の学者だけだった。その鋭い牙が見える大きな口を血だらけにし、未だ傷口も生々しい人間の腕を咥えたその謎生物をぶった切り「こいつの名前? ただの雑魚魔獣だ」って、超アバウトな分類を教えてくれたのは、恐らく謎生物と出身地が同じであろう‥謎の青年だった。
 未だそこでぴくぴくしてる謎生物に止めをさしながら、「この生物の習性? 知らねえって、‥だからぁ、名前とかも多分、無いと思うぜ? 俺が知らないだけじゃなくってさぁ」苦笑いした謎の青年にぐいぐい行く学者の「知的好奇心」とやらには、ある意味感心した。俺なんか、飛び散った魔物の血らしい血薄茶の血と犠牲になったらしい人間の赤い血っていう凄惨な現場と、辺りに充満してる鉄臭い‥血なまぐささに吐きそうになってるのに、だ。
「こいつらの解明と対策? 堅苦しく考えなくてもさぁ、こいつは首と胴を切り離したら復活してこねえから、それさえわかれば問題はない。そう知能があるわけでもないし、群れで動く習性もないから罠にもかけられないしな」
 生成りの麻のTシャツみたいな上着にズボンというラフな格好に、赤っぽい髪を短く切りそろえたハリウットスター張りのワイルドイケメン青年は
「ここ、空気わりぃな」
 って言って、名乗りもせず消えていった。
 ‥混沌としたこの世界を救うため颯爽と現れたイケメンヒーロー!? 
 突如現れて窮地を救っていった異世界人と思われるイケメン(←ここ重要)に街の皆も当初は色めきだったが、‥今ではもう、そう珍しくない街の新光景となりつつある。
 単純にウエルカムモードだったのは、無責任な街の人たちだけ。
 所謂立場や責任があるお偉いさんは
「すわ未確認生命体による地球の侵略か」
 と、警戒の姿勢を取り、或いは利用しようと画策した。
 皆が混乱して、その混乱を誰も納められない状態だった。

 ‥数が多いっていったら、元々の人口の差なんだろう。地球人の方が多い。だけど、この力の差ってなんだろう。もうね、次元が違うの。数に物言わせて優位に立とうなんて、考えられる次元じゃないの。大人と子供、いやもっと違う‥格闘家と乳幼児くらい違うの。
 その圧倒的な力の差がある異世界の隣人は、どうやら別に「地球に友好的」だから魔物の駆除をしてくれてるってわけじゃなかった。
 ただ、「自分のとこの魔物が人様のところで厄介かけてるみたい」「じゃあ、しゃあないな」程度の感覚しかないんだと思う。さっさとヤってさっさと帰って行くって感じ。だから、俺たち地球人も、「じゃあそれはお任せします」ってほっとくのが一番「いい関係」だって気付いたんだ。触らぬ神に祟りなしって奴だね。
 最初こそは「ここでの法律に従ってもらおう(巻き添えになる人のこととかね)」なんて政治家も頑張ってはいたんだけど、‥結局長い物には巻かれろだし、‥みんな自分の事が可愛いのは変わらない。最後には「魔物のことは異星人に任せる」ってことになった。巻き添えになる人についても「自分の身は自分で守れ」「危ないところには近寄るな」ってことになった。
 野次馬が巻き込まれることが多いからね。あと、ミーハーな女子。(異星人はすっごいイケメンが多い)
 異星人との接触についても、色々議論があったけど結局「異星人との交流は自己責任で」ってことになった。だが、まだいろいろと懸念があるからと、「異星人との生殖行為は禁止する」と法律により禁止された。‥それは自己責任では無いらしい。
 何ていっても、あっちの人はこっちの人とは全然違う。美男美女とのラブロマンスを夢見るオメデタイ「ドリーマー」が多いのも事実なんだ。
 俺は、事なかれ主義だけどね! だって、怖いじゃん? 得体が知れない奴らとラブロマンスとか‥命がけで恋愛しようと思うそのバイタリティー、尊敬に値します。
  
 実際、
「え! 何々! 面白い恰好してる奴いるじゃん! 」
 って、スマホ構えた奴が、
 次の瞬間には斬られてるってね。
 ほんと、‥得体が知れない通り越して怖い。マジ怖い。
 そうそう。異世界の人、「無関心」「見た目だけでも紳士」って人ばっかりじゃないの。やっぱり、戦士(軍人? )っぽい戦闘系な人とか、血気盛んな人とかもいるの。
 人斬ること何も思ってないような、人もね。
 でも、さっきのは、スマホ男が悪い。見るからに絶対「冗談とか通じそうにない」人じゃん? まあね、‥今のとこあの人みたいな「見るからに異世界コス(この人は、帯剣して、胴体部分だけの鎧を着けた騎士っぽい恰好をしてましたよ)」って人はレアだから、こういうの見て馬鹿がはしゃいじゃうのもまあ‥分からないでもないけど‥、もうちょっと危機察知能力は身に着けた方がいいね。
 街の人皆見て見ぬふりですよ「あ~あ。バカだなあ」って顔してスルー。かくいう俺もそう思ってる。
 雑魚過ぎ。ワロタ。
 その「厨二な恰好した」兄さんは、この世界を魔物から助けてくれる人なんだから、無下に扱うなっつーの。
 馬鹿なのは勝手だけど、他人に迷惑かけんなよ、異世界兄さんが機嫌を損ねて異世界に帰っちゃったらどう責任取るつもりだ! 自分だけ勝手に魔物に喰われてろ! って思うね!
 そして、さっきスマホ男を斬った殺人犯(しみじみ顔を見たら、すげえ美形だった)は、その後さっさと魔物(そりゃいますよ、魔物。魔物が出なきゃ異世界人さんはこっちには来ませんよ)に対峙し、‥あっさりとその身体を斬りつけた。
 真っ二つに。ほんと、なんの躊躇もなく。
 ‥なんか、この光景にもやっと慣れたなあ。初めて見た時は、気持ち悪くって、あまりのぐろさに吐いた。あの時は、ちょっとその日はご飯食べられなかったけど‥。人間の適応力って凄いね。
 もちろん、魔物をヤレル気はしないけど(きっと、一生無理だろう)見てもなんとも思わなくなった。
 ‥魔物を倒す側は、やっぱり引き続き異世界人さんにお願いしたいです。

 さて、そこで肉の塊になってる魔物。
 勿論、ゲームみたいに粒子になって消えていくこともない。
 美形は、魔物からなんか光る石的なものを取り出して(横たわる死体に手を突っ込んでだ! グロイ‥吐きそう‥)自分の手から出した火で魔物を焼いた。
 こんなところで、火を出すな!! 火事になるだろ!
 って思ったら、魔物を焼き尽くした後は、もう火が消えていた。だけど、それが幻じゃなかった証拠に、その場には焼き焦げた跡がのこっていたし、嫌な匂いが辺りに充満している‥。
 ‥いや、マジで吐きそう。肉が焼ける匂いとは違うのな。‥何に近いかって言われるとなんとも表現しにくいんだけどね~。
 無表情で事後処理する美形さんを、怖くないかって言われると‥正直怖い。
 だけど、怖いけれど、必要だ。
 鶏殺すの可哀そうだけど、お肉食べたい、と同じ感じかな? 
 魔物は、まだいる。
 この場で、あれを殺せるのは‥殺してくれるのは、異星人しかいないのだ。
 怖いって拒否する権利なんか、‥資格なんか何にもできない俺にはない。

 こうして、ちょっとずつ、違和感が日常に変わっていくんだ。俺たちは何の変化もしないまま、ただ変化を甘受することで、日常生活は変わらず過ぎていく。

 変化する日常を生き残るためには、自分は社会の一員にしかすぎないって自覚すること。出しゃばって、「自分にも何かができるはず」なんて自意識過剰や、「もしかしたら異世界に私の王子様はいるのかも」なんていうお花畑な思想は持たない事。
 異世界人を「友好関係を結びえる隣人」と思わない事。
 ‥俺は、異星人なんて信用しない。

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