Happy nation

文月

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三章 高遠 桜子

18.ラッキーなんたら。

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 兎に角、桜子に変に心配させるわけにはいかない。
 俺は、桜子に
「今回は、一つでいい」
 って微笑みかけると、フミカの分の錠剤を桜子から受け取って元の半紙に戻した。
 そのまま笑顔で桜子と別れる。
 桜子は少し首をかしげて心配そうな顔をしたが、俺の意思が伝わったのか、それ以上のことは聞かないでそっとしておいてくれた。
 桜子は、優しい。そして、聡い。
 それに、俺たちには‥10余年の付き合いがある。
 俺たちはあの時から家族同然だし、同士だ。否、ある意味家族よりそのつながりは強いかもしれない。なんせ、24時間ずっと一緒だった。桜子には、本当に感謝してもしきれないし、謝っても謝りたりない。
 でも、‥本当に桜子で良かった。
 桜子の家族が、あの人たちで良かった。
 俺は、10余年ずっと楽しかった。‥幸せだった。
 こうして、桜子も結婚した。まだまだ桜子の身体も心配だし、‥カツラギのメンテナンスもある。時々は桜子の身体に戻らなければならないだろうが、これからは24時間ずっと一緒ってわけじゃない。人の閨事とか絶対見たくないし、‥感覚共有とか絶対嫌だ。でも、‥カツラギの核が上手く受精するかホントいうと見た方がいいんだろうけどなあ。‥まあ、見るにしても桜子に気付かれない様にしよう。‥絶対嫌だろうし。いや、普通に俺も嫌だけど。正樹の別の顔とか絶対見たくない。

 ‥ああ、あまりのことに現実逃避するところだった。

「またねっ」
 桜子は俺に何も言わなかったが、別れ際、背中に優しく手を添えてくれ、大きく頷いてくれた。
「元気出せ」
 とか
「大丈夫だよ」
 とかいう「なおざりな」言葉をざわざ口に出して言わない。
 まして
「大丈夫? 」
 とか、いう「答えようがないこと」を聞かない。
 ‥それが、今は何より嬉しかった。
 だけど、俺は「今だけは」絶対に桜子には弱ってる自分を見せたくなかった。
 これから大仕事を頼むんだ。‥桜子をほんの少しでも不安にはさせたくない。言ったら、桜子にはどうしようもないことだのに、桜子が悪いわけなんか絶対にないのに、桜子だったら気にするし、俺のことを心配する。桜子は、そんな奴だ。
 それに、‥これ以上迷惑をかけたくない。
 なけなしの気力で、桜子を見送れたことだけは‥良かった。

 桜子が見えなくなると、その場で崩れ落ちた。
 桜子の前で醜態を晒さずに済んで‥良かった。

「フミカ‥」
 涙が自然に溢れ出てきて、止めることが出来なかった。
 ‥だけど、限界だったんだ。
 桜子には見せたくなかったけど、‥俺はもう‥限界だったんだ。

 ‥フミカフミカ‥つ
 早くしないと、フミカが消滅してしまう。フミカの記憶が消えてしまう。いくら保険をかけて、桜子の中にコピーデータを残しているといっても、だ。カツラギが産まれる迄あと10ヶ月以上はかかる。つまり、フミカの核を桜子に入れるのは、最低でも10ヶ月後ということになる。
 まるで、桜子を道具の様に考えている自分にも虫唾が走る。だけど、‥考えてしまう自分が確かに居て、心底‥イヤになる。自分で自分が嫌で仕方が無い。
 だけど‥
 ‥もう、そんなに待てない‥。
 フミカの魂は「もたない」
 はやくしないと‥。
「フミカぁ‥っ」
 そのまま流れるに任せて涙を流し続けるしかなかった俺の視界にぼんやり、人型が見えた。
 ‥誰かが来た。
 でも、‥気配がなかった‥。
 ぞくっとした。
 とうとう‥見つかってはいけないものに‥見つかったのかもしれない。
 Happy nationからの追っ手? ‥今更? でも、‥見つかったらただじゃすまない‥。
 咄嗟に、戦闘の体制を取ろうとした時、
「サカマキ」
 頭の上から聞こえたのは、‥優しい懐かしい声だった。
「‥アララキ? 」
 顔を上げると、
 夜の女神もかくやあらん‥否、女神より美しい花の顔(かんばせ)。
 烏の濡れ羽色‥漆黒の髪に、少し下がり気味の優し気な目元。いつも微笑みを湛えた口元。
 ‥幼馴染で、つい最近、自分を「恋愛対象として」愛していると気付かされた男の姿がそこにあった。
「なぜここに‥」
 なんて、「今更なこと」は‥言わない。
 寧ろ
「遅かったな」
 って感じなのかもしれない。アララキに俺がどこにいるか分からなかったとは‥思わない。言わずと知れた、魔力をたどるGPS機能だ。私たちHappy nationの住人は、知った者なら、魔力をたどれば、その者が大体どこら辺にいるのかくらいのことは分かる。‥まあ、そんな場所の確認なんてすることは、そうない。普段だったら生存確認が主かな。どこかにいる気配があるから、死んでいないって。‥向こうの世界は、こっちの世界よりもっと物騒だからね。だけど、それも「普通だったら」って話だ。
 アララキが、俺の事を「生きてるな」程度にしか認識していないとは‥思わない。それ位には、アララキが俺の事を「愛している」自覚はある。だから、俺も「アララキが俺のこと見てるんだろうな」って意識しながら、アララキに見られて恥ずかしい様な所にはいかなかった。(もっとも、恋人もいなかったし、娼館にいくようなこともなかったわけなんだけど。‥怖がられてるし)今までは、幼子が親が傍に居なければ不安になるような感覚としか思っていなかったから。子供は、親がそんなところにいってるって知ったら嫌でしょ? って。
 監視されてるだろうって思っても、不快って思ったことは無い。
 寧ろ、‥何とも思ってこなかった。
 後ろめたいことは無いのだから。隠すような所にもいかないし、誰に会うわけでもない。何をするわけでもない。
 何かしてるんじゃないかって疑われて、勝手に不安になられる方が寧ろ嫌だ。
 それは、国民だってそうだろう。
 国民は、アララキとは違った意味だろうが‥。
「危険物の居場所が常に分かってる方が国民も安心するだろ」
 って、やけになって提案した「居場所随時報告」は、‥アララキにとって却下された。
 俺のこと知っているのも、自分一人でいいって、アララキはあの時国民に言った。
「私が責任を持って、サカマキを見ています」
 と。
「私の命に代えて」
 って。
 そっか、王としてではなく、‥ってことだったのかあ。あの時、‥アララキは国民にそう誓ってたんだ。‥気付いてなかったのは、俺だけだったってわけか‥。
 一人の人間として俺を愛していたから‥、他の誰とも俺の情報を共有したくない‥なんて、‥なんか独占欲みたいだな。
 ああ、そうか。独占欲みたいじゃなくって、まんま独占欲なのか‥。‥そっか‥。
 思わず、頬が微かに熱を持つのを感じ、俺は、アララキから目を逸らした。
 アララキは、そんな俺の態度に、かすかに首を傾げて、俺に腕を伸ばすと笑みを深めた。
 そして、俺の頬を両手で優しく包んで俺の瞳を覗き込みながら
「僕の勘が正しかったら‥フミカは僕らの子供として産んであげられるかもしれない」
 って言ったんだ。
 ‥まさか今の状況や、俺の絶望の内容まで知っているのか‥恐るべしアララキ‥。
 ってちょっとドン引きしそうになるが、これも‥いつものことだから今更言わない。‥ちょっと久々だったから、一瞬腰が抜けそうになったが。
 相変わらず‥これ、「好き! 」ってレベル超えてるよね‥。
 にしても‥。
 ‥僕らこの子供? 
「僕ら? 誰と誰の子供を誰が産むんだ‥」
 ついうっかり目線をアララキに合わせてしまった。
 うう‥キラキラだ。
 意識すると、こいつの美貌‥とんでもないな。元からとんでもなかったのに、「恋愛」を意識した途端、もっと「キラキラ」に見える。さっき一瞬そう思ったからわざわざ逸らしてたのに‥
 慌てて、また目を逸らしたんだけど、俺の顔は真っ赤だろう。
 ‥だって、顔が‥顔といわず身体じゅうすっごい熱い。
 アララキは、にこっと微笑んだ。
「そりゃあ、サカマキだよ」
 優しい声。
 俺にだけの、‥優しい声。
 他の誰にもこんな声で話したりなんかしない。
 ちょっと年上だからって俺のこと子ども扱いしてる! って思って昔は悔しくって‥、だから、「アララキは(精神年齢は年上な高位魔法使いである)俺に甘えてるんだ」って思うことにした、声。
 俺にだけの「特別な」声。
 今、懐かしすぎて‥悔しいよりなによりただ、嬉しい。
 アララキと話してるってことが、アララキに触れてるってことが。
 ‥アララキがここに居るってことが。

 でも、‥相変わらずアララキは、バカなこと言ってる。
「サカマキが僕の‥僕とサカマキの子供を産むんだよ」

 「愛してる」だの「結婚しよう」だの、馬鹿なことを言うのは、もはや「口癖だな」って聞き流している。‥久し振りに会ったから忘れているのかもしれないが‥俺は雄だ。それはわかってるだろう? そして、‥お前は、王様で‥。まあ、世襲制じゃないから子供を残さないといけないってことはないから、同性でも問題はないだろうけど、だが、だ。‥家族は何よりも盤石な味方だ。結婚相手は国民に共感を持たれ、誰からも祝われるものにした方がいい。
 って昔から‥言って来ただろう? 。
 ‥それどころか、今回は結婚どころか、子供? 。俺がアララキとの子供を産む? 
 雄に子供が産めるか‥っ! 。
「俺が? そんなことできるわけない。俺は聖獣で‥雄で‥雄‥? 」
 ん? 
 ホントに‥
 雄かな?
 首を傾げた俺に、アララキが頷いた。
「サカマキの世話をしてる時は‥僕も子供だったし、それにサカマキは聖獣で人間とは違っていたから分からなかったんだけど、‥ずっと気になってはいたんだ。あの器官、‥排泄の必要がないサカマキにある肛門‥あれは本当に肛門だったんだろうかって」
「え‥? 」
「サカマキが人型を取れるようになってからは、見たことがないし‥」
 ‥なんだその悔しそうな顔。悔しがる要素なんかあるか? 見せるわけないだろ。肛門。でも、‥気になってたんなら言えばいいのに。判断するのは俺だ。どうしてもいやだったら断るだろうが‥だが、今の様な事情があったら話は別じゃないか。
 何の脈略もなくそんな話をするのはおかしいだろうから、‥例えば、俺が「雄だから子供を産めない」って言った時にだって「そのことだけど、ちょっと確かめたいことがある」とか言ってくれたらよかったんじゃないか? 
 ‥まあ、肛門見せてって‥言わないわな。
「僕に、‥見せてくれない? 」
 ‥言うんだ。
 肛門見せてって。言っちゃうんだ。
「嫌? でも、サカマキが見ても分からないと思うんだけど‥」
「嫌というより‥普通に恥ずかしい‥」
 まあ、‥うん、恥ずかしいとか言ってられないな。フミカの為だしね‥。
 ちなみに
 まあ。‥見るだけで止められる自信は勿論‥ないんだけどね。
 って、アララキの頭の中で妄想とかが、もう大変なことになってたけど、アララキは長年の訓練によりそれを表に出すことは回避できた。
 ‥流石に、付き合いの長い俺にも気付かなかったな。‥仮にも動物的なもんだから「野生の勘」みたいなものがあってもよさそうなもんだけど、悲しいかな、100%養殖ってか、まあ‥アララキに飼われてたようなわけだしね‥野生の勘なんかあるわけ、ない。それに、色恋に鈍いのは、もう「神の呪い」だから‥仕方が無いわけで。
 そんなわけで、アララキの下心に気付かなかった俺は、
 ‥はずかしくない恥ずかしくない。‥やらしいこと‥? ‥じゃないな、何せ、肛門なのかもしれないんだもんな。‥しかも、使い道のない肛門だ。
 なんて自分に言い聞かせた。
 そして
 だけど、何はともあれ‥たった一つの可能性だ。
 って結論にたどり着いた。
 猪突猛進ってところがあるのは‥ちょっと、獣っぽいかな? 獣の名残りなのかな? で、その時の俺の頭は‥悲しいかな‥「じゃあ、アララキに任せよう!! 」一択だったんだ。
「見たら分かるものなのか?! 見て、‥もし、俺に子供を産む器官があるなら、‥アララキは、俺とそういう‥子供を作る行為をしてくれるのか?! 」
 俺は、アララキに詰め寄った。
 アララキが、ちょっとよろけた。
 ‥あ、ちょっとがつがつ行き過ぎた?



(side アララキ)


 ‥だめだ‥鼻血でそう‥。
 子供を作る行為をしてくれるのか‥って。
「お‥お願いしてるの?? 」 
 ‥ちょっと涙目になってきた。‥僕が。
 一切の「デレ」とかはない。顔も真剣なばっかりで、羞恥で真っ赤になってる‥とかいうのもないのに、‥なんでこんなに可愛いんだろう。
「してる。アララキ、俺と子供を作る行為‥「セックス」をしてくれ‥ええと、こういう場合は、‥ああそうだ‥! アララキ、『お願い』俺を抱いてくれないか!? お前の子種が欲しいんだ」
「~~~!! 」
 無理。もう、無理。
 鼻血出た。
 ‥お願いの返事? 
 ‥返事なんか、
 一択だ。
 僕は、サカマキを横抱きにして、転移魔法を使った。
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