Happy nation

文月

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二章 世界の前提と、誤算。

7.個人情報収集と知識収集

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 桜子がどんな人間であったか。
 桜子の友人関係は?
 ‥個人情報をろくに収集もせずに、桜子を演じなくてはいけないって‥しかも、想像力で何とか出来るものでは無い。
 記憶がないから覚えてない‥で、いいだろうが、記憶がなくたって、別人になるわけではないから、(記憶がなくとも)同じような対応をするだろう。
 そうして
「やっぱり、記憶がなくても桜子だね。‥あの時と同じだ。安心した」
 ってなるんだ。
 記憶がない‥どころか、本人ですらないサカマキにはそれがない。
 ‥それを「する」ための、性格の把握‥が必要なのだ。
 それらの情報の収集なしに、その場限りの誤魔化しを続ければ続ける程、破綻をきたすし、桜子本人や両親にも迷惑をかけかねない。
 取り敢えず、咄嗟に記憶喪失って手段を使ったけど、‥問題の先送りにしかなってないってことは、分かる。

 記憶喪失ってのは、存在した記憶を失った状態であり、ない記憶を誤魔化す魔法の言葉じゃ、ない。
 
「ゆっくり思い出すといい。焦りは禁物だよ」
 っていう優しい医者の言葉は、「桜子」を気遣ってかけられた「労りの言葉」で、桜子を語った偽物に掛けられた「許しの言葉」ではない。
「生きていてくれて良かった! 」
 っていう安堵の言葉も
「大丈夫だからね」
 って慰めの言葉も、全部「桜子」に掛けられた言葉。
 その言葉を、偽物が受け取ってるっていう罪悪感は、消えないし、‥消しちゃいけないと思う。

 甘えて、勘違いしちゃいけない。

 今までのアルバム。学校で桜子が書いた作文、宿題のノート。それから両親の話、友達三人組の話。起きてるときは出来る限り情報収集をする。
 思い出す、では勿論ない。丸暗記だ。
 そして、桜子の性格を分析する。
 桜子という役を演じるために、桜子の情報を収集する。

「桜子ちゃん。あんまり無理をしてはダメですよ。さ、もう就寝時間ですよ」
 医者と一緒に医療行為を施してくれる女性(看護師というらしい)が優しく声をかけ、俺の手から本を取り上げ、サイドテーブルに置くと、俺を寝かしつけ布団をかけた。
 ‥まるで子ども扱いだな。
 って思って顔をしかめたくなったが、
 桜子は子供だから、こうやって大人に世話を焼いてもらうのは当たり前のことだ。
 ってすぐ考え直した。

 そういえば、アララキもこうやって我を子ども扱いしたがるなあ。
 昔からそうだったし、‥今でもだ。「アララキの方が子供だろうが」って呆れるし‥実はちょっと恥ずかしいんだけど、普段王様なんかしてて、ずっと無理して気を張っているんだ‥俺くらいにしか甘えられないんだろうから、好きにさせてやろう‥ってあきらめてる。
 だってほら、俺は大人だし、魔法使いだし。
 見た目は、確かにアララキよりずっと小さい。だけどそれは、自分では仕方がないことだ。‥個人差って奴だ。俺は、聖獣が本体で、人型は所詮仮の姿でしかない。
 だけど、別にあの姿を自分で選んだわけではない。自分で選べるんだったら、もっと背も高くするし、顔だってあんな子供みたいな顔にしない。‥人型を取ったら、たまたま‥ああなったんだ。‥本意ではないが、仕方がないことなんだ。
 俺は、外見こそはこんなだけど、能力としては、子供扱いされるいわれはない。
 友人であり、恩人であるアララキじゃなかったから、俺に対してあんな態度を取るのを許したりはしないだろう。
 アララキの俺に対するあの態度は、アララキの精神安定の為の行為なんだと俺は‥「分かっている」。
 アララキは立場上弱味を吐けないし、誰かに甘えることも出来ない。
 誰かから愛を貰いたいって、アララキのこころは切望しているけど、‥アララキの立場は、そんな甘えを許される立場じゃない。
 甘えを‥弱味を見せれば、侮られるし、付けいられるからね。
 でも、‥疲れることもあるよね。
 そんな時、ペットを飼いたいって思ってもおかしくはない。
 それが、‥俺の立場なんだと思う。
 アララキは、俺に愛を乞うているのではない。‥一方的に可愛がっているだけに過ぎない。
 子供を育てるってことではなく、ペットを飼う感覚だ。
 癒しを求めてるってやつだな。
 縋り付いたりべたべたに甘やかしたり‥そういうのは、相手に対する依存や愛情の「確認」。自分が拒絶されることは無いって確信の元で行う、自分の存在の主張や相手の気持ちを試す行為だ。‥一方的に相手に甘えてる行為だ。
 庇護欲、征服欲‥それから優越感かな、そういったものを相手で発散してるだけの行為だ。 
 可愛がるって行為は、愛し合うって行為とはまるで違う。
 愛とは違うけど、‥信頼されてるってことはわかる。
 アララキが弱味を吐けるのは、‥昔から一緒に育った俺とカツラギそして、こっちに来てから‥アララキが王になる前からの知り合いのフミカだけだ。
 ‥誰も、アララキに愛を与えるって感じじゃ、ない。
 俺を子供扱いすることによって、満たされないアララキの深層的な願望を俺で発散できてるなら、まあ、いいか。とも思う。俺は、大人だし、アララキの親友だからな。(同じく親友でも)カツラギには、‥思いやりって心がないし、フミカは潔癖だし、プライドが高いからね。
 だから、俺が適任なんだ。
 ‥それくらいのことでアララキのストレス発散ができるなら、‥俺の男としての‥大人としての矜持くらいたいしたことない。
 昔、世話になったしな。
 恩返しってやつだ。

 俺は、‥子供みたいな容姿をしているし、背も低い。それ故、頼りなく見られがちだ。‥高位魔法使いだから嫌われてる‥ていう以前に、だ。
 一方、アララキは背も俺よりずっと高いし、部下からも信用されてるし、人望もある。
 見た目が総てってわけでもないだろうけど、‥見た目ってのは‥だけど‥大事だ。
 俺だって、子供みたいなひ弱な見た目の男より、立派に逞しくって見目がいい大人の男の方が頼りがいがあるって思う気持ちは分かる。一般的な認識って奴だ。
 確かに、アララキは俺より背が高いから、俺より高いところのものを取るのは便利だ。(←背に対するコンプレックスがひどい)
 ‥だけど、俺は魔法でそんなの簡単に取れる。
 アララキは、王として困らない広い知識を持っているし、堂々とした口調で自分の意見をきっちりと言える。必要に応じてカツラギら学者たちの意見も聞き入れるし、取り入れる柔軟性もある。対話能力に問題もない。
 ‥まあ、‥これは俺には出来ないことだな。人と話すのは苦手だし、‥そもそも人が俺のことを嫌っている。
 だけど、俺には対人スキルなんていらないんだ。自分でなんでも出来るから。
 魔法でできないことはないし、自分に必要な知識位、自分で見つけられる。そして、対人スキルがないことについても、誰も俺となんて接しようと思わないから問題はない。

 アララキは自分の立場として必要なスキルを兼ね備えている。
 俺も、俺にとって必要なスキルは全て持っている。
 どちらが優れているっていうことはない。
 同じ立場の社会人として‥ではなく、昔世話になった恩と、友人であるよしみで、俺はアララキの弱さを許し、受け止めている。
 ‥受け止めることができる大人なんだ。
 俺は、‥誰よりも大人なんだ。

 桜子は、アララキとは違う。
 俺より‥ってことではなく、本当に子供だ。

 子供は大人が守ってやるべきだ。だから、大人である俺が桜子のために苦労するなんてことは当たり前のことなんだ。
 
 それはそうと‥

 ここで、母親って存在に初めて触れた時、俺にとっての親はアララキだったなって改めて思った。
 よく‥子どもの頃の話だから覚えていないけど、アララキは俺がほんの小さな幼獣の頃から俺の世話をしてくれていたらしい。
 今は俺は大人に成ったんだけど、アララキにはまだほんの子供に見えてるんだろう。いや、子供にしておきたいんだろう。
「アララキ父さん」とかって呼ばれたいのかもしれん。
 ‥アララキの願いだ、叶えられるもんなら叶えてやりたいが、(俺は大人だしな)‥それは流石に無理だな。俺にも‥プライドってもんはある。友情やら大人としての思いやりを天秤にかけても‥譲れないプライドって奴だな。
「アララキ兄さん‥。いや、これも嫌だ‥」
 ‥まあ、アララキの扱いは、今は保留にしておこう。対応の早急な是正が必要な問題でもない。

 今は、桜子のことだ。
 よく考えれば‥桜子自身のことだけじゃなく、俺は、あまりにもここのことを知らなすぎる。
 「当たり前のこと」がわからないのだ。


 俺が選んだ情報収集スポットは、図書館だ。

 この国の常識を得ることが出来る本が沢山置いてある。あっちの世界でも図書館はあるけど、誰でも入れるわけではない。知識を得る必要がある人間ってのがそもそも少ないしな。識字率もそう高くないし。だけど、そのせいで不便だとか、不利益を被ってるってことは、ない。あっちの人間ってのは、驚くほど良心的なんだ。‥悪心を持つと、下手したら魔物になっちゃうからね。人が転じた魔物は‥一般的な冒険者の討伐対象だ。ここでは裁判とか警察があるけど、‥あっちでは、悪=魔物、魔物は討伐。単純だね。
 定期的に「発生させられる魔物」は、人が転じた魔物とは桁違いに強いし、それこそ、無差別的に人間を攻撃する。ある一定の人間に害を成そうとする人から転じた魔物とは根本的に違う。これらを討伐するのが、俺たちの様な高位魔法使いだ。
 世界のバランスとやらで、「発生させられる魔物」を討伐していいのは神の意思を伝える賢者の指示に従った高位魔法使いだけらしい。
 そういえば、あの世界には今、賢者(カツラギ)も高位魔法使い(俺)もいないけど、大丈夫なんだろうか。
 ‥どのみち、俺だけがいても。カツラギがいないと何もできない。
 勝手なことをすると、世界のバランスが崩れる。
 でも、幸い、発生させられた魔物は俺が狩りつくした。
 ‥だから、なんだろうか。だから、カツラギは必要がないって神の作った運命に見捨てられたんだろうか。そして、それは俺にも言えることなんだろうか。(そういえば、‥今回のことは元々俺が死ぬはずの運命だった)
 ‥要らないから死ねって。だのに‥カツラギとフミカが‥

 それこそが彼らの運命だったのかもしれない。
 カツラギだってフミカだって、俺だって、アララキだって‥
 目の前で友が死にそうになったら、絶対助けにいっただろう。

 ‥運命なんてくそくらえだ。
 素直に従ってやる覚えなんてねえよ! 

 ああ、脱線したな。勉強勉強。


「今日は、この国の政治の仕組みについて覚えよう。‥どこら辺まで知っていないといけないものなんだろうか‥「子供だからまだ知らない」ってことは、‥ぶっちゃけ後でもいいんだよな‥。だけど、知っててそれを黙ってるってのは大丈夫だけど、知らなければいけないことを知ってないってのは、アウトだから片っ端から覚えるか‥」
 そんなことを思いながら‥、俺は今日も夜中に桜子の身体を抜け出して、‥ここに来た時にとった「鳩」とやらの身体で、壁を抜け、図書館内に入った。
 どうやら、ここには防犯カメラというものがあるらしい。
 赤い光が灯っているあの機械だろう。
 その機械がテレビに館内の様子を写しだし、誰か不審者がいないか、係の者が見張っているらしい。
 テレビは病室にもあるし、監視カメラも病院内にいるから、この前聞きだしたんだ。子供の振りして聞けば一発だ。こういうのは、記憶消失云々じゃない「子供だから知らない。教えて」だ。
 記憶ではなく、知識ってやつだな。
 その、監視カメラの死角ってのは、‥まあ、それ位は自分で計算した。‥鳩が本を開いてるって、ちょっと怖い光景だもんな。ページもめくりにくいから、実は人型になりたいんだけど、人型だったら、警備の者が見回りに来た時に、咄嗟に消えにくいから、都合が悪いし。
 で、現在鳩がページをめくってます。
 魔法でめくってるから、別に不自由はないよ?


 ‥同時進行に発展したはずの、あっちの世界とこっちの世界は驚くほど違う。
 あっちの世界には魔法があって、
 こっちの世界にはない。
 魔法は、便利だ。それこそ、機械をつくる必要がない。不便だと思ったことは、あっちではあんまりない。それがあっちでの常識だ。
 だけど、こっちには魔法がない。‥機械がなかったら、日常生活は不便だらけだ。だから、技術が進歩したし、持つ者持たない者が出来、貧富の差が広がり、不便は格差の認識の下で、不満を産み、不満はやがて争いを起こす。
 不便でも、皆が不便ならそう気にならないんだ。だけど、一方は不便じゃなくって、一方は不便を感じている。そして、その差は、運命云々ではなく、経済格差という‥人の手で何とかできそうな原因。じゃあ何とかしようって、‥努力してお金を貯めて経済格差を解消しようとする。
 でも、そういう人‥そう出来る人ばかりじゃない。努力が報われない人、そもそも努力する土台すらない人‥。
 失敗して恨み、または逆恨みをする者も必ず出て来る。
 人を呪って、時には人を害する。
 人を害しても、こっちの世界では魔物にならない。
 ここの人の悪意は、‥目に見えにくい。
 悪意が全て露見するあっちの世界とは違う。
 そして、それ故、気の強いもの、金のあるものが得をする、いわゆる不平等が起こりやすい。

「だから、きちんと「決まり」を作っておかないといけない。‥そんなの言われなくても常識だろってことも含めて、だ」

 社会の決まり、法律‥
 ‥丁寧すぎる程決められた「制度」と「法律」に、この世界の人間の不安をひしひしと感じ取った。
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