Happy nation

文月

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一章 世界の均衡は崩れ、魔物があふれた。だけど、‥これ以上均衡が崩れようとも俺は、友を死なせたくはなかった。

6.クラスメイト

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 数日後、桜子のクラス担任‥だと名乗る初老の男が、「クラスの寄せ書き」なるものを持ってきた。
 色紙という正方形の紙にびっしりとメッセージが書かれている。
 書かれたメッセージは全員が全員
 『元気になってね』
 だ。‥全員一緒なら、一人ひとり書かなくてもいいのではないか? と思ったが、そういうものでもないのだろう。
 一人一人字が違っている。字の色も様々だ。逆にそれだけが違うだけだ。まあ、お見舞いのメッセージなんて「元気になってね」ぐらいしかないだろう。俺もそれ位しか浮かばない。いくら何でも、俺だって言う。
「早く良くなれ。元気になれ」
 ‥うんまあ、でも部下にだったら「寝転んでてもいてもいいから、この書類整理位はしておけ」くらいは‥言ったかもしれないな‥。
 「クラスメイト」という間柄は、上司や部下の関係ではないから、指示を出すことはないだろう。だけど、俺たちの国の学校であったら、同級生といえど、家柄やらなんかの関係で、立場に差があった。だから、例えば、家格が上、能力が上の者に対して、家格や能力の下の者が「元気になってください」なんていうことは失礼に当たる。(お前に言われれるまでもねえよ、って感じなんだろう)
 王都にある、優秀な若者ばかりが集まったアカデミア(学園)だ。貴族も少なからずいた。貴族でなくても、地元の名士や、金持ちってのは多かった。
 だから、貴族でなかったから家格も何もなく、親もいなかった俺たち(俺やカツラギ、アララキなんかだね)なんかは、学園では随分馬鹿にされてきた。フミカやナツカはあれで、地元の名士て奴なんだ。貴族ではなかったけど、金と親はあったな。
 とにかく、学園の生徒がみんな仲良しってのは、なかったな。
 怪我をしたあいつら(金持ちや貴族)に俺たちが「元気になってね」っていうこともなければ、あいつらが俺たちに「元気になってね」‥なんていう関係になんてなることは絶対ない。
 ここにはそういう、家格はないらしい。能力のあるなしで、クラスが分けられることも‥小学と呼ばれるここではないらしい。
 ‥そういうことにまず驚いた。(←下調べ済み)
 そして、先生というのは‥俺の国においては、やたら偉そうで、絶対的な権力を持っていた。
 先生にだけは、家格や能力による区別はなく、ただ先生だというだけで、生徒たちの誰よりも偉かった。別格だった。高圧的な態度を取るのが当たり前だったし、厳しかった。だけど、いつでも正しく尊敬できる存在だった。
 色紙を持ってきた、クラスの責任者であろう「担任」とやらは‥そんな雰囲気ではなかった。
 ニコニコと威厳とは程遠い表情を浮かべ、優しい声で「みんなも心配していますよ」なんて、生徒である桜子に丁寧な口調で話しかけた。
 ‥親が一緒にいるから遠慮しているんだろうか? 親が不在で、もっと桜子が元気になってきたら「先生」らしく接してくるんだろうか? (←下調べが不十分)
 ‥そこらへんはわからんが、復学までには最低限不自由でない程度に位は、この世界の常識を覚えないといけないな。
 そんなことを思いながら、色紙を見る。

 綺麗な几帳面な字や、‥書きなぐった様な字(嫌々書いたのかな? )こうしてみてると、面白い。本人の事知ってたら「あの子らしい字だな」とか思うんだろうか?
 ‥本心かどうかなんて分からないが、‥嬉しい‥様な気持ちがする。
 桜子の母親も「よかったわね~」ってニコニコしているから、きっと「いいこと」なんだろう。
 そして、メッセージの下に名前が漢字で書かれている。正直、名前は困る。普通に字が読めるだけでは、「読めない」場合がある。(字は正しく、丁寧に書いてもらいたい)
 ‥そこは、母親に確認すればいいだろう。
 まあ、とにかく。この名前が、クラスメイト全員の名前なわけだ。
 35人もいる。
 名前を覚えることから始めようと思う。
「桜子さんが一番親しかったお友達の美佳さんは、ここにとっても来たがっていたんだけど、もう少し元気になってからの方がいいだろうって言っておいたよ。とっても心配してた」
 緑色のペンで書かれた名前を指さしながら担任が言った。
 ほう、美佳さん、‥この丁寧な文字の子か。
 『元気になってね』の後ろに、何か植物の葉の様な絵がかいてある。
「四葉のクローバーね」
 母親が横から覗き込みながら言った。
「四つ葉のクローバーは、願い事が叶うって言われてるから、四つ葉のクローバーに桜子の元気になるのをお願いしてくれてるのね」
 って言って嬉しそうに微笑んだ。
 ‥成程、いい奴だな。
 会ってみたいな、って思う。
 そんなことを思いながら、また色紙に目を落とす。先ずは名前だけでも‥。担任は母親から俺が一時的なが記憶喪失で、記憶の一部が失われていることと、いつもどるかは分からない、どの程度忘れているかは分からないということを説明されて、とても驚いた顔をして、直後凄く悲しそうな顔で、ちらりと俺を‥桜子を見たが、直ぐに小さく息を吐き
「大丈夫。ゆっくり思い出していきましょうね」
 と優しくゆったりと微笑んだ。
 俺の前で、同情する顔をするのは、失礼だって思ってくれたんだろう。‥いい人だな、って思った。
 担任であるらしいこの初老の男の名前は、「日下」というらしく、母親が「日下先生」と呼んでいるので、俺もそれに習おうと思う。あっちの世界で先生は大概「師匠」って呼ばれてたから、先生って呼び方は‥ちょっと慣れない。うっかり「師匠」と呼ばない様にしないといけない。
 だが、この「日下先生」なかなかの御仁の様だ。
 こっちの世界の学校では、この「クラス」の35人が全員同じ場所に集められて同じ教育を受けるらしい。そして、教える先生は、この「日下先生」一人だという! 信じられない。こんなに細い身体にそれだけの体力があることがにわかに信じがたい。しかも、一日中、だ。6時間!? 朝から夕方まで‥。‥俺はとてもじゃないが出来ない。‥自分の仕事をしているならまだしも、‥年端もいかない子供に教育を施すのだ。‥並大抵ならぬ苦労がいるであろう。
 ‥せめて困らせない様にしよう。と心に誓った。
 しかし、この国の「学校」とういうのは、‥凄い。
 あっちの世界では、そんなに大人数が同じことを学ぶことなんてない。
 ‥本人の適性は? 能力の差は? しかも専門知識ではない知識を全員が義務教育として学ぶのか‥! ‥いいか悪いかは別として、興味深いなとは思った。
 ‥こっちにいる間に、得られる知識は全部吸収しよう。
「今度来るときは、集合写真を持ってきますね」
 と日下先生はおっしゃってお帰りになられた。
 ‥名前だけでもキツイのに、そうだな、‥顔も一致しないといけないんだな。
 35人‥。
 とてつもないな。
 あっちの国では、そんな人数の人間とずっと一緒にいることはなかったから‥正直、心配だな‥。

 ‥はは、それ、我は無理じゃな。6時間座りっぱなしなんて‥。

 フミカが軽い口調で言って、ちょっと笑った。
 ‥他人事みたいに‥。
 俺は、フミカを心の中でかるく睨んでおいた。
 いや、他人事なんだろうけどさ‥。
 俺にとっても、他人事だけど‥桜子と約束した以上、他人事じゃない。更に、学問で良い成績も取らねばならないのだ。
 ‥そんなこと、なんてことはない。これから桜子にするであろうことに比べたら‥。


 自分の目的の為に、‥人を巻き込む罪悪感。
 自分の目的を果たすために、これから自分がしていかなければならない事。
 結婚して、子供を産む。そんな結論から遡って、人と出会い‥人生を「作る」そして、その人生は、自分のものではない。‥人のものである。
 桜子に悪いと思う気持ちと、これからする努力を煩わしいと思う気持ちと、‥だけど、どうしたってやり遂げたいって気持ち。
 桜子と
 カツラギとフミカ。
 ‥こんな俺なんかが、三人もの人生に責任を持つことになろうなんて、‥思いもしなかった。
 自分の人生に「目的」なんかが出来るとは思いもしなかった。

 ただ、定めに従って生まれて来て、定めに従って生きて、‥定めに従って死んでいく。
 
 カツラギは言ったじゃないか? 
 それは、貴方の定めで、貴方はただその通り生きればいいと。‥貴方に拒否権も選択権もないんだ。
と。

 自分の定めとやらを聞いたけど、‥だけど、俺は憤りを感じることすらなかったよ。逆に納得した。「ああ、だから」って思った。道理で、って。俺が異常に人に忌み嫌われてるのも、俺に親がいないのも、‥俺に恋愛感情‥生殖本能‥が無いのも‥それなら仕方が無いなって。俺がおかしいんじゃなくって、‥そういうものだから仕方が無いんだって。
 仕方が無いって事実に‥嬉しくさすら覚えた。
 このままずっとこのままで、人に対して愛情を渇望することもない。そして、そのことに罪悪感を感じることもない。
 人が自分を求めないことに対する悲しみも苦しみも、‥もう既にない。そして
 自分が人を求めないことに対する不思議さも消えた。
 ただ、自分を求めてくれる人にさえ、自分は好意を返すことが出来ない。そんな罪悪感。
 人並みに、人に愛され‥その好意を返せない、不誠実さに、苦しまないでもいいんだ。
 だって、俺は、「そういうもの」で、仕方が無いし、皆もそれを知っているのだから。

 もう願わないで済む。
 ‥ずっとこのままでいれますようにって、願わないで済む。

 ‥いつか、俺が精神的に大人に成れば、俺も人並みに恋をして、人を求めることになる。
 ある日、自分に狂わしい程愛すべき存在が出来て、‥欲望のままその人に想いを伝えたらどうなるだろう。‥受け入れられたらいいかもしれないが断られたら? いや、受け入れられて、そして、その者が他の者と話すことにすら嫉妬を感じてしまったら?
 未知の自分の感情が‥堪らなく恐ろしかった。

 だけど、そんな心配はしなくていいんだ。
 恐れる必要はないんだ。
 俺は、この先も変わらず、何も知らないまま‥誰も愛さないまま‥誰に対しても執着しないまま心穏やかに暮らせるんだ。
 恋をしないで済むんだ。

 ‥大事な友達を助けたい。‥もう一度会いたい。
 本来、何も望むはずがない俺が望んだこと‥。
 自分の運命やらに、初めて抗おうと思った。
 
 でも、その願いは、桜子を巻き込むものだ。
 俺は‥やっぱり、なにも望んではいけないんだ‥
 でも‥

 ごめん。桜子。
 俺はこの願いを‥

「友達‥。桜子にはいたのかな‥」
 俺の為に‥「母親の為に」っていって、自分の身体を貸してくれた桜子。
 友達に「元気になって」っと祈られる桜子。
 優しい彼女に、世間はせめて優しいものであればいいのに、と願った。
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