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4.今更自己紹介をするんです。

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 あの後、家に送ると言ったイケメン兄さんに家どころか今日から住む所すらない、と伝えると驚いたような‥呆れたような表情で
「‥じゃあ、うちに来る? 」
 って言ってくれた。

 うわー。なんていい人なんだろう‥。
 ‥初恋人、初同棲相手ゲットです! (棒読み)

 とほほ‥情けな過ぎるよ‥。今まで自分で何でもして来たって思ってたけど、傲慢だったって気付いた‥気付かされた。
 戸籍だとか、知識だとか‥、お金だとか。
 お金があっても、戸籍や保証人‥そういうものが無かったらアパートだって契約出来ないし、学校にも行けない。それに、アパートは不動産屋に行って探してもらうっていう「常識」もだけど、教えてもらわないと分からない。
 そう言えば、人と話すのだって、字を書くのだって‥勝手に出来たわけでは無い。
 成長する為の教育、衣食住。それから‥愛情。(家族は僕にたっぷり愛情を注いでくれた。両親も今でこそ家を空けていることが多いが、僕が中学に上がるまでは家に居てくれていた)
 僕が何とか自分でできる様になる為の下準備は、全部家族や社会がしてくれてたんだ。

 僕の身一つだって、僕一人じゃここまで大きくなれなかったんだ。

 そして、今身一つになった僕は‥初めてそのことに気付いた。
 今僕は‥何も持っていない。今まで教わってきた知識、‥図らずも身についた「図太さ」。服も‥周りの人とは違ってるけど、着てる。着てなかったら、とてもじゃないけど普通に立っていられる自信はない。
 でも、それだけ。
 ここでの戸籍がなくって、僕を知っている人もいない。つまり、僕の身元を保証してくれる人も誰もいないってこと。お金もないし、通信手段もない。いつもだったら、まずはスマホで‥っていうところだけど‥そんなのはここにはない。‥どうやら、落ちる前に持ってた鞄は一緒に連れてこられなかったみたいだ。通信手段として使えなくても、家族で撮った写真とか入ってたのにな、って残念に思ったり。
 ここ‥どこだろ。‥それはどうでもいいか。‥どういう世界か心配するべきだな。
 向こうの知識はどこまで通用するかな? 分からずに、目立っちゃったら「異世界人か?! 高く売れる! 」の危険性が強まる。
 イケメン兄さんは‥僕が異世界人だって知ったら‥どうするだろ?

 ‥これから僕どうなるんだろう。

 僕は心の中で深いため息をついた。
 目の前のイケメン兄さんがどんなつもりで僕にあんな提案をしてくれたのかは分からない。
 ただ僕に同情して「せめて住む所が見つかるまでは」って面倒見てくれる気なのかもしれない。
 ‥いや、きっとそういうことだろう。
 だから、僕がしなければいけないことは、速やかにここの暮らしを把握して、ここで暮らしていくための術を身につけることだ。

 そうなったら、まず情報収集だな!

 まず‥
「あの‥兄さんのお名前をお聞きしてもいいですか? 」
 からだ。命の恩人ともいうべき人の名前すら知らないのも変だ。
 だけど‥これって、凄く変だよね。
 何て呼んでいいか聞く前から僕、この人の事「兄さん」って呼んでるわけだし。兄さんも兄さん呼びに不満はないみたいだし‥。だから、名前を聞いたからと言って、僕はこれからも兄さんのことを兄さんって呼ぶだろうし‥。兄さんは「え? 」って顔で首を傾げてる「別に‥兄さんでいいけど‥」って呟いて‥でも、
「でも、確かに恋人なのに名前も知らないとか変だよな! 俺は、クラシルって言うんだ」
 って、‥もう何なのっていう程爽やかに、カッコよく微笑んで言った。

 ま‥眩し~! イケメンの爽やかなスマイル‥もう凶器だよ!!

 兄さんたちもイケメンだったけど、爽やかに微笑むとこなんて見たことなかった。
 そもそも、そういう微笑って、自分がカッコイイってこと知ってる人しかしないよね? 兄さんたちはそんなんじゃ全然なかったんだ。そういうとこは「イケメンの無駄遣い」って言われてたっけ。
 ‥あ、また兄さんたちのこと思い出しちゃった。
 泣きそう‥って泣いちゃダメ、泣いちゃダメ。そんなことしたら、また「俺のこと怖かったよな」って(目の前にいるイケメンさんに)気にされちゃう‥。
 何なんだろ、僕‥
 ほろり‥
 堪えようと思ったのに‥涙がまたこぼれた。
「ゴメンなさい‥僕‥これからどうしていいのか分かんなくて‥気が付いたらここに居て、知ってる人もいなくて‥ここの文化だとか何もわかんなくて‥もう二度と会えない家族のことばっかり思い出しちゃって‥」
 兄さんのせいじゃないってフォローしようとしただけなのに‥どんどん「そんなこと言ってどうするんだ」って言葉ばっかり出て来る。
 ボロボロボロボロ涙があふれる。
 兄さんはおろおろしながら僕をぎこちなく抱きしめて
「‥家族‥死んじゃったのか? 」
 って呟いてる。「困ったな‥そんな時に俺は‥」って、またおろおろ‥。
 ‥すみません、反対です。
 家族が死んじゃったんじゃないんです。僕が死んじゃったんです。‥って言っても、信じられませんよね。
「すみません。‥だけど、僕頑張ります。ちゃんとここでやっていけるように頑張るから‥少しの間、お世話になります! 」
 ばって頭を上げて、口元だけでも笑って見せる。
 勢いよく頭を上げたから、長めのローブが今は鼻の下まで来ちゃった。
 もう、イケメンさんの顔すら見えないね。でも‥泣きじゃくった僕の更に不細工な顔が隠せて良かったなって思たり。あんな顔見たら‥さっきの提案も後悔しちゃうよね。いくら「振り」で「誰でもいい」とはいえ‥。

 ‥こんなときに僕は一体何を言ってるんだ。全く‥。

 って‥別なこと考えて胡麻化そうと思っても、一度泣いたらもう‥ダメだった。
 そんな僕におろおろしたままのイケメン兄さんは
「あ‥ああ、でも無理するなよ? 18歳とか‥嘘言わないでも、別に追い出さないし‥別に住む所位気にせずいつまでもいたらいいんだよ」
 って苦笑いして言ってくれた。
 さっきアイドルみたいな笑顔で笑ってた「恵まれてる」「超絶カッコイイ人」が今は僕なんかを心配しておろおろしてる。
 そんな事実が凄く不思議で‥でも、何だか面白いなって思った。

 今はでも‥この人のことしか信じられないし‥。騙されたら‥とか考えられるような立場じゃないよね。色々考えちゃうけど‥でも、考えても何もできないときもある。
 今しなきゃいけないことは、あれこれ考えてこの人に心配かけたり、(心配かけた挙句)見捨てらえたりしないように「自分がすべきこと」をきちんとすること、これだけだ。

 状況把握、これからの暮らしを確立する!

 でも、まずは‥お世話になるイケメンさん‥「クラシル」さんのことを知ること、自分のことを知ってもらうこと。幸いずっとローブを被ってるから僕の顔が残念なことをクラシルさんは知らないわけだから、「身の程をわきまえた」暮らし方する必要はない。
 イケメンなクラシルさんが「俺はイケメンでお前らそこら辺のイモとは生きる世界が違うぜ」って接し方して来ないってのは、きっとクラシルさんが兄さん側の人間だからなんだって思う。

 顔とか、そんなの気にするのなんて馬鹿馬鹿しい。そんなもん、年取ったらみんな同じだ。

 上の兄さんはそう言ってたっけ。
 でも‥年取るまでの生活の方が大事じゃ? ってそれを聞くたびに思ってたんだよ。(そんなこと言ったら兄さんに怒られるから言わなかったけどね)

 顔で人を判断する人間なんてろくな人間じゃない。そんな人間とは付き合うだけ時間が無駄だ。

 は、下の兄さん。兄さんはあんな天使みたいな顔してたけど‥口が悪かった。だけど、ホントに誰ともつるまなかったから、誰も兄さんのこと「そんなに」知ってる人はいなかったね。
 だからこそ、皆は兄さんのこと知りたがった。
 僕の周りにいた人間なんて、僕から兄さんたちの話を聞きたいって人間ばっかりだっけ。
 兄さんの話を聞きたがって、だけど、誰も僕の話なんて聞くことはない。‥そう一方的に思ってたけど、思えば僕もあの人たちのことなんて知りたいとも思わなかったから、それはおあいこかな。

「僕は‥、俊哉って言います。歳は‥さっきも言ったみたいにホントに18歳なんです。家族は両親と兄が二人いました。だけど、死別して(←僕が)今は僕一人だけです。
 家族がいなくなって、今まで家族と一緒に住んでいた場所を追われて‥あてもなく歩いて、気が付いたらここに居て‥途方に暮れていました。
 だから、正直兄さんの提案はとても助かったんです。(恋人役がいるとか‥あの話が嘘だってのは分かってるけど、そこは大人だから言わないでおきますね。騙されたふりしておきますね)
 僕はそう‥褒められた容姿をしていないので、僕の顔を晒すことで兄さんに不快な思いをさせるのが‥不安です。だから、本来ならローブを脱いでご挨拶をするのが正解なのでしょうが‥そこはご了承ください。(でも、それはあなたの為なんですからね。きっとあなたみたいなイケメンはリアルこけしなんて見たことないでしょうからね。絶対、「わあ! 」って驚きますよ。‥目の前で貴方に驚かれたらきっとかなりショックだろうから‥ほんとすみません)
 恋人は、いないし、以前もいたことはないです。‥だから、恋人の振りっていっても、どうしたらいいかわからなくって不安です」
 僕は丁寧に自分のことを、嘘がないように(異世界人だとか隠すべきところは隠して)なるべく詳しく話した。そんな僕の話を「なるほどねえ」「分かる」とか、頷きながらクラシルさんは聞いてくれた。

「俺も人の顔なんて、どうこう言える立場じゃないけど、だけど、それは俊哉の気持ちを尊重しようと思う。別にローブを脱ぎたくないなら、脱ぐ必要はない。‥さっきも言ったけど、それは気にすることはない。
 ‥俊哉は律儀なんだな」
 優しく微笑んで僕の頭に手を置く。
「‥うん、ホントに小さい。可愛い。‥他人に‥こんな小さい者にこんなに触れたのは初めてだ。小さい者は俺たちみたいな大柄の奴が近づいたら怖がって逃げる者ばっかりしか知らなかったから‥。俊哉の生まれたとこはそうじゃなかったのか? 」
 小さく首を傾げる。
 ああ‥身長。そうか‥そういうことも‥あるかも? でも、別に3倍ほども違えば怖いかもしれないけど、別にそんなことはないと思うけど‥? 
 僕が首を振ると
「へえ‥いつか俊哉の生まれたところに移住したいかも」
 ってしみじみ兄さんが言った。
 その口調が、冗談っぽくなっくて、ちょっと笑ってしまう。

 こんなカッコよくって、優しくって‥なんか可愛い人。恋人とか‥冗談って分かってるけど、ホントになったら‥きっと、僕は「生きてきてよかった」って初めて思うんだろうな。

 そんなこと思った。
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