相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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六章.迷い、戸惑い

8.博史

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「あの‥いつの間に兄ちゃんと紅葉さんはそんなに親しくなったんですか? 」
 さっきまでの、小劇場の照れ隠しだろうか、桜から差し出されたハンカチで涙をガシガシふきながら、博史が言った。
「少なくとも、俺は兄と紅葉さんが一緒にいるのを見たのは、あの時が初めてでした」
「あの時? 」
 桜はつい、首を傾げてしまった。そして、すぐ「しまった」と気付いた。
 あの時とは、多分紅葉が四朗の友達と会うためにこっちに来た時だろう。その後、紅葉は四朗の家に寄ったんだ。そういえば、小菊からそんな報告を受けていた。
「紅葉さんと兄は、同じ学校ではないですよね。それに少なくとも俺は会ったことはありません。他校の生徒と‥兄が家に呼ぶほど仲が良くなるとは、俺には思えない‥さっき言ったように」
 しかも、京都在住の紅葉と四朗の接点なんて想像もつかないだろうけど‥そこまでは博史は知らないだろう。
 桜は、もう何も言わなかった。言っても、藪蛇になるだけだ。
「じゃあ、兄は紅葉さんとどこかで会っていたことになる。それは、多分‥家だ」
「博史」
 四朗は話を中断させるように声をかけた。が、その言葉を博史は無視した。
「あの時、紅葉さんはあの家に初めて来たようではなかった」 
 すっと、目を細めて何かを考える様に口を閉ざした。
「‥というか、今日の紅葉さん、ホントになんか違いません? 」
 ぼそり、と呟く。
 四朗が、ぎくり‥と、しかし表情は変えず、博史を見る。
 博史は紅葉を見ている。
「兄ちゃんと紅葉さん、あの時やたらそっくりだと思ったのに、なんか今日の紅葉さんは‥ちょっと、違う気がする‥なんかこう、存在感が‥」
 目を細めて、紅葉を食い入るように見る。
「え‥」「あ‥」
 思わず後ずさったのは、しかし、紅葉だけではなかった。
 常にない、博史の真剣な顔に、四朗もまた、つい後ずさってしまった。
「手、いいですか」
 博史の手が、紅葉の腕に伸びる。
「いや、あの‥」
 こいつ! 何か気付いている! 
 四朗がとっさに、紅葉を庇おうとするが、博史の手が紅葉の腕をつかむのがすこしだけ早かった。
「博史さん‥」
 きゅっと、紅葉が目をつぶる。
 瞬間。辺りの空間がちょっとゆがんだように見えた。
 鏡が、
 割れる。
 そして、次の瞬間そこには、見たことのない女性が立っていた。


 見たことはないが、それは間違いなく桜なのだろう。術が解かれた桜本体なのだろう。
「‥‥」
 四朗は、思えば初めて桜の姿を見た。
 漆黒の長い黒髪。シトリントパーズの色素の薄い瞳、気の強そうな切れ長の二重。外に出ることが少ないからだろう、病的なほどに白い肌。
 歳の頃は、父さんと同じくらいだろうか? おそらく一つ二つ若い程度。そうは、変わらないだろう。‥女性の年というのは分からない。見かけは若いということも、有り得る。
 しかし、その肌は滑らかで、髪にも艶があった。
 そして、その顔は、自分に驚くほど似ていた。
 四朗の母親だといわれなくても、わかるという意味での「似ている」だ。
 特に、目の感じがそっくりだ。
 今まで、自分は相生の‥特に祖父のコピーだと思っていた四朗だ。その驚きは相当のものだった。
 父親と母親の顔は違うのに、四朗は確かに、二人ともに似ている。
 そうか、体は確かに「二人の子供」なんだな。
 そう思うと、うれしかった。
 しかし、そんな感激は、ちょっとした現実逃避でしかなかった。
 今はそういう状況ではない。
 見ると、桜の様子からも緊張している様子がまざまざと伝わってくる。
 今、この状況は‥。
 ごくり、と唾を飲み込む。
「‥お話、聞かせていただいていいですか? 」
 博史が笑った。
 優しく、にっこりと。
 その笑顔は、四朗や相生の祖父の様な妖艶で相手に有無を言わせない様なものではなく、明るく、つい、相手もほんわり暖かくするような笑顔だった。
 あ、この笑顔四朗(※四朗の父)様の‥
 桜はしばらくその笑顔に見とれてしまった。
「‥」
 四朗の方は、もちろんそれどころではない。
 これはどうしたらいいんだ? という困惑しかない。
 桐江も唖然としている。
「兄ちゃん、忘れてた? 母さん、相模の家系だよ。遠縁だけど。じいちゃんが、普通の血を一族に入れるわけがないじゃない」
 忘れてた。
 きっぱりと言い切れる。
 母さん、あんなんだから、忘れてた。
 相模藤二郎様に代表する、どこか神聖にも見える厳粛な雰囲気は、母さんには、全くない。
 明るく、朗らかな普通の女性だから。
「私は‥西遠寺 桜です」
 桜が、今更ながら自己紹介をした。博史がぱっと表情を明るくする。
「ああ、あなたが兄ちゃんの! 初めまして。弟の博史です」
 いや、でも、それは(※ 博史の名前)もうみんな知っているだろう。‥お前も混乱しているんだな。
「初めまして‥」
 桜は、まだ緊張の解けない顔のままだ。
 博史は、そんな彼女の様子は気にならないようだ。
 ただ、「そうか、そうだったのか! 」と、顔を輝かせた。
「そうか、今までの兄ちゃんと紅葉さんに感じてた違和感は、これだったんですね。
 なんですか? これ、なんていう手品ですか」
 嬉しそうに、桜を見る。
「違和感? 」
「手品? 」
 先に桜、そして四朗がほぼ同時に博史の言った言葉を反芻した。
「違和感があったのですか? 」
 桜が驚いた顔で、博史を見る。
 「手品」の方は‥いわずもがな、だ。
 さっきの「鏡の秘儀」のことだろう。
「言われてみたら、ですがね」
 博史が、桜に頷く。
 四朗は真っ青になって、音がするくらいはっきりと博史から顔を大きく逸らした。
 まあ、ね。心当たりは、ない‥訳はない。
「その手品で変わってたんでしょ? 兄ちゃんと紅葉さんも
 ‥つまり、今までの兄ちゃんは‥紅葉さんだったんだよね? 」
 そんな四朗の様子にはお構いなしで、博史が無邪気に、楽しそうな声を出した。
 博史は、今までなんだか気になっていたことが解消したのが、単純にうれしかった。
 のどに刺さった棘がぬけるって、こういうのをいうんだろう。
「‥いつから違和感が? 」
 やっとのことで、四朗はそんな言葉を絞り出した。
「うん、別に見かけで分かったとかじゃないよ、藤二郎様みたいに、心の目があるわけではないから。だけど、ずっとなんか違和感があるなって」
「その、「なんとなく‥」から、「わかった」に変わった決め手は何ですか? 」
 しかし、桐江にはちょっと今の状態を楽しんでいるような感じがある、
 この人、ほんとに「つわもの」だ。
「‥はっきりと「これ! 」とは。兄ちゃんは記憶喪失になって色んなことを忘れちゃってたから、何が「これおかしいな‥」ってのはなかった。だって、忘れてるんだからね。
 もうこれは勘というしかないんでしょうねぇ‥
 なんか違和感あるな~って思ってて、紅葉さんを初めて見た時「あ、この人。兄ちゃんだ」って思った」
「‥‥」
 桜と四朗はもう何も言えない。自分たちも随分「普通じゃない」から、博史が「ちょっと普通じゃない」ところがあろうとも「そんなわけない! 」とは言えないでしょう?
「紅葉さんが「今までの兄ちゃんだ」って確信したら‥色んなことが腑に落ちてきた」
 それから、ちょっと赤面して、
「一か月に一回調子を崩して部屋から出てこない謎‥これが一番大きかったです。でも、女の人なら‥納得できます」
 男であったら、不思議だけど、女性であったら一か月に一回不調な日が来るのは当たり前だ。ただ、一日っていうのは不思議なんだけど。そうだ、それに次の日はまるで「何もなかったかのように」普通だったぞ。しかも、学校が休みの日を選んでいたのもおかしい。
「あれは‥失礼ですが、女性のそういう日だったんですか? そんな感じは、正直しなかったんですが」
 ちょっと、言いにくそうに、でもずばりと聞いてきた。
 子供だから遠慮がないのか、それとも、そういうことに気にならない程大人なのか。博史よ、お前は何を知っているんだ。「そんな感じはしなかった」ってどういう感じだよ。
「お前‥」
 四朗は呆れ顔で博史を見る。
「いや、よくはわからないけどなんとなくわかるでしょう? 」
 ちょっと頬を染めて博史が四朗に同意を求めてくる。
「わかんねえよ? 」
 四朗は眉を寄せて博史を見た。
「あの子には、まだ、そういう日はないわ」
 驚いたことに、桜も、特に気にすることもなく、女性のデリケートな個人情報を流出させた。
「え! じゃあ、やっぱり紅葉さんも子供が産めないってこと? 」
 知ってどうする、博史! 
 もう、四朗は遠い目だ。
「そんなことは、わからないわ。それは、鮮花が今調べているみたいね。一か月に一回メンテと称して。でも‥大丈夫そう。別に体がどうってことではないから。もう、女の子に戻ったわけだから、恋でもしたら、あるいは徐々に普通の女の子の体に戻っていくかもしれない」
 それを聞いて、博史がほっとしたような表情をした。
 桜は、そんな博史にちょっと微笑んで、しかし四朗をあえて見ずに、
「四朗は‥なんとも言えないけど」
 と、ぼそりと付け加えた。
 そりゃあ、ね。
 「四朗にとっては」それは、驚くことはない。
「‥」
 そして、家族である博史にもそれはいえた。
 しかし、しかし、だ。兄ちゃんも、何とかならないものだろうか? そんなことも一瞬期待した。
 でも‥
 そして、思い当たる「原因」
「それは、兄ちゃんが臣霊だから? 」
 博史が桜を見た。
「まあ、‥それはきっと、そうね。まあ‥それもあるのかもしれないわね‥」
 桜が、すっと、視線を落とす。
「だから、兄ちゃんは‥」
 言い淀む博史に、四朗は彼が言わんとしていることがわかる。
 桜が、俯いたままちょっと悲しそうに笑った。


「昔話をしましょうか」
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