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六章.迷い、戸惑い

6.紅葉(中身は桜)と博史

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「お話は分かりました。では、母さん。気を付けてお帰り下さい」
 にこっと‥「相生スマイル」を紅葉の顔をした母親に向けた。
 綺麗で完璧な笑顔。
 そういえば、今まで桜相手にこうやって笑うことなんてなかった。
 四朗にとってこの笑顔はほぼ条件反射だと思っていたのに、桜に初めて会った時からそういえば、この笑顔を桜に向けることは無かった。
 向ける必要はなかった。
 それだけ、桜に気を許していたってことなんだろうか。
 そう気づいてほっこりした。
 ‥母親だから心を許してた。子供の頃の俺は、随分「人間らしい」「子供らしい」子供だったんだな。‥覚えてないけど。
「‥四朗」
 桜が眉を寄せて、四朗を見る。
 何かを訴える様な、それでいて、何か苦情を言おうとして睨むような、目だった。
 ホントに分かってるの? って言いたいんだろう。
 だけど、流石にそれを口に出すことは出来ないようだ。自分に‥四朗を責める資格なんてないって「ちゃんとわかってる」みたい。理解してくれて何よりだ。
 ふう‥と、四朗は深いため息をついた。

 自分の身勝手で産んだ。

 ‥なんか、反抗期の子供が言う言葉みたいだけど、俺程この言葉が「ピッタリくる」子供はいないだろう。
 臣霊を子供の代わりに産んだ。そのせいで(当たり前に)その子供は「普通の子供」じゃなかった。つまり、人間の姿を持つ臣霊だ。その子供は普通の臣霊みたいに、生きる理由(マスターの命令を守り、マスターを守る)が必要だったが、桜の「勝手な思い込み(元は臣霊とは言っても、今は人間なんだから、成長していく上で勝手に自分以外にマスターを見つけるだろう。好きな子とか、見つけちゃうんだろう)」により、マスター契約を一方的に破棄してしまった。
 だけど、桜が思うように四朗が「普通の臣霊」なら、好きな子なりを見つけることが出来ただろう。臣霊のマスターを変えることが出来ることは、紅葉の例で見て来た。
 だけど、四朗は普通の臣霊じゃなかった。
 潔癖な‥多感な時期の桜によってつくられた、恋愛感情(それどころか性別という概念)を持たない臣霊だったのだ。
 だから、四朗は新しいマスターを見つけることも出来ず‥臣霊としては不十分な‥不完全な状態で‥もうそろそろその命が尽きようとしている。
 どう考えても、桜のせいなんだ。
「‥そうね。ごめんなさい。‥もう帰るわね」
 ‥でも、責めたりなんてしない。許す、とかそういうことじゃない。反省してるようだから可哀そうとかいう感情でもない。ただ、「言っても無駄だし」ってだけの事。
 四朗は、困った様な顔で口角と肩をちょっと上げた。
「大丈夫ですよ。僕は、まあ驚きましたが、何も変わりません。‥そうですね、誰かを好きになるっていうことは、試してみます。何もしないで死んでいくのは‥流石に嫌ですからね」
 
「四朗‥」
 桜は、かける言葉が分からなかった。ただ、黙って四朗の事を抱きしめた。
 四朗は、その背中を宥める様に撫ぜた。
「仕方がない事です」
 そう言って、桜を宥める。
 その背中は、紅葉の見かけとは違う、あまりにも細い、か弱い背中だった。そして、微かに震えて泣いている様にも思えた。

  ‥聞いておいてよかった。心積もりが出来た。‥俺でも、し残したことやら、片づけておかなければならないことはある。こういうこと、先に分かるに越したことはない。
 桜には「死ぬのは嫌」って言ったけど、実のところ、そんなに生に執着はない。
 別に仕方ないか~もういいか~って思っちゃってる。なら、し残したことして死ぬのを待つだけだ。
 否、あるかな。し残したこと。片付けおかなくちゃいけないことも、然りだ。
 ‥本当にそうだろうか? 本当に、そんなものあるだろうか?
 跡取りといえど、たかが高校生だ、相生の家においては、まあ、何もすることは無い。
 会っておきたい友達だっていないし、伝えなければいけないこともない。
 そうか。この現実こそが、俺の今までの人生の総てなんだ。
 心残りもなく、別に悔やまれるようなことも、また、ない。


「兄ちゃん、何紅葉さん泣かせてるの」
 しんみりを吹き飛ばすような、博史のちょっと怒気を含んだ声。
「! 」
 四朗は慌てて桜から離れようとしたが、自分にしがみついた桜が動こうとしなくて、ちょっと焦った。
「博史」
 桜は、まだ俯いて四朗にしがみついたままだ。
「もしかして、気になって見に来たの? 」
 四朗は桜を依然剥がそうと頑張りながら博史を見た。
 最初からいた? ってことは無いな。誰かがいる様な気配はなかった。それに、桜の護衛も務める桐江が気づいたろう。だけど、桐江からそういう報告はなかった。
 途中‥皆がパニックになった辺りなら‥見落としてもおかしくない‥かも? 
 ‥そもそも気付いても桐江的に「弟さんならいいか~」って思ったかもしれない。‥そんなお気軽な話はしてなかったけどね。なんか、この人たちちょっと「ずれてる」から‥もう「普通は」とか考えまい‥。
「違うよ! 」
 博史が即座に否定した。
 が、この口調は、図星だな。「それはそうと‥」一つ、咳ばらいをして、博史が話題を変える。ふっるい話題のかえ方だなあ、お前、実はおっさんだろ? と、四朗は呆れ顔になる。
「兄ちゃんが今日会う相手って、紅葉さんだったんだね。なら、家に来てもらったらよかったのに。母さんたちも喜ぶよ」
 ‥喜ぶ? 
 え、あなたたちそんな感じなの? 
 って思われるだろ!
 四朗は思って桜の方を焦ってチラ見した。しかし、四朗にしがみついている桜の背中が見えるだけで、桜の表情は分からなかった。
「‥俺と紅葉さんはそんなんじゃない」
 四朗は一つ咳ばらいをした。
「‥悩み相談に乗ってたんだよ、だから、家ではちょっとね」
 もうすこし力を入れて(あくまで周囲にはそう見えない様に、スマートに。だけど実際は結構力をいれている)桜を引きはがしながら四朗が言うと、
「デート? 」
 にやっと笑って博史が冷やかして来た。
「違う」
 四朗にとって全く身に覚えもないので動揺すらしない。全くのスルーだ。
「ふうん? 」
 ニヤニヤヤメロ。オッサンか。
「うわあああん」
 と、今まで落ち着いていたと思っていた桜が、急にしゃくりあげる様に泣き出した。そのまま‥しゃがみ込んでとかじゃない。ちょっと俯いて‥直立不動のままだ。
「な?! 」
「どうしたの!? 」
 四朗は驚いて桜を覗き込んだ。しかし、もっと慌てふためいたのは博史だった。
「紅葉さん?! やっぱり、兄に何か言われたの? 」
「四朗が死んじゃうなんて、仕方がないじゃ済むわけないじゃない‥っ」
 と博史の腕を振り払って、桜がわあわあ泣きながら叫んだ。
「え! 何!? 冗談でも止めてよ! 何、兄ちゃんどういうこと! 」
 博史が四朗を振り向く。
「だって、四朗は、なんで‥そんなに、あきらめがいいのよぅう」
「ちょっと、紅葉さん落ち着いてよ。落ち着いて、何があったか説明して?! 」
 ‥なんだこりゃ、修羅場だ。
 四朗は、遠い目をして二人を見た。
「あ、いや。紅葉ちゃんの冗談じゃない、かな? 」
 棒読みで博史に説明するも、やけに興奮している二人にその言葉は届くはずはなかった。
「兄ちゃんは、ちょっと黙ってて! 」
「紅葉さん! 」
 そして、博史に何もかも話しだした桜に焦ったり、その後、大泣きしだした二人に焦ったり、四朗はもう大パニックになった。勿論、何かを出来るわけではなく、オロオロと二人の顔を見比べているだけだ。
 ただ、桐江だけは終始冷静に少し離れた場所で立っていた。表情を変えることもなく、何かを言うでもなく、だ。
 それ、逃げてるんですよね?? 
 俺も、傍観したいです!
「兄ちゃん、もしかして有効かもしれないから、恋をして! 今すぐして! 誰かいるでしょう。いざとなったら、武生さんでも、ぶっちゃけいいよ! 」
 博史が目から盛大に涙を流しながらがばっと顔を上げて、四朗に詰め寄った。
 は!? 
「なんで、武生なんだよ! 」
「兄ちゃん、一目惚れとか無理なタイプじゃん。じっくり、信頼関係とか築いてってタイプじゃない。今からそんな時間ないよ! 」
 不機嫌な声になる四朗に構うことなく、博史がなおも四朗に詰め寄る。
「だからって、なんで武生! 俺、男と恋愛とか当り前だけど無理だけど! っていうか、落ち着け、落ち着いて発言しろ! 」
「誰、武生さん。いいわ。今すぐ呼んで、武生さんを。桐江! 今すぐ」
 桜が、博史がいるというのに「紅葉ちゃん設定」をすっかり忘れて、桐江に支持を出した。
「あ、後、相崎さん」
 勿論そんなことに気が付かない博史が付け加えて、何故か同じように桐江に支持を出す。
「いい加減にしろお~! 」
 そんな嫌がらせ受ける位だったら、大人しく無に帰った方がましだ!
 四朗は一瞬真っ青になって、しかし、血管が切れそうな位真っ赤になって叫んだ。
「‥四朗様、諦めてください」
 だって、桜様です、仕方がないでしょう? 
 その眼は、そう言っていた。
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