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六章.迷い、戸惑い

2.何って、もう毎日ミカンあげたいくらいだよ。

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「じいちゃん。今日ミカンありがと」
 帰宅して開口一番、孫のしみじみとした口調になにか違和感を感じたらしく「ん? 」と、なんとも変な顔をして、縁側で新聞をを読んでいたじいちゃん(田中・祖父)が顔を上げた。
「ミカン? 」
「今日、もってけって言ってくれたから。ホントは、いらんとか思ったけど。
 ‥高校生にもなってデザートにミカン丸ごと‥って、恥ずかしくて一人で食べようと思ったけど」
 ‥お礼を言っているのか? 苦情を言っているのか? 
 じいちゃんは‥困惑だ。
「そんなに嫌だったのか? 」
 みかん一つで‥。
 それとも何か? 誰かに揶揄われたのか? 「高校生にもなってミカン丸ごとデザートに持ってくんなよ! 」って‥恐ろしいな、近頃の子どもは。そんなもん個人の自由だろうが放っておいて欲しい。
 まあ‥今はそうなのかもな。‥時代が変わったのは確かだ。それに、孫が気にしてるんだ。ごめんの一つでも言った方がいいのか? ミカンをもってかせて、恥かかせてゴメン、とか? ‥しらんがな。
 ちょっと躊躇していると孫は
「ホントに‥ありがとう」
 もう一度改めてもっとしみじみとお礼を繰り返した。
 その様子に祖父はもっと困惑したが、
「? うん」
 取り敢えず頷いた。そして、怪訝そうに尋ねた。
「何かあった? 」
 孫は、ニヤッとしたが、何も言わなかった。そして、祖父の横に置いてある段ボールの中からミカンを出してギュッと握りしめた。

 何ってもう、毎日ミカンあげたいくらいだよ。
 ぼーっとミカン食べてる相生君。なんか、レアだった。
 そうか、毎日だったらレアじゃなくなるし、咄嗟だったからああだったんだろうなあ。‥なんか、いい思い出。
 なんていうの? 可愛いというか‥。それも違うな。

 (‥それにしても)すっごい、睫長かった。髪なんか、サラサラだったし、肌も白くってすべっすべで。あんなに近くで見たのはじめてだけど、なんだろ、アレ。ホントにおんなじ男だろうか。だって、ひげとか絶対生えなそうだったぞ。

 それどころか、ホントに同じ人類なんだろうか。

 すっごい、綺麗だった。
 恋とか愛とか、そんな対象で相生君を見て騒いでるやつ、気が知れないな! 恐れ多い、っていうか、身の程知らずってか。
 色々考えていると、ますますにやにやが抑えられない。そんな孫ははた目から見たらもう、かなり気持ち悪くて‥
「‥ミカン見つめてニヤニヤするの、ヤメロ。気持ち悪い」
 祖父は、苦情を述べずにいられなかった。(もちろん、まだ夢見心地の孫は聞いてはいないんだけど)



「気持ち悪いから、その笑い方ヤメロ」
 いつもの如く、声をかけて手を振って来た女子に笑顔で手を振り返した四朗を武生が冷たい目で見る。
「ん? 」
 少し首を傾げて四朗が武生を見る。
 武生は、何時もの仏頂面に加えて今日はさらに機嫌が悪そうだ。
「たらしこむ気か」
「たらし‥! 誰が! 」
 予想外の武生の言葉に、四朗はちょっと焦った。

 タラシって! 相崎か! 失礼な。

「若者は不健康な笑い方するもんじゃない」
 武生はさらに言葉を重ねる。すっかり、説教モードというか一方的な非難だ。
「若者って、お前はおっさんか! 」
 え~、健康的な笑顔って、何!? ちょっと想像つかないんだけど‥。
 ‥って嘘。普通に分かる。それに‥自分の笑顔が不健康なのも、自覚在りまくる。
 四朗は顔をしかめる。
 ってか‥普通の笑顔とか‥できない。そんなに愛想よくない。だけどぶす~ってしてるのも、良くないでしょ? ぶす~ってしてるより、笑顔の方が感じはいいでしょ? 武生とかぶす~ってしてるから皆に「あいつ怖いよな」とか言われてるじゃないか。
 そもそもね、こういうのは‥社交辞令なんだよ。
 って心の中で反論してたら、
「だいたい、面白くもないのに態々笑おうと思うのがいけない。営業でもないんだから営業スマイルなんかヤメロ。普通にしてりゃいいんだ」
 だいたい同じようなこと言われた。
 ‥日常生活も営業と一緒で、戦いだと思うよ? やたらめったら敵を作ったりするの、良くない。
 だけど‥武生はそんな「しょうもない」戦いしないんだろうな~。「別に嫌われても痛くもかゆくもない」って思うんだろうな~。
 四朗は苦笑いして、
「俺、これが普通っていうか‥長年身について来たまあ癖みたいなもんだから、これが通常運転なんですけど‥」
 って言った。
 わかってる。こんなの言い訳。弱者の言い訳ですよ。
 ‥不自然なのも、しょぼいのもわかってはいるんだけど、何ともできないんだよなあ。

 しかしながら、武生が四朗の「相生スマイル」を注意しているのは、不自然な笑いで気持ち悪いということではない。笑顔自体は、あの手を振り返された女子生徒が赤面して嬉しそうに帰って行ったように、おかしくはない。
 ただ、どうも「ホストか! 」と突っ込みを入れたくなるんだ。

 一般の男子高生が、それってどうだ! 不健康な。

 武生はとても真面目だ。だから、ホントに女たらしな相崎が苦手だ。苦手というか、理解できない。そして、そんな相崎みたいな笑顔を四朗がそんな気もなしに使うのが純粋に、嫌なのだ。
「癖だっていうんだったら、それを自覚して、愛想笑いしないように意識して暮らせ」
 武生の説教は、それをもってしめられた。

 ‥意識してって地点で、凄く不自然なんですけど‥。さっき、普通にしてろって言いませんでしたっけ。

 と、言いたいのを四朗は苦笑いで我慢するのだった。
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