相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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二章.柊 紅葉

6.どうしてもそれは‥嫌なんです。

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 もちろん、あの後桜には延々と説教された。
「貴方は今、紅葉なんだから。そのあたり忘れないで頂戴! 」
 って、ホント身内には容赦ないよね。
 身内だからこそ遠慮なく何でも言えるし、しかも、男だから容赦ない。「息子だから心配で」俺をここに呼んでくれたはずなんだけど、‥あんまり愛情を感じたことはない。まあ‥そんな接し方されても気恥ずかしいだけだろうからいいけど‥。
 それを想うと、静の母さんの愛情表現は俺がホントの子どもじゃないから‥ってことなのかなあ‥とか思ったり。
 静の母さん‥元気かな。
 ちらり‥とそんなことを思った。

 静の母さんは父さんの再婚相手で、博史の母親だ。俺と博史は義母兄弟ってわけだけど、博史はそれを知らない。だけど、一生言うつもりはない。(※ 四朗は博史がその事実を知ってしまったことをまだ知らない)
 静の母さんは、5歳の俺が「母親がいる方が都合がいいから」って安易な理由で「スカウト」した一族(相模の分家筋だった)の女性で、だけど、最後には静の母さんの意志で父さんと再婚してくれた。
 彼女の意志であって、四家の当主(俺のことだ)の「お願い(実質命令?? )」だから逆らえなかった‥とかではないと信じている。だけど、きっかけがそうだっただろう。父さんからもあの時きつく叱られた。
 ‥あんなにきつく叱られたのは思えばあの時だけだったと思う。
 昔は銀行でバリバリ働いてた静さんの人生を「台無し(多分)」にした俺の責任は一生をかけて償わなければいけないって思う。

 四家の一つ、相生の本家って言っても、うちは全然「お得感」がない家だ。
 相崎みたいに「ザ、金持ち」って感じの暮らしはしていない。相模本家も‥派手ではないが金持ちって感じがする。だけど、相馬も相生もそうじゃない。まるで江戸時代かって感じの古臭い生活をしている。いい風に言えば、「質素倹約、質実剛健」まさに貧乏武士って感じの暮らしなんだ。
 っていっても、お金がないわけじゃないし、そういうポリシーってわけでもない。ばあちゃん曰く「亭主が殆ど留守の家なんてそんなもんだよ」らしい。でも、「留守を預かってる妻が夫のお金を無駄に使うわけにはいかないでしょう? 」とかじゃない。ただ、「旦那もいないのに、オカズにこだわるのも馬鹿らしい」ってこと‥らしい。
 ‥でも、育ち盛りの孫が二人いるわけだし‥で、辛うじて「みそ汁と白米とお漬物」生活は免れてる‥って感じ。
 ばあちゃんは、あれだ。simple is best。無駄なことは極力シタクナイって感じの人なんだ。
 万事がそんな感じで静の母さんにあれこれ言ったりとかせず、お互い干渉せず暮らしてるって感じ。仲がいいとかそういうのは‥俺には分からなかった。
 静さんも分家とはいえ四家の家系だから、相生のことは知ってただろうけど、実際に相生の人間にならないと分からないこともあっただろう。‥苦労をさせてしまって申し訳ない。
 というのも、相生家は相模家同様、特殊能力を一子相伝する家系なんだ。
 相模はどういう能力だとかは知らないけど、相生家の特殊能力が「言語能力」だ。
 会話をする相手と目を合わせて‥コンタクトを取ると‥相手の言語が「分かる」。
 パソコンにおけるフォントみたいなのを想像してもらったらいい。フォントはダウンロードしたら使える。そんな感じで、相手の言語(フォント)を使って会話を出来るんだ。だけど、その状態はその相手と話している時限定だし、しかも「初めて会った時」限定なんだ。
 だから、一度目に会った時に「どんな言語を話していたか」ってことを記憶しておかなければならないし、次回からは自分の語学力でその言語を使えなければいけない。
 その「fast contact(初見)」がすごく大事なんだ。言語に関する全てのことを探り、記憶する。その為には会話を出来るだけ続けなきゃいけない。そもそも、警戒心を抱かれずに、懐に入り込まなければいけない。
 その作業を爺さんは「魅了」って呼んでる。
「一目で魅了させて、相手の信頼を得る。それが重要だ」
 って。
 まあ‥簡単に言えば、誑し込みだな。
 そんなわけで、爺さんは身なりにやたら気を遣ってるし、俺や父親にもそれを強要してくる。
 それこそ、ナルシストになる位に、だ。

 その中でも次期当主として育てられ、ずっと「相生 四郎」としてしか暮らして来なかった四朗は‥どんなに、紅葉の振りをしようとも、やっぱり「相生 四郎」でしかなかったんだ。だから、「相生 四郎」の名を呼んで自らの心の中身を前面に出すことによって、鏡の秘術という「他人」はいとも容易く排除されたのだ。

 恐るべし、ナルシスト。

「だけど、なにか分かったってことね」
 ため息をひとつつくと、にっと笑って今度はどこか楽しそうに桜の母さんが聞く。
「ええ、たぶん」
 微妙な顔で紅葉(中身は四朗)が肩をすくめる。

 多分。でも、自信はない。

「やってみたら。今度は、紅葉のままで‥出来るかしら」
 その顔は「してもらわないと困る」と語っている。
 俺は苦笑して
「はあ」
 と、曖昧な返事をした。

 鏡に向き合い、あの時の感覚を思い出しながら、しかし相生 四朗であることを意識しない様に‥

 それは、容易なことではなかった。
 すぐに疲れて、膝をおとす俺を桜の母さんが容赦なく睨みつけてくる。
「あなた、ちょっと精神力が低すぎるんじゃなくて。それと、体力も」
 母さんの厳しい視線。
 もう、完全にいらだっているのがその表情にも口調にも表れてしまっている。いつもの、慈愛の笑みとも呼ばれているポーカーフェイスはどうしたというのだ。
「スイミングと朝の散歩って、OLじゃないんだから! 」
 って、最後には、ふんっという声まで聞こえそうな鼻息だ。
 俺はため息をついて、
「剣術の稽古も、その他格闘技もしていますが」
 つい言い返してしまった。
 「体力関係ないだろ、気力でしょ」と言うべきところだったんだけど、(体力無いって件で)散々な言い草されて、ついこっちを先に反応してしまった。
 言ってすぐ「あ~しまった。話が長くなる」って反省。ここは「はいはい」って適当に流すのが正解だった~!
「稽古をしている様じゃ、駄目なのよ。あなた、殺されるかもしれないって自覚がないのよ」
 案の定、かえって桜の怒りが濃くなった。

 ‥殺されるかもしれない自覚って‥。
 そんなもの、現在日本に住んでいて自覚できるものでもない。

 ただ、確かに緊張感は足りていないな、とは思う。
 千佳に見つかってしまったのが、いい例じゃないか。

「でも‥よく誤魔化せましたよね」
 ぽつり、と呟く。
 つい、呟いてしまった。
 だって、ホントに「よく誤魔化せたわ」って思うから。
 だけど、
「あら。だって、貴方と四朗はそんなに見かけが変わらないから。体つきは男女でやっぱり違うけど、顔だけ見たら双子だと言っても通じる位だわ」
 かあさんは、意外なことに、こともなげに言った。

 え~? そうだったのか。
 ‥そういえば、俺は‥「紅葉の」顔をまともに見たことがなかったな。
 顔を意識するということは、例えば着替えの際に体を意識するということだ。
 それは、紅葉さんに失礼だし、俺も嫌だ。例え、それが映像だけのもので、触れば自分の体たとしても、だ。
 俺は今までそれらを意識の外に追い出してきた。
 だから、俺はずっと鏡すら見てこなかったんだ。
 鏡に映る紅葉の顔を見なくても、慣れれば感覚だけで髪型や服装の乱れ位正すことは出来るようになった(もはや達人の域)

 ‥双子のように似ている女。
 ‥それはそれで、気持ち悪い。
 本当の紅葉はどんな気持ちで俺の体で過ごしているんだろう。もう高校生だったら、嫌だとか思っているんだろうな。そりゃ嫌だよな。

 恋愛だって出来ないわけだし。

 ふと、四郎は自分(四朗)の体で男に恋心を抱く紅葉を思い、青くなった。
 心は紅葉(女の子)なんだけど、見た目は四朗(バリバリ細マッチョ(自分の予定))な高校生男子。それが頬を赤らめて男子生徒を見る‥。そして、見られた男子生徒は「え!? 何、俺そういう趣味ないんだけど‥」ってなる‥(安心しろ俺(ホントの四朗)にもない!! )
 紅葉さんの恋も叶わず、俺もその男子生徒も微妙な状況になる。

 ‥やめてくれ‥それは‥! ‥やめてくれ‥。

 それに、紅葉さんは俺に「自分の体を見られているかもしれない」と、悩んでいるかもしれない。
 ‥それも不本意だし、俺に対しても失礼だ。

 俺は断じて!! (見ていない!! )

「俺、もっと本気出して、西遠寺の力を使えるようになります。それで、元の体に戻れるようになります」
 がばっと顔を上げると真剣なまなざしで母さんを見た。

 相生 四朗が18歳にして初めて本気になった瞬間だった。
 (あまりにも遅すぎるんだけど)

「ふうん? なにでスイッチがはいったのかはわからないけど、まあいいわ」
 母さんは怪訝な顔をしてそんな俺を見たのだった。
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