上 下
10 / 54
二章.柊 紅葉

1.無駄なこと

しおりを挟む
 柊 紅葉くれはは、目の前で顔を赤くしている男子高生に対して何ら感情を持つことはなかった。
 ただ、今どうこの場を「上手く」乗り切ろうか、それだけ。
 ひどいことをいうわけにはいかない。それは、「この子」に悪い。
 だけど、だからと言ってこの男子高生に「いい顔」するわけにはいかない。(そもそも、俺が無理だから許してほしい)

 適当なことをいうのは、双方(男子高生と「この子」だ)に失礼だから‥自分で言うのもなんだけど結構努力している。随分営業用スマイルじゃない「女子高生らしい笑顔」もうまくなってきた‥と思う。

 借り物の体で、自分は「この子」の評価を上げることはしろ、「この子」の評価を下げるようなことをするわけにはいかない。
 だから、毎日念入りに肌の手入れをし、髪にくしをかける。日焼けに気をつけるし、虫刺されもかきむしったりしない。
 おかげで肌はつるつるだし、髪はサラサラだ。
 総ては「この子」の為! 
 この行為に、これ以上の意味はない。
 今までの人生で一度もやってきたことがない努力で、ただ面倒だとしか思わない。自分の事、結構「凝り性」だって思ってたけど、それは「ただし興味のあることに限る」らしい。
 興味どころか、未知の領域だ。初めはどうしたらいいかわからず随分戸惑ったもんだ。
 「妹」のマネをしたり、周りの話に耳を傾けたり‥ファッション雑誌なるものも読んだ。
 教科書通り? それのどこが悪い。

 兎に角だ。今は目の前の男‥
 もじもじと小声で喋ってる言葉に耳を傾けると‥
「柊さんは‥頭もいい。‥お洒落ばっかりしてる他の子とは違うなって‥」
 とか言ってる。
 ‥人の苦労が分かっちゃいない。
 お洒落ばかりじゃないかもしれんが、お洒落もしてるぞ! メイクだけがお洒落だと思うな! 肌の手入れこそ、お洒落じゃないか?! こちとら、そこいらの女子高生よりよっぽど肌の手入れに時間かけてるぞ!! (注 特別なことをしているわけでは無くなれなくて悪戦苦闘している為)
 そういうの分からん男はモテないぞ! (今までの自分を顧みてちょっと後悔。女子の皆さんすみません‥)

 まあ‥ね、何とかしなくてはいけないとはいえ、毎度のことだが困る。
 どうする? といっても相手は男だ。
 それが気持ちが悪い。考えれば考えるほど気持ち悪い。

 事実、状況だけ言えば、「この子」・柊 紅葉は女の子だから気持ち悪くはないのだろうが、俺はどうも割り切れない。
 5年も経つってのに、未だに慣れない。
 だから、出来るだけ男と話すらしないのに‥(そして、「そこが更に好き! 」ってファンを作っちゃう‥)

「ごめんね。困らせちゃったね」
 黙っていたら、相手が気を使って言ってくれた。優しさなのか、単に沈黙に耐えられなくなったのかはわからない。
「いえ、そんな」
 俺‥紅葉は恥ずかしくて顔も上げられない。
 という風に見えているようだが、実際は
 ‥どんな顔をすればいいのかわからず、顔を上げるわけにはいかない。
 俯きながら、冷や汗たらたらだ。
「せめて友達になってもらってもいいかな」
 と、男子高生。
「‥」
 紅葉、黙ってこくんとうなずく。

 ‥ああ、「友達」これで何人目だ。
 友達といいながら、「二人きり」で映画に誘ってくるのはどういうわけだ。
 だが、生憎紅葉は忙しい。外国語にスイミング、剣術に弓、ピアノ。
 スイミングと剣術は、10歳の時引き継いだお稽古に勝手にプラスさせてもらった。(ゴメン! )
 お母さん(紅葉の)驚いてたな~。「大丈夫なの?? 」って。
 因みにお母さんは、俺の生みの母の姉らしく、(元の)俺の顔そっくりだった。
 で、(従兄弟同士だから)顔がそっくりって理由で、今回俺と紅葉は入れ替わってる‥ってわけだ。
 全く、あの人も恐ろしいことを考える‥。
 それに紅葉ちゃんもよく受けてくれたよな‥とも。ホント、いい人過ぎて心配になる。
 
 まあ、それはそれで‥
 今日はピアノの日だった。
「今日は、ピアノだから。‥ごめんなさいね」
 俺は、気弱そうに微かに笑って、新しい友達と別れた。

 ピアノを習ってるって知った時には絶望しかなかったけど、有難いことに紅葉ちゃんはピアノにそう熱心じゃなかったようだ。
「もう~! いつもいつも練習してきてくれないんだから~。次は練習してきてね」
 って先生が「相変わらず」って感じで言った時にはほっとした。
 よかった‥
「‥どうしたの紅葉ちゃん!? 記憶喪失にでもなった!? 」
 って言われたらどうしようって思ったよ‥。
 紅葉ちゃんの手紙には「ピアノを習ってます」とは書いてあったけど、熱心かそうでもないか‥は書かれてなかったからね。
 まあ‥書かんわな‥。

「あ~ピアノピアノと‥」
 しかし、今日もお互いにとって時間の無駄をしてしまったなあ。
 まあ‥ピアノも俺にとっては苦痛でしかないんだが‥。
 だけど‥まあ、老後とかの趣味にしてもいい‥かも。

 俺はさっさと気持ちを切り替えることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王女と騎士の殉愛

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
小国の王女イザベルは、騎士団長リュシアンに求められ、密かに寝所を共にする関係にあった。夜に人目を忍んで会いにくる彼は、イザベルが許さなければ決して触れようとはしない。キスは絶対にしようとしない。そして、自分が部屋にいた痕跡を完璧に消して去っていく。そんな彼の本当の想いをイザベルが知った時、大国の王との政略結婚の話が持ち込まれた。断るという選択肢は、イザベルにはなかった。 ※タグに注意。全9話です。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

処理中です...