リバーシ!

文月

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十五章 メレディアと桔梗とヒジリとミチル

2.桔梗とメレディア王の出会い。

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 まだ、魔法使いやリバーシがこの国に生まれたばかりの頃。この国の人間は別な国‥異世界のことを知りも‥そもそも考えもしなかった。
 別な国の人間もまたそうだった。
 産まれたその国で一生暮らしていくもの‥と当たり前に考えていた。
 
 それが、どんなにつらくても、だ。

 桔梗は、別な国で産まれた女の子だった。
 家は裕福ではなく、兄妹も多かった。多く産んだらそれだけ労働力が増えるが、それだけ食い扶持も増える。食い扶持を減らすためと、外貨を得るために、既に兄や姉は住み込みで働きに出ていた。
 桔梗は、兄弟の中で一番手先が器用で「根気強かった」。
 家にいる子供の中で一番大きかった桔梗は、兄弟の世話や食事の準備、田畑の手伝いなど一日中よく働いた。
 月の明るい夜は、桔梗は両親より遅くまで起きて縄をなった。
 桔梗は、それこそ一晩中仕事が出来る子供だった。
 現在と違い電灯があるわけでは無い。夜はそれこそ真っ暗闇だ。そして、明かりとなる油は(庶民は魚の油を使っていた)高価で桔梗たちの家族には縁のないものだった。だから、夜は暗くなれば月明りや囲炉裏の火を頼りにする他無かった。
 森が近い桔梗の村の夜は静かで暗かった。
 夜に活動を始めるのは、獣や盗人‥そういった「出くわしたくない者」たちばかり。
 だから夜になれば、特別な用事でもないかぎり、誰も外に出る者なんていなかった。
 囲炉裏端で家族そろって粗末な夕餉を食べた後、子供たちは当たり前の様に寝床に着いた。
 子供とはいえ、日中は火種にする木の葉や小枝を集めたり、水を汲んだりと仕事があった。仕事が済めば日が暮れるまで野山を駆け回る。だから、夜になったら自然と瞼が重くなった。
 うんと幼い頃は、桔梗も兄弟たちと一緒に粗末な寝床で横になっていたが、桔梗はしかし、眠るということができない子供だった。
 薄目を開けて
 囲炉裏端で父親が縄をなったり、母親が子供たちの着物を繕い、祖母が機を織るのを見たり‥ただ、ぼんやりと夜が明け、空が白むのを待った。両親が寝静まった後も、だ。
 幼い弟妹たちがわずかな暖を求めて身を寄せて来る背中を撫ぜながら、桔梗は寝ころんだまま‥指先で藁を手繰り寄せ、父親の手元を真似て‥見よう見まねで縄をない始めた。
 そのうち、指が縄をなうのを覚えて暗闇でも縄をなえるようになった桔梗は、両親が寝静まるとわずかに暖かさの残る囲炉裏端に座り縄をなったり、それを草履にしたりするようになった。
 繕い物、縄、草履‥
 暗闇の中‥実質目を瞑っているのと同じ状態で‥桔梗は一晩中仕事した。
 朝早くから両親と一緒に田畑に出て働き、兄弟の世話をし、夜は一晩中内職する‥。桔梗は物心ついたころからそんな暮らしを何年も続けていたが、ずっと一緒にいた弟妹も、両親さえも桔梗が「そんな暮らし」をしていることに気付きもしなかった。彼らが桔梗に関心がなかったのではなく、日々の生活に精一杯だったからだ。

 彼らは、ただ「桔梗は驚くほど手がはやく(仕事の効率がいい)」「働き者だ」と思っていた。

 ある夏の日、桔梗は珍しく風邪を引いた。
 兄妹にうつってはいけないから、と‥咳をしたくなった桔梗は夜外に出た。
 外は暗く、ひんやりしていて、熱で火照って‥汗ばんだ身体に心地よかった。
 目の前には田がある。春に皆で植えた苗が今ではだいぶ成長して来た。さわさわ‥という音は風が稲の葉を撫ぜる音だろう。
 はずだ。
 だが、目の前にはいつの間にか麦が金色に実っていた。
 麦秋は、初夏だ。
 もっとも、桔梗の家は麦を育てていなかったし、見たこともなかった。
 だから、桔梗は目の前に広がった景色が麦の穂だとは分からなかった。
 金色の穂を垂れる稲とは違い、麦の穂は頭を垂れない。
 だけど力強く上を向いている穂を桔梗は美しい‥と思った。
 
 夜だから、
 そこには誰もいなかった。
 ただ一人、道端に頼りなく立ち尽くす‥
 見たこともない美しい男以外は。

「あなたは‥誰ですか? 」
 桔梗に気付き、
 先に口を開いたのは、男だった。
 男は、桔梗が今まで見たことのないような髪の色と目の色をしていた。
 だけど、人の言葉を話し、身体つきが獣のそれとは違うから獣ではないのだろう。
 では、お話で聞いたことのある「鬼」や「幽霊」の類だろうか? 否、そんなまがまがしいものには見えない。
 どちらかというと、彼は‥神だとは思わないが‥尊い人の様に思える。
 きっと、領主様がお話されていた「海の向こうの国から来られた異国の人」だろう。
 あんな‥向こうも見えないような大きな海を渡り、見たこともない遠くの国から何日もかかって海を渡り、この国に来た人なのだから‥きっと「特別な人」なのだろう。
 私たちなんかと、全く違う‥それこそ‥神から選ばれたような「特別な人」なのだろう。
 桔梗は、その「特別な人の」容姿に見惚れた。

 ‥なんて美しいんだろう。

「ああ‥申し訳ございませんでした。貴女の名前を伺う前に、‥先に私が名乗らないといけませんね」
 美しい異国の人が微笑んだ。
 両の眼は、紫水晶の様に澄んだ紫色だ。
 髪は‥ちょうどこの麦畑で実っている麦の穂の様な色‥。
 静かで上品な佇まいは、お寺で見せていただいた天女様の絵姿の様だった。
「私は、メレディアと申します。貴女は? 」

「‥桔梗です」
 口からするりと‥驚いたことに‥言葉が出た。
 きっと「話そう」って意識したら、声すらまともに出なかっただろう。
 だから、口からするりと自然に出た言葉に、桔梗は驚いた。
 桔梗は今まで父親や兄弟以外の若い男と親しく話したこともなかったし、どちらかというと人見知りする方だったのに‥だ。

「桔梗‥。
 あなたはなんて‥
 美しい人なんだろう‥」
 メレディアがうっとりとした目で桔梗を見た。
 桔梗は驚いてメレディアを見る。

 美しいのは
 貴方です。

 そこで「目が覚めた」
 桔梗はその日、初めて寝床で「目が覚めた」のだった。
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