157 / 238
十五章 メレディアと桔梗とヒジリとミチル
2.桔梗とメレディア王の出会い。
しおりを挟む
まだ、魔法使いやリバーシがこの国に生まれたばかりの頃。この国の人間は別な国‥異世界のことを知りも‥そもそも考えもしなかった。
別な国の人間もまたそうだった。
産まれたその国で一生暮らしていくもの‥と当たり前に考えていた。
それが、どんなにつらくても、だ。
桔梗は、別な国で産まれた女の子だった。
家は裕福ではなく、兄妹も多かった。多く産んだらそれだけ労働力が増えるが、それだけ食い扶持も増える。食い扶持を減らすためと、外貨を得るために、既に兄や姉は住み込みで働きに出ていた。
桔梗は、兄弟の中で一番手先が器用で「根気強かった」。
家にいる子供の中で一番大きかった桔梗は、兄弟の世話や食事の準備、田畑の手伝いなど一日中よく働いた。
月の明るい夜は、桔梗は両親より遅くまで起きて縄をなった。
桔梗は、それこそ一晩中仕事が出来る子供だった。
現在と違い電灯があるわけでは無い。夜はそれこそ真っ暗闇だ。そして、明かりとなる油は(庶民は魚の油を使っていた)高価で桔梗たちの家族には縁のないものだった。だから、夜は暗くなれば月明りや囲炉裏の火を頼りにする他無かった。
森が近い桔梗の村の夜は静かで暗かった。
夜に活動を始めるのは、獣や盗人‥そういった「出くわしたくない者」たちばかり。
だから夜になれば、特別な用事でもないかぎり、誰も外に出る者なんていなかった。
囲炉裏端で家族そろって粗末な夕餉を食べた後、子供たちは当たり前の様に寝床に着いた。
子供とはいえ、日中は火種にする木の葉や小枝を集めたり、水を汲んだりと仕事があった。仕事が済めば日が暮れるまで野山を駆け回る。だから、夜になったら自然と瞼が重くなった。
うんと幼い頃は、桔梗も兄弟たちと一緒に粗末な寝床で横になっていたが、桔梗はしかし、眠るということができない子供だった。
薄目を開けて
囲炉裏端で父親が縄をなったり、母親が子供たちの着物を繕い、祖母が機を織るのを見たり‥ただ、ぼんやりと夜が明け、空が白むのを待った。両親が寝静まった後も、だ。
幼い弟妹たちがわずかな暖を求めて身を寄せて来る背中を撫ぜながら、桔梗は寝ころんだまま‥指先で藁を手繰り寄せ、父親の手元を真似て‥見よう見まねで縄をない始めた。
そのうち、指が縄をなうのを覚えて暗闇でも縄をなえるようになった桔梗は、両親が寝静まるとわずかに暖かさの残る囲炉裏端に座り縄をなったり、それを草履にしたりするようになった。
繕い物、縄、草履‥
暗闇の中‥実質目を瞑っているのと同じ状態で‥桔梗は一晩中仕事した。
朝早くから両親と一緒に田畑に出て働き、兄弟の世話をし、夜は一晩中内職する‥。桔梗は物心ついたころからそんな暮らしを何年も続けていたが、ずっと一緒にいた弟妹も、両親さえも桔梗が「そんな暮らし」をしていることに気付きもしなかった。彼らが桔梗に関心がなかったのではなく、日々の生活に精一杯だったからだ。
彼らは、ただ「桔梗は驚くほど手がはやく(仕事の効率がいい)」「働き者だ」と思っていた。
ある夏の日、桔梗は珍しく風邪を引いた。
兄妹にうつってはいけないから、と‥咳をしたくなった桔梗は夜外に出た。
外は暗く、ひんやりしていて、熱で火照って‥汗ばんだ身体に心地よかった。
目の前には田がある。春に皆で植えた苗が今ではだいぶ成長して来た。さわさわ‥という音は風が稲の葉を撫ぜる音だろう。
はずだ。
だが、目の前にはいつの間にか麦が金色に実っていた。
麦秋は、初夏だ。
もっとも、桔梗の家は麦を育てていなかったし、見たこともなかった。
だから、桔梗は目の前に広がった景色が麦の穂だとは分からなかった。
金色の穂を垂れる稲とは違い、麦の穂は頭を垂れない。
だけど力強く上を向いている穂を桔梗は美しい‥と思った。
夜だから、
そこには誰もいなかった。
ただ一人、道端に頼りなく立ち尽くす‥
見たこともない美しい男以外は。
「あなたは‥誰ですか? 」
桔梗に気付き、
先に口を開いたのは、男だった。
男は、桔梗が今まで見たことのないような髪の色と目の色をしていた。
だけど、人の言葉を話し、身体つきが獣のそれとは違うから獣ではないのだろう。
では、お話で聞いたことのある「鬼」や「幽霊」の類だろうか? 否、そんなまがまがしいものには見えない。
どちらかというと、彼は‥神だとは思わないが‥尊い人の様に思える。
きっと、領主様がお話されていた「海の向こうの国から来られた異国の人」だろう。
あんな‥向こうも見えないような大きな海を渡り、見たこともない遠くの国から何日もかかって海を渡り、この国に来た人なのだから‥きっと「特別な人」なのだろう。
私たちなんかと、全く違う‥それこそ‥神から選ばれたような「特別な人」なのだろう。
桔梗は、その「特別な人の」容姿に見惚れた。
‥なんて美しいんだろう。
「ああ‥申し訳ございませんでした。貴女の名前を伺う前に、‥先に私が名乗らないといけませんね」
美しい異国の人が微笑んだ。
両の眼は、紫水晶の様に澄んだ紫色だ。
髪は‥ちょうどこの麦畑で実っている麦の穂の様な色‥。
静かで上品な佇まいは、お寺で見せていただいた天女様の絵姿の様だった。
「私は、メレディアと申します。貴女は? 」
「‥桔梗です」
口からするりと‥驚いたことに‥言葉が出た。
きっと「話そう」って意識したら、声すらまともに出なかっただろう。
だから、口からするりと自然に出た言葉に、桔梗は驚いた。
桔梗は今まで父親や兄弟以外の若い男と親しく話したこともなかったし、どちらかというと人見知りする方だったのに‥だ。
「桔梗‥。
あなたはなんて‥
美しい人なんだろう‥」
メレディアがうっとりとした目で桔梗を見た。
桔梗は驚いてメレディアを見る。
美しいのは
貴方です。
そこで「目が覚めた」
桔梗はその日、初めて寝床で「目が覚めた」のだった。
別な国の人間もまたそうだった。
産まれたその国で一生暮らしていくもの‥と当たり前に考えていた。
それが、どんなにつらくても、だ。
桔梗は、別な国で産まれた女の子だった。
家は裕福ではなく、兄妹も多かった。多く産んだらそれだけ労働力が増えるが、それだけ食い扶持も増える。食い扶持を減らすためと、外貨を得るために、既に兄や姉は住み込みで働きに出ていた。
桔梗は、兄弟の中で一番手先が器用で「根気強かった」。
家にいる子供の中で一番大きかった桔梗は、兄弟の世話や食事の準備、田畑の手伝いなど一日中よく働いた。
月の明るい夜は、桔梗は両親より遅くまで起きて縄をなった。
桔梗は、それこそ一晩中仕事が出来る子供だった。
現在と違い電灯があるわけでは無い。夜はそれこそ真っ暗闇だ。そして、明かりとなる油は(庶民は魚の油を使っていた)高価で桔梗たちの家族には縁のないものだった。だから、夜は暗くなれば月明りや囲炉裏の火を頼りにする他無かった。
森が近い桔梗の村の夜は静かで暗かった。
夜に活動を始めるのは、獣や盗人‥そういった「出くわしたくない者」たちばかり。
だから夜になれば、特別な用事でもないかぎり、誰も外に出る者なんていなかった。
囲炉裏端で家族そろって粗末な夕餉を食べた後、子供たちは当たり前の様に寝床に着いた。
子供とはいえ、日中は火種にする木の葉や小枝を集めたり、水を汲んだりと仕事があった。仕事が済めば日が暮れるまで野山を駆け回る。だから、夜になったら自然と瞼が重くなった。
うんと幼い頃は、桔梗も兄弟たちと一緒に粗末な寝床で横になっていたが、桔梗はしかし、眠るということができない子供だった。
薄目を開けて
囲炉裏端で父親が縄をなったり、母親が子供たちの着物を繕い、祖母が機を織るのを見たり‥ただ、ぼんやりと夜が明け、空が白むのを待った。両親が寝静まった後も、だ。
幼い弟妹たちがわずかな暖を求めて身を寄せて来る背中を撫ぜながら、桔梗は寝ころんだまま‥指先で藁を手繰り寄せ、父親の手元を真似て‥見よう見まねで縄をない始めた。
そのうち、指が縄をなうのを覚えて暗闇でも縄をなえるようになった桔梗は、両親が寝静まるとわずかに暖かさの残る囲炉裏端に座り縄をなったり、それを草履にしたりするようになった。
繕い物、縄、草履‥
暗闇の中‥実質目を瞑っているのと同じ状態で‥桔梗は一晩中仕事した。
朝早くから両親と一緒に田畑に出て働き、兄弟の世話をし、夜は一晩中内職する‥。桔梗は物心ついたころからそんな暮らしを何年も続けていたが、ずっと一緒にいた弟妹も、両親さえも桔梗が「そんな暮らし」をしていることに気付きもしなかった。彼らが桔梗に関心がなかったのではなく、日々の生活に精一杯だったからだ。
彼らは、ただ「桔梗は驚くほど手がはやく(仕事の効率がいい)」「働き者だ」と思っていた。
ある夏の日、桔梗は珍しく風邪を引いた。
兄妹にうつってはいけないから、と‥咳をしたくなった桔梗は夜外に出た。
外は暗く、ひんやりしていて、熱で火照って‥汗ばんだ身体に心地よかった。
目の前には田がある。春に皆で植えた苗が今ではだいぶ成長して来た。さわさわ‥という音は風が稲の葉を撫ぜる音だろう。
はずだ。
だが、目の前にはいつの間にか麦が金色に実っていた。
麦秋は、初夏だ。
もっとも、桔梗の家は麦を育てていなかったし、見たこともなかった。
だから、桔梗は目の前に広がった景色が麦の穂だとは分からなかった。
金色の穂を垂れる稲とは違い、麦の穂は頭を垂れない。
だけど力強く上を向いている穂を桔梗は美しい‥と思った。
夜だから、
そこには誰もいなかった。
ただ一人、道端に頼りなく立ち尽くす‥
見たこともない美しい男以外は。
「あなたは‥誰ですか? 」
桔梗に気付き、
先に口を開いたのは、男だった。
男は、桔梗が今まで見たことのないような髪の色と目の色をしていた。
だけど、人の言葉を話し、身体つきが獣のそれとは違うから獣ではないのだろう。
では、お話で聞いたことのある「鬼」や「幽霊」の類だろうか? 否、そんなまがまがしいものには見えない。
どちらかというと、彼は‥神だとは思わないが‥尊い人の様に思える。
きっと、領主様がお話されていた「海の向こうの国から来られた異国の人」だろう。
あんな‥向こうも見えないような大きな海を渡り、見たこともない遠くの国から何日もかかって海を渡り、この国に来た人なのだから‥きっと「特別な人」なのだろう。
私たちなんかと、全く違う‥それこそ‥神から選ばれたような「特別な人」なのだろう。
桔梗は、その「特別な人の」容姿に見惚れた。
‥なんて美しいんだろう。
「ああ‥申し訳ございませんでした。貴女の名前を伺う前に、‥先に私が名乗らないといけませんね」
美しい異国の人が微笑んだ。
両の眼は、紫水晶の様に澄んだ紫色だ。
髪は‥ちょうどこの麦畑で実っている麦の穂の様な色‥。
静かで上品な佇まいは、お寺で見せていただいた天女様の絵姿の様だった。
「私は、メレディアと申します。貴女は? 」
「‥桔梗です」
口からするりと‥驚いたことに‥言葉が出た。
きっと「話そう」って意識したら、声すらまともに出なかっただろう。
だから、口からするりと自然に出た言葉に、桔梗は驚いた。
桔梗は今まで父親や兄弟以外の若い男と親しく話したこともなかったし、どちらかというと人見知りする方だったのに‥だ。
「桔梗‥。
あなたはなんて‥
美しい人なんだろう‥」
メレディアがうっとりとした目で桔梗を見た。
桔梗は驚いてメレディアを見る。
美しいのは
貴方です。
そこで「目が覚めた」
桔梗はその日、初めて寝床で「目が覚めた」のだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる