リバーシ!

文月

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八章 未来と過去と

7.10畳一間のミチルの世界の全て (3)

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(side ミチル)


「‥別に、充電するだけのものでも‥ないよ? 」
 って意味深なこと言ってしまったものの‥俺は実は特に下心があってこのセリフを言ったわけじゃなかった。(なかったんだ! ホントだよ‥。負け惜しみじゃないよ!? )
 だけどさ、ヒジリが真っ赤になって可愛かったから‥ホントちょっと揶揄っちゃおうかな~って思ったのが半分、口説いちゃえる?! って期待があったのも半分‥。

 だけど、慈悲の表情を浮かべ「大丈夫だよ」って言われちゃった。

 寂しがってるって思われちゃった。(寂しくなんかないやい‥)

 一人暮らしの男の部屋だのに! 二人っきりなのに!! 


 俺がこの部屋に越して来たのは、22歳で大学を卒業した時だった。


 大学時代の4年間住み慣れたアパートは、職場から少し遠かったし、何より学生向けで賃貸料も安めだった。これから入学してくる後輩たちに譲るのが卒業生の務めってものだろう。少し手狭だったしね。

 「帰って来て地元で就職したら」って母親は言ったけど、妹がそっちに残っているからか、そう熱心には勧めてこなかった。
 両親‥特に父親は‥俺より妹に甘かった。
 ‥まあ、俺も自分が「しにくい性格」だって自覚はある。離れてるくらいがちょうどいいっていう関係もある。

 両親が共働きだったから、俺と妹は交代で「食事当番」を決め食事を作っていたから、自炊とか心配ないって思われてたってのもあるかな。
 自炊って言っても‥大した料理ではない。カレーが多かった気がする。
 会社行って、一人分の食事を用意して、食べて、風呂に入り、寝る。
 妹は
「いいな~。自立してるって感じだよね~。私も大学は絶対家を出る」
 って言ってたけど、結局両親の「心配だから」って説得に負けて通学可能な大学に行った。
 まあ、その方が俺としても安心だ。
 俺だって、シスコンって程ではないけど、人並み程度は妹を可愛がっている。(多分)


 俺が家を出て、母さんは‥多分「やっと肩の荷が下りた」って思ったかな。
 

 赤ん坊の頃は、この「身体は疲れてるのに、精神は起きている」状態が一番きつかった(だろうと思う)しかも、その不快感の理由が分からない。

 だから、不満を訴えて泣き続けるしかない。
 たぶん、両親は乳幼児期俺の寝かしつけには、異常に困っただろう。
 ‥そんな想像は難しくない。と、(聞くのが怖かったから)母子手帳をそっと盗み見したら、「夜寝ない。ずっと泣いている」と書きなぐられた様な字で書かれていて、‥へこんだ。
 この表現は正しくない。正確には「一日中寝ない」だ。夜に起きているのが、特に目立つだけだ。
 乱れた字に母親の当時の苦労や、焦り、心配、そしてもはや隠し切れない怒りを感じた。

 母親は、いつもはもっと丁寧な字を書く。
 多分、寝不足とストレスで限界だったんだろう。
 幼少期にあれを見たから、学校で
「生まれた時のことを家族に聞いてこよう」
 の宿題が出た時には、困った。
 ‥とてもじゃないが俺には聞けない‥。母親にあの時の感情を呼び起こさせるとか‥どんな拷問だよ。‥とてもじゃないけど、先生が想像しているような
「あの頃は、大変だったよねえ。でも、可愛かったわあ。今となってはいい思い出ねぇ」
「もう、恥ずかしいからやめてよ」
 っていうような家族団らんとか‥望めないよ‥?

 あの宿題があった次の日は、参観日だったけど、母親に
「来ないで。‥恥ずかしいし」
 って言ってしまった。‥だけど俺は悪くないだろう。

 だって、作文読むんだよ? 「僕私が産まれたときの事」の。俺が適当にテンプレな偽作文書いたやつを!! (それこそ先生が思い描いたような‥だ)
 そんなの息子の口からきいたらその方がショックだよね!?

 二分の一成人式だか知らないけど、みんながみんな幸せな家族ばかりだとは思って欲しくないね!! 配慮が足りなすぎるね! 
 だけど、一瞬驚いて、ちょっと寂しそうな顔した母さんに良心が痛んだ。

 ‥しまった。「恥ずかしい」はないか‥。断るにしても他に言いようがあったんじゃないか?!

 って思ったが、その後の母親の
「もう、この子もそんな年なのね‥」
 って、ちょっと生温かい様な顔に

 ‥反抗期なわけじゃないよ‥。そんなガキ臭いことしないよ!!

 って心の中で悶絶した。‥言わないけどね!!
 そう。俺は、この年には‥というかもうかなり前から、普通の子供より自我が確立されていた。

 リバーシだからなのかは、しらない。

 多分、‥自我が確立してなかったら、ストレスが溜まった母親に、もしかしたら虐待されてても‥おかしくなかったかもしれない。
 そういう危機感を子供ながらに感じ取ったのかもしれない。‥生命力って凄い。

 母親が、精神的に限界を迎えたって無理はないと思うんだ。
 毎晩毎晩、寝ない、泣き続ける子供‥。何をしても、だ。
 ミルクをあげても、オシメを替えても、抱き上げても、散歩に連れ出してもだ。‥夜だし毎日だから、流石に他の家族にも気を遣うから、外に連れ出して散歩をするんだけど、それでも泣き止まない。

 どんどん、母親にストレスと疲労が溜まって行って‥行くのを、ある日感じて

「これはヤバいな」

 って思った(←よくやった、幼少期の野生の勘)のが、最初。

 その後は、(発散させるために)暇つぶしで何となく布団をゴロゴロ転がったり、外をぼんやり見たりして、(せめて)泣くのを我慢した。隣で目を閉じている母親を見て、真似して目をつぶる振りをしてみたりもした。所謂「寝た振り」である。

 そうすることによって、母親の機嫌はすこぶる回復した。

「眠ってたら可愛いわねぇ」

 ってうっとりした声を聴くと、
 目をつぶるのは、良いことならしいと子供であっても、察する。
 寝た振りで、‥眠るわけではない。(否。眠れるわけではない)
 だけど、家族はようやく安堵して、それからは憎悪の視線を母親から向けられることはなくなった。

 ‥子供がかわいいとか可愛くないか以前に、やはり母親自身の精神衛生は大切だ。危機感を感じたならば、‥自分の身は自分で守らねばならない。‥俺だって、母親に嫌われるのは嫌だ。

 それは同時に、俺の10時間に及ぶ(夜「寝かしつけ」られてから朝「起きるまで」の時間だ)孤独との戦いの始まりでもあった。

 夜の国にいけるようになったのが何歳からだったわからないけど、それまでの間ずっとその孤独と戦ってきた。

 ああそうだ‥行けるようになったというか‥体力の限界から、自分の身体が悲鳴をあげて‥夜の国に「行った」んだ。

 ある程度自分でできることが増えて、考えることも出来て。いつものように、寝る振りをしていても、‥脳はずっと考え続けている。時間が余り過ぎてる。その、余った時間ずっと考えている。
 ‥それも、答えなんてない様な事を、だ。所謂、「何かモヤモヤする」っていう正体の分からない‥普通だったら一晩寝て起きたら「あれ、一体昨日何を悩んでたんだろう」って思えるようなくだらないこと‥を、延々と考えている。

 考えたくないから、他のことをして気を紛らわそうにも、‥今は夜で俺が動きだして玩具でも遊びだしたりしたら、母親が起きてしまうだろう。そして、あの‥煩わしい様なものを見るような視線を向けられるんだ。

 多分、母親は無自覚なのだろうと思う。

 本心から俺が憎いとかじゃないだろう。つい、‥してしまうんだ。睡眠欲ってのは、普通の人にとって、抗う事の出来ない欲求だっていうからな。

 ‥母親だって、ただの人間で聖人君主じゃない。

 マリア様でもない。完全なる慈愛を母親に求める程夢は見ていない。‥だけど、あの視線はトラウマになるくらい‥キツイ。

 俺の精神は悲鳴をあげて、それに答えるように、あちら(夜の国)への扉が開かれた。

 そんなところだろうと、思う。多分。‥もう、覚えてないけど。


「そんなわけだから‥ベッドは初めは俺にとって、夜の国への扉だったんだ」


(side ヒジリ)


 ミチルが、「今となっては笑い話だよ」と、話を結ぶ。

 ミチルの口調にも表情にも悲壮感みたいなものは見られなかった。‥きっと、彼にとっては既にこころの中で乗り超え済みなことなのだろう。
 それはミチルにとって、きっと簡単なことではなかっただろう。
 彼の辛さや葛藤その他色々な感情については同情する‥が、俺にとって、それは同感シンパシーを感じるものでは無かった。

 ミチルと俺は根本的に違う。

 俺の両親もミチルの両親もリバーシではない。それは同じだ。
 だけど、俺の両親は俺がリバーシであること、そしてリバーシがどういうものであるかということを(とりあえずは存在だけでも)知っている。だけど、ミチルの両親は知らない。

 それは、とてつもなく大きな違いだ。

 少なくとも俺は、両親に「寝ない事」を訝しがられないのだ。寝ないとわかっていたら、対処のしようもある。
 対処というか「そういうもんだから仕方が無い」って思ってもらえる。

 ‥ベットは扉かあ。そんなこと、考えたこともなかったな。

 俺には、子供の頃あっちに住んでいたときにはベットすらなかったもんなあ。部屋もそう広くなかったから余計なものを置くスペースなんかなかった‥感じかなあ。特に不便は無かったから問題はない。

「ベットかあ‥」
 ぽつり、と呟く。

 ‥ミチルのベットに抱く特別な思い入れは分かったけど
 ‥それって、本来のベットの用途(ヒジリにとっては、夜睡眠をとるっていうだけの意味だ。ミチルは女の子といちゃいちゃ‥用途にはそこそこ使ってたようだが、それはヒジリにはわからない)じゃないよね?

「結局俺たちには、ホントのベッドの良さってのはわかんないんだよなあ‥」

 ぼそり、と俺は呟いていた。

「‥寝て起きたら次の日には、‥また新しい一日が始まるって感覚‥俺たちには分からない‥。
 昨日の課題は、そのままずっと‥課題のまま、時間だけが過ぎた罪悪感として付きまとう‥。泣きながら寝てしまって、朝起きて「まあいっか」って‥。気持ちの切り替えすらするできない‥って、感じじゃない? 」

 と、俺は確認するように、ミチルに尋ねた。

「俺は出来てるよ」

 ミチルは、小さくふふ、と微笑んで

「‥あっちに行くときの、ちょっと引っ張られるような感覚‥わかるよね。あの感覚と、‥目の前がほんのりと緑っぽい光に包まれるような感覚。あれを見た時、凄く気持ちがほっとする。
 こっちに戻ってくるときも、そう。何かに包まれるような気持になる。凄く‥安心する。
 今日も無事に帰ってこれたな、無事に、俺の身体に戻れたなって。
 多分だけどこれって、普通の人の怖い夢見て目が覚めて「夢で良かった」って感覚と同じじゃないかなあ~って‥この頃は思ってるんだ」

 俺はきょとんとした顔(多分そんな顔をしていただろう)でミチルを見た。

 ‥そんなこと思ったこと、ない。

「で、ベッドからおりたら、「さ! ここでの生活今日も一日頑張ろう! 」 って」

 にっこりと微笑むミチルを眩しい思いで見つめた。


 ‥今日も一日頑張ろう‥かあ。


 今のミチルにとって、生活というのは、死ぬまで終わることのない「連続(無限ループ)」ではない。
 ミチルにとっては‥だ。
 
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