俊哉君は無自覚美人。

文月

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39.超えてはならない一線。

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「兄さん? え? あの子は‥いない? 」
 俊哉が目を見開いて俺を見た。そして、周りを見渡し、あの子(女神)を探す。
 そして‥絶望した表情でもう一度俺を見た。
「じゃあ兄さんは‥」
 俺は首を軽く振り
「違う(死んでない)」
 とだけ言った。
「じゃあ‥なぜ? 」
 眉をちょっと寄せ、俊哉が泣きそうな顔で俺を見た。
 俺は、こころがずきりと痛くなった。
「‥悪かった。俺が‥軽率だった」
 そうだ。
 ‥ホントに軽率だった。俊哉が心配することなんて‥分かってたじゃないか。なのに、俺って奴は浮かれて‥。
 今まで羽のように軽かった「大荷物」は、今では水を含んだ綿のように重い。
 ああ‥クラシル君に頼まれたからって、安請け合いするんじゃなかった‥!
 これで、俊哉に嫌われたら‥クラシル君、ただじゃおかないからな!!

 
 あれから、陽竹と衣装の大手術をし(殆ど作り直しのレベルだったことを伝えておきたい)ミニブーケやベールも作成して、修斗のこころは今までにない程浮かれていた。
 それを大きな風呂敷につつみ、その大荷物を枕元に置いて眠った。
 まるで遠足に行く子供みたいだ。‥こんなに明日を楽しみにして寝たことなんてない。
 それはそうと‥なんで風呂敷かって? 風呂敷は鞄より荷物が入るんだ。というか、‥そんな大きな鞄都合よく家にない。
 カメラや三脚撮影機具といつも大荷物を抱えてる俺だが、あれは全部精密機械。そんな一緒くたに突っ込んで持ち運ぶような荷物じゃない。
 撮影旅行に行くこともあるんじゃないかって? 俺は、どちらかというと人物専門だ。絶景求めて旅に出るタイプじゃない。
 どちらかというと、出不精。
 (今までの)恋人とデートするのも近場。
 映画行ったり、食事したり、水族館やプラネタリウムも定番スポットだった。
 荷物は財布とスマホ位? カメラを持ってくことも少なかったな。
 それが普段の俺。
 俺にとって今回のことがいかに特殊で特別だったか分かってもらえたと思う。
 俺がどれ程今回浮かれてて‥俺がどれ程今回のことを楽しみにしてたか‥。

 だから‥っていったら変なんだけど‥「だから」うっかり失念していたんだ。

 でも、‥そうだよね。俺には珍しいことして、浮かれ過ぎて‥ついうっかりしてた‥じゃすまないよね。
 ‥慣れないことは‥やっぱりするもんじゃないってことだ。
 俺は肩を落とした。
 俊哉がクラシル君に「ちょっと兄さんと話がある」って伝えると、クラシル君が頷いてビクターを連れて部屋から出て、俺と俊哉だけが残った。
 まっすっぐ俊哉が俺を見る。
 真剣な表情だった。
 昔とちっとも変わらない俊哉。そんな姿に(そんな場合じゃないって分かってるけど)嬉しくなった。

 ああ、俊哉がここに居る。
 動いて、俺と話している。
 ‥こんな幸せなことがあるだろうか? 

「今‥こうしてると、信じられないけど、僕と兄さんは‥もう住む世界が違う人間なんです。
 普通に生きてたら僕はここに来ることはなかった。つまり‥そういう場所なんです。
 僕にとっては‥死後の世界なんです。そのレベルで‥住む世界が違うんです。
 だから、今兄さんはここに居るわけだけど‥そのことで兄さんの身体に何か不調が起きないとは言い切れないって思う。
 ‥わかりませんよ? 勿論、分からないんだけど‥そういう可能性はゼロじゃない。なら‥僕はここに兄さんがいることには反対だ。
 兄さんを万に一つでも危険にさらしたくない。
 兄さんが僕に会いたいって思ってくれたのは嬉しい。僕も兄さんに会えて嬉しい。でも‥
 兄さんにとって、それは‥超えてはいけない一線なんです」
 ほろほろと涙を流しながら俊哉が訴える。
 外に聞こえないように、小さな小さな声だ。
 ‥それ程、俺たちは「在り得ない」話をしている。

 そうだよね。知ってる。知ってた‥わかってた。分かってたのに俺は‥! 

「俊哉‥ゴメン。心配かけて‥ゴメン」
 そして、俺はビクターと付き合うようになったこと、そして、ビクターと付き合うにあたって女神とした約束‥契約? を俊哉に話した。
 
 ビクターと俺は、どちらか一方が自分の世界を離れることはしない。
 共通の休みの日に双方が望めば会える。
 その際の段取りは、神が何とかしてくれる。
 もし、恋愛におぼれて、お互いが自分の本来の生活をおろそかにした場合は、この契約は神によって強制的に解除される。

 って奴だ。
「俺とビクターは‥どんなに想い合っても、休日にしか‥会えない」
 改めて口に出すと、胸が痛んだ。
 限定の付き合い。クラシル君と俊哉とは違う。
 分かってたけど‥契約当時より、キツイって思った。
 それを聞いて、俊哉は‥更に泣いた。
「兄さんが‥可哀そうだ‥」
 って。
 あ~あ。‥会いにきちゃやっぱり駄目だったんじゃないか‥。
 クラシル君の馬鹿。


 ドアの向こうで、クラシルもまた肩を落としていた。
 修斗も「会わない」って言ってた。だけど‥今回無理言ってここに連れて来たのは、自分だ。
 クラシルは眉を寄せて‥小声で修斗に謝った。
 ビクターは、肩を落とす「いつものクラシルらしくない」姿を目にして、目を見開いていて驚いていた。
 そういえば、さっき修斗と修斗の弟さんの様子もただ事じゃなかった。‥何があったんだろうか? 
 戸惑った。
 暫くしてドアが開き、泣きはらした俊哉を支えるように修斗が出て来たのを見て、まず大慌てしたのはクラシルだった。修斗から俊哉を受け取ると、胸に抱きしめて‥慰める。
 何があったかは分からないけど、とにかく背中をさすって落ち着かせる。‥っていっても、俊哉はもう全然泣いてはいなかったんだけど。

 だけど‥今までは、泣いていた。
 二人で「俊哉が泣くような」話をしていたんだろう。
 ‥もしかして、懐かしさから泣いたのかも? そんな風には‥でも修斗の様子からは、見えなかった。
 言い合ったわけでは無いだろうが、俊哉はきっと修斗と「キツイ話」をしたんだろう。きっと、俊哉と修斗にとってその話は重要な話だったんだろう。‥キツイけど、避けてはいけない話だったんだろう。
 きっと俊哉は頑張ったんだろう。いつも、明るくって優しい(そしてとにかく可愛い)俊哉は‥愛する兄の為に、キツイ思いをして重要な話をしたんだ。(内容はわからないけど)頑張ったんだ。

 そんな俊哉をクラシルは労わった。
「頑張ったな」
 ってクラシル君が俊哉に声をかけたら、俊哉が声を上げて泣きだした。
 そんな姿を、俺はぼんやり見つめていた。

 ‥今までなら、泣いてる俊哉の背中を黙ってさするのは自分だった。今、その役目はクラシル君の役目なんだ。

 その事実は、寂しくもあったけど‥ちょっと嬉しかった。
 俊哉が幸せだってことが‥嬉しかった。
 俊哉はひとしきり泣くと、恥ずかしそうに頬を染めて、俺を見て
「ごめんね。兄さん。兄さんの時間を無駄にした。‥その荷物何? それを僕に見せに来てくれたの? 」
 って聞いた。
 にこって微笑む。‥恥ずかしそうに。
 泣いて「ごめんね」と、俺のウキウキに水を差して「ごめんね」って意味だろう。
 相変わらず、俊哉はホントに優しい。(そして、可愛い)
 俺は小さく頷くと、荷物の中から、カメラをケースごと出した。
 このケースは思い出のケースなんだ。
 俊哉と兄さんが一緒にお金を出し合ってくれた、「俺が高校の頃初めて買った高級カメラ」を入れておくためのケース。あの時、俺はカメラを買うのにお金を使い切っちゃって、ケースが買えなかったんだ。それで外に持ち出せずに家においてたんだけど、それを見てたらしい俊哉が兄さんに協力を仰いでケースを買ってくれたんだ。
 あの時のカメラはもう無いけど、あのカメラと同じ位の大きさのカメラを入れるために(※ あのカメラ専用の純正品じゃなかったからそういうことが可能なんだろう)ケースだけは今でも使っている。‥実際ね。あの頃の高級カメラだから、恐ろしくデカかったんだよ。今どきのスリムなカメラ、だいたい収納できるね。
 カメラケースと、(望遠)レンズケースは、別。だから、ホント今どきのどのカメラだってこのケースには収納できる。結構いい素材だしね。当時小学生だった俊哉はそんなに出せなかっただろうから、殆ど啓史兄さんが出したんだろうけど、今でもこのケースは俊哉からのプレゼントって認識してる。だって、俊哉が提案してくれたんだもん。それは俊哉からのプレゼントだ。
 金なら誰でも出せるよ。(※ そんなことはない)プレゼントに大事なのは「相手に喜んでもらいたい」って気持ちじゃない? 
「! そのケース! 兄さんまだ使ってくれてたんだ! 」
 俊哉が目を輝かせてカメラケースを見る。そして、首を傾げたクラシル君に当時のことを話して聞かせている。
 ‥俊哉はホントに幸せそうだ。
 カメラを取り出して、パシャリと一枚写した。
「あ、紙は出ないんだ」
 ビクターが呟く。
 俺は頷く。
「今日はね。‥ここにまた来る予定があるからね」
 俺はビクターにこそっと耳打ちした。
 あの時は、もうここに来るって思ってなかったからその場で出せるポラロイドを選んだんだ。って話をしたら、ビクターは落ち込むかな? 
 俺とビクターの様子を見て、目を細めて微笑む俊哉をもう一枚パシャリ。
「兄さんってば! 僕の写真を撮りに来てくれたの? その荷物は、三脚? ‥でもない感じ。服? 」
 俊哉が首を傾げる。
 俺は物々しい様子で婚礼衣装を出し‥直後それこそ瞬時に「あ、これ‥絶対クラシル君入らないわ」って悟った。
 クラシル君の肩幅は俺が思ったより広かったし、胸板も厚かったし、更に言うなら首も腕も太かった。きっと脚もそう。太ももとで絶対止まる。‥騎士なめてた。チラッと横を見ると‥ビクターなら何とか入りそうな感じ。でも、ビクターでもこのズボンは無理そう。
 
 あ。これダメだ。積んだ。

「あ‥その服‥見覚えある。父さんと母さんの婚礼衣装だね? 」
 弾んだ声を出し、俊哉が母さんの衣装を持ち上げ
「ひゃ~。腰細いね~」
 って関心した様に言う。
 ‥もしかして、これも俊哉着れない感じ? 
 俺がぎぎっと首を回して
「でも‥俊哉もそうは変わらないよね? 」
 って聞くと、俊哉がぷって笑った。
「そんなわけないでしょ? 」
 ‥ですよね? 
「でも‥俊哉細いから‥」
 俊哉は無言で‥苦笑いだ。
 ‥ですよね? 
 俺は肩を落とすどころか‥膝をついた。あれだアスキーアートの「orz」のポーズ。
 そんな俺を俊哉が心配して駆け寄ってくれたんだけど‥武士の情けだ放っておいてくれ‥っ!  
 サプライズは‥難しい。
 よっぽど念入りに下調べしたり、準備しないと成功しない。
「‥俺‥」
 うっすら涙が浮かんできた。
 俺‥何しにここに来たんだろ。そうだ‥家族写真撮りに‥でも、俺は‥
 そんなことをしてたら、ドアが開いて
「おはよ~! 俊哉! 」
「団長、すみません。休日に」
 ってまた一組の凸凹コンビが入ってきたんだ。
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