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276.人は変わらないっていうのは、他人の願望に過ぎないんだろう。
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‥アンバー振られてるよ。
って思ったけど、コリンたちにそこでアンバーを揶揄っている時間はなかった。(勿論、慰めている時間もなかった。いや~慰めてあげたかったんだけど、何分時間がね、って奴だ)
さっきの暗殺者! ナナベルが一人になった瞬間また狙いに来るんじゃね?! って思ったからだ。
ザッカはコリンの結界から出て、単身ナナベルを追い、コリンとロナウは周辺の魔力の探索の範囲を広げた。
さっきの暗殺者に魔力は無かったから、奴は自分たちには探せない(そこそこの奴とはいえ、プロだからね)。だけど、奴のことはザッカに任せていれば大丈夫だ。
自分たちが探すのは奴ではない。
「フタバちゃんの情報によると水属性‥」
感覚を研ぎ澄まして魔力を探る。
関係ありそうな人、ただの野次馬‥魔力を持っている者は全員探索の網に引っかかる。
その中で女‥そして水属性‥そうして関係の無いものを一つづつ省いていく。
水属性の若い女。そして、ナナベルに対して「何らかの感情を持っている」人物。
きっと、長女は見に来ている。
だって、彼女は「慎重で臆病」だから‥。
フタバちゃんの情報によると、長女は若干水属性の魔力を持っている。
彼女はアカデミーで魔力操作の勉強をした様だ。
だけど、がっつり勉強ってわけでは無く、アカデミーには魔力操作を学びに行っただけ。貴族の子女はそういうパターンが多いっていうのはフタバちゃんの情報。
アカデミーかあ‥
「アカデミーってよくわかんないんだよなあ。ロナウのお兄さんもアカデミー卒業じゃない? ロナウのお兄さんもワンポイントで‥「これだけは学んでおきたい」って感じの通い方してたの? 」
コリンがロナウに聞くと、ロナウは首を傾げ
「いや? 三年間ガッツリ通ってたよ? 」
って言った。フタバによると、そういう「ワンポイント」な学び方は女子限定、らしい。(だから、兄がアカデミー卒業者のロナウがしらなくても無理はないのだという)
勉強は家で家庭教師を雇って、アカデミーには人脈作りの目的で‥って感じが多いらしい。
「まあ、家庭教師に教えてもらうだけで淑女としての教養は問題なく得られますからね」
ってフタバ。寧ろ貴族の子女は「そういうもの」らしい。
因みに、ナナベルは魔力がなかったらしく、アカデミーには通っていない。
アカデミーには教会と違って魔力を持っていない学生も通える(※ 商業学部や経済、政治学部等や騎士科など魔力が関係ない学科も多いから)んだけど、本人‥ナナベル自身が嫌がったのと、彼女の母親‥エンヴァッハ伯爵夫人が「家の恥になるから」って反対したためだ。
「まあ‥特別学びたいものがないなら行く必要もないんじゃない? 」
コリンが首を傾げると。
「確か、エンヴァッハ伯爵の叔父さんだか何だかがあそこの理事長なのですわ。‥だから長女もわざわざあそこに通ったんでしょうね」
ってフタバが答えた。そして「多分」
「長女の場合は‥もしかしたら、女学院じゃないかしら? アカデミーの中でもそこだけは特別で‥女子しか通えないから女学院って呼ばれてるんですわ」
と、付け加える。
コリンが目を見開く。
「女学院ってアカデミーと別にあるんじゃないんだ! 」
フタバが目を見開いてコリンを見る。フタバからしたら「なんでコリンが女学院に反応する?? 」って思ったんだろう。コリンが「実は母親が女学院の教師なんだ」と言うと納得したようにうなずき、
「別じゃありませんわ。‥というか、女子しか教室にいないので女学院って呼ばれてるだけで、「女学院」っていう学校がアカデミーと別にあるわけでもありませんわ。別名ってやつですわね」
って教えてくれた。
勿論、男子がいないところでガッツリ学びたい、婚約者に変な虫をつけたくない‥とかいう要望で女学院を希望する人たちも多いらしい。
「へえ‥」
コリンは「僕ってあんまり母さんの職場の事知らないんだな‥」と苦笑いした。
水属性の魔力を追いかけていると、そんなことを思い出した。
「あれ? そう言えばアンバーはどこ行った? 」
ロナウが聞いた。
コリンは、ロナウのその声で一気に現実に引き戻された。
キョトンとした表情でロナウを見るコリンに、ロナウは首を傾げる。
「‥どうした? 」
相変わらず、魔力探索を持続しながら‥だ。
ロナウはホントに頼もしくなった。
今までも優秀だったんだけど、なんか変な劣等感みたいな奴が邪魔をして「本来の力」を出せてなかった。‥変な遠慮や躊躇があった。だけど‥この頃はそういうのがなくなった。
自信満々って感じじゃない。‥なんか、「そういうのもう、どうでもいい」って感じで‥いい意味で吹っ切れたって感じ。
そんなロナウを見るフタバちゃんの眼差しは前よりずっと優しくなった。信頼感や連帯感みたいなものも二人の間には生まれつつある。
そんな二人を見ながら、「あの二人はもしかしたら、「仮の‥」ではなく将来ほんとに結婚するかもなあ‥」なんて事務所の皆は思ったりするんだ。
勿論本人たち二人には言わない。そんなこと言って、お互いに「誰が! 」とか言って意地を張り合ったりしたらまとまるものもまとまらなくなるから。そういうのは、成り行きに任せておくっていうのが一番だろう。
「‥あ‥いた。水の魔力」
ぼそっと呟いたのは、コリン。
ロナウ以上にコリンは魔力探索が得意だ。
「‥どこ? 」
「ほら‥あそこ。集中して‥」
「ん~? ‥確かに? 」
ロナウが自信なさげに首を傾げる。
ホントに‥ホントに微かな魔力の反応。
それはさっきナナベルが去っていった方向に向かっている様だ。
「長女かな? 」
ロナウがコリンを振り返る。コリンは首を傾げる。
「分からない。だけど‥行ってみる価値はあると思う」
だけど、違った場合に備えてどちらかが探索を続けた方がいい‥コリンがそう伝えると、
「僕が行く」
そう宣言だけして、ロナウはコリンの答えを聞かずに走り出した。
ロナウはホントにせっかちだ。
苦笑して、更なる探索を続けようとしたが、「でも‥」って思った。
‥きっと「あれ」だ。あれで合ってる。
あの魔力には‥単なる野次馬にはない「確かな意志」が感じられた。
波立ったみたいな水の魔力。強い感情が混じった‥魔力。
コリンは更なる探索を止めてさっきロナウが駆けていった方向に向かった。
個人に対する怒りとは違う。
あれは‥そうだ、丁度八つ当たりって表現が正しい感情だ。
なんで‥なんで私がこんな目に! って行き場のない戸惑いを‥誰にぶつけたらいいか分からない。誰かにぶつけても仕方ないって分かってる‥だけど、ぶつけずにいられない。そんな‥強い怒りと戸惑い‥。
「ナナベル‥」
水の魔力の主がナナベルに話しかける。
彼女を見たナナベルの目が見開かれる。
「姉様‥」
ちいさく呟いて‥
「‥大丈夫ですか? ‥お母さまが捕まって‥姉様がそのことで傷つきやしないか‥それだけが心配です」
って‥微かに微笑んでナナベルが言った。
嫌味とかそういう微笑ではない。
久し振りに姉妹に会えて嬉しい‥でもない。
ただ社交辞令って感じの口調。
長女が目を見開き‥
次の瞬間俯いて、大粒の涙を流した。
「貴女たちは‥」
そして、苦しそうに言葉を絞り出す。
「‥貴女たちは酷いわ‥。何時も勝手ばっかり。
母様は父様のことばかり、‥貴女は自由奔放‥。父様は初恋の人のことしか眼中になくって‥、貴女の事だって今回思い出したのが奇跡の様なもの‥。だけど‥ホントに心配してるわけでは無い‥。
だけど、それは私に対しても同じ。私たちのことなんて何とも思ってない。
皆皆自分勝手‥。
私はこれからどうしたらいいの? 」
って、最後は叫ぶように言って泣き崩れる姉に、ナナベルはちょっと眉を寄せ‥でも、もうその肩を抱いて慰めることはなかった。
自分もまた、自分勝手。そんなこと分かってる。分かってる。「アンタだってそうでしょ」って言うかと思った妹は‥今、自分の目の前で困ったように突っ立っている。
そのことに、長女は責められる以上に落ち込んだ。
ナナベルにとって自分が「責めても仕方がない程価値が無い者」「どうでもいい者」なんだって思い知らされた。
その事実は、思っていたよりずっと悔しくて‥悲しかった。
なんで‥どうしてこうなってしまったんだ‥って「自分勝手にも」そう思った。
「‥そうですね。
皆勝手です。
だから‥勝手なことをした結果がこれなら‥仕方がないって諦めるしかないですね」
静かに微笑む妹は自分よりずっとみすぼらしい身なりをしていたけど、自分よりずっと大人だった。
みすぼらしいながらも自分の足で立っている妹、そして、綺麗な恰好を「させられて」立たされている人形の様な‥自分。
人は変わる。
あんなに自分にアプローチして‥私に愛を囁いてた夫は、結婚して‥私が自分のモノになったと安心したのか‥まるで釣った魚にはエサはやらないとでも言いたいのか‥無関心になった。
そのくせ、他の男と話そうものなら火がついたように怒った。
ああそうか、無関心なんじゃなくて、「キレイに着飾らせて、閉じ込めることで‥安心している」んだ。
そんなわけで‥屋敷では皆私を丁寧に扱ってくれる。‥だけど、それだけだ。
私はずっと、人形のように暮らして来た。
不安があっても、不満があっても‥
いい子の振りしてきたから‥他に愚痴れる相手もいない。弱みを見せたら付け込まれるって思うと‥誰にも弱ってるところは見せられない。
母親も父親も(あんな風だから)頼りにならない。
孤独に耐えながら、妹のことを考えた。
私を置いて行った妹は‥今、一人になって落ち着いて‥どんなことを考えてるだろうか。
「姉に今まで騙されてた」
ってさすがに気付いて、私の事恨んでる?
それとも‥今でも馬鹿みたいに私の心配をしている? (そんなわけないよね)
「今までのことはもうどうでもいいわ」
って‥第二の人生を送ってる?
でも‥お金が無くなったら私の事脅しに来るかもしれない。お金をたかりに来るかもしれない。それは‥困る。それだけは阻止しなければ‥。私が直接会って話をしなければ。
お金を渡して済むなら‥そうしよう。
‥だけど、私は自由に使えるお金なんてそんなにない。夫は私が外に出ることを嫌うから。
「欲しいものがあったら商人を家に呼べばいい」
って言って、会う人も買いたいものも管理されているから‥。
だけど本だけは
「自分で本屋で探したい」
って言って侍女を連れて街に出かけることが出来た。
勿論本を見るんだけど、買わずに貯めておいて‥(侍女にちょっとお金を握らせて口止めすることは忘れない)貯めたお金で情報屋を雇った。
妹を探させて、時々見に行かせた。
妹は‥下町のチンピラたちとゴミみたいな暮らしをしてるって聞いた。
楽しそうにしてるらしい。
‥耳を疑った。
あの妹が? プライドが高くって人を見下したところがあるあの妹が、平民の‥それもチンピラなんかと楽しそうに?!
そんなわけはない。‥きっと、チンピラを雇って私に復讐しようとしているんだ。そう思った。
もしかしたら、ちょっとしたお金を渡すだけでは済まないかもしれない。
それなら‥先に殺すまで。
そう思って情報屋に妹の殺害を依頼したのに‥様子を見に来たら、情報屋は任務を放棄して‥妹の傍にはいなかった。きっと、お母様を逮捕したらしい騎士にびびって逃げたんだろう。
だけど‥自分でも妹の一人ぐらい何とでもなる。
怒ってつかみかかってきたら‥それこそ泣いて‥周りの人を味方につけて‥現行犯で逮捕してもらえばいい。
夫には「家の恥になる! (お母様が逮捕されて、さらに妹まで逮捕されたら‥そりゃね)」って離婚されるかもしれないけど‥もう、どうでもいい。
父親が一人残ったエンヴァッハ伯爵家に戻って‥父親に泣きつけばいい‥。それ位は許されるだろう。
なのに‥久し振りに会った妹はすっかり変わっていた。
お金を無心なんてしない。
怒ってもいない。
寧ろ心配されているって分かって‥余計に惨めになった。
‥変わっていないのは、寧ろ私だったって、嫌って程気付かされた。
って思ったけど、コリンたちにそこでアンバーを揶揄っている時間はなかった。(勿論、慰めている時間もなかった。いや~慰めてあげたかったんだけど、何分時間がね、って奴だ)
さっきの暗殺者! ナナベルが一人になった瞬間また狙いに来るんじゃね?! って思ったからだ。
ザッカはコリンの結界から出て、単身ナナベルを追い、コリンとロナウは周辺の魔力の探索の範囲を広げた。
さっきの暗殺者に魔力は無かったから、奴は自分たちには探せない(そこそこの奴とはいえ、プロだからね)。だけど、奴のことはザッカに任せていれば大丈夫だ。
自分たちが探すのは奴ではない。
「フタバちゃんの情報によると水属性‥」
感覚を研ぎ澄まして魔力を探る。
関係ありそうな人、ただの野次馬‥魔力を持っている者は全員探索の網に引っかかる。
その中で女‥そして水属性‥そうして関係の無いものを一つづつ省いていく。
水属性の若い女。そして、ナナベルに対して「何らかの感情を持っている」人物。
きっと、長女は見に来ている。
だって、彼女は「慎重で臆病」だから‥。
フタバちゃんの情報によると、長女は若干水属性の魔力を持っている。
彼女はアカデミーで魔力操作の勉強をした様だ。
だけど、がっつり勉強ってわけでは無く、アカデミーには魔力操作を学びに行っただけ。貴族の子女はそういうパターンが多いっていうのはフタバちゃんの情報。
アカデミーかあ‥
「アカデミーってよくわかんないんだよなあ。ロナウのお兄さんもアカデミー卒業じゃない? ロナウのお兄さんもワンポイントで‥「これだけは学んでおきたい」って感じの通い方してたの? 」
コリンがロナウに聞くと、ロナウは首を傾げ
「いや? 三年間ガッツリ通ってたよ? 」
って言った。フタバによると、そういう「ワンポイント」な学び方は女子限定、らしい。(だから、兄がアカデミー卒業者のロナウがしらなくても無理はないのだという)
勉強は家で家庭教師を雇って、アカデミーには人脈作りの目的で‥って感じが多いらしい。
「まあ、家庭教師に教えてもらうだけで淑女としての教養は問題なく得られますからね」
ってフタバ。寧ろ貴族の子女は「そういうもの」らしい。
因みに、ナナベルは魔力がなかったらしく、アカデミーには通っていない。
アカデミーには教会と違って魔力を持っていない学生も通える(※ 商業学部や経済、政治学部等や騎士科など魔力が関係ない学科も多いから)んだけど、本人‥ナナベル自身が嫌がったのと、彼女の母親‥エンヴァッハ伯爵夫人が「家の恥になるから」って反対したためだ。
「まあ‥特別学びたいものがないなら行く必要もないんじゃない? 」
コリンが首を傾げると。
「確か、エンヴァッハ伯爵の叔父さんだか何だかがあそこの理事長なのですわ。‥だから長女もわざわざあそこに通ったんでしょうね」
ってフタバが答えた。そして「多分」
「長女の場合は‥もしかしたら、女学院じゃないかしら? アカデミーの中でもそこだけは特別で‥女子しか通えないから女学院って呼ばれてるんですわ」
と、付け加える。
コリンが目を見開く。
「女学院ってアカデミーと別にあるんじゃないんだ! 」
フタバが目を見開いてコリンを見る。フタバからしたら「なんでコリンが女学院に反応する?? 」って思ったんだろう。コリンが「実は母親が女学院の教師なんだ」と言うと納得したようにうなずき、
「別じゃありませんわ。‥というか、女子しか教室にいないので女学院って呼ばれてるだけで、「女学院」っていう学校がアカデミーと別にあるわけでもありませんわ。別名ってやつですわね」
って教えてくれた。
勿論、男子がいないところでガッツリ学びたい、婚約者に変な虫をつけたくない‥とかいう要望で女学院を希望する人たちも多いらしい。
「へえ‥」
コリンは「僕ってあんまり母さんの職場の事知らないんだな‥」と苦笑いした。
水属性の魔力を追いかけていると、そんなことを思い出した。
「あれ? そう言えばアンバーはどこ行った? 」
ロナウが聞いた。
コリンは、ロナウのその声で一気に現実に引き戻された。
キョトンとした表情でロナウを見るコリンに、ロナウは首を傾げる。
「‥どうした? 」
相変わらず、魔力探索を持続しながら‥だ。
ロナウはホントに頼もしくなった。
今までも優秀だったんだけど、なんか変な劣等感みたいな奴が邪魔をして「本来の力」を出せてなかった。‥変な遠慮や躊躇があった。だけど‥この頃はそういうのがなくなった。
自信満々って感じじゃない。‥なんか、「そういうのもう、どうでもいい」って感じで‥いい意味で吹っ切れたって感じ。
そんなロナウを見るフタバちゃんの眼差しは前よりずっと優しくなった。信頼感や連帯感みたいなものも二人の間には生まれつつある。
そんな二人を見ながら、「あの二人はもしかしたら、「仮の‥」ではなく将来ほんとに結婚するかもなあ‥」なんて事務所の皆は思ったりするんだ。
勿論本人たち二人には言わない。そんなこと言って、お互いに「誰が! 」とか言って意地を張り合ったりしたらまとまるものもまとまらなくなるから。そういうのは、成り行きに任せておくっていうのが一番だろう。
「‥あ‥いた。水の魔力」
ぼそっと呟いたのは、コリン。
ロナウ以上にコリンは魔力探索が得意だ。
「‥どこ? 」
「ほら‥あそこ。集中して‥」
「ん~? ‥確かに? 」
ロナウが自信なさげに首を傾げる。
ホントに‥ホントに微かな魔力の反応。
それはさっきナナベルが去っていった方向に向かっている様だ。
「長女かな? 」
ロナウがコリンを振り返る。コリンは首を傾げる。
「分からない。だけど‥行ってみる価値はあると思う」
だけど、違った場合に備えてどちらかが探索を続けた方がいい‥コリンがそう伝えると、
「僕が行く」
そう宣言だけして、ロナウはコリンの答えを聞かずに走り出した。
ロナウはホントにせっかちだ。
苦笑して、更なる探索を続けようとしたが、「でも‥」って思った。
‥きっと「あれ」だ。あれで合ってる。
あの魔力には‥単なる野次馬にはない「確かな意志」が感じられた。
波立ったみたいな水の魔力。強い感情が混じった‥魔力。
コリンは更なる探索を止めてさっきロナウが駆けていった方向に向かった。
個人に対する怒りとは違う。
あれは‥そうだ、丁度八つ当たりって表現が正しい感情だ。
なんで‥なんで私がこんな目に! って行き場のない戸惑いを‥誰にぶつけたらいいか分からない。誰かにぶつけても仕方ないって分かってる‥だけど、ぶつけずにいられない。そんな‥強い怒りと戸惑い‥。
「ナナベル‥」
水の魔力の主がナナベルに話しかける。
彼女を見たナナベルの目が見開かれる。
「姉様‥」
ちいさく呟いて‥
「‥大丈夫ですか? ‥お母さまが捕まって‥姉様がそのことで傷つきやしないか‥それだけが心配です」
って‥微かに微笑んでナナベルが言った。
嫌味とかそういう微笑ではない。
久し振りに姉妹に会えて嬉しい‥でもない。
ただ社交辞令って感じの口調。
長女が目を見開き‥
次の瞬間俯いて、大粒の涙を流した。
「貴女たちは‥」
そして、苦しそうに言葉を絞り出す。
「‥貴女たちは酷いわ‥。何時も勝手ばっかり。
母様は父様のことばかり、‥貴女は自由奔放‥。父様は初恋の人のことしか眼中になくって‥、貴女の事だって今回思い出したのが奇跡の様なもの‥。だけど‥ホントに心配してるわけでは無い‥。
だけど、それは私に対しても同じ。私たちのことなんて何とも思ってない。
皆皆自分勝手‥。
私はこれからどうしたらいいの? 」
って、最後は叫ぶように言って泣き崩れる姉に、ナナベルはちょっと眉を寄せ‥でも、もうその肩を抱いて慰めることはなかった。
自分もまた、自分勝手。そんなこと分かってる。分かってる。「アンタだってそうでしょ」って言うかと思った妹は‥今、自分の目の前で困ったように突っ立っている。
そのことに、長女は責められる以上に落ち込んだ。
ナナベルにとって自分が「責めても仕方がない程価値が無い者」「どうでもいい者」なんだって思い知らされた。
その事実は、思っていたよりずっと悔しくて‥悲しかった。
なんで‥どうしてこうなってしまったんだ‥って「自分勝手にも」そう思った。
「‥そうですね。
皆勝手です。
だから‥勝手なことをした結果がこれなら‥仕方がないって諦めるしかないですね」
静かに微笑む妹は自分よりずっとみすぼらしい身なりをしていたけど、自分よりずっと大人だった。
みすぼらしいながらも自分の足で立っている妹、そして、綺麗な恰好を「させられて」立たされている人形の様な‥自分。
人は変わる。
あんなに自分にアプローチして‥私に愛を囁いてた夫は、結婚して‥私が自分のモノになったと安心したのか‥まるで釣った魚にはエサはやらないとでも言いたいのか‥無関心になった。
そのくせ、他の男と話そうものなら火がついたように怒った。
ああそうか、無関心なんじゃなくて、「キレイに着飾らせて、閉じ込めることで‥安心している」んだ。
そんなわけで‥屋敷では皆私を丁寧に扱ってくれる。‥だけど、それだけだ。
私はずっと、人形のように暮らして来た。
不安があっても、不満があっても‥
いい子の振りしてきたから‥他に愚痴れる相手もいない。弱みを見せたら付け込まれるって思うと‥誰にも弱ってるところは見せられない。
母親も父親も(あんな風だから)頼りにならない。
孤独に耐えながら、妹のことを考えた。
私を置いて行った妹は‥今、一人になって落ち着いて‥どんなことを考えてるだろうか。
「姉に今まで騙されてた」
ってさすがに気付いて、私の事恨んでる?
それとも‥今でも馬鹿みたいに私の心配をしている? (そんなわけないよね)
「今までのことはもうどうでもいいわ」
って‥第二の人生を送ってる?
でも‥お金が無くなったら私の事脅しに来るかもしれない。お金をたかりに来るかもしれない。それは‥困る。それだけは阻止しなければ‥。私が直接会って話をしなければ。
お金を渡して済むなら‥そうしよう。
‥だけど、私は自由に使えるお金なんてそんなにない。夫は私が外に出ることを嫌うから。
「欲しいものがあったら商人を家に呼べばいい」
って言って、会う人も買いたいものも管理されているから‥。
だけど本だけは
「自分で本屋で探したい」
って言って侍女を連れて街に出かけることが出来た。
勿論本を見るんだけど、買わずに貯めておいて‥(侍女にちょっとお金を握らせて口止めすることは忘れない)貯めたお金で情報屋を雇った。
妹を探させて、時々見に行かせた。
妹は‥下町のチンピラたちとゴミみたいな暮らしをしてるって聞いた。
楽しそうにしてるらしい。
‥耳を疑った。
あの妹が? プライドが高くって人を見下したところがあるあの妹が、平民の‥それもチンピラなんかと楽しそうに?!
そんなわけはない。‥きっと、チンピラを雇って私に復讐しようとしているんだ。そう思った。
もしかしたら、ちょっとしたお金を渡すだけでは済まないかもしれない。
それなら‥先に殺すまで。
そう思って情報屋に妹の殺害を依頼したのに‥様子を見に来たら、情報屋は任務を放棄して‥妹の傍にはいなかった。きっと、お母様を逮捕したらしい騎士にびびって逃げたんだろう。
だけど‥自分でも妹の一人ぐらい何とでもなる。
怒ってつかみかかってきたら‥それこそ泣いて‥周りの人を味方につけて‥現行犯で逮捕してもらえばいい。
夫には「家の恥になる! (お母様が逮捕されて、さらに妹まで逮捕されたら‥そりゃね)」って離婚されるかもしれないけど‥もう、どうでもいい。
父親が一人残ったエンヴァッハ伯爵家に戻って‥父親に泣きつけばいい‥。それ位は許されるだろう。
なのに‥久し振りに会った妹はすっかり変わっていた。
お金を無心なんてしない。
怒ってもいない。
寧ろ心配されているって分かって‥余計に惨めになった。
‥変わっていないのは、寧ろ私だったって、嫌って程気付かされた。
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