この度、押しかけ女房に押し切られました。 ~押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした~

文月

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275.家族との完全な決別(side ナナベル)

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 ナナベルはチラリと夫人‥母親を見て、小さくため息をつくとさっさと背を向けた。

 この5年間一度も顔を見ることもなかった母親。
 感想は‥「変わらないな」だけ。それ以外の‥何の感情も浮かんでこなかった。
 懐かしい‥とか、憎いとか‥別に思わない。
 母親が自分に関心がないように、自分にも母親に関心はない。
 伯爵家の騎士団(私設騎士団)が自分を探しているというのはニックから聞いていたが、それが「形だけのもの」だってことは分かっていた。
 だって、王都から遠く離れているならまだしも、スラム街といっても‥王都からそう離れていない場所に自分はいる。見つからないはずがないんだ。
 ‥彼らは自分を探す気なんてないんだろう。
 そう思った。
 だけど、アンバーは「マークがついている」って言った。
 伯爵家の騎士団のメンバーなら、見たら分かる。だけど‥自分は彼らに会っていない。
 だけど、自分を見張っている人間はいるらしい。ニックたちに調べてもらったけど、どうやらニックの仲間ではない様だ。
「そこそこ「デキる奴」を雇おうと思ったら金も伝手も要るからね」
 ってニックが言った。
 ニックたちは殺しやなんかはしないらしいが、そういう伝手がないわけでは無い。そんなニックたちも知らないようなレベルってことなんだろう。
「そういうことに詳しくない人間が雇えるレベルってことは‥そこそこの奴ってことだろうな。気にして見てたんだけど‥別にずっと監視されてるわけではなさそうだから、心配はしないでいいと思う」
 ってニックたちは笑った。
 曰く、時々現れてナナベルを確認してすぐ去っていくって感じ‥らしい。
「俺たちもいるし、別に大したことじゃない」
 って。
 私も「そうね」って言ったけど、正直なところ‥怖かった。
 監視している奴が‥っていうよりも、自分の監視を依頼した誰かがいるってことが‥怖かった。
 誰が何のために、どんな目的で私を監視しているの? ‥私を殺そうとしているの? 
 私がこんな危険な連中のところにいるから? って考えたけど‥だけど、ニックのところを離れることはできなかった。
 ‥出て行ったところで、私にはいくところはなかった。
 それに確かにここに居る方が‥安全な気がした。
 ニックたちの陰に隠れ、暗殺者におびえながら色々考えた。
 まず、誰が雇った? 
 以前ニックに紹介されて会った男? ニックの兄貴分だって言ってた‥あの男は危険な感じがした。だけど、その男の手下ならニックが知らないわけがない。それに、あの男に私を殺す理由はない。
 やっぱり‥自分をあからさまに嫌っていた母親? それとも‥
 ‥お姉さま? 
 お姉さまは、私が思っていたような「キレイな人間」ではない。
 ‥それが、ニックたちのところに来て、分かったことだった。
 落ち着いて考えて‥分かったことだった。

 そんな時だった。
 知らない子供が「お姉さんにこれ渡してって」って手紙を持ってきたのは。

 三丁目の廃墟に、一人で来い。二人で話をしよう。
 貴女を愛する家族より。

「なにそれ、つまんない手。今どき誰が使うのよ」
 って思った。ニックもそう言って「やめとけ」って言ったけど‥
「不安に思いながら暮らすのはもう沢山。話をつけて来るわ。もう、私があの人たちには関係のない人間だって言ってくる」
 そう言ったら最後は渋々了承してくれた。だけど、
「一緒について行ってやろうか? 」
 っていう提案は断った。
 だって、‥ニックたちを危険な目にあわせるのは嫌だ。
 あんな家族をニックたちに見せるのも‥嫌だ。

 そう思って、向かった先にいたのは‥お母様だった。
 やっぱり、って思ったし、呆れもした。
 ちょっと話して帰ろうとしたら、
「ちょっと! どこ行くのよ! なんなのよあんた! 家にいる時は悪い噂ばかりたてられ伯爵家に迷惑をかけて、家出しても、騎士団なんかの手を煩わせて‥
 騎士団が捜索するってことは、あの家のことをなんでも調べるってことなんですよ!? 家を隅から隅までひっくり返して、使用人全員に聞き取りして‥
 使用人があの家の「あることないこと」外部の人間に話すのよ?! そんなの許されるはずがないわ。
 あることを話すのも許されないのに、ないことをあたかも本当かの様に話されたら‥どれ程伯爵家の恥になると思う?! そんなの許されることじゃないわ」
 母親が淑女とは思えない様な‥凄い剣幕で叫んだ。
 ホントに呆れた。
 しらっとした表情で
「そこは嘘でも「心配してたわよ」と位言っていただきたいですね。騎士団と関わりたくないとか‥調べられて困るようなことでもあるんですか? 
 大変ですね。脛に傷持つ人は。
 だって、火のない所に煙は立たぬっていいますからね」
 出てきた言葉はこれだった。
 私も大概だわ。
 お互い、もう家族ごっこなんてやめてしまった方がいい。
「は!? 何もない所に放火してでも火を出すのが世間ってもんでしょう?! 貴女も貴族として生まれたからにはそれ位の事当然わかるでしょう!? 」
 私はつい‥大きくため息をついた。
 そして、改めて‥真っすぐに母親を見た。
 母親がちょっとひるんだ。
 今までなんでこんな人の事怖いって思ってたんだろう。
 ‥馬鹿みたい。
 って思った。
「‥貴族は大変ですね。私はそんなバカみたいな人間と金輪際関わり合いになりたいなんて思わないんです。‥私のこと娘だとすら思ってないんでしょうから、もうこれ以上関わり合いにならないでください」
 私はきっと嘲笑を浮かべていただろう。
 もとよりなかった未練に加え、母親に対する少しばかりの怯えみたいなものも消え失せ‥私はただ‥さっさとこの場を立ち去りたいとだけ思った。
「‥で‥出来るものならそうしたいわ。でも、伯爵家の敵にとって、貴女は格好の非難材料なの。貴女は生きてるだけで私たちの迷惑になってるの。貴女が社交界から消えて家を出てることで、皆はそれこそ‥あることないこと噂にして嘲笑してる。
 そんな恥ずかしいこと‥ないわ」
 視線を逸らしながら母親が言った。
 もう‥腹とか立たない。ただ、呆れて‥可哀そうな人って思うだけだ。
「伯爵家の恥‥とか。今さら。寧ろ世間の関心が私に向いて貴女にはよかったんじゃないですか? 」
 きっと、彼女の目に浮かぶ私の顔は‥
 酷いもんだっただろう。
 だって、ホントに「馬鹿馬鹿しい」としか思えなかったから。(実際には「汚いものを見る様な表情」だった)
 私の言葉にかっとなった母親は鬼の様な形相になると‥
「‥この‥! 」
 懐に忍ばせていたナイフを出して私に向かって来た。
 咄嗟のことで避けられずきゅっと目を瞑ったが‥
 ナイフが私に刺さることはなかった。
 目を開けると、騎士に拘束されている母親の姿があった。
 ‥どこにいたんだ?  この人たち‥。
 騎士たちは
「殺人未遂の現行犯で逮捕します! 」
 叫んで母親に縄をかけた。
「何するのよ! 」
 母親は、最後まで私を睨みつけながら連行されていった。
 
 それを見ていたら‥なんか無性に悲しく‥寂しくなった。
 何だったんだろうな‥が感想の全て。
 と、(これまたどこから現れたのか)アンバーが私の後ろに立っていた。
「家族が居ても不幸なら‥いない方がましかもね」
 そういって苦笑いするアンバーに私は
「身をもって世間の汚さを教わったわ。‥反面教師もまた、大事な教師だわ」
 って言ってやった。
 強がって笑ってやったけど、うまく笑えてるかな? 
「まあ‥それを、反面教師だって判断できるなら、確かに自分にとって大事な教師だね」
 ふわっと‥アンバーが今まで見たことのないような自然な‥優しい笑顔を私に向けて‥ちょっと驚いた。
 だけど、次の言葉
「俺と‥一緒に来ないか? 」
 に我に返った。
 この人はホント相変わらず。
 女を見たら口説くことしかできないのかしら。‥誠実さとかホントゼロよね。
「‥いや‥その。ゴメン‥」
 慌てて訂正しようとしてるところを見ると‥きっと条件反射で出て来た口説き言葉だったんだろう。
 まったくこの人‥いつか女に刺されるわよ。
 私はアンバーに精一杯笑いかけて
「アンバー、貴方もそういうのもうそろそろやめた方がいいわ。
 この前の貴族のお嬢様はどうする気なの? あの子も遊びなの? ‥貴方の人生だから口出すつもりは無いけど‥私はもう、‥こりごりだわ。
 その場限りとか、楽しければいいとか、もうそんなのこりごり」
 そう言った。
 くるりと背を向け、アンバーの唖然とした表情を背中に感じながら「なんかちょっと大人の女みたいじゃない? 」って思ったのだった。
 そして、
 今すぐニックたちの元に帰りたいって思った。
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