この度、押しかけ女房に押し切られました。 ~押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした~

文月

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198.誰かのhappyendの一助となれるかもしれない生き方。

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 五人は駅前の喫茶店の席で、改めて自己紹介し合った。

「皆さん、意外と家が近いんですね」

 上司が良縁であるかのように嬉しそうに言った。

 栗山は顔を顰める。

「家が近いからって、なんだよ。毎日集まるわけでもねーだろ」

「そんな寂しいこと言わないでください。こうして出会ったのも何かの縁ですから、仲良くしましょうよ」

 栗山の発言が不満で、願い出る口調で言う。

「それよりも……」

 楠手が他の四人に顔を寄せて問いかける

「どうして、私達五人なのかな?」

「戦隊のメンバーがか?」

「そうですね。訊かれてみると、なんででしょう?」

「グラドルっていう共通点じゃないかしら?」

 西之森が三人の顔を目に入れながら、決まりきった声で疑問に言葉を挟む。

「子供向けの戦隊モノには必ず固有のテーマがあるでしょう。だからグラビアアイドルが私達の戦隊のテーマなのよ、きっと」

「でも、目的は何かしらねぇ?」

 ホットコーヒーのお代わりを注文し終えた新城が、西之森に探るような目を向ける。

「麻美ちゃんの憶測が正解だとしても、何故グラビアアイドルをテーマに選んだのかが、私は気になるわ」

「選んだ理由は、あのミスター・Kという人の趣向よ。といっても本人から聞いたわけじゃないから定かじゃないけど」

 自信なく答えた。

「もしかして、皆グラドルっていうのも縁ですかね」

「上司さん、縁って言葉好きなの?」

 楠手が何気なく尋ねる。

 予想外の質問に、上司は瞬きをして楠手を見返した。

「好きってことはないですけど、どうしてそんなこと訊くんですか?」

「かなりの頻度で使ってるから、好きなのかと思って。違ったんだ」

「もしかすると、皆で仲良くしたいって思ってるから、縁って言葉が出てくるのかもしれません」

 ケッ、と上司の隣で、栗山はくだらないことのように嘲り笑った。

「皆で仲良くするのは勝手にしてくれていいけどよ、無益な慣れ合いは御免だぜ」

「上司さんは良かれと思って言ってるのに、あなたは何で和を乱すようなことを言うのかしら?」

 栗山の右向かいの席の西之森が、苛立った声音で問い詰める。

「あん? 和を乱してねぇだろ。仲良しこよしは嫌だって意見を言っただけだ」

「言い方が押しつけがましいのよ。もっと柔らかい言い方をしないと、上司さんが悪いみたいになるじゃない」

「はあ? お前は上司じゃねーだろ。知った口で言うんじゃねー」

 二人の険悪な原因が自分にあると思い、上司は慌てて取り成すように言う。

「それぞれの意見があると思うので、わ、私が正しいなんてことはありません。だから私の言うことなんて聞き流してください」

「そんな謙遜しなくてもいいのに」

 と、新城が微笑まし気にやり取りを眺める。

 その時、五人のネックレスが小さく揺れた。

 ネックレスを肌から離して、顔を寄せる。

(出動だ、西地区のマンション街だ)

 ネックレスから出る木田の指令する声が、テーブル上で重なる。

 五人は互いに頷き合って会計を手早く済まして、喫茶店を飛び出した――のだが。

 走りながら胸の前で跳ねるネックレスを掌で包んだ瞬間、謎の力によって彼女たちの姿は消え去った。

 気付いた時には、どこかのマンションの屋上に移動していた。

 走っていた勢いのまま、楠手はたたらを踏んで、物干し台のアルミの棒に勢いよく鼻梁をぶつけた。

「いったぁ」

 鼻を押さえて、その場に屈みこむ。

 同時にテレポートして来た他の四人は、傍で起きた不運に何事かと顔を向ける。

「大丈夫か?」

 栗山が訊く。

 楠手は鼻を押さえたまま、ふるふると首を横に振る。

「大丈夫じゃないよ。鼻の骨が砕けてるかもしれないほどだよ」

 答えているうちに、ドロリとした液体の感触を押さえている手に覚えた。

 鼻から離して掌を見ると、赤々とした血が付いている。

「鼻血だな」

「見ればわかるよ」

 言いながら上向いて、垂れ流れてきそうな鼻血を奥に戻す。

「皆さん、皆さん、鼻血よりも大変なことになってます」

 メンバーの姿を見回して、上司は当惑する。

「私達、皆水着になってます!」

 彼女の言葉に、楠手以外の三人が自分の身体を見下ろした。一様に表情を驚きで固める。

「どうなってんだ、こりゃ?」

 栗山がコバルトブルーのワンピース水着の脇腹部分の生地をつまんで呟く。

「この胸の宝石は、何の素材かしら?」

 胸の前面を覆うグリーンのハート型のクリスタルガラスを指の爪でつつく。

 ちなみに水着の色は、楠手がレッド、栗山がブルー、上司がイエロー、西之森がグリーン、新城がパープルである。

「なんで水着なの?」

 赤のワンピース水着の上を向いている楠手が誰にともなく尋ねる。

 四人は揃って、知らないという顔をした。

「何者でぃ、おめぇたち」

 五人の頭上から、チンピラっぽい鼻につく声が降り注ぐ。

「おいらの縄張りだい。新参者にはひいてもらうでぃ」

 声の主を見上げた五人は、仰天して一斉に口を開いた。

「「「「「パンツザル!」」」」」

 彼女たちの叫んだ通り、声の主は物干しざおに器用に乗っている、頭に女物のパンツを被った人間大の猿であった。

「それはおいらのことか?」

「他にいないでしょ」

 パンツザルの問いに、楠手は当然の如く答えた。

「ウキィ、おいらはパンツザルでねぇ」

 パンツザルは腹を立てると、歯を剥き出して五人を睨みつけた。

「それじゃあ、なんなんだよ? 名前があるのか?」

 聞いてやるぞという傲岸な態度で栗山が尋ねる。

「ウキィ、おいらにも名前はあるんでぃ。猿男っていうんでぃ」

「パンツ要素がねぇじゃねぇか!」

 名を聞いて、栗山は不満を吐き捨てた。

「うるせぃ、おいらの知ったところじゃねぇ。こっちは名乗ったんだ、次はおめぇ達だ。何者でぃ」

 栗山の抗議には取り合わず、自称猿男は五人の中央にいた楠手を指さし誰何した。

「え、私達?」

「そうでぃ」

「私達はその……なんというか」

「なんでぃ、正体を明かせないほどの悪者でぃ?」

「そうではないんだけど、言っていいのかどうか」

 グラドルレンジャーだと明かしてはならない、と厳命されたばかりで楠手は逡巡した。

「この猿、敵よ!」

 じいっと猿男に注視していた西之森が、はっとして突然に声を張り上げた。他の四人と猿男の視線が彼女に向く。

 嫌悪と憤怒の眼差しで、西之森は猿男の被るパンツを指さす。

「こいつの被ってる下着、私のものよ」

 途端、猿男の剽軽な表情が固まり、眼を左右に泳がせる。

 他の四人はまじまじと猿男の被る下着を見る。

「それ、ほんと?」

「腰ひもが少しほつれてるもの」

 楠手が訊くと、確信的な声で言った。

「それに色も作りも私が持ってるものと同じ。間違いないわ」

 栗山が西之森に向って、卑しいにやつきを浮かべる。

「しっかしお前、黒下着なんて持ってるんだな。勝負下着か?」

「ちっがうわよ。糸のほつれてるのが、勝負下着のわけがないでしょ」

「なんだ違うのか。それなら下着一枚くらいで喚くんじゃねえよ」

「はあ? 自分の履いた下着が、下着泥棒の猿に被られてるのよ。下着でどんな猥褻な事を何をするかと思うと耐えられないわよ、普通」

「相手は猿だぜ。どうこう使う知能があるわけないだろ?」

「聞き捨てならねぇ! これでもおいらはシキヨクマーの一員でぃ。舐められたままのわけにはいかねぇ」

 悪意ある一言に猿男はいきり立ち、キィーと吠えてから物干し竿を蹴って、爪の鋭い片手を振り上げて栗山に飛び掛かった。

栗山と近くにいた他の四人は考える暇もなく、予測される猿男の着地地点から瞬時に後ろへ飛び退いた。彼女達自らが驚くほどの反応速度だった。

 猿男の爪撃は、誰もいない空を切る。

「おめぇたち、ただの女じゃねぇな。おいらの降下攻撃を躱せるはずがねぇ」

 着地の屈んだ姿勢から、敵意剥き出しの眼でぎょろりと見上げる。

「さては、おめぇたち。正義を謳う五人組の戦隊でぇねえか」

 しばらく五人をじっと眺めると、猿男は獲物を捉えたかのように唇を歪めた。

「ちがいねぇ、おめぇ達只者でないでぃ」

 確信を得て、流血に飢えたような目をして問い質す。

「おめぇ達は五人は何と言うんでぃ?」

「別になんだっていいでしょ」

 西之森が下着を被られている憤りの籠めて、冷淡に言った。

 途端、猿男の眼が昏く戦闘の意思を湛える。

「障害になり得る者は排除するのがシキヨクマーの規則でぃ。おめぇたちは無論、排除の対象。今ここでくたばってもらうでぃ!」

 猿男の脚に力が入り地面を蹴立てようと、腰を落とした。

「グラドルレンジャーって言います!」

 突然、上司が叫んだ。

 猿男が落としていた腰を上げて、上司だけに眼を投げる。上司は怯えたようにビクッと身体を震わせる。

「偽りねぇか?」

「は、はい」

「グラドルレンジャーと言うんすねぇ。わかったでぃ」

 猿男は顔に理解を顕す。

 相手が手を引いてくれるのだろうと思い、上司は実際に胸を撫で下ろす気持ちになった。 

 間を置いて、猿男は暴力的な笑みを浮かべた。

「名を明かそうが明かさまいが、おめぇ達を排除することに変わりないでぃ!」

「そんな、ひどい」

 上司は失意の声を小さく漏らした。

 猿男は再び腰を落として、襲い掛かる前の姿勢を取る。

 五人は敵であると認知され、戦いを避けられない状況に陥った。

 鼻血が止まって血の気の盛った猿男をまともに目にした楠手は、決意を固める。

「皆!」

 不意に声を上げた楠手に、他の四人が視線を移す。

「なんだ?」

「なによ?」

「どうしたんですか?」

「なあに?」

栗山、西之森、上司、新城が問い返す。

 猿男を睨みつけて、楠手は四人に短く語り掛ける。

「戦おう」

 楠手の一言に、各々が今までの日常を振り切るように、ふっと息を漏らして頷いた。

 五人は警戒の糸を張り詰めて、猿男と対峙した。
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