この度、押しかけ女房に押し切られました。 ~押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした~

文月

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133.ザッカ少年

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 その日から、ヒュージ少年改め少女・ナナフルの生活は一変した。
「ナナフルはザッカのお嫁さんなんだから、家から出てはいけないよ? 特に田舎は嫁不足だから、攫われたら困る」
 家の外だけではなく、イオは徹底してナナフルを「ザッカの嫁」として扱った。
 正確には、「嫁候補」なんだけど、もうすでに嫁扱いだった。
 ナナフルは今まで短かった髪を少し伸ばし、今と同じ肩にかかるかかからないか位に伸ばした。
 そして、外に出て遊ばず、他の女の子と同じように、家の中で家事を教わり、裁縫を教わって過ごすようになった。女の子は学校には行かずに、村の知識人の婦人から読み書き計算やら、地理、薬草の知識などを教わる。
 学校の行き帰りに攫われたら困るし‥何より、学校で他の男子に目移りしたら困るからだ。(なにせ、嫁不足だから、嫁に逃げられたら困るんだ)
 これは、この村に限らず田舎では一般的だった。
 村の知識人の婦人は、村出身の人間ではなく、都会から派遣された医者の妻や、村長(町なら町長だ)の妻だった。医者は言うまでもなく知識人だったし、村長は必ず妻帯した貴族がなると決まっていた。

 つまり、女の子なら家から出なくてもちっともおかしくなく、寧ろ「出ないのが当たり前」だったんだ。

 ガキ大将のザッカは、遊び仲間に「これからはヒュージじゃない、ナナフルだ」
 って言っただけ。
 ‥それだけで、ザッカの「親切で」「利口な」遊び仲間には通じた。
 ヒュージ親子は訳あり
 それは、母親から聞いていた。
 村全体で親子をそれとなく守って来たはずだったのに‥ヒュージの母親は惨殺された。
 そこで、ザッカのあの「お願い」だ。
 ヒュージを死んだと見せかけるんだな。
 ナナフルをヒュージとは全くの別人とするんだな。
 子供達でも、直ぐにそう受け止めた。

 ヒュージ親子は元々貴族だったらしい。
 田舎の男爵の娘で、伯爵家にメイドとして働いていたのだが、ご当主である伯爵様のお手がついて、ヒュージを身籠った。ミナはそれを伯爵家に隠して、実家に帰ってヒュージを産んだのだが、それを伯爵家の嫉妬深い妻が知り、ミナと子供を殺そうと刺客を送ってきた、それから逃れるためにミナと二人で家を出て、逃げて逃げて‥ここに辿りついたのだということを、ミナから聞いたのはイオだった。
 小さな田舎だ。人の出入りも少なくって、住人は誰もが顔見知り。
 しかも、老人と子供と女しかいない。
 男は皆家族を食べさせるために、遠くの村に働きに行っている。
 女や老人はその留守を守ってるってわけだ。
 そんな村だから、よそ者は「怪しい者」でしかなかった。
 排除すべき「異端視」だ。
 自分たちや老人、子供たちの身を守るのは自分たちだけ‥だから村の女たちの結束は強い。情に流されて、よそ者を引き入れて村に何かあったら一大事だ。
 だけど、‥見るからにミナ親子は衰弱していて、見るからに困り果てていた。
 事情位聞いてみるか‥とイオは怪しいよそ者であるミナ親子を家に迎え、話を聞いたのだ。

「貴族であったことは、もう消し去りたい‥私は、ヒュージと二人ひっそりと暮らしたいだけ‥」
 眠る息子を抱きしめて強い眼差しをイオに向け、
「どうか‥どうかこの村においてください‥」
 と懇願するミナに、しっかりしているが情に厚いイオは絆されたってわけだ。
 そして、ミナはイオの隣の家(丁度空いていた)に住むことになった。
 そして、ミナ親子の事情は、一瞬にして周知(村に限る)の事実になった。
 秘密なんて出来ない村なんだ。

 貴族の教養として複雑で麗美な刺繍も出来たミナは、お針子として働くようになった。
 村での暮らしは、母親は、イオの様に外で働いたり、ミナの様に家で働いたりして、男の子は学校に行き、水を汲み、農作業を手伝い、それが終われば外で真っ黒になるまで遊んだ。女の子は、家で勉強を教わり、家事を教わり、(女の子の母親は、女の子に家事を教えなければいけなかったから在宅ワークしたり、在宅ワークする知り合いに任せたりした)薬草を村の年よりたちと摘みに行ったりして、それが終われば、女の子同士で遊ぶ‥というのが一般的だった。
 結婚は家同士が決めて‥本人の意見は二の次‥という形が普通だった。
 子供たち同士で、女の子を取り合ったりしないようにするため、だ。
 だから、男の子は女の子の親に、自分の方が他の男の子より優れているってことをこぞってアピールした。
 女の子の方が男の子に比べて圧倒的に少なかったからだ。
 だから、村の外から嫁をもらってくる‥っていうことも多かった。


「ホント‥よそから来た人たちってのは、問題が多いわァ」
 黒い花輪の掛けられたドアノブを見つめる「見知らぬ男」に聞こえるか聞こえないか位の声で、ナツミが呟いた。
 見知らぬ男が振り向き
「この花は‥この家でお葬式があったんですか? 」
 と聞く。
「ええ。親子の。母親が殺され、ショックを受けたんでしょうねえ。幼い彼女の子供は、彼女の後を追おうと思ったのかしら‥崖から飛び降りて‥
 遺体も上がらなかったわ。
 あんな切り立った崖から飛び降りたら生きてはいられないわよね。‥下は岩だらけだし、あの辺りは潮の流れも早いから」
 ナツミが「まだ幼い子供なのに‥可哀そう‥」と呟き、
「可哀そうに‥どの崖かご存じですか? 」
 見知らぬ男が目頭を押さえる様な素振りをする。
「どうして? 」
 ナツミが首を少し傾げると、見知らぬ男は
「少年の冥福を祈ってあげたいんです。案内してもらえませんか? 」
 と、悲しそうな顔で言った。
 ナツミは眉を寄せ悲しそうに俯くと、
「ここですわ」
 と男の先に立って歩き始めた。
 辺りは夕焼け
 俗にいう黄昏時。
 誰そ彼‥前からくる人の顔がよくわからず、「誰そ彼‥あなたは誰ですか? 」って聞いていたのがその元々の語源‥
「ほら、‥ここ‥こんなに高くて‥」
 覗き込んだ男の背中をナツミがとん、と推す。
 響き渡る悲鳴は闇にのまれていった。

「こんなに岩だらけで、潮の流れも早ければ‥死体も上がらないって思うでしょ? 
 ‥わたし、ミナの子供が男の子なんて言ってないんだけど‥
 なんで知ってるのかしらねぇ‥」

 犯人は、一人
 暗殺者やらの類ではないらしく、手際が悪く、
 ミナは切り傷だらけだったという。

「殺し損ねたターゲットの男の子の生死を確認したかったんでしょうけど‥ちょっと、焦り過ぎたわよね。
 お貴族様なら、もう少し、利口な殺し屋を雇ったほうがいいわ。‥お金をケチったら碌なことないわよ」
 崖の上に一人残ったナツミは、真っ暗な海を見ながら薄暗い微笑を浮かべた。
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