この度、押しかけ女房に押し切られました。 ~押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした~

文月

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109.使えるものは‥今までの努力と‥人脈

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「‥人を裁くのは、法です」

 ナナフルの静かな声が色んな理由でテンションアップなヤバい奴らの動きを止めた。
 ナナフルの表情は静だった。
 怒っているわけでもなく、微笑んでいるわけでもない。
 ただ、真剣に前を向いていた。

 一瞬動きを止めたコリンたちの中で、
 一番に動いたのは、アンバーだった。
 ふ、と、アンバーが口元に皮肉気な微笑を浮かべ、ナナフルに身体ごと振り向いた。

「俺は、はっきり言って法なんて信じていない。奴らが法律なんて守るとも思えないし、偉いさんは、俺たち底辺の‥一人の労働者なんて気に掛けていない。
 俺たち底辺の人間が信じるのは俺たち自身だけだし、俺は自身で身を守るしかない。‥法が俺に何をしてくれる‥なんて考えたこともないし、考えても仕方が無い」
 いつもより、若干低い声。
 抑揚のない口調。
 口元にだけ、微かに浮かんだ冷笑。‥冷たい底冷えするような、冷たい視線。
 世の中に信じるものなんて何もない‥とでも言いたげな表情。
 氷の彫刻の様な
 ただただ綺麗な‥アンバー。

 コリンは言葉を失って
 アンバーを見た。
 ‥怖いとは思わない。
 ただ、‥傍にいてあげないと‥って思う。
 それが、ただの同情だって分かっているから、コリンは次の一歩を踏み出すのを躊躇う。
 それは、ザッカも同じだった。
 シークは、ただ、アンバーのさっきの言葉を頭の中で反芻していた。

 ‥仕方が無い。

 諦めとか、投げやり‥とかそんな後ろ向きで、甘えただけの言葉じゃない。
 この結論にたどり着くまで‥アンバーがどれ程悩んで、どれ程悔し涙を流したのか‥それが分かって、胸が詰まった。
 その苦しみは、
 ‥程度の違いこそあれ、
 自分が今まで感じてきた苦しみだった。

 法律が人を裁く?

 ‥殺人を法が裁いてくれるなら‥
 俺の(俺たちの)両親を殺した奴らはとっくに裁かれていたはずだ。
 だけど、俺の(俺たちの)両親どころか、今でもきっと、どこかで‥俺の(俺たちの)様に両親を殺されている子供がいる。
 きっと、それはこの世界の片隅で‥この先も、ずっと続けられていくだろう。
 だから、
 弱く、
 何も持たない子供は、
 魔術の本当の使い方なんて(魔術の「いい使い方」なんて)一生知らないまま‥
 この先もずっと‥奴らに、ただ利用されていくのだろう。

 今まで、奴らが裁かれることは無かった。
 沢山の冒険者の魔術士が殺されてきた‥その事実すら誰も問題にすらしてこなかった。
 表沙汰にならなかった。
 ないこと、だった。
 ないなら、審議されることもない。
 きっと、このさきも、問題になんて、ならない。
 だから
 この先も
 奴らが法によって裁かれることは無いだろう。

「‥魔術士は法律で裁けない。‥理が違うから。
 だから、奴らは魔術士を使う。
 ‥そもそも、奴らは法を守る気なんてない。
 金と権力で何とでもなるって思ってるし‥
 警察も司法も奴らと敵対してまで‥僕たち小市民の味方なんてしない。
 面倒だし‥何よりも、メリットがないし、‥そんな正義感もない。
 そもそも‥勝ち目なんてどこにもない。
 数が違う‥数が多いっていうのはそれだけで‥大きな力がある
 そして、その数を集めたのは‥権力と金だ。
 ‥そもそも‥それだけの人数が集まるだけの魅力が、奴らにはあったってことだ
 それだけでも、奴らには‥何も持っていない僕たちより‥価値がある」

 コリンが顔を伏せる。

 ナナフルが静かな声で続ける。
「コリンたちは、‥法に対して不信感しかないのかもしれない。だけど、それは正しいことではない。
 法によって、全ての人は平等に守られるべきなんだ。
 そういう法があることによって、全ての人は安心して生活できるんだ。
 確かに、今は十分だとは言えない。
 ‥強い人が正しい‥みたいなところは確かにある。
 でも、強い人は、‥ホントに強いんだろうか? 本当に‥強いってなんだろうか?
 数が多いから強いの? 権力があったり、部下が多かったり‥資金が潤沢ならば、何も持っていない貧民より偉いの?
 逆に、何も持っていなければ価値がないの? 魅力がないの?
 私はそうだとは思わない。
 ‥例えば、コリン一人にしたって‥
 コリンには、コリンの家族や親戚、友人や仕事仲間‥恋人だっている。
 教会で学んできた‥
 自分で学んできた‥
 膨大な知識があるし、技術もある。
 技術が足りないと感じれば、努力でそれを補う。打開策を考える。
 コリンはそれが出来る。
 そして、一人でそれをして来た。
 偉いと思う。皆がみんな出来ることではない。
 それは頑張り屋のコリンだから出来た様な事だと思う。‥だけど、それを出来る環境をつくったのは、コリンの周りの人間がいたからだ。
 学校に行かせてくれた両親、共に競い共に努力して来た仲間‥もしかしたら友達では無かったかもしれないけれど、彼らと競う合うことで、コリンは自分の技術の足りない部分を見つけることが出来たんだし、自分の心の弱い部分を知ることが出来た。悔しい‥努力しよう‥って思うことが出来た。
 コリンの周りには、いつも人がいた。
 コリンは‥何も持っていないわけがない。
 ‥コリンに魅力がないわけがない。
 お金やら権力やら‥それを持っていることだけが魅力じゃない」

「ナナフル‥」
 シークが呟いた。
 ザッカも、アンバーも黙ってナナフルの言葉を聞いていた。

 ナナフルは言葉を続ける。
「アンバーやシーク。‥今までコリンとは別の世界で生きて来た人たち。
 コリンにとって大切な人たちだよね?
 コリン一人で学べること以上に、コリンは彼らから色んなことを学んだと思う。
 学ぶべきことがあったから?
 コリンにとってシークやアンバーが、学ぶべき価値があったから近づいたの? 」

 俯いたままコリンは首を振る。

 違う。
 例え、何が無くても‥

「さっきのコリンの言い方でいうと‥権力や金を持っていないシークやアンバーは、例えば、教会の先生より価値がない? 」

 コリンが頭を上げて、
 ナナフルを見て、しっかりと首を横に振る。

 ‥そんなわけがない。

「何も持っていないシークやアンバーは価値がないから‥例えばお金持ちで権力がある偉い人の‥身代わりに殺される‥って事態になったとして‥コリンはそれで納得できる? 
 偉い人には、金も権力もあるから仕方が無い‥って思える?

 正しいことじゃないって分かってるよ? だけど、「そういうもんだから仕方が無い」

 ‥さっきコリンたちが言ってきたことって‥そういうことなんだけど‥」
 そうコリンに尋ねるナナフルの声も表情も、終始ただただ優しく静かだった。

 違う。
 違う‥!
 そうじゃない。‥そんなわけがない。
 そんなのが正しいわけがない。

「‥思えない。
 シークさんが‥大事だ。
 ナナフルさんやザッカさん、家族や友達‥アンバー‥そんな僕の大事な仲間の命を、立場が偉いだけの悪い奴‥いや、例え誰の代わりにも差し出したりしない! 
 仕方が無いなんて、‥言わない。
 泣き寝入りなんてしない。
 ‥誰かの命が誰かの命より軽いなんて‥もう言わない。
 僕が間違ってました‥」
 知らない間に、涙が頬を濡らしていたが、コリンはそれを拭うことも拭くこともしなかった。
 ナナフルもまた、それを拭いてやることはしなかった。

 ふふと二人で顔を見合わせて微笑む。

「‥あとね」

「ん? 」

「‥さっきね、ナナフルさんの言葉で僕、今更気付いたんだ。
 ずっと一人で頑張って来た‥一人だけ可哀想‥って自分の事思って来た。
 だけど、違った。
 友達がいなかったんじゃなくて、‥僕が友達になろうとしてこなかっただけなのかもしれない‥って。
 そういえば、彼らの全員が僕に意地悪してきたわけじゃなかった。
 悪口言ってこられたけど、‥僕みたいな態度取ってたら誤解されても仕方なかったのかもしれない。
 ‥だって、周りにいた人たちも、普通の人間だったから。
 はじめっから、「関わるな」って態度取られたら、「なんだコイツ」って思うよね‥。
 だけど、それ程悪い奴じゃなかった。
 ホントに悪い人間っていうのは、聖人君主ぶって近づいてきて、心の隙間に入り込んで最後には裏切る‥ような奴だ。‥そんな奴らはいなかった。
 ‥教会長はそんなとこあったかもしれないけど、被害妄想癖のおかげで僕はすっごくひねくれてたから、そんな優しい言葉位じゃふらっと来なかった」

「うん? うん」
 ナナフルはコリンの言いたい話が何の話か‥何の話をしているのかは分からなかったが、優しい目をコリンに向けながら話を聞いた。

「僕がこんなひねくれた性格になった‥鍛えてくれたのも周りの環境だと思ったら‥感謝しなければいけないのかもしれないな~って。
 あ、いや、これは皮肉‥とかじゃなくって、ね? 
 ‥僕は一人で頑張って来たわけじゃなかった。‥一人じゃきっと頑張れなかった‥。
 僕の周りには、もっとたくさんの人がいたんだなって‥それを勝手にいじけて‥遮断してきたんだなって‥」

「うん‥」
 コリンの思い込みだけ‥じゃない。実際に被害にもあってきたわけだから‥。
 だけど、今はその話をぶり返す時ではない‥と思った。
 コリンはきっと、過去に決着を付けて、「過ぎたこと」と過去を乗り越えようとしている。
 
 それを、邪魔するわけにはいかない。

 だから、ただ黙ってコリンの話を聞いた。

「‥協力をお願いしてみようかなって思います」

 ぽつり、とコリンが呟いた。
 だけど、その表情には‥
 否、表情自体はさっきと変わらず静かだったのだけど、
 その瞳は、強い決意を秘めていた。

「無理かもしれないけど‥やってみようって思います」
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