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98.アンバーは優秀な生徒です。

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 それから
 改めて「真面目に」授業を受けることしたアンバーは、一言でいうと「優秀な生徒」だった。
 理解力がいい
 そして、何より
 魔術の才能が、‥コリンよりもある。
 コリンが血のにじむような努力の末に出来るようになった事を、説明一つで‥あっさりコツを掴んで「つまりこういうことだろ? 」ってやってのける。
 ‥ホントに、説明する側と説明される側が反対じゃなくて良かったって思う。
 反対‥才能のあるアンバーが才能の乏しいコリンに教えているのであったら‥コリンはずっとアンバーの言うことを理解できなかっただろう。
 才能のある者にとっては、第三者が「分からない」という意味が分からない。
「だから、‥なんでわかんないかな。簡単なことだろ? 」
 って思うんだろう。
 何故なら、それは、彼にとって分かって当たり前のことだから。
 それを、第三者に「分る様に」説明するためには、その「分り切ったこと」を改めて勉強し直さなければいけない。その前に、「(その第三者にとって)何が分からないのか」を知らないといけない。

 その作業が出来るか、出来ないか、だ。

 きっとアンバーには出来ないだろう。
 アンバーはそれ程、親切な性格ではないし、気も長い方ではない。
「分からないっていう奴に一から説明するより、自分でやった方が速い」
 って、無理してでも一人で突っ走ってやってしまうだろう。

 仕事は出来るけど上に立つ才がない奴の典型ってやつだ。

 幸いにも、アンバーは、「いい生徒」だった。
 いい先生にはなり得なかっただろうが、いい生徒ではあったのだ。
 自分の知らないことを知りたいって思えたし、その為には、人の説明に耳を傾けることが出来た。コリンの説明で分からないことは、素直に分からないと言って質問した。
 一緒に説明を聞いていたナナフルは、そんなアンバーの様子を嬉しそうに目を細めて見ていた。

 まるで我が子の成長を喜ぶ親の様な眼差しだった。

 後に、シークは言った。
 その時に言わなかったのは、「そんなことを今言ったら、折角の勉強会に水を差すようなことになる」からだ。
 つまり、
 シークもあの時(つまり、今)
 アンバーの事を、「まるで我が子の成長を喜ぶ親の様な眼差しで」見守っているということだ。

『ったく、みんな生ぬるい目で俺を見てきやがって。‥ホント、ここの連中ときたら‥調子が狂う』

 アンバーが、そんな彼らの眼差しに気付いていたことに、二人は気付いていなかった。
 ただし、

『おい、ナナフル。他の奴をそんな優しい目で見つめるな! 惚れられたらどうする! 』

 約一名、心の狭い奴がいた‥っていうのは「ご愛嬌」だ。


「‥実技の前に‥、アンバーが本当に闇属性と火属性なのか確かめたい。‥使えるからそれが自分の属性だって思いがちだけど、使えるのと属性なのは違うからね。
 よくいるんだ。器用だから何でも出来るんだけど、実は属性じゃない魔術を使ってる魔術士。
 教会やら学校に行った魔術士だったら、まず教師がそれを考えてくれるんだけど、親から教わる冒険者とか、アンバーみたいに教会や学校以外で魔術を学んだ者は、それをしないから‥結構間違ってることが多いんだ」
「実は属性じゃない魔術を使ってる? 使えるってことは、適性があるってことじゃないの? 」
 首を傾げるナナフルに、コリンは首を横に振って否定した。
「使える、と、向いているは別なんです。その属性の魔術が使える‥ってことは、つまり、術を正確に頭で理解できて、身体の中の魔力もそれに正確に反応できるってだけのことことで、体力的に、性格的にそれに向いているから使えるってわけでは無いんです」
 コリンの説明に、ナナフルが「ほ~」と感心したような声を出し、
「つまり、術が使えるってことは、「術を頭で正確に理解できて」「身体の中の魔力もそれに正確に反応できる」っていうことなんだね? じゃあ、属性は後から決める‥ってこと? 。
 属性って‥生まれた時から決まってるものなんだって思ってたよ」
 きっと、ナナフル以外にも、そう思っている人間は多いだろう、と思う。
 しかし、属性は生まれながらに「神に定められたものしか使えない」っていう様なものでは無い。
 残念ながら、‥だ。
「ん~。大概は、決まってる‥かな。だけど、僕みたいに馬鹿みたいに魔力があったり、アンバーみたいにアホみたいに才能があったら、「決める」が正しいです」
「成程‥二人は、特別ってことだね」
 感嘆の声を出すのはナナフル。

 特別な、アホと馬鹿‥。

 ヤバい、ちょっと笑っちゃいそうだ‥。
 笑いをこらえて下を向いているのは、ザッカだ。

「決める‥。それは、‥進路のようにある程度は、自分の意向で選ぶってこと? 」
 首を捻るナナフルに、コリンも「ん~そこまでは自由ってわけでもないかなあ」と首を捻る。
「やっぱり、選択の際に一番大事なことは向いているってことです。
 向いてないのに使い続けるってことは、危険なことなんです。
 下手したら、使うことによってその人の性質‥人格を害することもあるんです。なぜなら、魔術の性格に、多かれ少なかれ「引っ張られる」からです。それに抗えない‥っていうことは、つまり向いてないってことなんです。
 つまり、向いていれば、訓練によってその属性の性質と上手く共生できるものなんです。
 他の要因は、体力的なこと‥とか‥ですかね。例えば、魔術の中でも、実技に比較的体力がいる雷属性‥これなんかは、魔術は使えても、術者に体力がなければ「適正ではない」って判断されます。使うことによって、生命の危険すらあるなら、使わせられませんよね。
 その逆で、割り当てられた魔力が他の属性に比べてちいさい‥所謂才能の余りない属性でも、それがその人の性格‥魔術の場合だったら体質だね‥に合ってれば適正にすることはできるんです。魔術は、闇やら光属性程じゃないけど、才能より努力ですから」

 才能があって、適正がある魔力が属性に成るのがやっぱり一番「ついてる」ってことだろう。

「まあ、とにかく、アンバーはどうなのか‥ってことだね」


「確かめる、ってどうやって? 」
 事務所の裏山。
 肩を回してウォーミングアップしながら、アンバーがコリンに尋ねた。
「とにかく、他の属性について「使えるか」を知りたいから、やってみて欲しい。
 ただし、軽くだ。この辺りを水浸しにしたり、火の海にしたり‥とかは当たり前だけど、なしだよ」
 先に、周りに結界を張って、アンバーにそれを強化させておくことも忘れない。
 他のメンバーは危険回避のために、結界の外でそれを見守ることにした。


「まずは、水! 」
 アンバーは手に水の玉を出す‥というイメージをえがいて手のひらを開き「小さく前にならえ」の様な構えをしたが、が、結果は、何もでなかった。
 ちょっと構えていた(←逃げる用意)コリンは、拍子抜けしたが、そんな感情は‥表情に出さないことに成功した。

 実験をスムーズに進めるために、気を引き締めて無表情! で頑張りますよ!!

「あ‥出来ないんだ。‥まあ、火の魔術があれ程強かったら、出来ないってこともあるかな‥
 じゃあ、氷もダメかもな‥でも、一応やってみて? 」
 気分は「出来る学者さん」で、冷静な口調を心がけて、コリンが言うと、アンバーが神妙に頷いた。
 ‥ちょっと緊張してるようだ。
 そんなアンバーの様子に「へ~。意外~」と思いながらも、引き続きコリンは無表情だ。

 (表情筋)頑張ってます!!

 アンバーが構える。
 コリンは後ろで組んだ手をぎゅっと握って、もしもの衝撃に備えるが
 結果は、不発だった。

 やっぱり。氷は違うと思った。思ってたけど、予想外に「ブリザード!! 」とか来たらビビる~ってちょっと身構えちゃった。(てへっ! )
 ‥だって、なんでもありなアンバーだもん。そんなこともあるかな~とか思っちゃうよ‥。

「雷は? 」
 アンバーが手の上に意識を集めたが、‥これも不発だったようだ。
 これは、コリンは構えていない。
 ゆったりと見ている。
 だって
「雷は、氷の魔術の応用だから、氷の魔術が使えないアンバーには無理」
 あっさりと言ったコリンに、「じゃあさせるなよ‥」って言いたげな表情をアンバーが向ける。
 そして、同時に
 ああ、こいつの性格「雷っぽくないな」って思ってたら、‥そういうことか。
 って思った。魔術の属性は、性格に出るって言うけど、コリンはそういう‥雷っぽい激しさってないな~ってアンバーは思ってたんだ。(あくまでアンバーは、の話だ。恋は盲目?? 的な?? )

 その後、風・土・光と試したが、結果は、土以外どちらも不発だった。
「火の魔術が強い人は、他は何の魔術も使えない人が多いよ。
 水やら火は、それだけで強いからね。
 水と氷が使える人もいるけど、あれは、僕の「氷」と違って、水が凍ったものだ。水の応用としての氷だから、あの氷自体の力は弱くて、攻撃魔法として使える程強くない。せいぜいが、物を凍らせる位かな。その場合、攻撃魔法‥動としての魔術は、水で、氷は静の魔術となる。
 僕の場合だと、氷が主体で、応用として雷が使える。だけど、雷はその性質が攻撃魔法に向いてるから、応用的な魔術でありながら、攻撃魔法として使える」
「動としての魔術、静の魔術? 動は、攻撃魔法に使えるか否かってこと? 」
 アンバーが眉を寄せる。
『‥またややこしい単語が‥』
 って思う。
「攻撃も「動」だけど、それだけじゃなく‥そうだな、闇属性の魔術で言ったら「威圧」は静で、「再生」は動だ。その発動によって、「時間的な」変化があるか否かってことだな。氷属性の静は「氷結」動は「ブリザード」。
 火属性と水属性、雷属性、土属性に静は無い。‥ああ。光属性も静はないね。
 静の状態がない属性をもつ者は、日常生活に少々苦労するんだ。
 短気、破壊衝動が代表的な弊害‥症状だね。やっぱり、大きな力を持ってたら使いたくなるし、気も大きくなる。
 だからその衝動を逃がすための訓練っていうのを学校では魔術の方法以上に力をいれるんだ。
 そういうのもあって余計に‥
 アンバーの育った村みたいに‥そんな衝動を逃がす術を教わっていない術者を作っている‥しかも、より被害をだしそうな闇属性の‥ってことは由々しき問題だよね」
 衝動を逃す術を学んでいない。
 つまり、ブレーキの無い暴走車だ。
 アンバーが息をのんだ。
「俺の属性は‥火と闇? 火には静の状態がないって言ったよな。そして、俺の闇も、俺が知っている魔術については、動だけだ。俺も‥」

 ‥俺もブレーキの無い暴走車だ。

 アンバーの表情から、彼が考えていることを理解したコリンは、ふう、と小さくため息をついた。

 ‥まったくこいつは‥どうせ、「いつか、俺も暴走するかもしれない」とか思ってるんだろ?

 だけど、慰めるのは、こいつに対する対応として間違っている。
 だから
「‥アンバーは、日常的に「動的エネルギー」を発散してるから、急に爆発したり、衝動に駆られることは無いと思うよ」
 呆れた様な口調で言った。
「? 俺が? 」
 アンバーが首を傾げる。
「チャームと扇動。チャームは闇属性の動の魔術、扇動は‥土属性の「成長促進」の進化版だ。‥いや、もしくは、火属性の「火種」の進化版か? ああ、「火種」は、対戦者(主にパーティー)に何気な~く疑惑を生むようなことを言う‥という地味~で陰湿な精神攻撃のことだよ。
 そういうので、日常的にストレス発散してるから、アンバーはストレス‥動的エネルギーが過度に溜まるのを避けることができてるってわけだ」
 「ば~か」って顔でコリンがアンバーを揶揄う。
「おや? じゃあ、俺のストレス発散の為に、コリンはもっと俺のチャームにつきあってもらわないとね。ここは、可愛いお姉ちゃんたちもいないことだし? 」
 負けじとアンバーが軽口で応じた。

 全く。気を使ってるんじゃないよ。お前こそ気の使い過ぎで、いつかキレて暴走‥というより、ハゲそうだよね。

 そっと苦笑いするアンバーだった。
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