この度、押しかけ女房に押し切られました。 ~押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした~

文月

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75.刹那は繊細で耽美でアンバーには似合うかもしれないけど、俺には似合わない。

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 シークside


 この家に、何も、自分のものを持たない暮らし。
 備え付けのチェストには何も入っていない。
 ‥家にいる時間なんて、どうせ少ない。盗られるようなものなど持っていないが、留守宅に物を置いて長く家を空けるのは、不用心だ。
 初めっから、「寝に帰る為だけの部屋だ」ってアピールしてる方がいい。
 自分がもし死んだときに、速やかに次の住人が入れる‥って点でも、何も置いていないというのはいいだろうが、‥別にそこまで危険な依頼を受けているわけでもない。時間も、長くて一か月程。そう長いこと家を空けることもないから、近所の住民に留守を伝えたこともない。(それどころか、住民と話したことすらない)
 ローテーブルも使うことは、まあない。手紙を書く相手もいないし、食事はここに居るときは、外で済ませる。
備え付けられたこの毛布(←コリンが布団と呼んでいるもの)も使ったことは無い。
 留守をしている間ずっと使っていなかった毛布はかび臭く、やっぱり使う気になれない。だから結局野外で寝るときのように、寝袋に丸まって寝る。

 宿屋よりもずっと生活感の感じられない自分の部屋。
 だけど、‥ここがあるということが、帰るところがるということが、それだけで自分の心の拠り所になっている。
 コリンという恋人が出来てその思いが強くなった。
 根無し草じゃなく、根を張るところが必要だって
 ‥失うことが怖いって、初めて知った。

 目の前にいるコリンを抱きしめた。
 暖かい、
 柔らかく暖かい感触に、コリンが今ここに居ることを実感した。
 背中に回した腕を離して、コリンと向き合う。真っ直ぐ俺を見上げるコリンに自然に笑みを返した。
 頬を上気させて、一生懸命俺を見上げる姿がまるで、子犬の様だ。
思わず、コリンの頬を撫ぜる。
すべすべで、しっとりとしていて、いつもはひんやりとしている頬が‥今は上気しているからか‥温かい。
 少しくすぐったいって顔をしたが、コリンは黙って‥微笑んで俺のしたいようにさせてくれた。
 薄桃色の唇を指でなぞる様に触れる。
 柔らかい‥そしてちょっと熱い。
 絹糸の様な髪を撫ぜる。
 いつまでも触れていたい‥そんな気になる。
 さらさらと柔らかくて、ツヤツヤとしている。つやつやと、しっとりとしているけど、湿っているわけではないし、濡れていない。さらさらと乾燥しているのに、からからしていない。しっとりとさらさらの絶妙なバランス‥ってこんな感じって思う。

 目の前にいるコリンが‥まるで奇跡の結晶のように思える。
 決して誰も手にすることなんて出来ない、神秘的な美しい女神‥っていうのは言い過ぎだし、‥普段のコリンを思い出せば、「そんなガラでもない」って思うんだけど‥それはよく知っているんだけど、
 今、俺の目の前にいるコリンはただただ美しくって、ただただ愛おしかった。
 この人と自分が恋人通し‥なんて、ホントのことなんだろうか? って‥
 この美しい人と自分じゃ‥、コリンはアンバーみたいな美形の方似合っている‥そう思いかけて、‥強く首を振った。
 ‥そんなのは、嫌だ。
 似合っていようが、嫌だ。
 こんなこと俺が思っていることを知ったら、きっとコリンは笑うだろう「僕がアンバーと!? 」って‥怒るかもしれない。
 コリンは真面目だから、‥コリンが俺を好きって宣言したなら、俺だけだ。

 他の人は、ない。

 それに、俺だって、実は全然心配していない。
 コリンが俺じゃなく、アンバーを選ぶなんてことは無い。

 アンバーと一緒にいることは、コリンにとって本能的にしんどいから。

 アンバーを見るコリンの顔が時々、不安げに曇るのは、アンバーが相手の弱点を瞬時に判断し、確実に攻撃してくるから。
 自分ですら気付いていなかった自分の弱点を、アンバーは正確に突き付けて来る。
 ‥多分、アンバー自体そのことに気付いていない。
 身を守る為に自然に身に付いた武器なんだろう。
 コリンはアンバーの事を友達だと思っている。‥思おうとしている。‥そう思うことによって、アンバーの言葉が‥態度が自分に対する悪意ではないって理解して‥認識しているんだ。
 口の悪い奴の「お前はアホやな」がただの、友達に対する軽口で、それ以上の意味がないと友達だけが知っている‥っていうのと同じだ。
 コリンとアンバーは知り合ってそう時間が長くない。
 だから、コリンはまだ慣れていない。
 これがアンバーにとってそう悪気がない言葉だって理解することに‥許すことに‥慣れていない。
 だから、アンバーにぶつけられた「的確な攻撃」に腹を立て‥不安になる。

 だけど、アンバーは友達なんだからって、自分のこころを納得させる。
 きっと、無意識で、この作業をする。
 だから‥、疲れる。

 アンバーはコリンに特別心を許しているんだろう。だから、気安く接する。‥自分の癖を隠そうともせず、真正面からぶつかっている。
 それを受け止める為、コリンは‥多分無意識に我慢している。受け入れたいのに、心のどこか奥では受け入れられていない。その居心地の悪さが、コリンがアンバーを受け入れられない原因なんだ。

 自分の欠点から目をそらして、自分に心地よい言葉を言ってくれる人間といる方が、楽だ。
 無理して、‥努力して我慢して友達を続けるのは、しんどい。
 だけど
 ‥気に入らないからって、自分を頼っている‥自分が助けようと一度でも思った友達を切り捨てることが‥コリンには出来ないんだろう。
 
 だけど、しんどくないとは、別だ。
 切り捨てるのも、自分の本意じゃない。‥だけど、心の奥底では「しんどい」

 コリンは、底抜けにいい奴じゃないけど‥悪い奴でもない。否、不器用なだけで‥ホントは誰よりも優しい奴なんだ。

 だけど、アンバーだってずっとこのままじゃないだろう。いつか‥もっとコリンの事を好きになったのなら、コリンの「しんどさ」に気付くだろう。そして、自分を変えようって思うかもしれない。‥もっと、コリンに優しくしようって思うかもしれない。(今までみたいに、マイペースばっかりじゃなく、だ)
 そしたら、あの美形だ。
 コリンも、アンバーの事好きになっていくかもしれない。

 ‥先の事なんて誰も分からない。

 だけど、自分の事なら、何とでも出来る。「イヤな未来にならないように」俺も変わっていけばいい。

 コリンも、世の中も、難しいけど、‥根っこは単純だ。

 コリンは単純で、深く物事を考えないし、何でもかんでも自分で出来るから人を頼りにすることも、‥媚びることも知らない。
 否、
 周りに壁を作って、自分で何でもかんでもやろうって必死になってる。
 ‥意地になってるってのもあるけど、‥コリンは「面倒」なんだ。人の顔色伺うのも、人に合わせるのも。‥そういうところ、ある。
 それ以上に、人の事信用していないんだ。コリンの様子を見てたら、そういうのが分かる。

 悔しいこと、苦しいこと。何でもかんでも、我慢して、歯を食いしばって前を向く。
 我慢して努力すれば何とかなるって、一人で頑張ってる。

 その様子を「お高くとまってる」っていった奴もいるだろうし、「冷たい」「人を見下してる」(コリンは成績もいいから余計にそう思われていただろう。‥その成績を取るためにコリンがどれほど努力をしたかも知らずに、だ)って言った奴もいただろう。

 相手にされなかった腹いせが半分以上だ。 

 だけど、コリンはその言葉をそのまま受け取って、また傷ついて、‥また腹を立てて。
 そして、もっともっと壁を高くしていった。

 コリンは知らない。

 何気ないコリンの微笑がどれ程、俺とアンバーの心を惹きつけているのかを。
 いつも強気なコリンが時折見せる、不安げな顔がどれ程俺とアンバーの心をざわつかせているのかを。

 ‥恋人と会えるのは今日だけかもしれない、明日がないかもしれない。‥なら、今抱きたい。

 アンバーが言ってた。
 その想いは‥刹那的な感情だ。
 明日が来ないかもって‥消極的な感情だ。俺は、明日だって明後日だってコリンと一緒にいる。死んだりなんてしないし、アンバーになんか奪われたりしない。
 刹那は、儚く繊細で‥どこか耽美で‥美形のアンバーには似合うかもしれないけど、俺には似合わない。
 未来永劫。
 俺は明日への希望を失わないし、明日は当たり前に来るもんだって信じている。
 コリンだって、コリンの俺への愛情も変わらない。
 これについては、自信がある訳では無いが、「そう信じている」

 部屋がオレンジ色に色付いて‥やがてランプをつけないと何も見えなくなる時間まで、俺とコリンは黙ってずっと抱き合っていた。
 何も話さない。
 ただ、抱き合っていた。
 道を挟み、向かいの部屋にランプの光が灯ったのだろう。丸い小さな光が窓ガラス越しに見えた。
 それを見て、初めて‥夜になったと気付いて、お互い顔を見合わせて‥苦笑いした。
 そして、そのまま抱き合ったまま床に座り込み‥どちらからともなく‥唇を合わせた。

 ただそれだけ

 気がついたら‥お互いそのまま眠っていたらしく、朝、身体がやけにだるかった。
 屋外で寝るより、黴臭い毛布にくるまるより‥座って寝るのはずっと、身体によくない気がする。
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