この度、押しかけ女房に押し切られました。 ~押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした~

文月

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74.☆ ベッドを見て意識しちゃうのは、何も僕がむっつりだからじゃない‥と思う。

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 シークさんの家は、‥控えめに言って、空き家だった。
 空き家ってか‥物置?
 学生時代の長い休暇の後の学生寮を思い出しても、‥こんなんじゃなかった。
 鍵を開けた時、一瞬感じる「懐かしさ」。ようやく、故郷に帰って来た‥という気すらした。
 帰る前、鍵を閉めた時から止まったその部屋の時間は、持ち主である自分が部屋に一歩入った時には、動き出した。

 人が住んでいる、いないというのは部屋にとって重要なことであるらしい。

 帰って直ぐ、窓を開ける。薄っすらとつもった埃を払う‥それだけで、部屋に「生気」がよみがえる。
 生きた者‥ではないのに、そんな気がする。
 仮住まいの学生寮でさえそうだった。
 でも‥この部屋は、そんな生気はない。
 ‥それどころか、「ちょっとの生活感」さえない。
 引き出しが二つ付いたチェストも、ベッド脇のローテーブルも、‥ベッドでさえも、全部、この部屋に運び込まれた「荷物」のままって感じで、そこに設置してある。
 ベッドには、薄いシーツの様な布‥恐らく布団? ‥がきちんと畳んで置かれている。
 十分に暖を取れるとは思えない。きっと、寒い時には背中を丸めて眠ったのだろう。
 宿でコリンに背を向けて丸まって寝ていたシークの背中を思い出した。
 ‥案外寒がりな(なのかもしれない)シークが、こんな薄い布で眠れたとは思えない。きっと、自宅でも愛用の寝袋を使用していたんだろう。寝袋にくるまったうえでこの布をかぶる‥みたいな?
 なんか、可愛い。
 その姿を想像して、思わず微笑んでしまったコリンにシークが首を傾げる。
「どうかした? 何もないから驚いたでしょ? 」
 シークが苦笑いして、ベッドに掛けていた服を手に取った。(それだけが唯一生活感を感じさせた)
 薄い長袖の上着だ。
「丁度、一度長袖の上着を取りに帰ろうって思ってた。
 ‥もともと、家は空けがちだけど、二月以上こんなに全く家に帰ら無いことって、‥そういえばなかった」
 寝袋などをしまっているカバンに上着をしまいながらシークがしみじみと言った。

 ‥もう、二ヶ月も経つんだ。

二月ふたつきの内に、空は澄み‥高くなり、日は短くなり、眩しくとがってばかりだった日差しも幾分柔らかくなってきた。青々とした木もところどころ紅葉し、来年に向けて、‥今期の葉を落とす準備を始めている。
 寝苦しい夜も減り、明け方などは肌寒さすら感じる日もある。
 もう夏が終わるんだ。
 ここには、明確な四季はない。
 春っぽい、夏前の気温が温かい季節があり、暑い夏が来て、冬前のそう寒くも無いが、熱くもない秋が来て、冬が来る。
 とにかく暑い夏ととにかく寒い冬の中間? ‥間を埋める様な季節がある。そんな感じだ。

 春が来た感じがしないのは、春に咲く花がないからだろう。

 リンゴの花によく似た白い花が夏前に咲く。だけどその花を見た人々の感覚は「もうすぐ暑い夏が来るな」であり、「暑くなる前に準備を早くしないといけないな」だ。
 夏が来る前に、家に深い軒を作らなければならない(簡易の軒。木の枠組みに帆布の様な頑丈な布を張った取り外し可能な軒。因みに帆布のような布に防水効果はないから、雨が降ってきたらすぐに布を撤去しなければならない。日当たりのよい場所にある家はもとからこの枠を取り付けられるように作られている)
 真夏には、その深い軒に葦で編んだ簾の様なサンシェードを吊るす。
 軒下で涼む年寄りが井戸端会議をするのが真夏の夜の風物詩だ。
 シークの住んでいる界隈の、単身者向けの家が立ち並ぶゾーンでも、時折年寄りが一人、軒先で手酌酒をしている姿が見られた。
 単身者は単身者向けの家に住み、結婚して家族が増えたら、家族向けの家に越す。
 自分で家を建てるという考え方はない。
 今建っている家を使う。
 だから、空き家で家が荒れ果てるということはない。
 シークの様な冒険者は連絡なしに一年以上家を空けると、死んだとみなされ、その家の所有権が失われる。だから、時々は家に戻るか、留守中に誰かに家の掃除を任せたりするのだ。
 (※ 帰りが一年以上かかると事前にわかっている場合、近所の者に伝えておけば大丈夫だ)
 因みにシークは、「時々家を換気しに帰る」派だ。
「後ろ、いい? 窓を開けるから‥」
 言って、シークが窓に伸ばした手の甲にコリンが自分の手を重ねる。
 意を決して‥ではない。
 本当に、自然に手を重ねた。
 シークの瞳がコリンを捕らえ、
 コリンが瞳を伏せる。
 シークが小さく喉を鳴らす音が聞こえ、
 次の瞬間、ためらいがちに、コリンの唇にシークの唇が合わされた、
 軽く、優しい口づけ。
 ちゅ、と軽いリップ音をたててシークの唇が離れる。

 目を開けたコリンの瞳がシークの瞳を見上げる。
 ‥秋の空よりずっと澄んだ薄い青い瞳‥。
 切れ長で、きりっとした‥誠実な人柄をそのまま表したような瞳。

 シークの瞳がコリンの大きな瞳に写る。
 吸い込まれそうな‥宝石の様な瞳。
 蜂蜜のように、とろりとした‥甘いトパーズの瞳。

 心臓が‥苦しい。
 顔が熱い。
 コリンに重ねられた手も熱い。


 ‥俺たちにしても、冒険者にしても‥明日、君にまた会えるって確証が何処にあるんだって暮らしだ。
 何故か、アンバーの言葉がうかんでくる。
 ‥恋人と会えるのは今日だけかもしれない、明日がないかもしれない。‥なら、今抱きたい。


 俺は‥。
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