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34.お姫様奪還ならぬ、悪い魔術師強奪は結構あっさり終了する。
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‥さっきまでのピリピリ感は気配遮断の魔法だったのか。
シークとザッカは思ったが、口にはしなかった。
今は勿論そんな場合じゃないし、‥初体験は今更‥だ。
コリンの使う魔術は‥コリンは本当にさりげなく使ってるけど‥一般の魔術士が使える様なものでは無い。魔術士ではないザッカたちにはその価値や、どれ程凄いのか‥ってことは正直分かりはしないけど、少なくともコリンの使う魔術は彼らが今まで見たことも無ければ、想像すらつかないものばかりなのだ。
そんなことが出来るはずないだろ? そんなわけないだろ?
が、冗談じゃなくって簡単に実現できる‥それがコリンなのだ。
‥コリンは全く総てが規格外なんだ。
だから、今更驚く‥とか、ない。
この頃では慣れたもので、ただ、「へえ、そういう魔術もあるんだ」って思うだけ。何なら、「こんなの出来るんじゃない? 」って提案したこと全部出来たっておかしくない位だ。
世の中は、‥そういった「まさかそんなことがあるもんか」ってことが本当にあったりする‥。
コリンを見ていたら、「ホントにそうだな」って思うんだ。
‥いやいや、そんなこと今はどうでもいいな。
ザッカは両頬を手の平でぱんっと叩くと、
‥じゃあ、気合を入れ直して‥
「では、お姫様奪還ならぬ、悪い魔術師の強奪に行くか! 」
声に出して言った。
「誰だお前らは! 」
突如現れた三人もの人間に敵は一気にざわついた。
なにせ、フードで顔を覆った如何にも魔術士な子供(背が小さいから大人には見えない)と、大剣を肩から背負った濃茶の短髪マッチョと、金髪でたれ目のちょい悪オヤジ風の帯剣したガチマッチョ‥という、目立つ三人組だ。
そんなのが、ここまで誰にも止められることもなく‥急に現れたんだ。そりゃ、驚愕の感情しかない。いや、何ならそれに加えて畏怖とかそんな感情も持ちうるだろう。
「‥戦闘型の魔術士‥! 」
ガチ込みってことで、今日のコリンは戦闘用の杖持参だ。ローブに戦闘用の杖を携え、今はさっきまで隠していた膨大な魔力を隠すことなく垂れ流している。
魔術士はその半端ない魔力に慄き一歩後退し、魔術士ってことで兵士も後退する。
そんな異様な事態に、牢屋を守る騎士たちが息をのんだのが分かった。
得体は知れない‥でも、‥見るからに魔術士が一番ひょろそうだ‥。
‥魔術士を狙うのが一番よさそうだ。‥なぁに先手必勝で、魔術を使われる前に、力でねじ伏せる‥そしたらあんなにひょろいの一撃だ。
‥それにしても‥
‥門番はどうしたんだ‥。もしかして‥既に声もなくやられた後‥か? 。こいつら、‥見た目以上に出来るってことだよな‥。
驚きとか、恐れとか。
兎に角、とてもじゃないけど無視できないような感情を持って、彼らは、突然の来訪者を囲んだ。
余裕な表情なんて咄嗟に用意できなかった彼らの、切羽詰まった‥むき出しの殺意。
シークには馴染みの、野生の魔物や肉食動物にも似た‥殺気。
お互いが、殺(や)らなきゃ殺られる‥っていう生々しいリアルの殺意。
その濃い殺意を一気に向けられ、ザッカは唾をのんで剣の柄に手をかけて身構え、コリンは高揚感を隠し切れず、思わず口の端に薄い笑いを浮かべた。
その中で、シークだけは、ふう、と一つ深呼吸をすると、呼吸と気持ちを落ち着けて、視線だけで周りの様子を観察した。
彼らは、隙なく全身に殺気を漲らせて自己防衛をはかりながら、相手の出方を見張っている。‥彼らの根本にあるのは、緊張と警戒。‥戦いに対する高揚感‥興奮を感じているわけではなさそうな‥いたって「まともな」人間の様だ。
‥そのことに少なからず安心する。(←つまり、シーク的にコリンはまともじゃない人間。不味いぞ! コリン、シークにニヤついてるの、気が付かれるな!? )
冷静だったのは、シークだけではない。アンバーもだった。
周囲が三人に気を取られ、周囲の意識がアンバーから離れる‥その瞬間を、アンバーは見逃さなかった。
‥今しかない!
アンバーが地面をけって、男たちや、三人組から走り去ろうとした瞬間、
「待て! 」
魔術士風のローブを着た子供がアンバーを呼び止めた。
ぴたり、とアンバーの足が止まった。
思わず、‥ではない。
まるで地面に縫い付けられたかのように、足が動かない。
周りも同様だったらしく、警戒した‥畏怖の表情でローブの子供を見ている。
今、この場で、体の自由が利くのは、ローブの子供只一人の様だ。
子供が、立ちはだかる壁の様な男たちから、一歩アンバーの前に出て、ふうっと大きく息をつくと
「誓約士コリン・コーナーです。アンバー・ラッセン。
すみません、誓約執行させていただきます」
澄んだ声で叫んだ。
決して大きな声ではない、だけど、その声はよく通り、湖の中心に石を落として、その波紋が周りに広がる様に‥周りに広がった。
コリンの威圧と氷結、である。
「コリン‥」
アンバーは目を見開いて、‥コリンを見た。
コリンが二コリ‥と笑ったらしいことが、ローブから辛うじて見える口元からみて取れた。
アンバーは、魔力を封印されている様で、魔力の気配‥ほんのわずかしか感じられない。あの量では、辛うじて、アンバーがいる‥ってことは分かる程度で、アンバー自身は魔法を使えないだろう。
でもまあ、魔力封じを行った者が、「その程度」の腕で良かった。確実に魔力を封じられていたら、コリンだとて分からなかっただろう。
部屋に魔力を封印する魔道具でも置かれているのか? と素早く視線だけで周りを見回したが、自分は変わらず魔法を使えてるし、敵にもちらほら魔法使いがいる‥。多分、アンバーだけに魔力封じの魔道具かなんかが使われているんだろう。
「なんでこんなところに誓約士が! 誰の許可を得てここに来たんだ! 」
依然、動けない周辺の男どもは、コリンに向かって叫んだ。コリンは、ふっと意地悪な笑いを浮かべて彼らを見た。
‥といっても、フードで隠れていてその表情は見えないのだが‥その口調と嘲笑で、「そんな顔してるんだろうな‥」と容易に想像できる‥
多分、虫けらを見る様な顔をしてるんだろう。
「誰の許可を得て」‥その通りである。コリンたちが不法侵入をしているのだ。だけど、そんなこと、コリンは気にしない。
‥気にするわけがない。
「ふ、脛に傷がある者は突然の来客に慌てなければいけないから大変ですね!
誓約執行、アーバン・ラッセン。
誓約内容、インタビューの受諾。
貴殿には、誓約士の権限により拒否権は認められません。
誓約期間は、インタビューの終了までとします。
アーバンの身柄は、只今より、誓約士・コリン・コーナーが預かります」
先ほどと同様に、凛と響く澄んだ声で、更に威圧と氷結の魔術を強め‥、誓約した。
「ふざけるな! 何勝手なことを! 」
依然動けない男たちが叫ぶ。
はは、
さもおかしそうに短く笑うと、口元に微かに笑いを浮かべ
「抵抗‥攻撃しても、無駄です。僕は貴方より上です。誓約士としても、‥魔術士としても! 」
そう言い捨てて、アンバーの腕を引っ張り、腕の中に抱き込むと、身に纏わせた魔術を一気に高めて周りを一気に凍らせると、他の二人を連れて高笑いと共に転移魔法で消えた。
‥消え切る前に、絹を裂く様な‥? いや、雑巾を裂く様な? 男どもの悲鳴を聞いた‥気がする。
「‥これって、‥なんか俺たちが寧ろ悪役みたいじゃなかったか‥」
ザッカがため息をつく。
なんかセリフとかも、悪役っぽかったし、不法侵入と、拉致‥更に暴行‥になるのかな、氷漬けにするのは‥。あれ、ちゃんと溶けるのかな‥。あの辺り‥完全に氷結してたけど‥。何なら、今からワンシーズン位凍りっぱなしって感じだったけど‥。流石にあれはやりすぎじゃあ‥。
今回欠片も出番が無かったザッカは唖然として、何だかだ終始冷静だったシークがそんな心配をしている間に、コリンたち四人は雑誌社の事務所に無事に帰って来ていた。
「‥俺たち要らなかったな。剣すら抜かなかったぞ‥」
ザッカが苦虫を嚙み潰したような顔をして、剣を壁に立てかける。
剣を抜いてないどころか、一言も発してさえいない。
なあ。
と同意を求めてシークを見ると、シークは、アンバーを抱きかかえたコリンを見ていた。
‥ヤキモチか!?
と思って見ていると
「あの時、‥コリンは俺に誓約を執行してなかったんだな」
ぽつり、とコリンに呟いた。
「ええ」
コリンが苦笑いして頷く。
誓約されたから動けなかったんじゃない。
ただ、氷結で固められて、威圧されて動けなくなって、「誓約された」って勘違いした。
‥動けるようになれば逃げられたんだ。だけど、‥自分はしなかった。出来ないと思い込んで‥しなかった。
勘違いして、自分は動けないんだと思い込んだ。否、‥コリンに見惚れて動けなかったのかもしれない。
情けない。
「‥まあ、真っ当に暮らしてたら誓約士に会うことなんてないわけだから、‥誓約士に誓約されたって感覚が分からないのは、仕方ないと思うぞ。だから、‥誓約されたのかもって固まっちゃったとしても、別におかしいことじゃない」
アーバンがコリンの腕から抜け出して、パンパンと自分のローブに積もった埃を払いながら言った。
「っていっても、俺も初めてだったんだけどね。‥だけど、ホントにコリンって男なのか? 抱き締められた時、身体が柔らかかったし、いい匂いがしてて、なんかクラっときかけたぞ? 俺だから良かったものの、‥あんまり軽々しく男を抱き締めたりしない方がいいと思うぞ? 」
‥何柔らかさと香りを堪能してるんだ‥。
シークは、いらっとした。
‥イラっと?
‥いや、今はそんなこと言ってる場合か!? ってことだけだ‥。別にヤキモチとかじゃない。‥俺はそんなに狭量な男じゃない。それに、‥別に俺はコリンを恋愛対象として見てなんかいない。可愛いとは思うけど‥それだけだ。可愛いか可愛くないかって言われたら、そりゃ、可愛いさ。100人に聞いて120人が可愛いって言うだろうさ。(←聞いてない奴までが応えるレベルってこと)
‥なんにせよ、俺は‥不機嫌になったぞ!! ‥なに、ザッカさん生温い顔で見て来る!?
「いい香りなんてするわけないでしょ!! しかも、‥筋肉が無いとか言わないでください。どうせ僕は攻撃系魔法使いだから、鍛えてはいないですよ~だ!! 」
コリンが、べーとアンバーに「あかんべ」をする。
「いや、あれは‥鍛えてないとかどころじゃない‥。コリンってもしかして、ちょっと子豚ちゃんなんじゃない‥? 」
アンバーは、首をちょっと傾けると真顔で言った。
「むき~!! そんなことないもん!! 」
コリンは顔を真っ赤にして、激怒しながらアンバーをポカポカ殴る。
‥完全に子供の喧嘩だ。‥ガキだ。
それにしても‥アンバーは人を怒らせるのが得意の様だ。‥怒らせて、平静を失わせる。大概の相手には意味のない「手」だけど、‥案外コリンには有効ならしい技‥。
さっき、アンバーはコリンとの戦いの中で、この手を使って来た。コリンにとってこの手が有効だって即座に判断したってことだ‥。
つまり、アンバーは、頭脳型寄りの「攻撃系魔術士」だ。
魔術も高い様だし、度胸もある。人心操作術も多少持ち合わせているし、分析力もある頭脳系の攻撃型魔術士‥無敵じゃないか。
魔術士とファイター‥全く違う職種だ。だけど、その戦闘力には嫉妬せずにいられない。
‥にもかかわらず‥俺が嫉妬してるのは別の所だ。
‥こんな素直な顔したコリン、見たことが無い。自分にはコリンにこんな顔をさせることは出来ない。アンバーなんかより自分の方がコリンとの付き合いは長いのに‥。(しかも、俺なんかコリンに愛の告白をされてるんだぞ!? )
‥どんな表情も全部自分のものにしたいって‥どれだけだ。‥俺はそんなに‥
‥いつの間に俺は‥
シークが自分の狭量さに落ち込んでいるその間も、
「まあ、野良の魔術士と違って所属魔術士は、食うに困るってことはないからな~。そもそも、覚悟も違うか~。まあ、ぷよぷよでも生きていくのに問題はないわな! 悪い悪い! 」
「‥むかぁ~!! 人のこと苦労知らずで太った飼い猫みたいに言わないでよ!! 」
「みたい‥っていうか‥」
「なんだって~!? 」
アンバーとコリンはじゃれ合っている。(←コリンに言ったら怒るだろうが、シークにはそうにしか見えない。そして、ザッカにもそうにしか見えなかったらしい)
‥自分の知らないコリンの顔‥他の奴に見せてるのが嫌だとか‥俺は一体どうしたいんだ‥。
コリンの気持ちに‥結婚したいっていうコリンの気持ちにこたえる自信が無いくせに、‥俺は‥。
俯いて、シークは、「誠実さとは」について考えるのだった。
シークとザッカは思ったが、口にはしなかった。
今は勿論そんな場合じゃないし、‥初体験は今更‥だ。
コリンの使う魔術は‥コリンは本当にさりげなく使ってるけど‥一般の魔術士が使える様なものでは無い。魔術士ではないザッカたちにはその価値や、どれ程凄いのか‥ってことは正直分かりはしないけど、少なくともコリンの使う魔術は彼らが今まで見たことも無ければ、想像すらつかないものばかりなのだ。
そんなことが出来るはずないだろ? そんなわけないだろ?
が、冗談じゃなくって簡単に実現できる‥それがコリンなのだ。
‥コリンは全く総てが規格外なんだ。
だから、今更驚く‥とか、ない。
この頃では慣れたもので、ただ、「へえ、そういう魔術もあるんだ」って思うだけ。何なら、「こんなの出来るんじゃない? 」って提案したこと全部出来たっておかしくない位だ。
世の中は、‥そういった「まさかそんなことがあるもんか」ってことが本当にあったりする‥。
コリンを見ていたら、「ホントにそうだな」って思うんだ。
‥いやいや、そんなこと今はどうでもいいな。
ザッカは両頬を手の平でぱんっと叩くと、
‥じゃあ、気合を入れ直して‥
「では、お姫様奪還ならぬ、悪い魔術師の強奪に行くか! 」
声に出して言った。
「誰だお前らは! 」
突如現れた三人もの人間に敵は一気にざわついた。
なにせ、フードで顔を覆った如何にも魔術士な子供(背が小さいから大人には見えない)と、大剣を肩から背負った濃茶の短髪マッチョと、金髪でたれ目のちょい悪オヤジ風の帯剣したガチマッチョ‥という、目立つ三人組だ。
そんなのが、ここまで誰にも止められることもなく‥急に現れたんだ。そりゃ、驚愕の感情しかない。いや、何ならそれに加えて畏怖とかそんな感情も持ちうるだろう。
「‥戦闘型の魔術士‥! 」
ガチ込みってことで、今日のコリンは戦闘用の杖持参だ。ローブに戦闘用の杖を携え、今はさっきまで隠していた膨大な魔力を隠すことなく垂れ流している。
魔術士はその半端ない魔力に慄き一歩後退し、魔術士ってことで兵士も後退する。
そんな異様な事態に、牢屋を守る騎士たちが息をのんだのが分かった。
得体は知れない‥でも、‥見るからに魔術士が一番ひょろそうだ‥。
‥魔術士を狙うのが一番よさそうだ。‥なぁに先手必勝で、魔術を使われる前に、力でねじ伏せる‥そしたらあんなにひょろいの一撃だ。
‥それにしても‥
‥門番はどうしたんだ‥。もしかして‥既に声もなくやられた後‥か? 。こいつら、‥見た目以上に出来るってことだよな‥。
驚きとか、恐れとか。
兎に角、とてもじゃないけど無視できないような感情を持って、彼らは、突然の来訪者を囲んだ。
余裕な表情なんて咄嗟に用意できなかった彼らの、切羽詰まった‥むき出しの殺意。
シークには馴染みの、野生の魔物や肉食動物にも似た‥殺気。
お互いが、殺(や)らなきゃ殺られる‥っていう生々しいリアルの殺意。
その濃い殺意を一気に向けられ、ザッカは唾をのんで剣の柄に手をかけて身構え、コリンは高揚感を隠し切れず、思わず口の端に薄い笑いを浮かべた。
その中で、シークだけは、ふう、と一つ深呼吸をすると、呼吸と気持ちを落ち着けて、視線だけで周りの様子を観察した。
彼らは、隙なく全身に殺気を漲らせて自己防衛をはかりながら、相手の出方を見張っている。‥彼らの根本にあるのは、緊張と警戒。‥戦いに対する高揚感‥興奮を感じているわけではなさそうな‥いたって「まともな」人間の様だ。
‥そのことに少なからず安心する。(←つまり、シーク的にコリンはまともじゃない人間。不味いぞ! コリン、シークにニヤついてるの、気が付かれるな!? )
冷静だったのは、シークだけではない。アンバーもだった。
周囲が三人に気を取られ、周囲の意識がアンバーから離れる‥その瞬間を、アンバーは見逃さなかった。
‥今しかない!
アンバーが地面をけって、男たちや、三人組から走り去ろうとした瞬間、
「待て! 」
魔術士風のローブを着た子供がアンバーを呼び止めた。
ぴたり、とアンバーの足が止まった。
思わず、‥ではない。
まるで地面に縫い付けられたかのように、足が動かない。
周りも同様だったらしく、警戒した‥畏怖の表情でローブの子供を見ている。
今、この場で、体の自由が利くのは、ローブの子供只一人の様だ。
子供が、立ちはだかる壁の様な男たちから、一歩アンバーの前に出て、ふうっと大きく息をつくと
「誓約士コリン・コーナーです。アンバー・ラッセン。
すみません、誓約執行させていただきます」
澄んだ声で叫んだ。
決して大きな声ではない、だけど、その声はよく通り、湖の中心に石を落として、その波紋が周りに広がる様に‥周りに広がった。
コリンの威圧と氷結、である。
「コリン‥」
アンバーは目を見開いて、‥コリンを見た。
コリンが二コリ‥と笑ったらしいことが、ローブから辛うじて見える口元からみて取れた。
アンバーは、魔力を封印されている様で、魔力の気配‥ほんのわずかしか感じられない。あの量では、辛うじて、アンバーがいる‥ってことは分かる程度で、アンバー自身は魔法を使えないだろう。
でもまあ、魔力封じを行った者が、「その程度」の腕で良かった。確実に魔力を封じられていたら、コリンだとて分からなかっただろう。
部屋に魔力を封印する魔道具でも置かれているのか? と素早く視線だけで周りを見回したが、自分は変わらず魔法を使えてるし、敵にもちらほら魔法使いがいる‥。多分、アンバーだけに魔力封じの魔道具かなんかが使われているんだろう。
「なんでこんなところに誓約士が! 誰の許可を得てここに来たんだ! 」
依然、動けない周辺の男どもは、コリンに向かって叫んだ。コリンは、ふっと意地悪な笑いを浮かべて彼らを見た。
‥といっても、フードで隠れていてその表情は見えないのだが‥その口調と嘲笑で、「そんな顔してるんだろうな‥」と容易に想像できる‥
多分、虫けらを見る様な顔をしてるんだろう。
「誰の許可を得て」‥その通りである。コリンたちが不法侵入をしているのだ。だけど、そんなこと、コリンは気にしない。
‥気にするわけがない。
「ふ、脛に傷がある者は突然の来客に慌てなければいけないから大変ですね!
誓約執行、アーバン・ラッセン。
誓約内容、インタビューの受諾。
貴殿には、誓約士の権限により拒否権は認められません。
誓約期間は、インタビューの終了までとします。
アーバンの身柄は、只今より、誓約士・コリン・コーナーが預かります」
先ほどと同様に、凛と響く澄んだ声で、更に威圧と氷結の魔術を強め‥、誓約した。
「ふざけるな! 何勝手なことを! 」
依然動けない男たちが叫ぶ。
はは、
さもおかしそうに短く笑うと、口元に微かに笑いを浮かべ
「抵抗‥攻撃しても、無駄です。僕は貴方より上です。誓約士としても、‥魔術士としても! 」
そう言い捨てて、アンバーの腕を引っ張り、腕の中に抱き込むと、身に纏わせた魔術を一気に高めて周りを一気に凍らせると、他の二人を連れて高笑いと共に転移魔法で消えた。
‥消え切る前に、絹を裂く様な‥? いや、雑巾を裂く様な? 男どもの悲鳴を聞いた‥気がする。
「‥これって、‥なんか俺たちが寧ろ悪役みたいじゃなかったか‥」
ザッカがため息をつく。
なんかセリフとかも、悪役っぽかったし、不法侵入と、拉致‥更に暴行‥になるのかな、氷漬けにするのは‥。あれ、ちゃんと溶けるのかな‥。あの辺り‥完全に氷結してたけど‥。何なら、今からワンシーズン位凍りっぱなしって感じだったけど‥。流石にあれはやりすぎじゃあ‥。
今回欠片も出番が無かったザッカは唖然として、何だかだ終始冷静だったシークがそんな心配をしている間に、コリンたち四人は雑誌社の事務所に無事に帰って来ていた。
「‥俺たち要らなかったな。剣すら抜かなかったぞ‥」
ザッカが苦虫を嚙み潰したような顔をして、剣を壁に立てかける。
剣を抜いてないどころか、一言も発してさえいない。
なあ。
と同意を求めてシークを見ると、シークは、アンバーを抱きかかえたコリンを見ていた。
‥ヤキモチか!?
と思って見ていると
「あの時、‥コリンは俺に誓約を執行してなかったんだな」
ぽつり、とコリンに呟いた。
「ええ」
コリンが苦笑いして頷く。
誓約されたから動けなかったんじゃない。
ただ、氷結で固められて、威圧されて動けなくなって、「誓約された」って勘違いした。
‥動けるようになれば逃げられたんだ。だけど、‥自分はしなかった。出来ないと思い込んで‥しなかった。
勘違いして、自分は動けないんだと思い込んだ。否、‥コリンに見惚れて動けなかったのかもしれない。
情けない。
「‥まあ、真っ当に暮らしてたら誓約士に会うことなんてないわけだから、‥誓約士に誓約されたって感覚が分からないのは、仕方ないと思うぞ。だから、‥誓約されたのかもって固まっちゃったとしても、別におかしいことじゃない」
アーバンがコリンの腕から抜け出して、パンパンと自分のローブに積もった埃を払いながら言った。
「っていっても、俺も初めてだったんだけどね。‥だけど、ホントにコリンって男なのか? 抱き締められた時、身体が柔らかかったし、いい匂いがしてて、なんかクラっときかけたぞ? 俺だから良かったものの、‥あんまり軽々しく男を抱き締めたりしない方がいいと思うぞ? 」
‥何柔らかさと香りを堪能してるんだ‥。
シークは、いらっとした。
‥イラっと?
‥いや、今はそんなこと言ってる場合か!? ってことだけだ‥。別にヤキモチとかじゃない。‥俺はそんなに狭量な男じゃない。それに、‥別に俺はコリンを恋愛対象として見てなんかいない。可愛いとは思うけど‥それだけだ。可愛いか可愛くないかって言われたら、そりゃ、可愛いさ。100人に聞いて120人が可愛いって言うだろうさ。(←聞いてない奴までが応えるレベルってこと)
‥なんにせよ、俺は‥不機嫌になったぞ!! ‥なに、ザッカさん生温い顔で見て来る!?
「いい香りなんてするわけないでしょ!! しかも、‥筋肉が無いとか言わないでください。どうせ僕は攻撃系魔法使いだから、鍛えてはいないですよ~だ!! 」
コリンが、べーとアンバーに「あかんべ」をする。
「いや、あれは‥鍛えてないとかどころじゃない‥。コリンってもしかして、ちょっと子豚ちゃんなんじゃない‥? 」
アンバーは、首をちょっと傾けると真顔で言った。
「むき~!! そんなことないもん!! 」
コリンは顔を真っ赤にして、激怒しながらアンバーをポカポカ殴る。
‥完全に子供の喧嘩だ。‥ガキだ。
それにしても‥アンバーは人を怒らせるのが得意の様だ。‥怒らせて、平静を失わせる。大概の相手には意味のない「手」だけど、‥案外コリンには有効ならしい技‥。
さっき、アンバーはコリンとの戦いの中で、この手を使って来た。コリンにとってこの手が有効だって即座に判断したってことだ‥。
つまり、アンバーは、頭脳型寄りの「攻撃系魔術士」だ。
魔術も高い様だし、度胸もある。人心操作術も多少持ち合わせているし、分析力もある頭脳系の攻撃型魔術士‥無敵じゃないか。
魔術士とファイター‥全く違う職種だ。だけど、その戦闘力には嫉妬せずにいられない。
‥にもかかわらず‥俺が嫉妬してるのは別の所だ。
‥こんな素直な顔したコリン、見たことが無い。自分にはコリンにこんな顔をさせることは出来ない。アンバーなんかより自分の方がコリンとの付き合いは長いのに‥。(しかも、俺なんかコリンに愛の告白をされてるんだぞ!? )
‥どんな表情も全部自分のものにしたいって‥どれだけだ。‥俺はそんなに‥
‥いつの間に俺は‥
シークが自分の狭量さに落ち込んでいるその間も、
「まあ、野良の魔術士と違って所属魔術士は、食うに困るってことはないからな~。そもそも、覚悟も違うか~。まあ、ぷよぷよでも生きていくのに問題はないわな! 悪い悪い! 」
「‥むかぁ~!! 人のこと苦労知らずで太った飼い猫みたいに言わないでよ!! 」
「みたい‥っていうか‥」
「なんだって~!? 」
アンバーとコリンはじゃれ合っている。(←コリンに言ったら怒るだろうが、シークにはそうにしか見えない。そして、ザッカにもそうにしか見えなかったらしい)
‥自分の知らないコリンの顔‥他の奴に見せてるのが嫌だとか‥俺は一体どうしたいんだ‥。
コリンの気持ちに‥結婚したいっていうコリンの気持ちにこたえる自信が無いくせに、‥俺は‥。
俯いて、シークは、「誠実さとは」について考えるのだった。
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