この度、押しかけ女房に押し切られました。 ～押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした～

４．専門職と職業紋の話。

「‥とにかく、今俺は、依頼終了の報告をしにギルドに行かなければならないから、さっさとそのインタビューとやらを終わらせてほしいんだが」
　シーク的にはインタビューは、自分が断った地点で、「依頼未受託」で終わっているのだが、コリン的には聞くまで終わらないだろう。つまり‥、いつまでも自分はコリンの「誓約」の契約に縛られたまま‥ということになる。
　‥そんなのは、ごめんだ。
　だから、さっさと終わらせてしまいたい。
　シークがそのことを伝えると、
「じゃあ、僕もギルドに付いて行きたいです！　」
　頷いたコリンが「なら」と提案して来た。
　‥なんでだ。
　なんで「なら」で「じゃあ」なんだ？
　しかも、
　さっきまで真っ赤になっていたくせに、‥なんでこう押しがつよいんだ？
　「仕事」だから、か？　仕事とプライベートは別物ってタイプの人間か？！
　そういう姿勢、‥いつもなら、好ましいが、‥今はただ、迷惑でしかない。
「え‥行ってどうするんだ？　」
　あからさまに「嫌そうな」顔をするシークにも懲りず、コリンはにこりと微笑み
「僕、ギルドに登録します！　シークさんと一緒に依頼を受けたいです」
　シークの腕をぐいっと掴んできた。
　‥は？
「体験記事ってのもイイですよね！　そうだ。一緒に旅をしながら、インタビューさせてもらおう！　」
　うん！　
　その間ずっと一緒にいれるじゃないか！　我ながらグッドアイデアだ！
　一緒‥ってことは、野宿なんかも一緒ってことかあ。
　シークさんと一緒の寝袋に寝たりなんかして‥。狭いからくっついて寝るよね‥そしたら、いつしか二人のこころの距離も‥♡
　は！
　‥僕ってば、何を邪まな考えを‥そうじゃない。仕事仕事‥！
「（なんだ？？　コリンのさっきのニヤニヤは！？　）え！　それは‥　‥決定事項なのか！？　」
「決定事項です！　」

　‥その後、シークによる攻防戦が続いたわけだが‥

「あ、ここですね。すみませ～ん。僕、ギルドに登録したいのですが！　」
　結果は、‥こうだった。

　コリンは、勢いよくギルドに入って行った。
　中にいた者たちは、コリンに気付きさえしてないかのようだ。
　中は、いつも通りざわついている。
　情報交換、情報収集。パーティーメンバーへの勧誘‥。
　コリンの、特別大きくは無いがよく通る声は、そんな声にもかき消されなかった。
　実は、これも誓約士の特徴だ。
　いついかなる時でも、「誓約執行」の声が相手に聞こえないといけない。
　因みに、これはもとから‥というより、誓約士になるための職業訓練プログラムの一環なのだ。
「登録ですか？　僕は‥？　」
　受付にいた女性は。背が小さくて細身のコリンをちらりと見て、目をしばたたかせた。
　コリンの事をほんの子供だと思ったのだ。
　コリンは成人の証明であるタグを首にかけたまま受付の女性に見えるように提示した。
「失礼しました。‥貴方は、何ができますか？　」
　受付の女性はコリンに謝って「子ども扱い」ではない対応をした。
　タグは、子供が成人した際に、親から送られる。
　首から下げるのが一般的で、ドッグタグの様な‥名前が書かれただけの‥シンプルなプレートが多い。女性でも、金持ちなら材質が金やプラチナが使われることがある位の違いで、そう凝ったデザインのものを持つ者はいない。
　結婚したら、結婚相手からお揃いの物を送られるからだ。
　その分は、既婚者であることをアピールするためにちょっと凝ったデザインのものがつくったりする。
　つまり、凝ったデザインのタグを未婚者がつけていると既婚者と間違われて、恋愛の対象にされないことがある‥ということだ。だから、親はシンプルなデザインのタグを送るのだが、中には子供を嫁に出したくない男親が、凝ったデザインのタグを娘に持たせて虫よけにすることもある。
　因みにコリンのタグは既に成人済みの他の兄弟同様、名前だけの、ほんのシンプルなタグだ。
「魔術です。僕、魔術の職業紋あります！　」
「どこですか？　あ、見せたくない場所だったら‥その、別室で同性の職員が拝見させていただきますが‥男の子‥なんですよね？　今日は、男性の職員もおりますし‥」
　時々、お尻だとか、そういう普段隠れてる場所に職業紋が出る者もいるのだ。そういう時の確認の為に、男女両方の職員が大概は常駐する様になっている。
　冒険者は、別段職業紋の提示が必要な職種でもないので、そういう確認はそれで済む。
　だけど、提示が必要となる職種となると困る。職業紋を見せる代わりに、「職業紋がこの人はある」という証明を別にしなければならない。その証明書の発行は、専門機関が行うことになっている。
「あ、‥えと、僕は、直ぐ出せます」
　ぺらっと腹をめくって職業紋を見せたコリンに、受付の女性職員は真っ赤になった。
　真っ白のきめ細かい肌に、大輪の花の咲く様な職業紋。赤い魔術紋だ。
　見るからにしっとりとした真っ白で綺麗な肌に真っ赤な魔術紋。その艶めかしさは、目に‥残像として残る程‥鮮明に残った。
　ギルド内がざわついて、後ろに立っていたシークが慌ててコリンの腹をしまわせる。
「あ、あの‥分かりました。確認させて頂きました。その、‥では、ギルドカードを発行しますね」
　真っ赤になった女性職員が慌ててカウンターの向こうに消えていった。

　‥魔術紋。コリンは二つの職紋持ちか‥。

　コリンには、魔術士と誓約士の職スキルがあり、そのどちらもが、職業紋として現れていた。
　誓約の職業紋は左腕の上腕。魔術の職業紋はお腹の‥臍の右下にあった。
　職業紋付きは、職に就くうえで優遇されるし、また、職に就いても信用されやすかった。
　冒険者には、特に職業紋は必要は無いが、職業紋付きの者はやはり、優遇される。
　シークは腕のいい剣士だが、職業紋持ちだからランクアップが速かった‥というのも、否定はできない。‥そもそも、才能があるから職業紋持ちになるのだから、それは当たり前だろう。
　冒険者になる職業紋持ちは、騎士紋、剣士紋、魔術紋等の職業紋持ちが多いが、中には、赤い医療紋を持つ者もいた。
　赤い医療紋は、医療型の神官紋である。
　神官紋の進化系には、青い聖女紋と、赤い医療紋（メスを使用する医療行為は専門ではなく、魔法によるヒーリングを専門とするヒーラー）と、青い医療紋（メスを使用する医療行為を専門とする、所謂医者）と、青い誓約紋があった。
　青い医療紋を持つ者は、そういないが、赤い医療紋を持つ者は、割と存在する。
　大概は、診療所や医療院に勤めるのだが、こうして冒険者となって、ヒーラーとしてパーティーに入る者もいた。
　赤い医療紋の準医師は、医者に違いないが、自分の病院を持つことが出来ない。自分の病院を持つことが出来るのは、青い医療紋の医者だけなのだ。
　このように、職業によっては、職紋が「あれば就職に有利」というものと「なければ就職できない」という職業があった。
　無ければならない‥という職業紋は、青い。青い医療紋と、聖女紋、誓約紋、そして、騎士紋だ。
　つまり、専門職は青、ってわけだ。

　所謂、専門職といった、命に係わる「医療紋」と、人の信仰や、マインドを左右し得る「神官紋」と「誓約紋」。実は、これは、元々同じ紋‥「魔術紋」からの派出だ。
　魔術紋は進化もする紋である。
　生まれた時、「魔術紋」だったそれが、その後の修行や、その者の思考により「神官紋」に進化するのである。稀に、‥時には、「騎士紋」にも変化するが、それは本当に稀だ。
　神官紋は、更に医療紋や誓約紋に進化することもあるが、これも、稀でずっと神官紋のままの者の方が多い。
　いずれの場合も、進化することによって元の「魔術紋」は消える‥はずなのだが、コリンには、臍の右下に新たに魔術紋が「出て来た」。
　それは、確かに珍しいのだが、しかしながらないこともない。
　本人の努力により、職紋を進化させたのだが、本人には他にも職業として適性がある、といったところだろう。
　過去には、魔術紋が出た娘を神官にしようと神殿に預けたが、娘が神殿での医療行為に強い関心を持つようになり、修行により「医療紋」を得たというケースがあった。同時に彼女は、神官としての修行も真面目に受けていたので、成人時に、「聖女紋」も新たに得、「医療紋」と「聖女紋」の二つの職紋持ちになった。
　もし、彼女の医療紋が赤であれば‥二つを兼任することは可能な職である。寧ろ、聖女が治療に携わってくれるなんて、なんともありがたい‥と世間は思うだろう。
　だけど、彼女の医療紋は青だった。
　助けられる人を助けたい。
　彼女の崇高な志と、優しい性格はまさに聖女の気質だった。
　そして、助けたい‥という彼女の想いは、魔術紋を医療紋に進化させた。
　医療紋を得たことにより、彼女が学んだのは医学だった。ヒーリングによる「治癒」ではなく医学による「治療」。師匠について医学について学ぶうち、彼女の医療紋は、治癒の赤から治療の青へとさらに進化し、そして、同時に聖女紋も現れた。
　聖女と医師の資格。彼女の中で、それは並行して出来る職業だった。
　だけど、「聖女紋」を持つ者は、刃物の使用が制限されているので、メス等を使用した医療行為が出来ない。その理由は、聖女っていうのは、神聖であるってイメージがあるからだという。
　刃物は少なからず「殺傷」を連想させる。
　つまり、神聖な聖女様と殺傷は最も遠いところにある‥っていうのが「世間のイメージ」ってやつなんだろう。
　だから、聖女様は料理はおろか、食事の際にナイフすら使えない。
　だけどそもそも、神官っていうのは肉や魚を食することがないので、食事の際にナイフは必要ない（とされている）
　さて、彼女の場合だが、
「メスを使えないで何が医療者ですか。手をかざすだけの治癒しか出来ない聖女では、私は嫌です」
　と言って、聖女紋を封印して、医療者となった。
　二つ職紋の反する性質の為、職業が限定されることは、このように時々ある。
　神殿に職業訓練に預けられた娘に料理の職紋もあり、聖女と料理の職業紋が成人時に現れたのも‥さっきの医者志願の娘と同じパターンだろう。
　併用が出来ない職業紋だから、どちらか一方を封印する。
　併用が出来るのであれば、どちらも残しておいても良い。
　そもそもが、ふたつ出ることの方が少ない。無いこともないが、少ない。
　人によっては、職業紋が全くでないこともある。
　平民には、まあ殆ど全くといっていいほど、でない。
　それ程貴重な物なので、平民の家の子供に職業紋持ちが産まれた場合、貴族等の金持ちに身売りさせる‥養子に出すことが多い。そして、そういう子供の養子を斡旋する公的な機関もある。
　実際、職業紋を良く知らない者には、職業紋持ちの扱い方が分からないのだ。
　その為、養子の斡旋と並行して行われたのが、専門教育の場の提供である。
　例えば、魔術紋の場合だったら、それは神殿だ。
　生れた子供に魔術紋が出た場合、‥平民の両親では「魔術紋の育て方」が分からない。だから、殆どの親が、子供を神殿に預ける。神殿なら、神官なり誓約士なりに職業紋を進化させてくれると信頼しているからである。
　コリンも全くそのパターンだった。

「出来ましたよ。魔術士のギルドカードです」
　受付嬢がコリンにギルドカードを手渡す。
「ありがとうございます！　」
　コリンが、笑顔でそれを受け取る。
　笑顔で‥といっても、目深にローブを羽織っているので、顔は見えない。辛うじて、白い肌と、口元が見える位、である。
　‥女の子か、男の子か。
　パッと見ただけでは、それすら分からない。ただ、シミ一つない真っ白でキレイな肌の様子から、年齢はそういっていないようにみえる、だけ。
　説明を受けて、代金を払うと
「ソロでの活動が可能か、試験を受けられますか？　」
　受付嬢がコリンに聞いてきた。
　目の前のお子様に‥ソロでの資格があるとは思っていない。あくまでも、「聞くのが決まり」だから聞いた、にすぎない。
　ソロでの活動。
　そのまま、ソロで冒険者をする‥だけの事なのだが、この国では、ソロでの実力を確認する試験で合格しないとソロでの魔獣討伐の依頼が受けられない。だから、冒険者になりたての者は、師事するという形を含め、誰かパーティーを組まないとならない。冒険者の命を守るというこの制度は、しかしながら人間関係を煩わしく思うタイプには、‥凄く迷惑な制度なんだ。
「いいえ！　僕、ソロで活動はしないです。シークさんとペアで行動します！　」
　コリンは明るい声を出した。
　周りの人にも聞こえるように宣言して、言質とっとこうって感じなんだ。
　証人は一人でも多い方がいい、って。
「シークさんとですか？　」
　驚いた受付の女性が、コリンの後ろに立っているシークに目で確認する。
　シークは苦笑して、頷く。
　‥この場で否定したら、面倒なことになる。

　さっきの、コリンの魔力量、魔術の技術‥そして、体力。
　一気に放出する魔力は大きくても、そう長い時間「もたない」者が殆どなのに、さっきコリンは随分長い時間シークを魔術で拘束していた。それは、それほど魔力と体力があるということだ。まさに見かけによらず‥といったところだった。
　そして、驚いたことに、コリンは魔力が多いものにありがちな、「力任せタイプ」ではない。表情筋以外を固めるといった、魔術の繊細さ‥。これは相当な技術を要するだろう。コリンは自分の職業を「誓約士」で登録しているので、魔術士としてのランクは神殿で調べていないが、調べたならば、間違いなく、最高峰の魔術士と認められるだろう。
　魔力量や技術だけなら、ソロでの活動は可能だろうが、冒険者っていうのは、それだけじゃ出来ない。
　なんだかんだと言って、面倒見のいい兄貴なシークには、色々と危なっかしいコリンをソロで活動させる選択肢なんて、無いのだった。