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想い  1

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海に向かう前に俺は日課にしているウォーキングを先に済ますことした。

コテージから道の駅に向かう外周道路を歩く。

そこそこのアップダウンがあり、あっという間に俺の体から汗が吹き出す。

膝の怪我の影響で、まだ走る事は出来なかった。

以前のようにサッカーグラウンドを全力で駆け抜けるようになるまで、どれくらい時間が掛かるのだろう。

場合によっては受験終了後に左膝靭帯の再建手術をするかもしれなかった。



それでも3キロ程の周回道路を30分くらいででバンガローの管理室前まで戻ってきた。

体力的には以前と比べてそんなに落ちてはいない。



汗をかいた為に喉の渇きを覚えた俺は、管理室前にあった自販機でドリンクを買おうとしていた。

思案の結果、麦茶を選んでボタンを押す。やっぱ夏は冷えた麦茶でしょ。

「ガコンッ」と音を立て取り出し口に商品が転がってきた。

しゃがんでドリンクを取り出そうとした時に、誰かがこちら側に歩いてくる足音が聞こえてきた。

足音の主が外灯の下に差し掛かり、姿が確認できた。

柏本夏向かしもと かなただった。



しゃがんていた為か、俺には気づいていないようでそのまま海側へと通り過ぎて行く。

普段の俺ならそのまま声を掛けたりはしないんだろうけど、この時俺はしゃがみこんだままで柏本に声を掛けていた。



「おーい!柏本!」

「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

飛び上がりながら、悲鳴に近い大きな声を柏本はあげた。俺が呼びかけた声より遥かに大声だった。

反応が予想外過ぎて、俺は大笑いしてしまった。

「あははは。なんつう声を出すんよ」

「え?誰なん?」

ゆっくりと、しかも恐る恐るって感じでこっちを振り返り、俺の顔を繁々と見ている。

暗さに慣れたのか、ようやく俺と認識出来たようだ。

「え?えええ?さっ佐藤君?」

「そうよ、こんな夜中に何してんの?」

薄暗い中でも顔が紅潮しているのがわかった。目には少し涙も溜まっているように見えた。

どんだけ驚いたんだよ。

「顧問を探すついでに散歩しようと思ったんやけど、思ってたより外が暗くて…急に声が聞こえたけん、ほんまにびっくりした…」

「柏本の叫び声でこっちが逆にびっくりしたわ。先生ならおる場所知っとるよ」

「怖いのほんま苦手やけん…ほんまに?みんな探しよんやけど…」

「うちのコテージで兄貴と呑んでるよ。」

「そうなんね!よかったらコテージの場所教えてくれん?うち見に行くけん」

「それやったら俺が案内するわ。その方が早いやん」



ウォーキング前に自販機の横に置いておいた釣り道具を抱えて立ち上がった。

よく考えたら俺、不用心な事をしてんな。

まあ世の中悪い人ばかりじゃないはずだ。



「こっちやで」

俺があるきだすと小走りに柏本が駆け寄ってきて、俺の右側に並んだ。

そして一度俺の方を見てうれしそうに歩き出した。



「佐藤君、聞いていい?」

「うん?。いいけど何?」

「そのさ、どうして佐藤君のお兄さんと顧問が一緒に呑んでるん?全然知り合いっぽくはなかったんやけど」

もっともな疑問だった。どう答えたらいいんだろう。

「えーっと簡単に説明すると、先生が兄貴のファンみたいで、んで先生の方から誘ってきたっぽいんよね。さっきのバーベキューが終わったあとしばらくしてコテージまで来たんよな」

説明しながら柏本の顔を見た。懸命に理解しようと努力しているようだった。

「要するに、顧問が佐藤君のお兄さんを訪ねてコテージにいるってことだよね?」

「うん、間違いではないな!」



どうやら半分は伝わったようだった。と同時にコテージに到着した。

玄関を開けるともう二人の声が聞こえてきた。靴を脱ぎ捨ててリビングに向かう。

「先生おる~?」

「幸太、もう釣れたのか!」

少し顔が赤くなっているゆき兄がソファーに座っていた。

「まだ海に行ってねーよ。それより先生は?」

「今トイレに行ったよ」



しばらくすると水が流れる音がして、トイレの扉が開いた。

「おお~そこにいるのは優等生の幸太君じゃないか~」

白地あからさまに酔っ払った威厳の感じられない数学教師が現れた。

酒臭い……あれからも相当呑んでいたようだ。



「先生、柏本が探してたから連れてきたで」

「え?柏本さん来てるのか」

先生よりも先にゆき兄が反応した。

「幸太、あがってもらえよ」

玄関口にいる柏本の方をリビングから顔を出して見る。

俺は笑顔で首を少し傾げて合図した。



「お邪魔します!」

割と大きな声で柏本は挨拶をして上がってきた。

「夜遅くにすみません」

ぴょこんとお辞儀をして柏本はゆき兄に声を掛ける。

「全然構わないよ。こちらこそ遅くまで先生を引き止めて迷惑を掛けてしまったかな」

「どうしたね柏本君、何かあったのかね?」

俺の様子から緊急の要件では無いことはわかっていたのだろう。

少しおどけた感じで先生は柏本に話しかけた。

完全に酔っ払った森本先生はソファーに戻り、ニコニコ笑っている。

いつも仏頂面で、あまり感情を表に出さない学校でのイメージとは大違いだ。



「何人かはもう課題作品の選定が決まったので先生に提出する段階になったんですが」

「じゃあUSBに入れて…」

「もう入れてあります」

「と、いうことは…」

「先生待ちの状態です」

それと聞くと、森本先生はがっくりと肩を落とした。そして大きくため息をした。

「お兄さん、楽しい時間が今終わりを告げました。今日は本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ有意義な時間を過ごせました。是非またゆっくりと呑みましょう」

森本先生が立ち上がる。が、かなりふらついている。

「先生、危ねーわ」

後ろから俺は先生を支える。

「大丈夫大丈夫!これくらい余裕だし!」

ものすごい大きな声で先生は話す。やっぱ酔ってるなこれは。

ふらつきながらなんとか玄関まで先生は辿り着いた。

そして裸足のまま玄関から出ようとする。

「先生、あの靴を…」

柏本が少し引き気味に先生に知らせる。

「おお、柏本さすがによく気がつくな」



いや、誰でも気づくだろう。これは少しやばい状態なのかもしれない。

俺はゆき兄の方を見た。ゆき兄は笑いながら頷く。

「じゃあ、二人を送ってくるわ。んでそのまま行ってくる」

「頼むわ、幸太。俺も結構酔ったから先に休んでおくわ。お前の事だから大丈夫だろうけど、一応夜の海は気をつけてな」

「了解よ、んじゃ行ってくるな」

俺は先生の左側を、柏本は先生の右側をそれぞれ支えてコテージを出た。

「先生は酔ってないんだぞ~!」

無駄に上機嫌の先生を引きずるように、俺達は写真部の宿舎を目指した。



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