レベルが上がらない転生者は、魔法学校を卒業出来ない

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第31話 赤い刺客と英雄たちの輪舞④

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「おいおい、化け物か、ありゃあ……」

 ヒュウマが両手に炎と氷結の魔法剣を発動させたまま、額に汗を浮かべている。

「間違いなく化け物だろうな。フェアリナの臨界魔法を1歩も動かずに耐えたんだから」

 ――強い。

 恐ろしいまでに。仮にフェアリナが本気を出していなかったにしても、超級魔法を超えるあの臨界魔法だ。それを着衣も乱さずに、七魔帝セトは耐えたことになる。

 ゾクリとするカナデ。この感覚はあのグワナダイル以来だ。カナデ自身が死の世界に近い感覚。1つミスをすれば、あっという間にあの世行きだろう。

「まさか、セトって、無敵なわけないわよね?」

 ユリイナは、赤い司祭服の年配男性を眺め、呆然としている。フェアリナの魔法の威力がわかっているからだろう。だからこそ、それを受けきったセトの強さを理解していたのだ。

「わからない。だけど、手を出した以上、最早、止まることは出来ない。行くぞ、みんな!」

 カナデは無鉄砲にも、セトに突っ込もうとした。しかし、ヒュウマがカナデの腕をすぐに掴んだ。

「行くって、あの化け物のところにかよ?」

「ああ、みんなで一点集中すれば、もしかしたらダメージを与えられるかもしれない」

「ダメージって、さっきのを見ただろ? あいつは俺らの攻撃でも、きっとノーダメージだ。カナデ、早まるな」

「いいや、どの道、すぐにこっちを攻撃してくるだろう? なら先に攻撃するしかないじゃないか」

 今彼らが待ってくれているだけでも奇跡だ。いや、何か思惑があるのかもしれないが、この機会を逃さない手はないと、カナデの気は逸った。カナデとヒュウマのやりとりを見てだろう。ユリイナが呆れたように、大きく溜め息をつく。

「待ちなさい。あなたたちは、敵と戦う前に、まず相手を冷静に分析しようとは思わないのかしら? 仮にも世界で最強レベルの敵よ? 戦うしか方法がないのなら、せめて勝利の可能性が高い手段を選ぶのが、兵法じゃないの?」

 ユイリナからのきつい一言。カナデはそれには従うしかなかった。

「……おっしゃる通りです」

「さ、流石、ユリイナだな。俺らより、頭が冴えてるぜ。この調子であいつらの弱点も見つけてくれたらありがたいんだけどな」

「全く、これだから男の子は……」

 ブツブツ呟きながらも、ユリイナはセトとその残った取り巻きについて、分析をしてくれる。

「取り巻きの10人はレベル30台で私たちとそう変わらないわね。攻撃魔法よりも回復や補助専門といったところかしら。普通に戦っても、十分勝機はあると思う」

 ――なるほど。

 安心するカナデ。これで取り巻きまで圧倒的な強さだったら、ヒュウマやユリイナを守り抜く自信はない。

「肝心のセトの方だけど……ステータス透視無効のガードがかかっているから、ちょっと待って……」

 ユリイナが片目を閉じ、セトに魔法のステッキを翳す。

「えっ……嘘でしょう?! こんなことってある? こんなにも私たちとレベルの差があるの? ありえないし、意味がわからないわ」

 顔面蒼白し、ユリイナの身体はそのまま怯えたように震えてしまう。彼女の目にあった光は、一瞬で陰ってしまった。それほどまでに彼女は、セトの強さに自信を喪失してしまったのだろう。

「ユリイナ、セトのレベルはどれくらいなんだ? 50か60か?」

 カナデはまだ魔法分析のスキルが高くないため、セトのレベルを直視することは出来ない。それはヒュウマも同じであるようだ。

……。冗談じゃないわ。魔法大学出のエリートだって、レベル4、50台が良いとこなのに。七魔帝って何よ? 住んでる世界が違いすぎる……」

 ――そこまでのレベルか。

 レベル91とは、グワナダイルよりも、遥かに高い。カナデのレベルが、仮に1周回って99を超えたくらいだとすると、大して差がないことになる。それはつまり――。

 ことを意味する。

 カナデは冷や汗をかいてしまう。心の隅にあった絶対的な余裕が、今完全に打ち砕かれようとしている。

 ――守れるのか?

 ヒュウマを、ユリイナを、そしてフェアリナを。あんな化け物が少なくともまだ他に6人はいるのに。

「あれれ、カナデ君、怖じ気づいたの?」

 フェアリナが不安げにカナデの顔を覗き込んでくる。いや、むしろ不安になったのはカナデのほうなのに。

「戦えば、無傷じゃあ済まないなって。せめて、傷を負うだけで済めばいいんだけど」

 カナデの言葉に、ヒュウマやユリイナさえ俯いてしまう。ただでは済まない。それは戦う前から確定していることだったから。

「大丈夫だよ。カナデ君は、この世界で1番強いんだから、ねっ?」

 さっきまではカナデもそう思っていた。しかし、目の前のセトの力を垣間見ると、そしてユリイナから告げられたレベルを目の当たりにすると、カナデを構成していた自信は、いともたやすく崩れ去るのだった。足元の階段なんて、最初から砂で出来ていたかののように……。

「守れるのかな。僕に、みんなを」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと守れるよ」

 楽観的なフェアリナ。どうして彼女は、こんなに笑顔なのだろう。どうしてこんな時に鼻歌なんて歌えるのだろう。こんなにも危機的な状況なのに。

「じゃあね、私が秘密のおまじないの言葉教えてあげる。これできっと元気になるよ?」

 ――秘密のおまじない?

「どんなおまじないなんだ?」

 カナデは息を飲む。もし、本当にそんな都合の良いおまじないがあるのなら、カナデは催眠にかかりたい。その魔法の言葉を信じたい。

 フェアリナの口がゆっくり動く。カナデの目をまっすぐに見て。そしてそのおまじないの言葉が語られた。

ティオル・ロゼアーニャ朝までニャンニャン!」

 ――えっ。

「ははっ……」

 ――朝まで。

「ははははっ……」

 ――ニャンニャンか。

 カナデはその場で爆笑してしまう。空気を読まずに高らかに笑い声を上げてしまう。馬鹿らしくて、向こう見ずで、ただ今だけを考えていて。そんなフェアリナの言葉だからこそ、カナデの心に直に響いたのだ。

 ――そうだ。

 まだ何も始まっていないのに、カナデは何を考えていたのだ。まだ何も達成していないのに、何を臆していたのだ。そう、カナデはまだこの世界にきて、1度もニャンニャンしていないじゃないか! そんな理由でと言われるかもしれないけれど、そういうきっかけだけで人は変わることが出来る。

 カナデを包んでいた赤い霧はようやく晴れた。もしかしたら、これも彼らの精神攻撃だったのかもしれない。

 でも、もう負けない。もう迷わない。カナデには、カナデを信じてくれる人がいるのだから。

「ヒュウマ、ユリイナ。聞いてくれ」

「何よ?」

「いいぜ、やっぱり逃げようってことだな?」

 「いや」と首を横に振るカナデ。カナデの表情に、最早迷いはなかった。

「セトは僕に任せてくれ。だから、フェアリナと3人で、取り巻きの相手をお願い出来ないか?」

 カナデの言葉に、ヒュウマは真顔になる。

「馬鹿かてめえは? あの化け物を1人で相手するって言うのか? 出来るわけねえだろ?」

「ああ、今のお前たちじゃあ、殺される。だが、僕ならあいつを倒すことが出来る。あいつを倒せるのは、この僕しかいないんだ」

「はあ? てめえ頭お花畑になったか? 恐怖に気でも狂ったか?」

「エヘッ、ヒュウマ君、それ私がよくカナデ君に言われる言葉だよ。だから、カナデ君も一緒だねー」

「って、おい! それはフェアリナだけだ」

 追い詰められた中にも、みんなに不思議と笑みが浮かぶ。フェアリナの女神的な天然に、また助けられたとカナデは思った。

「フェアリナみたいに真顔で冗談言えたらいいんだが、今の僕にはそんな余裕はない。それはセトを見たらわかるだろ?」

 動かなくとも、その強さはオーラでわかる。この重い空気で伝わる。

「まあな。でも、何か勝算があるのか? じゃねえと、犬死するだけだぞ? そもそもてめえはレベル1なんだから」

「そうよ。いくら強いとはいっても、レベル1なのよ?」

 2人して痛いところをついてくる。そう、確かにカナデのレベルは1だ。敵だけじゃなく、仲間だってそう思っている。でも、だからこそ、セトはカナデを侮るだろう。つけ入る隙はそこ。そこを一気にカナデは叩く。

「大丈夫。レベル以外も1だから」

「なんじゃそりゃ……」

 2人にドヤ顔をきめたカナデは、赤い狂気の視線を浴びながら、ゆっくりと霧の晴れた広場に向かう。広場ではセトが待ちくたびれたように、欠伸をしていた。

「仲間に、ちゃんとお別れは言えたか? 小僧」

 茶色い皮膚。脳の模型のように皺が刻まれた顔から、痺れるような低い声で言葉が発せられる。

「生憎、照れ屋なんで、ちょっと老人と遊んでくるとしか言えなかったよ」

「小童が」

 深い皺が更に深く刻まれる。喧嘩を売るには、我ながら上等な台詞だったと、カナデは口元を緩める。

 さあ、これで後戻りは出来ない。自らを追い込んだカナデは、黒く染まった木製のナイフを握り締め、七魔帝のセトと対峙したのだった。

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