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第28話 赤い刺客と英雄たちの輪舞①

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 カナデと運動を繰り返したからだろうか、少年ダンは数日休んでは学校に出てくるということを繰り返していた。体力のほうもそう簡単にはつかないようで、カナデと一緒に走る距離や速度は、そう大して伸びてはいなかった。そして今も、彼は魔法科病院に入院しているとのことだ。

 ――大丈夫かな。

 心配していると、クラスの子たちが、いつものことだから大丈夫と教えてくれた。彼が入学して2年もの間、ずっと3割くらいしか授業に参加出来ていないらしい。そう言われても、病気を抱えている人の気持ちや症状はわからないものだ。そしていつそれが悪化するのかも……。

 今日は朝から学校が騒々しい。月に一度の執行部の定例会があるらしい。ユリイナとヒュウマも、朝から忙しそうにその準備に追われていた。

「定例会って何だろう?」

 カナデの質問には、今日も長い黒髪が綺麗な、教官のミリアが答えてくれる。

「執行部の定例会は、学校の運営そのものに関わる重要な会議よ。学校内の問題点の改善策を講じたり、交流のある他校とのやりとりや内情が公開されたり、対他校や反組織に対抗する手段や具体的な策を練ったり、学校を良くするためのことは、全部やっている感じね。まあ、ほとんどは、有能な委員長が指示を出しているみたいだけれど」

 有能な委員長? そういえばまだ見たことがない。一体とんな人物なのだろう。

「だから、今日は珍しく来てるんじゃないかな。委員長のカミュ君が」

「珍しくってどういうことですか、ミリア先生」

「あら、知らないの? 彼は優秀過ぎて、あの歳で魔法大学にも通っているから、ラファエリア自体には半分くらいしか来ていないのよ」

 それでも委員長を任せられているのか。かなり腕の立つ人間なのだろう。カナデは早くカミュに会ってみたいと思った。

 カナデの希望は、思いのほか、早い段階に叶えられた。何故なら、再び、この聖ラファエリア魔法学校が、何者かに襲撃されたからだ。

「敵はどのくらいの数?」

「おそらく100。どこの学校か組織かは今のところ不明です」

 あちこちで聞こえる不安混じりの声。先日の影魔導士はわずか3人だった。それが100人だとは桁が違いすぎる。

「でも、どうして今日?」

「わからない。定例会があるから、そこで主力を潰そうとしているのかもしれない」

 定例会で主力を潰す? 確かに今なら執行委員長のカミュも登校し、その他の主要メンバーも集まっていることだろう。そこを潰すことが出来れば、少なくともラファエリアの生徒たちに反撃の力はなくなるかもしれない。

 校門の側までいくと、Aクラスの面々が40人ほど集まり、臨戦態勢が取られていた。そして校門の外、ラファエリアの魔法障壁が届かない場所に、一人、薄いエメラルドグリーンの髪の長い男性が立っている。涼しげな赤い瞳。すらっとした体躯に甘いマスクは、女性受け抜群だろう。身体から溢れ出る圧倒的な魔力《マナ》が、彼の存在を周囲に知らしめていた。彼こそが、執行委員長カミュその人だった。

 敵のマナが蠢く森をバックに、カミュが声を上げる。

「ライネル、シイナ、ミュゼは左から旋回。ユリイナ、ヒュウマ、セクレトは右から旋回。側面から強襲、撃破後、本体と合流。敵は100となかなかの数だ。一人一人がAクラス以上の敵と思え。敗北は我が校の終わりを意味する。必ず守り抜く!」

 凛とした声。それが周囲のものたちの士気を高める。風に靡く長い髪や白い肌が、女性をも思わす。しかし、その毅然とした態度は、ファンタジー世界の英雄の男子そのものだ。

 力強い声で次々とカミュから出される指示に、周りからは歓喜の声とともに、黄色い声援が沸き起こる。隣にいるフェアリナも目がハートになっている。

「って、お前。Aクラスなのに戦闘に参加しなくて良かったのか?」

「エヘッ。私はまだ入りたてだから先輩たちが見てろって。だから私カミュ先輩を見てる……じゅるっ」

 良い格好をしたかっただけじゃないだろうか。フェアリナがいれば、随分と戦闘が楽になるだろうに……。でも、彼女を危ない目に遭わせるわけにはいかない。そういう意味では、カナデは胸を撫でおろすのだった。

 ――って、じゅるって何だ?

 つっこもうかとカナデがフェアリナを見た時には、彼女の視線はすでに他の場所に向いていた。そう、戦闘が始まったのだ。

 本格的な戦いが始まると、カミュは目を閉じ、指を指し示しながら男らしく声を荒らげる。彼には、森全体の動きが見えているのかもしれない。まるで盤上ですべての動きを確認し、的確な指示を出しているかのように……。

「僕たちは戦わないでいいのかな? こちらが40に対して、相手は100人なんだろう?」

 それにはダイエット成功者ユリが、大袈裟に首を左右に振りながら答えてくれる。

「Dクラスの私たちが敵と戦うだなんて、とんでもないですよ。相手が送り込んでいるのは、私たちのような魔法学校の中でも選抜されたメンバーですよ。私たちレベルの魔法使いが参加したって、相手に一瞬でやられ捕獲されて、人質になって逆にみなさんに迷惑をかけるだけなのです」

 なるほど。確かにそうかもしれない。それに味方の数が多くなれば、最早戦術など意味をなさないだろうし。それにしても、そんな相手が100人とは、流石のAクラスのメンバーでもきつくはないだろうか。相手がAクラスと同等レベルの魔法使いであるならば、なおさらだ。見方によってはこちらが圧倒的に不利な状況とも考えられる。そして、カナデの読みは悪いほうに当たった。

「Bクラスの攻撃部隊。いつでもいけるように準備しておけ」

 戦況が芳しくないのだろうか。カミュが突如校門を振り返り、指示を出す。Bクラスのメンバーたちは、待ってたかのように昂った気持ちを、声にして上げる。Aクラスのユリイナやヒュウマと比較しても、彼が劣っているようには決して見えなかった。そのあたりは、流石、エリート学校ラファエリアといったところか。カナデも念のため、準備運動をし始めた。魔法の授業ばかりで、身体が鈍っていると感じたからだ。

「はははっ、何いきってんだか。心配しなくても、お前らの出番はねえよ。そもそもDクラスごときの出る幕はねえ。残りの敵ぜーんぶこのドイル様が退治してくれるわ」

 隣にいたガタイのいい角刈り男性が、カナデを見て大袈裟に笑い始めた。それを見て、大人っぽいゆるふわパーマの女性が、カナデたちに微笑みかけてきた。

「ごめんね。これでも彼なりにあなたたちを安心させようとしてくれてるのよ? 安心して、後は私たちが食い止めるから」

 ニコッした笑みに、カナデの心は撃ち抜かれた。一時的にだけかもしれないけれど。

「お名前は?」

「初めまして、リリアです。よろしくね、ボルド先生ののカナデ君」

 可愛い顔とは裏腹に、彼女はカナデへの精神攻撃を使ってきた。彼女への恋が一瞬で醒めたのは言うまでもない。







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