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第二幕 4場 はぐれ勇者と商人の町
第24話 人身売買
しおりを挟む 黒装束姿のカリンは、俺にはどう見ても男にしか見えなかった。そりゃあ、体つきが華奢な感じがしたり、声が細くて高めなトーンなことは気にはなっていたのだが……
「ふえぇぇぇー」
1階の大衆食堂のテーブルに突っ伏し、カリンが泣き出した。するとアリシアとフォクスがなだめる。シャワー室での騒動以来、こんな状態がずっと続いているのだ。
「ユーマ殿。本当にカリンが女と気付かなかったのでござるか?」
カルバスが先程から何度も同じことを聞いてくる。俺がわざと妹の裸を覗いたと疑っているのだろう。意外なことに彼は妹思いの良い兄なんだ。
いや。もしかして、単に俺を信用していないだけなのか?
俺は少しムッとして、
「だーかーらー、何度言い訳をすれば気が済むんだよ! 本当に気付かなかったんだ。カリンという名も知らなかったし、女の子であることも気付かなかったし、お前らが兄妹であることなど知る由もない……だろ?」
と答えたけれど、よくよく考えれば俺がすべて悪いことなので、最後はトーンを下げてしまった。
俺の顔と足にも打撲によるあざがついている。カルバスは部屋に入ってきた勢いでアリシアを吹き飛ばしたせいで、こっぴどく反撃された。その後、振り向いたアリシアの鬼のような形相は……ううっ……夢に出てきそうだ。
カリンは人間でいうと12歳ぐらいの見た目の女の子。黒装束の下にサラシを巻くことで、小さな胸の膨らみが全く分からなくなっている。黒装束は隠密行動を得意とする特殊部隊の制服。音もなく敵に忍び寄り、情報を収集し、時には奇襲攻撃を仕掛けるという彼女らにとって胸の膨らみは邪魔な物らしい。
「あぐっ……ぐすっ……ゆ、ユーマ様。カリンは……そんなに女の子に……ぐすっ……見えないですか?」
カリンが俺の顔を直視してきた。
アリシアとフォクスまで俺の顔をじっと見ている。
うっ……これは……
返答を間違えると大変なことになるパターンだ。
「カリンは充分に女の子らしいし可愛いと思うぞ、うん。黒髪に黒い瞳の魔人の女の子なんて希少価値がありそうだし、細身の身体に透き通るような白い肌も良い。ただ、惜しむらくはその黒装束にすべてが隠れてしまっていてその……女の子としての良さが表に出ていないのだよ!」
俺は派手な手振りをしながら一息にしゃべった。
アリシアとフォクスの顔が若干引きつり気味なのが気にはなるが、肝心なのはカリン本人の反応だ。彼女はうつむき加減でなにやらぶつぶつ言い始めた。俺は恐る恐るカリンの顔をのぞき込むと――
「明日、服を買いに行きます! ユーマ様付き合ってください!!」
カリンはバッと顔を上げて言った。
その表情からは怒りが消えて、どちらかというとはにかんでいるように見えるけれど、それは俺の思い過ごしだろう。機嫌がすっかり直ったようで安堵した。
「じゃあ、明日の朝はアタシの帽子とカリンの服を買いに行きましょう! アタシ、自分で買い物なんて初めてだからとても楽しみだわ」
「カリンも初めてです。ユーキ様、明日はよろしくお願いします」
「お、おう。じゃ、じゃあ……せっかくのスープが冷めちゃうから、そろそろ皆で食べようか……」
黒装束姿に麦わら帽子のカリンの笑顔をみて思いもかけず赤面してしまった俺は、それを誤魔化すようにテーブルに運ばれたスープを口につける。
うん、美味しい。
宿はボロだけれど、食堂の料理は一流の味がする。農民の俺の舌を唸らせるには充分な味だ。
「うっ……」
アリシアたちは脂汗を流しながら食っている。人間界の食材は魔人の口には合わないのだろう。魔王城のメイド長ウォルフが言っていたことは、どうやら本当だったようだ。
そうであるならば……
魔族界と人間界の両方の食事を旨いと感じる俺は……
一体何者なのだろう。
母さんに会えばその答えが見つかるのだろうか。
*****
夜は久しぶりにゆっくりと寝られるはずだった――
男子部屋と女子部屋を入れ替えて、俺とカルバスはベッドが2台の元女子部屋に寝ている。ボロ宿とはいえ、馬車の荷台やハンモックでの野宿と比べれば格段に寝心地が良い。時々天井からぶら下がってくる蜘蛛を払いのけながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていく――
「ユーマ殿、起きてください。外の様子がおかしいゆえに……」
夜中、カルバスの声に起こされる。俺が起き上がろうとすると、寝ているふりをしているように指示を受ける。
耳を澄ますと、ドアの向こう側から何やら物音がしている。隠密行動を得意とするカルバスはその気配をいち早く察知していたのだ。
『ユーマ、魔剣つかうー』
枕元で寝ていたハリィが耳元で囁いた。
俺は魔剣を鞘にしまったまま、布団の中で握りしめる。
ここで敵の兵士に見つかったら魔剣の力を発動して戦うしかない。そうなったら瞬く間に軍隊が押し寄せ、俺たちは魔王城へ引き返すことになるだろう。なるべく騒動は起こしたくないのだが……
カチャリと部屋の鍵が開く。敵は鍵を持っている? それとも鍵を開ける特殊なスキルがある人物だろうか。
ゆっくりとドアが開き、4人の怪しい人影が部屋に入ってきた。
布団を頭まで被り、その隙間からのぞいていると、2人はナイフを持ち、残りの2人は大きな麻袋を肩にかけ手にはロープを握っているのが確認できた。
彼らは人身売買の売人だろう。この部屋を使う予定だった女子2人が狙いかもしれない。
あれ? もしそうだとしたら、その情報はどこから手に入れたのだ?
「ひっひっひっ、兄貴、今夜は上玉らしいですぜ」
「しっ、声を出すなバカ!」
上玉……アリシアとフォクスのことだろう。
「おい、てめえら。手はず通りに同時にかかるぞ。いいか?」
「へい!」
ナイフを持った男が俺のベッド左側に、ロープを握った男が右側に来た。おそらくはカルバスも同じ状況のはず。
「いくぞてめえら!」
「へい!」
「せーの」
男たちのかけ声に合わせて、俺の魔剣が男のナイフをはじき飛ばす。
続いて男の持つロープを二つに切断。
「うぉぉぉ――!? な、何だオマエらは、女じゃねーじゃねえかぁぁぁ――!」
男たちは驚きの声を上げた。
「ふえぇぇぇー」
1階の大衆食堂のテーブルに突っ伏し、カリンが泣き出した。するとアリシアとフォクスがなだめる。シャワー室での騒動以来、こんな状態がずっと続いているのだ。
「ユーマ殿。本当にカリンが女と気付かなかったのでござるか?」
カルバスが先程から何度も同じことを聞いてくる。俺がわざと妹の裸を覗いたと疑っているのだろう。意外なことに彼は妹思いの良い兄なんだ。
いや。もしかして、単に俺を信用していないだけなのか?
俺は少しムッとして、
「だーかーらー、何度言い訳をすれば気が済むんだよ! 本当に気付かなかったんだ。カリンという名も知らなかったし、女の子であることも気付かなかったし、お前らが兄妹であることなど知る由もない……だろ?」
と答えたけれど、よくよく考えれば俺がすべて悪いことなので、最後はトーンを下げてしまった。
俺の顔と足にも打撲によるあざがついている。カルバスは部屋に入ってきた勢いでアリシアを吹き飛ばしたせいで、こっぴどく反撃された。その後、振り向いたアリシアの鬼のような形相は……ううっ……夢に出てきそうだ。
カリンは人間でいうと12歳ぐらいの見た目の女の子。黒装束の下にサラシを巻くことで、小さな胸の膨らみが全く分からなくなっている。黒装束は隠密行動を得意とする特殊部隊の制服。音もなく敵に忍び寄り、情報を収集し、時には奇襲攻撃を仕掛けるという彼女らにとって胸の膨らみは邪魔な物らしい。
「あぐっ……ぐすっ……ゆ、ユーマ様。カリンは……そんなに女の子に……ぐすっ……見えないですか?」
カリンが俺の顔を直視してきた。
アリシアとフォクスまで俺の顔をじっと見ている。
うっ……これは……
返答を間違えると大変なことになるパターンだ。
「カリンは充分に女の子らしいし可愛いと思うぞ、うん。黒髪に黒い瞳の魔人の女の子なんて希少価値がありそうだし、細身の身体に透き通るような白い肌も良い。ただ、惜しむらくはその黒装束にすべてが隠れてしまっていてその……女の子としての良さが表に出ていないのだよ!」
俺は派手な手振りをしながら一息にしゃべった。
アリシアとフォクスの顔が若干引きつり気味なのが気にはなるが、肝心なのはカリン本人の反応だ。彼女はうつむき加減でなにやらぶつぶつ言い始めた。俺は恐る恐るカリンの顔をのぞき込むと――
「明日、服を買いに行きます! ユーマ様付き合ってください!!」
カリンはバッと顔を上げて言った。
その表情からは怒りが消えて、どちらかというとはにかんでいるように見えるけれど、それは俺の思い過ごしだろう。機嫌がすっかり直ったようで安堵した。
「じゃあ、明日の朝はアタシの帽子とカリンの服を買いに行きましょう! アタシ、自分で買い物なんて初めてだからとても楽しみだわ」
「カリンも初めてです。ユーキ様、明日はよろしくお願いします」
「お、おう。じゃ、じゃあ……せっかくのスープが冷めちゃうから、そろそろ皆で食べようか……」
黒装束姿に麦わら帽子のカリンの笑顔をみて思いもかけず赤面してしまった俺は、それを誤魔化すようにテーブルに運ばれたスープを口につける。
うん、美味しい。
宿はボロだけれど、食堂の料理は一流の味がする。農民の俺の舌を唸らせるには充分な味だ。
「うっ……」
アリシアたちは脂汗を流しながら食っている。人間界の食材は魔人の口には合わないのだろう。魔王城のメイド長ウォルフが言っていたことは、どうやら本当だったようだ。
そうであるならば……
魔族界と人間界の両方の食事を旨いと感じる俺は……
一体何者なのだろう。
母さんに会えばその答えが見つかるのだろうか。
*****
夜は久しぶりにゆっくりと寝られるはずだった――
男子部屋と女子部屋を入れ替えて、俺とカルバスはベッドが2台の元女子部屋に寝ている。ボロ宿とはいえ、馬車の荷台やハンモックでの野宿と比べれば格段に寝心地が良い。時々天井からぶら下がってくる蜘蛛を払いのけながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていく――
「ユーマ殿、起きてください。外の様子がおかしいゆえに……」
夜中、カルバスの声に起こされる。俺が起き上がろうとすると、寝ているふりをしているように指示を受ける。
耳を澄ますと、ドアの向こう側から何やら物音がしている。隠密行動を得意とするカルバスはその気配をいち早く察知していたのだ。
『ユーマ、魔剣つかうー』
枕元で寝ていたハリィが耳元で囁いた。
俺は魔剣を鞘にしまったまま、布団の中で握りしめる。
ここで敵の兵士に見つかったら魔剣の力を発動して戦うしかない。そうなったら瞬く間に軍隊が押し寄せ、俺たちは魔王城へ引き返すことになるだろう。なるべく騒動は起こしたくないのだが……
カチャリと部屋の鍵が開く。敵は鍵を持っている? それとも鍵を開ける特殊なスキルがある人物だろうか。
ゆっくりとドアが開き、4人の怪しい人影が部屋に入ってきた。
布団を頭まで被り、その隙間からのぞいていると、2人はナイフを持ち、残りの2人は大きな麻袋を肩にかけ手にはロープを握っているのが確認できた。
彼らは人身売買の売人だろう。この部屋を使う予定だった女子2人が狙いかもしれない。
あれ? もしそうだとしたら、その情報はどこから手に入れたのだ?
「ひっひっひっ、兄貴、今夜は上玉らしいですぜ」
「しっ、声を出すなバカ!」
上玉……アリシアとフォクスのことだろう。
「おい、てめえら。手はず通りに同時にかかるぞ。いいか?」
「へい!」
ナイフを持った男が俺のベッド左側に、ロープを握った男が右側に来た。おそらくはカルバスも同じ状況のはず。
「いくぞてめえら!」
「へい!」
「せーの」
男たちのかけ声に合わせて、俺の魔剣が男のナイフをはじき飛ばす。
続いて男の持つロープを二つに切断。
「うぉぉぉ――!? な、何だオマエらは、女じゃねーじゃねえかぁぁぁ――!」
男たちは驚きの声を上げた。
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