51 / 60
51
しおりを挟む心の性別も男で、恋愛対象も女性だと、叔母達は分かってくれたようだ。
本人達を置いて、彼らは将来の話を始める。
「結愛が遠くへ嫁に行かないで済むのは確かに嬉しいな。唯都が相手なら安心だ」
叔父が笑いかけるので、唯都は照れてしまった。再び俯いて、赤くなった顔を隠す。
「まだちょっと早いけど、良い誕生日プレゼントになったじゃないの」
叔母も笑いながら叔父に視線を送った。
「そうだなあ、また一つ年寄りになるな」
叔父の返事はいまいち噛み合っていない。
そのまま別の話題に変わってくれと願うも、また叔母が「名実ともに唯都がうちの息子になるのよ~めでたいわ~」と話を戻してしまったので、唯都の顔はずっと火照りっぱなしだった。
ずっと冷やかされて、身の置き場が無い。
食事が終わると、唯都は結愛の顔も見ずに、針の筵(むしろ)から逃げ出した。
部屋に下がった唯都の所へ、来訪があった。
小さく控えめなノックの音に、唯都も釣られて小声になって、「どうぞー」と返す。
予想通り、入って来たのは結愛だった。
ゆっくりとした動作でドアを閉め、やけにこそこそと、唯都の座るベッドへ寄ってくる。前にも見たような動きだ。小動物みたいである。
音も無く歩く猫のような可愛い動きを目で追う。唯都の隣に、結愛はそっと腰掛けた。
唯都を上目で見つめてくる。
「ねえ、唯ちゃんは女の人が好きなんだよね」
あれだけ人を追い詰めておきながら、結愛は今更な質問をする。
「恋愛対象は元々女性だと思うけど、好きなのは結愛だけよ」
結愛だけ、という部分に、少し彼女の口元が歪んだ。
緩みそうなのを慌てて引き結んだようだった。
「考え方も、男の人と同じなんだよね?」
「ええ」
「じゃあ、男の人だと思っていいの?」
まさか結愛も、唯都が女性になりたいのだと思っていたのだろうか。
以前、「男性が好きとは言っていない」と否定はしたが、それだけでは伝わらなかったようだ。
確かにこんな喋り方をしていれば、結愛に誤解されても仕方が無いとは思うのだが。
つい先ほどの叔母とのやり取りは忘れ難い。
「そう思ってくれないと困るわ」
唯都の意思はここではっきりさせておく。
結愛も「嫁にもらって欲しい」と言うくらいなのだから、唯都が「女になりたい」なんて言い出したらどうしよう、と不安に思っていたという事だろう。
「……私の事は、女の子として好き?」
結愛の確認はまだ続く。お預けをされているような気分だ。
自分は結構、言葉にしたつもりなのに。
約束は貰えたと、考えてもいいのだろう。だが、唯都も言葉で褒美が欲しかった。
「……そうじゃなきゃ、結婚したいなんて言わないわよ」
それは結愛も同じはずである。
少し拗ねたような声が出てしまった。
自分だけが、焦らされているみたいだ。
質問形式の長い前置きが終わると、急に結愛の雰囲気が変わった。
次に彼女が口にしたのは、唯都を蕩かす気持ちの吐露。
「あのね……唯ちゃんと外で喋ると、凄くドキドキしたんだよ。家にいる時も。私、もうずっと、こうなの。唯ちゃんが大好きで、独り占めしたかった」
二つ年下の従兄妹は、唯都の知らぬ色気を漂わせる。
脳を溶かす声に、体が動かなくなった。
金縛りにあった事など無いが、恐らくこんな甘美な戒めでは無いだろう。
「唯ちゃんもそうならいいのに。唯ちゃんも、私にドキドキするの?」
硬直は解けない。
中学生に翻弄される。
少しずつ距離を詰めてくる彼女。
唇に触れるのかと思った。しかし、情けなくも期待して目を閉じた唯都が、次に感触を感じたのは、額だった。
互いの黒髪が触れる。
額がぶつかって、目を開けると、かつてない程近くに、結愛の瞳があった。
そして、唇も。
「――私と、キスとかも、出来るの……?」
奪ってと言っているようにしか聞こえなかった。
「あああああああもう!! 何処で覚えてくるのそんなの!!」
持てる純情をかき集めて、顔を逸らす。だが打ち勝てなかった本能が、結愛をベッドに押し倒した。
結愛を抱きしめて、柔らかい布に沈む。下敷きになった結愛を潰さないように、唯都は肘をつくようにして体を浮かせた。
これ以上優位に立たれる前にと、結愛の頬に手を這わす。親指で彼女の唇を撫でて、鼻で彼女の頬を突付いた。
まだ理性を崩壊させる訳にはいかない。
耐えるために、唯都は声で誘惑してくる小さな唇を、口で塞いで黙らせた。
結愛は酷く満足そうに、色めいた吐息を溢した。
このままでは叔母達に顔向け出来ないと思い、唯都は己のわき腹を抓りながら結愛を部屋から出した。
痛みで幾らか冷静になれる。
この先、この距離で耐え続ける自信が無い。唯都は自分に、相手は中学生、相手は中学生……と言い聞かせた。
唯都の激しい葛藤を知らぬ顔で、結愛は無邪気に微笑む。
「津田さんが一緒でもいいよ」
一瞬とんでもなくいかがわしい勘違いをして、どういう事だと結愛を責めようとしてしまったが、今度は自分の腕を抓って気を落ち着かせた。違う、そういう話じゃない。
夕食の時、結婚云々の話になる前、どんな話をしていたか思い出す。
だが、結愛は津田の事が苦手だったのではないだろうか。
「あ~……いいの? どっちにしてもお菊ちゃんの了承が取れてからだけど……」
ちなみに誘った場合、津田に断らせるつもりは無い。
「津田さんに、ちゃんと私の事を彼女だって紹介してくれるならいいよ」
それが狙いだったらしい。
結愛によると、津田の名前が引き金となって、「従兄妹は結婚できるのか」という発言が出たという事だった。
結婚は遠い話に感じるが、彼女という、より身近で現実的になった響きに、確かな関係を手に入れたと実感する。
「そうね。紹介するわ。結愛も、私の事彼氏だって紹介してね。芥子川に会った時にでも」
芥子川には釘を刺して置かねばならない。
「じゃあ、まずお菊ちゃんに報告するね」
結愛の憂いは完全に晴れたようだ。
彼女は最後にもう一度唯都に抱きついて、「おやすみなさい」と笑いかけると、ぱたぱたとスリッパを鳴らして、自分の部屋に戻って行った。
部屋に一人になると、唯都は「はあ~~~」と大きく溜息を吐いてしゃがみこんだ。
心臓が持たない。
熱い顔を緊張で冷えた指先で冷ましながら、冷静に別の事を考える。
彼には懸念が残っていた。
決定的な言葉を貰った訳では無いが、菊石は確実に、恋愛的な意味で、唯都の事が好きだ。
言葉では振り切るような事を言っても、菊石がどれだけ唯都に心を傾けていたのかは分からない。
彼女が結愛を大切に思っている事も知っているが、これがきっかけで、菊石と結愛の仲が拗れないように祈った。
(心配し過ぎるのも、失礼かしら)
今誰かに心を覗かれたら、自惚れが過ぎると、呆れられるだろうか。
菊石はとっくに、唯都への恋心を消し去っているかも知れないし、友情は割り切って考えているかも知れない。
だが彼女の気持ちを軽んじる事は出来ないのだ。
それと、もう一つ。唯都はお節介を焼きたい相手が居た。
(友達だもの。いいわよね)
唯都から津田へ働きかける事は少ない。大抵は向こうからやってくるからだ。だがこれからは、積極的に絡んでいこうと思う。しかも今回は家に招くつもりだ。彼女の最愛の妹をだしにして。
計画を実行するために、唯都はまず菊石に津田同席の許可を取る事にした。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる