オネエなおにいちゃん

三島 至

文字の大きさ
上 下
34 / 60

34

しおりを挟む
 
 結愛に続いて菊石までもがぼんやりと考え込むようになり、唯都は芥子川を肘でそっと小突いた。

「芥子川君……君、結愛と話したいんじゃないのか? さっきから全然話してないけど……」

 菊石の歩みが遅くなったタイミングで入れ替わり、芥子川の隣へ行く。小声で、敵に塩を送るような事を言った。
 芥子川も声を潜める。

「いや、あの……なんていうか……いっぱいいっぱいというか」

 ここでようやく、芥子川の表情が変わった。顔色は然程変化無いが、僅かに耳が赤い。

「宮藤、今日、いつもと違うから……」

 そう言うと一瞬後ろの結愛を見て、さっと前に向き直る。

「なんか、可愛い格好しているし……」

「……」

 思っていたのと違う反応に、唯都は不覚にも、ほんの少しだけ、気に食わない感情が芽生えた。

(中学生が……何なの? ピュアなの? 結愛はいっつも可愛いわよ?)

 好きな子の兄的な相手に、恥ずかしげも無く良く言えるな、とも思う。
 だが何となく、あの服俺が選んだんだぜ、とは言えなかった。




 海沿いを歩いて、他愛ない話をして、(女子二人は無言の時間が長かったが)店内から海が見える、洒落たカフェに落ち着いた。
 小高い丘に位置するその店は、眼鏡をかけた若い女性が一人で接客している。おっとりした女性の喋り口と、少し開いた窓から薫る潮風に、唯都はすぐにこの店が気に入った。
 店内に流れる静かな音楽が耳に心地良い。

(この店を選んだのは芥子川君かしら……だとしたらちょっと見直しちゃうわね……さっきの言動といい、何か調子狂うわ)

 せっかく遊び(唯都はもうこれはデートでは無いと思っている)に誘ったのに、好きな子を意識して上手く話せない芥子川は、何とも初々しいではないか。
 好きだから苛めて、仲良くなりたくて優しくして、自分と出掛ける用事にお洒落してきてくれた子を直視出来なくて……考えると、芥子川はそれほど悪い奴でも無いのだ。至って普通の男子中学生。それもちょっと格好良い。
 中学生でも遊んでいる――素行の悪い奴はいる。芥子川はもてそうなのに、擦れていない。おそらく彼は小学生の頃のあの一件から、ずっと結愛の事が好きなのだろう。
 彼の一途さは、過去の汚名を雪ぐ美点かもしれない。


(私が好感度上げてどうすんのよ……)

 敵視していた自分が揺らぐ。
 こんな後輩がいたら可愛いだろうな、なんて。
 それでも結愛を人に任せたくはないのだけど。

 芥子川は恐らく知らない。
 唯都が結愛に向ける感情も、大人気なく芥子川に敵意を抱いている事も。
 別に大人気なくてもいいか、と唯都は思う。
 恋愛なんて大人げないものだ。
 芥子川がいくら結愛を好きだからと言って、唯都がそれで負けている訳では無い。
 思いの重さで負けている訳では無いから、落ち込む事は無い。

 結愛が芥子川を好きだと言った時に落ち込めばいいのだ。




 四人掛けの丸いテーブルについた。各々メニューを見て注文しながら、大きな窓から見える景色に目を和ませる。正午を過ぎて、海面は太陽の光を反射して輝いていた。
 こういう遠出もいいかもしれない。自分も今度カフェを探して、結愛と二人で出掛けよう。楽しい想像に、自然と口角が緩んだ。

 メニューに、「海面ソーダゼリー」というのがあった。炭酸水の中に、海に見立てた何種類かの青いゼリーが浮かんでいる。
 青いゼリーは何味なのか気になる。載っている写真も綺麗だ。ゼリー以外にも何か入っているのか、今見た海面のようにキラキラ光って見える。
 それに、結愛もこういうのが好きそうだ。
 唯都は炭酸があまり好きでは無かったが、見た目に心擽られてそれを頼んだ。

「唯ちゃんと同じのが良い……」

 メニューで顔を隠しながら、結愛がぽそぽそと言う。やはり彼女の好みでもあったようだ。
 芥子川の「逢坂さん、炭酸とか飲むんですね……あ、じゃあ俺コーラ」という言葉で、女子みたいな選択をしてしまっただろうかと少し焦った。男子高校生はこんな可愛い飲み物を注文しないのかもしれない。気が抜けていた。
 それと芥子川は、一体唯都にどんな印象を持っているのか。

(だって可愛いじゃないの……)

 飲み物が運ばれてきたら写真を撮りたいが、流石に不審だろうなと思う。久々に外で触れた可愛いものに、浮つく心を抑えた。

 芥子川が今日に限って、結愛の前で使い物にならなくなった辺りで、菊石が復活した。

「店員さん、ベランダに出てもいいですか?」

 菊石が許可を求めると、おっとりした店員は、快く承諾した。
 店内に唯都達以外の客はおらず、唯都の席から見えるベランダも無人だった。煙草を吸う人のため極小さいテーブルに灰皿が置いてある以外は、何も無い場所だ。ただ、景観は申し分無い。風にふかれながらベランダから見る海もまた違うはずだ。それが目的だろうと、ぼんやり菊石の動向を眺めていると、彼女は立ち上がって唯都の側まで回りこんできた。

「先輩、一緒に来てもらえますか」

 お願いと言うには、やけに強い眼差しだった。
 忘れかけていたが、彼女もこの遠出に一枚かんでいるのだ。
 何か仕掛けてくるのかと考えて、ここは、芥子川と結愛を二人きりにさせたいのだろうなと思った。
 そこではっとする。

 今唯都が去った後、芥子川は改まって告白するつもりなのではないか。
 結愛はその計画に気付いていて、だからあんなに緊張していたのだ。
 芥子川がわざわざこんなに遠くに来たのも、人前では素直に気持ちを返してくれない結愛から、良い返事を貰うために違いない。
 そして煮え切らない結愛を連れ出すために、唯都も呼んだ。
 菊石が居たのは、唯都をそっと引き剥がすためだ。

 結愛が「えっ唯ちゃんが行くなら私も……」と言いかけていたが、菊石が彼女に何か耳打ちする。すると結愛は大人しくなった。
 待つ姿勢である。

 ここで無理やり居座るのも、場の雰囲気が読めなさ過ぎる。
 邪魔をしたかった。
 結愛に何を言ったかは知らないが、彼女は芥子川の話を聞く事を受入れたのだ。
 今席を立って、戻ってきたら、どうなっているのだろう。
 菊石が芥子川に目配せするのを見てしまう。

(やっぱり、来なければ良かった)

 ここに唯都の味方は一人も居ない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...