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しおりを挟む結愛に続いて菊石までもがぼんやりと考え込むようになり、唯都は芥子川を肘でそっと小突いた。
「芥子川君……君、結愛と話したいんじゃないのか? さっきから全然話してないけど……」
菊石の歩みが遅くなったタイミングで入れ替わり、芥子川の隣へ行く。小声で、敵に塩を送るような事を言った。
芥子川も声を潜める。
「いや、あの……なんていうか……いっぱいいっぱいというか」
ここでようやく、芥子川の表情が変わった。顔色は然程変化無いが、僅かに耳が赤い。
「宮藤、今日、いつもと違うから……」
そう言うと一瞬後ろの結愛を見て、さっと前に向き直る。
「なんか、可愛い格好しているし……」
「……」
思っていたのと違う反応に、唯都は不覚にも、ほんの少しだけ、気に食わない感情が芽生えた。
(中学生が……何なの? ピュアなの? 結愛はいっつも可愛いわよ?)
好きな子の兄的な相手に、恥ずかしげも無く良く言えるな、とも思う。
だが何となく、あの服俺が選んだんだぜ、とは言えなかった。
海沿いを歩いて、他愛ない話をして、(女子二人は無言の時間が長かったが)店内から海が見える、洒落たカフェに落ち着いた。
小高い丘に位置するその店は、眼鏡をかけた若い女性が一人で接客している。おっとりした女性の喋り口と、少し開いた窓から薫る潮風に、唯都はすぐにこの店が気に入った。
店内に流れる静かな音楽が耳に心地良い。
(この店を選んだのは芥子川君かしら……だとしたらちょっと見直しちゃうわね……さっきの言動といい、何か調子狂うわ)
せっかく遊び(唯都はもうこれはデートでは無いと思っている)に誘ったのに、好きな子を意識して上手く話せない芥子川は、何とも初々しいではないか。
好きだから苛めて、仲良くなりたくて優しくして、自分と出掛ける用事にお洒落してきてくれた子を直視出来なくて……考えると、芥子川はそれほど悪い奴でも無いのだ。至って普通の男子中学生。それもちょっと格好良い。
中学生でも遊んでいる――素行の悪い奴はいる。芥子川はもてそうなのに、擦れていない。おそらく彼は小学生の頃のあの一件から、ずっと結愛の事が好きなのだろう。
彼の一途さは、過去の汚名を雪ぐ美点かもしれない。
(私が好感度上げてどうすんのよ……)
敵視していた自分が揺らぐ。
こんな後輩がいたら可愛いだろうな、なんて。
それでも結愛を人に任せたくはないのだけど。
芥子川は恐らく知らない。
唯都が結愛に向ける感情も、大人気なく芥子川に敵意を抱いている事も。
別に大人気なくてもいいか、と唯都は思う。
恋愛なんて大人げないものだ。
芥子川がいくら結愛を好きだからと言って、唯都がそれで負けている訳では無い。
思いの重さで負けている訳では無いから、落ち込む事は無い。
結愛が芥子川を好きだと言った時に落ち込めばいいのだ。
四人掛けの丸いテーブルについた。各々メニューを見て注文しながら、大きな窓から見える景色に目を和ませる。正午を過ぎて、海面は太陽の光を反射して輝いていた。
こういう遠出もいいかもしれない。自分も今度カフェを探して、結愛と二人で出掛けよう。楽しい想像に、自然と口角が緩んだ。
メニューに、「海面ソーダゼリー」というのがあった。炭酸水の中に、海に見立てた何種類かの青いゼリーが浮かんでいる。
青いゼリーは何味なのか気になる。載っている写真も綺麗だ。ゼリー以外にも何か入っているのか、今見た海面のようにキラキラ光って見える。
それに、結愛もこういうのが好きそうだ。
唯都は炭酸があまり好きでは無かったが、見た目に心擽られてそれを頼んだ。
「唯ちゃんと同じのが良い……」
メニューで顔を隠しながら、結愛がぽそぽそと言う。やはり彼女の好みでもあったようだ。
芥子川の「逢坂さん、炭酸とか飲むんですね……あ、じゃあ俺コーラ」という言葉で、女子みたいな選択をしてしまっただろうかと少し焦った。男子高校生はこんな可愛い飲み物を注文しないのかもしれない。気が抜けていた。
それと芥子川は、一体唯都にどんな印象を持っているのか。
(だって可愛いじゃないの……)
飲み物が運ばれてきたら写真を撮りたいが、流石に不審だろうなと思う。久々に外で触れた可愛いものに、浮つく心を抑えた。
芥子川が今日に限って、結愛の前で使い物にならなくなった辺りで、菊石が復活した。
「店員さん、ベランダに出てもいいですか?」
菊石が許可を求めると、おっとりした店員は、快く承諾した。
店内に唯都達以外の客はおらず、唯都の席から見えるベランダも無人だった。煙草を吸う人のため極小さいテーブルに灰皿が置いてある以外は、何も無い場所だ。ただ、景観は申し分無い。風にふかれながらベランダから見る海もまた違うはずだ。それが目的だろうと、ぼんやり菊石の動向を眺めていると、彼女は立ち上がって唯都の側まで回りこんできた。
「先輩、一緒に来てもらえますか」
お願いと言うには、やけに強い眼差しだった。
忘れかけていたが、彼女もこの遠出に一枚かんでいるのだ。
何か仕掛けてくるのかと考えて、ここは、芥子川と結愛を二人きりにさせたいのだろうなと思った。
そこではっとする。
今唯都が去った後、芥子川は改まって告白するつもりなのではないか。
結愛はその計画に気付いていて、だからあんなに緊張していたのだ。
芥子川がわざわざこんなに遠くに来たのも、人前では素直に気持ちを返してくれない結愛から、良い返事を貰うために違いない。
そして煮え切らない結愛を連れ出すために、唯都も呼んだ。
菊石が居たのは、唯都をそっと引き剥がすためだ。
結愛が「えっ唯ちゃんが行くなら私も……」と言いかけていたが、菊石が彼女に何か耳打ちする。すると結愛は大人しくなった。
待つ姿勢である。
ここで無理やり居座るのも、場の雰囲気が読めなさ過ぎる。
邪魔をしたかった。
結愛に何を言ったかは知らないが、彼女は芥子川の話を聞く事を受入れたのだ。
今席を立って、戻ってきたら、どうなっているのだろう。
菊石が芥子川に目配せするのを見てしまう。
(やっぱり、来なければ良かった)
ここに唯都の味方は一人も居ない。
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