F.W.O ~最強と最弱のアバターを駆使してVR世界を生き抜きます~

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第1章 アバター:シノヤ

レグランド城砦

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 3時間後、シノヤはエミリアに連れられて、レグランド城砦と呼ばれる場所を訪れていた。
 ここも千年前には建築されていなかった場所で、シノヤのかつての記憶にはない。

 エミリアの話によると、ここが現在の人族の最前線であり、最終防衛拠点ということらしい。
 この後にはもう王都しかない。
 ここで魔族陣営を押し返すことができなければ、やがて人族は確実に滅びを迎える。

 ただ実際には、人族はあくまで神族の陣営の一角であり、人族が滅亡したとしても、神族の敗北とイコールではない。
 魔族側の勝利条件にして神族側の敗北条件とは、神族の神域にいる神王の落命のみ。
 魔族にとって人族を滅ぼすのは、通過点のひとつに過ぎないのだ。

 シノヤが神族からの援軍はないのかエミリアに訊ねると、答えはNOだった。
 少なくとも伝承では、過去、幾度となくあった人族の危機にも、神族が駆け付けた事例はないらしい。
 そして、そのことをエミリア自身も理不尽には思っていないようだった。

 ゲームとしてそう決められているため、設定に忠実なのは仕方ないのかもしれないが、神族陣営として身体を張っている人族のピンチのときくらい助けてやれよ、と叫びたくなるのが人情ではある。

 とにかく、そんな状況の上、近日中にも人族に向けた魔族の大侵攻が迫っているらしい。
 エミリアが神頼みならぬ神人頼みするのも無理ないことだった。

 城内は、戦準備であふれ返るほどの兵士や騎士、そこいらを駆け回る伝令とで、殺伐とした雰囲気となっていた。
 そんな者たちの脇をすり抜けていく余所者のシノヤの姿に、あからさまに不穏な眼差しを投げかけてくる者も多い。
 先導するエミリアの存在がなければ、まず間違いなく揉め事になっていただろう。

 ここでのエミリアは有名で人望もあるらしく、行き交う兵たちによく声をかけられている。
 それだけに、その後に続くシノヤには、様々な感情交じりの、より鋭い視線が突き刺さる。
 レグラントに着くまで同行していた、エミリアの従騎士というファシリア聖騎士のふたりにも、同じような視線を終始向けられていたものだ。

 最大の問題は、それにエミリアがまったく気づいてくれていないことだった。
 なんというか、傍目にも彼女は浮かれている。ともすれば、鼻歌でも口ずさみそうなくらいには。
 気持ちはわからないでもないが、シノヤにとってみれば、居心地悪いことこの上ない。

 そんな精神的苦行に耐えつつ、エミリアに案内されたのは、城の最上階だった。
 物々しい衛兵が複数人も扉の前を警護している辺り、かなりの要人の執務室といったところか。

「ファシリア聖騎士団のエミリアです。閣下への拝謁を願います」

 エミリアが衛兵のひとりに声をかけると、今度はその衛兵が扉越しに室内に問いかけ、すぐに認可は下りた。
 閣下と呼ばれるほどの相手が唐突な来訪に即応じてくれるとは、やはりエミリアの姫騎士の称号は伊達ではないらしい。

「失礼します」

 状況に流されるままにエミリアに倣ってシノヤが入室すると、一見して豪奢な執務室には、ふたりの男性が並び立っていた。

 鍛え上げられた恰幅のいい壮年男性と、やたら派手な衣装に身を包んだ小太りの男性という、対照的な相手だった。

「これはこれはエミリア様。そのように慌ててどうなさいましたかな?」

 小太りの男性のほうが、両手を掲げてにこやかに歩み寄ってくる。

「突然のご訪問、申し訳ありません。閣下」

 そう切り出してからエミリアがふたりを紹介してくれた。

 前者が、名前をナコール・アレンドル。
 老年に差し掛かった白髪混じりの金髪男性で、身なりがいいと思ったら、公爵位を持つ貴族だった。
 人族の中でもかなりの有力者で、国内随一の支援者でもあるとか。

 後者が、カレッド・スコルト将軍。
 このレグランド城砦駐留軍の総指揮官ということらしい。
 力強い双眸に威圧感のある雰囲気と、指揮官というよりは、名うての戦士の風格が感じられる。

「して、そちらの御仁はどなたですかな?」

「こちらこそ、神人のシノヤ様です!」

 ナコール公爵の問いに、待ってましたとばかりにエミリアが即答する。
 答えたのはいいが、直後に室内の空気は一変した。もちろん、悪いほうに。

「……神人、ですか? あの? 伝承にある?」

「そうです!」

 エミリアの返事には微塵の揺らぎもない。
 矢継ぎ早に出会いの状況を熱く語っているが、シノヤとしては目を覆いたくなるところだった。

 エミリアが熱弁を振るえば振るうほど、逆に相手のシノヤに対する視線が冷たくなってゆく。
 ナコール公爵は露骨に胡散臭そうな態度をしているし、カレッド将軍は値踏みするように一瞥しただけで、目を閉じて黙してしまった。

(今の俺のこんな姿じゃあ、説得力は皆無ってか……)

 わかりやすい格好――それこそ、ログイン時にロストしてしまった装備をしていたのなら、また違っただろう。
 あれらはRankAを超えるドロップレアアイテムだった。NPCではお目にかかる機会すらない逸品だ。

 しかし、今のシノヤの装備は、『ただの服』一枚きり。見た目貧相なのは拭えない。

(これで、伝説の存在とか紹介されても、俺でも困るよな、うん)

「ちょ、ちょっとお待ちください。エミリア様!」

 止まる気配を見せないエミリアの話に、ナコール公爵がさすがに割り込んできた。

「え? あ、なんでしょうか?」

「少し、その方自身とも話をさせていただけませんか?」

 ナコール公爵は笑顔で言ったつもりだろうが、その頬がわずかにひくついている。

「これは気づきませんで、申し訳ありません……」

 エミリアが胸に手を当てて敬礼しながら3歩ほど後ろへ退がり、その分を公爵が詰めて、シノヤの眼前までやってきた。

「そなた、名をシノヤと申したな」

 一見、にこやかにしているが、目が笑っていない。

「神人らしいが、証明はできるのかね?」

(証明ねえ……)

 ステータスの種族表示でも見せると一発だろうが、残念ながらNPCには見ることができない。
 そもそも、これまでのゲーム経験で、NPCからプレイヤーの証拠を見せろなどと問われたことはない。通常のゲームではありえないことだ。

 いざ証明するとなると、手段に困る。
 いっそ、素手でこの部屋を粉砕でもすれば、証明となるのだろうか?

 シノヤが答えに窮していると、ナコール公爵はいやらしく顔を歪めて拍手を打ってきた。

「ではこうしましょう! 神人とは、常人を超越した存在と聞き及びます! これから兵と手合わせしてもらい、その結果を以って証明と代えさせていただくのは?」

「そのような疑いを向ける行為、シノヤ様に不敬ではありませんか!?」

 即座に身を乗り出して咬みつこうとしたエミリアを、シノヤは腕で制した。

「いいよ、別にそれで。俺としても、そのほうが手っ取り早いし」

「う……シノヤ様が、そう仰られるのでしたら……」

「さあさ、合意も得られたことですし、ちゃっちゃと済ませてしまいましょう! 時間は30分後の中庭でよろしいですね? ――衛兵、おふたりがお戻りですよ!」

 言うが早いか、呼ばれた衛兵に部屋から押し出されてしまった。
 ふたりしてぽつんと廊下に佇み、互いに苦笑した顔を見合わせる。

「すみません。神人であるシノヤ様にこのような……」

 そう告げるエミリアは明らかに気落ちしていた。
 きっと、自分のときと同じく、歓喜してシノヤが出迎えられると信じて疑わなかったのだろう。

(まあ、他にも理由がありそうだけど)

「盗聴スキル実行」

 シノヤはこっそりと小声で呟いた。

『盗聴スキルを実行します』

 システムナビゲーターの音声の後、室内での話し声がクリアに聞こえてくる。

「神人だと!? この忙しいときに、なにを考えているのだ、あの小娘は!」

 言葉遣いは随分と荒いが、この声はナコール公爵だろう。

「彼女には彼女なりの考えがあってのことだろう。気を落ち着かれよ」

 となると、こちらがカレッド将軍か。

「姫騎士などと呼ばれていい気になりよって! だいたい儂は、なんの役にも立たん女子供が戦場まででしゃばるのは反対だったのだ! 没落したならそれらしく、兵どもの慰み者にでもなったほうがまだマシというものを!」

(…………)

「ええい、くそ! 腹の立つ無駄飯喰らいが! 公爵であるこの儂が、なぜあのような落ちぶれた小娘に下手に出んとならんのだ! 陛下からくれぐれもというお言葉さえなければ……!」

 なにかを蹴飛ばす音と、荒い息遣いが聞こえてくる。

(あー……こりゃ酷い)

 シノヤは隣に立つエミリアの様子を窺った。
 エミリアは、俯いたままじっとしている。

 あれだけの大声。今の会話はスキルを使わずとも、エミリアにも聞こえていたはずだ。
 きっと、彼女も以前から、自分がどう思われているかなど、心得ていたのだろう。
 それでも、一族の無念を晴らすため、自らも騎士として戦場に立つことに拘っている――そんなところか。
 だからこそ、今度こそ神人を連れてきて役に立てた、そう思って喜んでいたに違いない。それがあの浮かれようだったわけだ。

「……さあ、そろそろ参りましょう、シノヤ様」

 顔を上げたエミリアの目元は赤くなっていた。
 シノヤの手前、必死に涙を我慢したのだろう。

 ふたりして歩を進め、廊下の来た道を戻るが、シノヤにはまだスキル効果で室内の声を捉えていた。

「……落ち着かれたかな?」

「ええ……すみませぬな、カレッド殿。年甲斐もなく取り乱しました。あまりに突拍子もない馬鹿げた話に、ついつい我慢できませんでな」

「神人か。そう思われたのなら、なぜ、あのような機会を与えるようなことを? 証明できぬとして捨て置けばよかったのでは?」

「機会? ふふっ、それは違いますぞ、カレッド殿。せっかく、姫騎士殿が意気揚々と連れてきてくださった馬の骨――いえ、神人殿でしたな。兵たちの前で嬲って無様を晒したほうが、夢見がちなお姫様の目も覚めましょう。殺気立った兵たちのよい息抜きにもなりますしな」

「……決してよい趣向ではないが、兵たちのことについては一理ある、か」

 その台詞を最後に、スキルの効果が切れた。

(……ふ~ん、なるほどね)

「どうしました、シノヤ様?」

 気づいたら、先行していたはずのエミリアが足を止め、シノヤの顔を下から覗き込んでいた。

「どうしたって、なにが?」

「笑っておられましたよ」

「ん? そう? いや、そうかもねー」

 シノヤはエミリアを追い越しながら、気楽に言って上体で伸びをした。

「なんつーか、『ざまあ』が無性にしたくなった」

「ざまあ……ですか?」

「そそ。ま、見てなって」

「はぁ……?」

 小走りで追い縋ってくるエミリアに、シノヤは朗らかに微笑みかけた。
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