F.W.O ~最強と最弱のアバターを駆使してVR世界を生き抜きます~

小空

文字の大きさ
上 下
5 / 8
第1章 アバター:シノヤ

最強の神人

しおりを挟む
「だ、誰ですか! あなたはっ!?」

 エミリアは鎧ごと胸元を押さえると、すざざざーと座ったまま後退り、シノヤから距離を取った。

 F.W.Oは古いゲームといえども、NPCの人格構成は、プレイヤーと変わりない、と自分で納得したばかりだったのに、思わず不用意な行動を取ってしまったことに、シノヤは苦笑する。
 目覚めでいきなり見知らぬ男が覆い被さってたら、そりゃあ、年頃の娘さんとしたら怒るよね。

「ああ、ごめんごめん。信じてもらえるとありがたいんだけど、怪しい者じゃないから」

「信じられるわけないでしょう!? 気を失っていた私になにをしようと!? ま、まさかすでに――」

 途端にエミリアの顔が青くなる。元の色素が薄いだけに、青というより白く色を失っている。

「してない、してないって! そんな頑丈そうな鎧着といて、なにかできるわけないだろ?」

「た、たしかに」

 エミリアは自分の鎧を見下ろして、安堵していた。

 留め具とか、やたら念入りに確認していたことに、ちょっと傷つく。
 俺って、そんなに寝ている女性に悪戯しそうに見えるのだろーか……

「しかし、だからといって、初対面のあなたに、安易に信じろとか言われても……」

 不審そうな眼差しをじっと向けられる。
 そして、その顔が、次第に耳まで真っ赤になった。

(あ)

 思い出した。

 それもありましたねー。
 初対面でモロダシとか、さすがにそれはないよねー。

「とにかく! 俺は怪しい者じゃない。俺はシノヤ。神人だ」

「……え?」

 神人。その単語を口にした直後、エミリアから表情が消えた。

 彼女は四つん這いでおそるおそる近づいてくると、シノヤの頬にそっと手を添える。

「たしかに……あの石像と同じ顔……そんな、まさか本当に……?」

 エミリアに胸倉を掴まれ、ぐっと手繰り寄せられた。
 鼻先が触れ合いそうな先ほどよりよっぽど至近距離で、見詰め合うことになる。

 もともとエミリアは美形なだけに、鎧姿も相まって、真摯な表情では凛々しいほどだ。 
 相手がNPCで8つも年下とはいえ、この距離ではさすがにどぎまぎしてしまう。

 なんて、深い色を携えた瞳だろう――

 深緑玉の瞳に自分の顔が映っている。声が出ない。思わず、惹き込まれそうになる。

「う……」

 呻き声と共に、にわかにエミリアの瞳の色が曇った。

(……はい?)

「うう……うぐうぅうぅ……」

 凛々しかった表情がくしゃりと歪み、瞳の表面が潤う。

(……はいぃ!?)

 大きな眼から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちてくる。
 エミリアは、予期せぬ事態に硬直してしまったシノヤの胸に顔を埋め、しばらくの間、声を殺して泣き続けたのであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「できれば、先ほどの醜態は忘れてください……」

 消え入りそうな声で、エミリアは顔を両手で覆って恥じ入っていた。
 そうしていると、勇ましい鎧姿でも、年相応の少女にしか見えない。

 彼女が落ち着いたのを見計らって、シノヤは世界の情勢を聞き出してみた。
 彼女はシノヤを、というか、神人を崇拝しているらしく、これまでの態度がなんだったのかというほど、素直に語ってくれた。

 現在、F.W.Oでのメインストーリー、神族・魔族・精霊族の三つ巴の戦いにおいて、圧倒的優勢は魔族、次いでかなり劣勢で神族、精霊族に至っては、既に決戦に破れて覇権争いから脱落しているらしい。
 三竦みは崩れ、事実上の正面対決状態。しかも、我らが陣営の神族は、風前の灯。

 そもそも、F.W.OはPRGと銘打っていながらも、SLGの側面もある。
 個々のキャラクターを鍛えてイベントをこなして育て、大局としては所属陣営を戦争で勝たせ、敵対する王ふたりを討つことにある。
 それを完遂すると、グランドエンドとなる。

 生産職でサポートに回るもよし、軍団に加勢して敵軍を打ち破るもよし、指揮官となって戦略を駆使するもよし、少数精鋭にて敵本陣に攻め込んだり、搦め手で国力を削るのもよしと、なにかと自由度はあるゲームだった。

 それを担うのが、プレイヤーである超人類の各神人、魔人、精人である。
 各国のNPCたちは、基本的に軍備を整え、軍団戦で他国に攻め込む、という動作を繰り返す仕様だ。
 サービスの停止と同時に、ゲーム世界からプレイヤーが消え、各国は愚直にルーチンに従うことになったのだろう。

 その結果、ランダム的な運要素で精霊族が敗北し、神族が滅びかけて、魔族が世界を支配しかけている状況になった。
 まあ、ゲームであるし、場合によっては真逆の戦況になった可能性もある。

 エミリアのような通常の人族は、神族側に属している。
 そして、敗色濃厚の決戦のときが近いらしく、祖国の無念、人族の滅亡、エミリアはそういった諦観の最中にあったそうだ。
 だからこそ神人であるシノヤの登場に、エミリアは天啓を得たかのごとく、神に感謝したらしい。そんなところだ。

「シノヤ様は、我らをお救いくださるために、ご降臨されたのでしょう?」

 エミリアは両手を組み、疑うこともない純真な眼差しで、シノヤを見つめていた。

 実際は違うのだけれど、ゲームの展開上、もともと神族側に属する神人設定にあることだし、手伝うことはやぶさかではない。
 NPCとはいえ、可愛い年下の女の子に頼られて、悪い気がしないというのもある。

 ただ、彼女は勘違いしているようだが、神人ひとりで戦況を覆すほどの力はない。
 さすがにそんなものは、ゲームバランスを壊してしまう。
 あくまで各国のプレイヤーは、数千、数万人が集まることにより、戦況を動かしていくコンセプトで製作されたゲームなのだ。
 ここは、言わぬが華というやつだろう。

 ただし、敗北するにしても、あっさり負けるのはかっこ悪い。
 それを考えると、装備品やアイテムをロストしたのは痛かった。

 10年前の記憶なので、装備の名前や特殊能力までは覚えていないが、少なくともRankA以上の一級品ではあったはずだ。

(そういや、最終レベルってどれだけだっけ?)

 こちらもまた、記憶に薄い。
 F.W.O公式サイトのランキングでは中の上くらいだった……ような。レベル50は下らなかったはずだ。
 当時の最高レベルでは、なんと100超えの廃人プレイヤーもいたが、それはさすがに除外するとして、課金アイテムなしでも、敵国の中ボスクラスなら、1対1でなんとか倒せるくらいには強かった。

「……ステータスオープン」

 シノヤはエミリアにバレないよう、こっそりと呟いた。
 基本的に、NPCにはプレイヤー専用機能と呼ばれるものは見えないし使えもしないので、いろいろ聞かれるのも面倒だ。

『ステータスを表示します』

 システムナビゲーターの声がする。表示や声もまた、実行した本人にしか見聞きできない。仮想電子体の視覚領域や聴覚領域に、直接信号を流しているとかなんとか。
 ログインログアウトの宣告だけは、注意を促す意味で、周囲にも聞こえるそうだけど。

「……あれ?」

 直接信号のやり取りのため、見間違いなどあり得ず、意味などないのだが、ウィンドウを確認したシノヤは、反射的に眼を擦っていた。

 何度見直しても、表示内容は変わらない。

『レベル999』

 それがシノヤの現在のレベル表記だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

Free Emblem On-line

ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。 VRMMO『Free Emblem Online』 通称『F.E.O』 自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。 ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。 そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。 なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...