上 下
4 / 8
第1章 アバター:シノヤ

世界の進化

しおりを挟む
 初期装備は捨てられない。耐久力も設定されていない。
 アイテムストレージから『ただの服』という、言葉通りの防御力皆無の服を取り出し、シノヤはいそいそと着こんで一息吐いた。

 傍らの草むらの上には、金髪白騎士の少女が横たわっており、目を回してうんうん唸り声を上げている。

 今現在、このF.W.Oのゲーム内には、プレイヤーは存在しない。
 だから、この娘はNPCなのだろう。自律型の人工知能と仮初の電子体を持った存在だ。

 まさか、懐かしのF.W.Oにログインした途端、フルチン晒してNPCの少女を気絶させる羽目になるとは想像していなかった。
 いくらNPCとはいえ、見かけ年下の女の子を放置するのも気まずい。
 とりあえず、もともと目的はないのだから、シノヤは少女が目覚めるのを気長に待つことにした。

 待つついでに、少女のステータスを確認してみる。

「えっと、F.W.Oも久しぶりだし……うーん、なんだっけ? あ、そうそう思い出した。鑑定スキル実行!――って。ああ、この時代はまだ音声コマンドできないんだっけか。面倒な……」

 近年では当たり前になった音声コマンド入力方式だが、一般のVRMMOで基本システムとして実装されるようになったのは7年ほど前。
 F.W.Oは10年前のVRMMORPG。まだコンソールのコマンド一覧からの手入力での選択方式だったはずだ。

 シノヤは手元にコンソールを表示させようとしたが――

『鑑定スキル実行します』

 システムナビゲーターの音声が流れ、ウィンドウに少女のステータスが表示された。

「……あれ? ま、いっか」

 いつもの業務でやっているバグ探しではないのだから、出てしまったものは仕方ない。
 シノヤは気にかけずに、少女のステータスに目を通した。

 少女の名前は、エミリア・フル・フォン・ファシリア。
 職業は聖騎士。年は16歳。レベルは32。称号、姫騎士。

「お? 称号持ち。となると、なんかのイベントキャラか?」

 NPCで称号を持つのは、一般的な案山子NPCとは異なり、イベントに関連するキャラクターであることが多い。
 プレイヤーはNPCをサポートキャラとすることもできるが、それもまた専用のイベントキャラだ。そこら辺の村の名前を教えるだけの村人など、連れ回すことはできない。

 まさか、さっきのフルチンがイベントフラグってことはないよな……

 馬鹿な考えを振り払いつつ、シノヤはステータスのキャラクター備考を読み進めた。

「亡国ファシリア王家の第二王女……?」

 ファシリア王国?
 聞かない国名だった。10年前の記憶なので、単にシノヤが覚えていない可能性もなくはない。

 魔族の侵攻により、王都が焼かれ、王家の者はこのエミリアを残し、すべて惨殺されたらしい。

「王家の生き残り……悲劇の姫騎士、ね……」

 ただの架空の設定ながらも、哀れに感じ、シノヤは少女の金糸のような金髪を何気なく手櫛で梳いていた。

(……なんか、すごいさらさらだな)

 リアルで異性とまともに触れ合える機会さえない悲しいシノヤは、不覚にもどきりとしてしまった。

 10年前のキャラだというのに、製作陣は実にいい仕事をしたものだ。
 これなら、最近のVRMMOとも遜色ない。

 そこまで考えてから、自分で思った事柄に疑問が浮かんだ。

(いや、これはおかしい)

 先述した通りにVR技術は日進月歩。
 10年前の技術と現在の技術が、同等なはずがないのだ。

 シノヤはあらためて、横たわるエミリアを観察した。

 額には汗が浮かび、金髪が幾筋か張り付いている。
 長く繊細な睫毛も見て取れるし、薄い唇にはやや朱が差している。
 純白の鎧のささやかに盛り上がった胸部は、呼吸に合わせてわずかに上下しているし、頬を突つくと弾力もある。

 次にシノヤは周囲の風景を見回した。
 森の木々に埋もれかけた遺跡、といった風情。
 頭上の枝葉の天蓋からは、暖かな木漏れ日が差し込んでいるし、肌をすり抜ける風は冷ややかで気持ちいい。
 遺跡の岩肌はざらざらして、触ると砂となって落ち、足元の草を千切って放ると、風に巻かれて飛ばされていった。

 現代VR技術は、かなりの精度で現実をシミュレートしていた。もはやもうひとつの現実とも言っていい。
 しかしそれは、あくまで”現代”で、10年も昔に確立していたわけではない。

 そう、10年ぶりにF.W.Oの地に降り立って、最初に違和感を覚えなかったのが違和感だったのだ。
 現代技術に慣れきった者にとって、10年もの過去の遺物など、思い出補正との差異にがっかりして然るべし。
 思い出は、思い出として記憶に留めておくのが一番とかいうやつだ。

 今感じているVR世界は、明らかに現代の最新技術を用いたもの。
 よくよく思い返すと、以前のF.W.Oでは、自然を美しく感じれるほどではなかったし、NPCのディティールもかなり粗く、表情も冷たい人形感があった。お世辞にも、こんな自然な状態ではなかった。

(どういうわけだろう……? 最低でも、最新の論理モジュールや映像ジェネレーターが使われている?)

 今回、システム管理者としてアクセスしたわけでないので、各ソフトウェアのバージョンは確認できない。
 しかし、この分では、最新のソフトウェアに更新されていると見て、間違いなさそうだ。

(うん? 待てよ。ああ、そういうことか!)

 シノヤの会社では、管理費の節減のため、VRMMOの上位システムとして、相互情報共有化システムが据えられている。
 これは、最新の技術を管理下のゲームすべてに自動的にアップデートするもので、これにより稼動するすべてVRMMO世界で、均一で高精度な世界観が維持されている。
 特に、人工知能モジュールは特許を得ている独自のもので、自己学習はもとより、自社の数多の各ゲームに参加している年間数十万を超えるプレイヤーたちの行動理論を随時データベース化し、新たな人工知能の雛形としてフィードバックしている。
 そのため、人工知能は多種多様化し、今やゲーム内に於いて、NPCとプレイヤーの判別ができないほどのレベルにまで達していた。

 社内ネットワークでは繋がっていたため、そういった上位システムの恩恵を、F.W.Oもまたサービスが停止されてなお、ひっそりと受け続けてきたのだろう。
 足りないマシンスペックは、サービスが停止されたことでプレイヤーに割くリソースが少なくなり、どうにかなったというところか。

 そうなると、このF.W.O世界は、10年もの間、人間の干渉を受けることなく、独自で発展してきた異世界ともいえる。

 ただの懐かしさからの興味本位だったが、なにやら俄然意欲が湧いてきた。
 懐かしき記憶の中の世界が、この10年でどのような変貌を遂げたかなど、知るのはこの世で自分ひとりだけ。
 数日遅れのクリスマスプレゼントにしては、なんとも豪勢なものだろう。

 この少女エミリアの亡国という設定だって、実際にNPC間でファシリアという王国が興され、滅亡したこの世界での現実なのかもしれない。
 なんか、テンション上がってきた。早く、少女から世界の情勢を聞いてみたい。

「う、ん……」

 うきうきしてシノヤが待っていると、エミリアの眼がうっすらと開いた。
 細められた隙間から、淡い翠緑玉色の瞳が窺える。

「あ、気づいた? 俺は――」

 シノヤが思わず上体を屈めて覗き込むと、目を見開いた少女と至近距離で視線が合致した。

「き、きゃああああぁぁぁぁ――!」

 すぱーん!

 視界の外から平手が一閃――
 シノヤは横っ面を叩かれ、吹き飛ばされていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Free Emblem On-line

ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。 VRMMO『Free Emblem Online』 通称『F.E.O』 自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。 ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。 そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。 なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

最悪のゴミスキルと断言されたジョブとスキルばかり山盛りから始めるVRMMO

無謀突撃娘
ファンタジー
始めまして、僕は西園寺薫。 名前は凄く女の子なんだけど男です。とある私立の学校に通っています。容姿や行動がすごく女の子でよく間違えられるんだけどさほど気にしてないかな。 小説を読むことと手芸が得意です。あとは料理を少々出来るぐらい。 特徴?う~ん、生まれた日にちがものすごい運気の良い星ってぐらいかな。 姉二人が最新のVRMMOとか言うのを話題に出してきたんだ。 ゲームなんてしたこともなく説明書もチンプンカンプンで何も分からなかったけど「何でも出来る、何でもなれる」という宣伝文句とゲーム実況を見て始めることにしたんだ。 スキルなどはβ版の時に最悪スキルゴミスキルと認知されているスキルばかりです、今のゲームでは普通ぐらいの認知はされていると思いますがこの小説の中ではゴミにしかならない無用スキルとして認知されいます。 そのあたりのことを理解して読んでいただけると幸いです。

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

子ウサギは竜王様に寵愛されたい

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
私は餌だ。 目の前の巨大な竜にとって、食物連鎖の最弱の底辺の私等ーー… この小説はなろうでも掲載されております。 (なろうにあるPVお礼話/竜王に会うちょっと前のお話し/酔っ払った女神さん/ファンダムの外で/は此方には載せておりません。申し訳無いですが御理解お願い致します) ↓各章の見かた↓ 1章 2章 番外編 バレンタイン ( 竜王様の執事見習&メイド、番様の護衛やらせて頂きます 別部屋) 2.5章

コンカツ~ありふれた、けれど現実的じゃない物語~

音無威人
恋愛
お見合い専門のオンラインゲーム『コンカツ』に熱中する日々を送る蟻口光太。ポジティブぼっちな彼はある日、『コンカツ』の中で毒舌系美少女クラリと出会う。 「ごめんなさい。私暗くて惨めで情けなくてへぼくて地味でクズでゴミでダメダメな男性を見抜く力に昔からとっても長けているんですよね」 いきなり毒を吐かれた蟻口はなぜかクラリとコミュ障改善トレーニングに励むことになり……? ポジティブぼっち男子と毒舌系ナルシスト美少女のちょっとおかしなラブコメもの。 ※小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しています

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

処理中です...