F.W.O ~最強と最弱のアバターを駆使してVR世界を生き抜きます~

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第1章 アバター:シノヤ

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「おー、すげえ! サーバー生きてたか!」

 一也の意識は、F.W.Oの通称『ログインルーム』の中にあった。
 感覚としては、自分の身体も見えないほどの真っ暗な部屋で、視覚と聴覚のみが覚醒しているような、現実では味わえないものだ。

 なんというか、この殺風景な有様が妙に懐かしい。
 昨今のVRMMOといえば、ユーザー獲得のため、ここら辺も徹底しており、派手で煌びやかな映像やBGMが鳴り響き、擬人化された美形のシステムナビゲーターが登場するものだが、さすがは初期型VRMMOだけあって、シンプルなものだ。

 一也の本体――リアルボディは、会社のシステム管理室の専用コンソールに横たわっているままだ。
 コンソールといってもカプセル型のベッドに近く、体調管理から簡易的な生命維持までがモニターされている。
 仮想意識と肉体感覚が完全に剥離されるフルダイブには、使用が義務付けられている。

『ユーザーIDとパスワードを入力してください』

 味も素っ気もない合成音声のシステムナビゲーターに促される。

 10年もの間、いっさいのハード的メンテナンスもなく、放置されていたままのF.W.O用サーバーだったが、しぶとく壊れずにいてくれていたらしい。
 なにせ年代ものの機器だけに、半分くらいは接続もできずに終わるかと思っていたのだが、ここまではなんら問題ない。
 逆に言うと、ここまで来れてしまえば、プレイにも問題はないということだ。
 各パーツが数年単位で使い捨てられる前提の運用機器にして、10年以上も故障なくノントラブルでいたことは、僥倖と言う他ない。

(あとはアカも生きてるといいんだけどな)

 初期アカウントを新規作成してもいいが、登録手続きがなにかと面倒な上、どうせなら懐かしのアバターを10年越しに使ってみたいという気持ちもある。

 当時、勉強などそっちのけでやり込んで、鍛えまくった我がアバター。
 おぼろげながら、中二丸出しの設定だったと記憶しているが、今となってはいい思い出だろう。
 どうせ、他のプレイヤーがいるわけでもなく、余計な恥をかく心配もない。

 一也はシステムナビゲーターに応えて、IDとパスワードを音声入力した。
 暗闇の中、四角く光るコンソール画面が出現し、ふたつのアバター名が表示される。

<神人シノヤ>
<精人シノカ>

「やった、こっちも生きてた!」

 アカウント削除を拒否した当時の自分を褒めてやりたい。

 F.W.O――ファンタズマゴリア戦記オンラインは、ファンタズマゴリアという異世界を舞台に、『神族』『魔族』『精霊族』が三つ巴で覇を競う戦争もののオンラインゲーム。
 プレイヤーは超人類として、3つの陣営のいずれかに属してプレイする。
 神族に属する者を神人、魔族なら魔人、精霊族なら精人と、それぞれ銘打たれる。

 アカウントの複数所持も可能で、一也はシノヤとシノカという、ふたつの別アカを持っていた。

「んー? とりあえず、どっちでもいいかなぁ。じゃあ、シノヤでいってみるか」

 コンソールの<神人シノヤ>をタッチする。

 シノヤは、まだ胎児であった頃に身篭った母が魔人に襲われて、神人でありながらその身に呪いを宿して生を受け、周囲から忌まれて育つという不幸な生い立ちを持つ。
 神人でありながら、神人には禁忌とされる、魔人の代名詞たる強力な破壊の魔術を有し、その力を以って憎き魔人に復讐を誓う、堕天の神。
 ――という脳内設定だ。もちろん、能力配分もそれっぽくし、外見や装備もまたそれっぽい。プレイヤー間でも、それっぽく振る舞っていた。

「呪いがこの身と精神を蝕んでゆく……俺にはもう時間がない……」

 などと眉間を押さえて片膝付き、のたまっていたことは、紛れもない黒歴史。

 10年経過して成人した今となっては、赤面して軽く身悶えしたくなる。

『アバター名、シノヤ。ログインします』

 システムナビゲーターの合成音声が響き、一也の――いや、シノヤの視界は光に覆われた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 浮遊感にも似た揺らぎの後、一瞬すべての知覚が途切れ、じんわりと戻ってくる感覚は、十数年前の次世代新技術としての発表当初から変わらず、VRMMOにフルダイブするときの独特のものだ。

 仕事として携わることになってから知ったことだが、これは脳を騙し、仮想電子体に意識や神経を接続する際に起こる必要な行程らしい。
 パソコンでモニターをすげ替えるようなものだ。本体を短い時間スリープモードにし、その間にモニターのプラグを差し替える。開発に配属された同期の話では、簡単にはそんな感じらしい。

 今でも仕事はもとよりプライベートでも、VRフルダイブなど日常的だ。
 それ自体は、いつもとなんら変わりない。

 瞼を通して、光が感じられて、シノヤは目を開いた。
 緑の匂いが濃いところから、ここはおそらく森の中だろう。

 さすがに10年も以前のことなので、最後にログアウトしたのがどこかまでは覚えていない。
 ただ、F.W.Oでは、基本的にログインログアウトは街中でのみとされていた。
 ログアウト中のアバターは、ゲーム内犯罪防止の観点からも、石像のオブジェクト扱いで、破壊不能で移動も不可。となると、必然的にここは街中になるはずだが……はて?

 光に目が慣れ、おぼろげだが周囲の状況も確認できるようになってきた。
 建造物の名残らしき物はあるが、どれもこれも朽ち果てている。
 むしろ、視界に映る物としては、自然の木々のほうが多い。

「う、う~ん……」

 久しぶりに動かすアバターのせいか、シノヤは気だるさに大欠伸をして、こわばった身体を伸ばした。目尻から涙まで出てくる。

 個人的にはここまでリアルに再現しなくてもいいかと思うが、仮想現実の目指す先は、仮想を超えた現実らしい。
 そのマニアックな信念のもと、日夜、研究開発が続けられ、VR技術は日進月歩で格段の進歩を遂げている。ご苦労なこって。

『複数のアイテムが耐久度を超過しました。ロストします』

「あらら」

 システムナビゲーターが告げてくると同時、プレイヤーにしか見えないウィンドウに、ロストアイテムの一覧が表示される。

 装備している武具や所持アイテムの大半が、ログインと同時にロスト欄に並んでしまった。

 F.W.Oのプレイヤー所持のアイテムには、すべて耐久度が設定されている。
 武具などはその代名詞で、無茶な使い方や過度の損傷を負った際には、耐久力の回復等の対策を講じないと、簡単に消失してしまう。
 その上、経年劣化もあり、わかりやすいものだと食料など、日持ちしないものは長くて数日、早いと数時間で痛んでしまう。ゲーム内では賞味期限などとも呼ばれるが。
 痛んだものはバッドステータスを生じる別アイテムとなり、それにもさらに耐久度が設定され、最終的には道具と同じく無くなってしまう。

 当然、それは武具やアイテムにも当て嵌まるのだが……飲食系以外は耐久度が高く、1日で低下する経年劣化の数値など、ごくわずかだ。劣化が原因で、アイテムロストすることなどまずないといえる。
 少なくともシノヤは初めてお目にかかった。

(あーあ……中学時代に、苦労して揃えた物たちが……)

 現金なもので、今まですっかり忘れていたのだが、こうして失ってみると、当時の苦労した記憶が蘇える。
 多大な時間と些少な資金を費やして集めた諸々が、一瞬で塵と化してしまった。
 特に、少ない小遣いをどうにかやりくりして捻出し、入手した課金アイテムなど、思い入れはもちろんだが、それ以上にかなり惜しい。
 サービスが停止して久しい現在、どんなにレアでもゲーム内で入手できるアイテムと違い、逆に入手方法が存在しない超レアアイテムともいえる。

(装備どころか、まさか着ている服までロストとは……誰だ、こんな無駄機能つけたのは?)

 真っ裸になってしまったアバターの身体を見下ろす。

 胡坐をかいた体勢の股間に、リアルよりもご立派なモノがぷらぷらしている。
 この機能は当時からあったのだろうが、さすがにゲーム中に全裸になる趣味はなかったので、シノヤとしては知らなかった。
 というか、服を脱げる機能からして、当時の記憶にはない。

(まあ、他に誰がいるわけでもなし、いいけどね……)

 そう胸中で呟いて、シノヤが視線を上げた途端――正面にいた少女とばっちり目が合った。

 こちらが一段高いところにいたので、低い場所に突っ立っていた少女の存在には気づかなかった。
 純白の全身鎧を纏った金髪少女は、本来は真っ白であろう肌をすべて真っ赤に染め上げて、ある一点を凝視している。
 まあ、その一点とは、シノヤもついさっきまで見下ろしていた、アバターの股間であるわけだが。

「うっきゃあー!」

 素っ頓狂な声を上げ、少女は両手を掲げて背筋を伸ばした体勢のまま、背後にばたーんと卒倒してしまった。
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