1 / 8
プロローグ
姫騎士
しおりを挟む
陽光差し込める朽ちた遺跡で、ひとりの少女が熱心に祈りを捧げていた。
千年もの昔、かつて神人の都として栄えた古都は、今では森に呑み込まれ、わずかばかりの痕跡を残すばかりだ。
人の身ながらに神の恩寵を受け、超絶の力を持つとされた者。そして、あるときを境に、突然姿を消してしまった者――それが神人と呼ばれた御使いたち。
時が流れ、人々の記憶からも薄れて久しいが、確かにそこに御使いが存在していた証がある。
跪く少女の眼前、長年風雨に晒され続けて崩れかけた石の台座には、蹲った格好の1体の鎧姿の戦士像がある。
それこそ、かつて世に威勢を誇った神人の成れの果て――とされている。
既に、真偽を知る者は生きていない。
少女もまた、人伝に知らされただけに過ぎないが、それが真実であることは疑ってはいない。
周囲の荒れ果てた状況とは異なり、その戦士像には風化など一切見て取れない。
表皮こそ石のようになっているが、今にも動き出しそうな繊細な外観は、人の手によって作られたものとは到底思えず、まるで生きているよう。
だからこそ、この日、この時、こうして少女は一心に祈りを捧げるのだ。
少女の年の頃は10代半ばほど。
しかしながら、年頃の娘とも思えないような、無粋な鎧に身を包んでいる。
見るものが見れば、それが聖騎士の称号を与えられた者にしか装備できない、純白の聖なる鎧であることがわかるだろう。
そして、さらに見識ある者ならば、その鎧に刻まれた紋章が、近年、滅んだファシリア王家のものだとわかるだろう。
少女の名は、エミリア・フル・フォン・ファシリア。
かつてのファシリア王家第二王女にして王家最後の生き残り。
今や亡国の王女として戦線に立つ、姫騎士である。
エミリアは大きな戦があるたびに、こうしてここを訪れる。
彼女は神を奉じる信徒でありながら、真の意味では神を信じていない。
気紛れに奇跡を与えるあやふやな存在より、血肉を持ち、かの昔には祖先と共に肩を並べて戦ったという、神人こそ祈るに値すると信じている。
数日を待たずして、ついに到来する決戦のとき。
この戦の趨勢にて、残された人族の命運が決するといってもいい。
少女が祈り続けて、一刻ほども経つ。
祈って、神人の力を得るわけでもないことはわかっているが、止めたくなかった。
現実逃避だとはエミリア自身も理解している。
客観的事実として、おそらく彼女らは負ける。
それほどに彼我の戦力差は明確だ。だからこそ、伝説となった超常の存在に縋りたくもなる。
それからさらに、いかばかりの時が流れただろうか。
中天を指していた太陽も、目に見えて位置を傾けていた。
直上からの日光に晒され続けた鎧に熱がこもり、いつしかエミリアの肢体は汗まみれとなっていた。
麗しい長い金髪が、俯いた白い頬に張り付いてしまっている。
さすがに時間をかけすぎた。
これでは森の外で待たせている従騎士が、心配してやってきかねない。
亡国となった祖国の無念を晴らすため、残って付いてきてくれたファシリア騎士を率いる将としても、弱気な様を晒すわけにはいかない。
エミリアは名残惜しさを抑え込み、祈りを止めて立ち上がった。
『アバター名、シノヤ。ログインします』
「何者だっ!?」
エミリアは誰何の声を上げ、即座に抜剣した。
慣れた動作で抜き払った、ファシリア王家の秘宝、神剣アーバンライツの白銀の刀身が、陽光を反射する。
神剣を両手に構えつつ、エミリアは慎重に周囲を窺うが、辺りには気配どころか、それらしき者の影も形もない。
感じるのはせいぜい木々を飛び交う小鳥の囀りくらいか。
念のために神聖魔法による魔力探知も行なってみるが、周囲一帯に反応はない。
ただ、幻聴と断じるには、あまりに明確に聞こえすぎた。
(アバター……ログイン? なんのこと?)
耳にしたことない単語であることは確かだ。
敵の魔法かもしれない。
エミリアはなおも、周囲に隙なく視線を配って――それが、つい今まで祈りを捧げていた神人の戦士像の前で止まった。
「なあっ――!?」
エミリアは驚愕に目を見開く。
台座に鎮座していた像の色が変わり始めていたのだ。
くすんだ石の色をしていた肌が赤みが差し、髪が黒く変色していた。鎧が鮮やかな色彩を帯び――あろうことか、その身体が脈動し、にわかに動き出していた。
エミリアが唖然と見つめるわずか数瞬で、石像だったはずのものが、ひとりの人間に変貌していた。
黒髪黒目の精悍そうな青年で、見事な全身鎧と、大剣を携えていた。
青年は台座の上で、眠そうに欠伸をして、寝起きさながらに大きく伸びをしている。
「あ……」
エミリアは信じられない気持ちで、思わず神剣を取り落として、手を伸ばした。
もしや、神人……?と呟きかけたとき、唐突に青年の装備していた剣や鎧、さらには服までもが塵となって風にさらわれた。
「へ?」
「え?」
お互いに変な声が出る。
青年の視線が下がったので、ついついエミリアもそれを追ってしまった。
まあ、青年は全裸になっていたわけで。
青年が数段高い台座にいた関係上、下にいたエミリアは真正面から青年の股間を直視してしまった。
「うっきゃあー!」
静寂に満ちた森の遺跡に、場違いな黄色い悲鳴が響き渡ったのだった。
千年もの昔、かつて神人の都として栄えた古都は、今では森に呑み込まれ、わずかばかりの痕跡を残すばかりだ。
人の身ながらに神の恩寵を受け、超絶の力を持つとされた者。そして、あるときを境に、突然姿を消してしまった者――それが神人と呼ばれた御使いたち。
時が流れ、人々の記憶からも薄れて久しいが、確かにそこに御使いが存在していた証がある。
跪く少女の眼前、長年風雨に晒され続けて崩れかけた石の台座には、蹲った格好の1体の鎧姿の戦士像がある。
それこそ、かつて世に威勢を誇った神人の成れの果て――とされている。
既に、真偽を知る者は生きていない。
少女もまた、人伝に知らされただけに過ぎないが、それが真実であることは疑ってはいない。
周囲の荒れ果てた状況とは異なり、その戦士像には風化など一切見て取れない。
表皮こそ石のようになっているが、今にも動き出しそうな繊細な外観は、人の手によって作られたものとは到底思えず、まるで生きているよう。
だからこそ、この日、この時、こうして少女は一心に祈りを捧げるのだ。
少女の年の頃は10代半ばほど。
しかしながら、年頃の娘とも思えないような、無粋な鎧に身を包んでいる。
見るものが見れば、それが聖騎士の称号を与えられた者にしか装備できない、純白の聖なる鎧であることがわかるだろう。
そして、さらに見識ある者ならば、その鎧に刻まれた紋章が、近年、滅んだファシリア王家のものだとわかるだろう。
少女の名は、エミリア・フル・フォン・ファシリア。
かつてのファシリア王家第二王女にして王家最後の生き残り。
今や亡国の王女として戦線に立つ、姫騎士である。
エミリアは大きな戦があるたびに、こうしてここを訪れる。
彼女は神を奉じる信徒でありながら、真の意味では神を信じていない。
気紛れに奇跡を与えるあやふやな存在より、血肉を持ち、かの昔には祖先と共に肩を並べて戦ったという、神人こそ祈るに値すると信じている。
数日を待たずして、ついに到来する決戦のとき。
この戦の趨勢にて、残された人族の命運が決するといってもいい。
少女が祈り続けて、一刻ほども経つ。
祈って、神人の力を得るわけでもないことはわかっているが、止めたくなかった。
現実逃避だとはエミリア自身も理解している。
客観的事実として、おそらく彼女らは負ける。
それほどに彼我の戦力差は明確だ。だからこそ、伝説となった超常の存在に縋りたくもなる。
それからさらに、いかばかりの時が流れただろうか。
中天を指していた太陽も、目に見えて位置を傾けていた。
直上からの日光に晒され続けた鎧に熱がこもり、いつしかエミリアの肢体は汗まみれとなっていた。
麗しい長い金髪が、俯いた白い頬に張り付いてしまっている。
さすがに時間をかけすぎた。
これでは森の外で待たせている従騎士が、心配してやってきかねない。
亡国となった祖国の無念を晴らすため、残って付いてきてくれたファシリア騎士を率いる将としても、弱気な様を晒すわけにはいかない。
エミリアは名残惜しさを抑え込み、祈りを止めて立ち上がった。
『アバター名、シノヤ。ログインします』
「何者だっ!?」
エミリアは誰何の声を上げ、即座に抜剣した。
慣れた動作で抜き払った、ファシリア王家の秘宝、神剣アーバンライツの白銀の刀身が、陽光を反射する。
神剣を両手に構えつつ、エミリアは慎重に周囲を窺うが、辺りには気配どころか、それらしき者の影も形もない。
感じるのはせいぜい木々を飛び交う小鳥の囀りくらいか。
念のために神聖魔法による魔力探知も行なってみるが、周囲一帯に反応はない。
ただ、幻聴と断じるには、あまりに明確に聞こえすぎた。
(アバター……ログイン? なんのこと?)
耳にしたことない単語であることは確かだ。
敵の魔法かもしれない。
エミリアはなおも、周囲に隙なく視線を配って――それが、つい今まで祈りを捧げていた神人の戦士像の前で止まった。
「なあっ――!?」
エミリアは驚愕に目を見開く。
台座に鎮座していた像の色が変わり始めていたのだ。
くすんだ石の色をしていた肌が赤みが差し、髪が黒く変色していた。鎧が鮮やかな色彩を帯び――あろうことか、その身体が脈動し、にわかに動き出していた。
エミリアが唖然と見つめるわずか数瞬で、石像だったはずのものが、ひとりの人間に変貌していた。
黒髪黒目の精悍そうな青年で、見事な全身鎧と、大剣を携えていた。
青年は台座の上で、眠そうに欠伸をして、寝起きさながらに大きく伸びをしている。
「あ……」
エミリアは信じられない気持ちで、思わず神剣を取り落として、手を伸ばした。
もしや、神人……?と呟きかけたとき、唐突に青年の装備していた剣や鎧、さらには服までもが塵となって風にさらわれた。
「へ?」
「え?」
お互いに変な声が出る。
青年の視線が下がったので、ついついエミリアもそれを追ってしまった。
まあ、青年は全裸になっていたわけで。
青年が数段高い台座にいた関係上、下にいたエミリアは真正面から青年の股間を直視してしまった。
「うっきゃあー!」
静寂に満ちた森の遺跡に、場違いな黄色い悲鳴が響き渡ったのだった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
Free Emblem On-line
ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。
VRMMO『Free Emblem Online』
通称『F.E.O』
自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。
ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。
そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。
なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜
FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio
通称、【GKM】
これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。
世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。
その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。
この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。
その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる