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プロローグ
姫騎士
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陽光差し込める朽ちた遺跡で、ひとりの少女が熱心に祈りを捧げていた。
千年もの昔、かつて神人の都として栄えた古都は、今では森に呑み込まれ、わずかばかりの痕跡を残すばかりだ。
人の身ながらに神の恩寵を受け、超絶の力を持つとされた者。そして、あるときを境に、突然姿を消してしまった者――それが神人と呼ばれた御使いたち。
時が流れ、人々の記憶からも薄れて久しいが、確かにそこに御使いが存在していた証がある。
跪く少女の眼前、長年風雨に晒され続けて崩れかけた石の台座には、蹲った格好の1体の鎧姿の戦士像がある。
それこそ、かつて世に威勢を誇った神人の成れの果て――とされている。
既に、真偽を知る者は生きていない。
少女もまた、人伝に知らされただけに過ぎないが、それが真実であることは疑ってはいない。
周囲の荒れ果てた状況とは異なり、その戦士像には風化など一切見て取れない。
表皮こそ石のようになっているが、今にも動き出しそうな繊細な外観は、人の手によって作られたものとは到底思えず、まるで生きているよう。
だからこそ、この日、この時、こうして少女は一心に祈りを捧げるのだ。
少女の年の頃は10代半ばほど。
しかしながら、年頃の娘とも思えないような、無粋な鎧に身を包んでいる。
見るものが見れば、それが聖騎士の称号を与えられた者にしか装備できない、純白の聖なる鎧であることがわかるだろう。
そして、さらに見識ある者ならば、その鎧に刻まれた紋章が、近年、滅んだファシリア王家のものだとわかるだろう。
少女の名は、エミリア・フル・フォン・ファシリア。
かつてのファシリア王家第二王女にして王家最後の生き残り。
今や亡国の王女として戦線に立つ、姫騎士である。
エミリアは大きな戦があるたびに、こうしてここを訪れる。
彼女は神を奉じる信徒でありながら、真の意味では神を信じていない。
気紛れに奇跡を与えるあやふやな存在より、血肉を持ち、かの昔には祖先と共に肩を並べて戦ったという、神人こそ祈るに値すると信じている。
数日を待たずして、ついに到来する決戦のとき。
この戦の趨勢にて、残された人族の命運が決するといってもいい。
少女が祈り続けて、一刻ほども経つ。
祈って、神人の力を得るわけでもないことはわかっているが、止めたくなかった。
現実逃避だとはエミリア自身も理解している。
客観的事実として、おそらく彼女らは負ける。
それほどに彼我の戦力差は明確だ。だからこそ、伝説となった超常の存在に縋りたくもなる。
それからさらに、いかばかりの時が流れただろうか。
中天を指していた太陽も、目に見えて位置を傾けていた。
直上からの日光に晒され続けた鎧に熱がこもり、いつしかエミリアの肢体は汗まみれとなっていた。
麗しい長い金髪が、俯いた白い頬に張り付いてしまっている。
さすがに時間をかけすぎた。
これでは森の外で待たせている従騎士が、心配してやってきかねない。
亡国となった祖国の無念を晴らすため、残って付いてきてくれたファシリア騎士を率いる将としても、弱気な様を晒すわけにはいかない。
エミリアは名残惜しさを抑え込み、祈りを止めて立ち上がった。
『アバター名、シノヤ。ログインします』
「何者だっ!?」
エミリアは誰何の声を上げ、即座に抜剣した。
慣れた動作で抜き払った、ファシリア王家の秘宝、神剣アーバンライツの白銀の刀身が、陽光を反射する。
神剣を両手に構えつつ、エミリアは慎重に周囲を窺うが、辺りには気配どころか、それらしき者の影も形もない。
感じるのはせいぜい木々を飛び交う小鳥の囀りくらいか。
念のために神聖魔法による魔力探知も行なってみるが、周囲一帯に反応はない。
ただ、幻聴と断じるには、あまりに明確に聞こえすぎた。
(アバター……ログイン? なんのこと?)
耳にしたことない単語であることは確かだ。
敵の魔法かもしれない。
エミリアはなおも、周囲に隙なく視線を配って――それが、つい今まで祈りを捧げていた神人の戦士像の前で止まった。
「なあっ――!?」
エミリアは驚愕に目を見開く。
台座に鎮座していた像の色が変わり始めていたのだ。
くすんだ石の色をしていた肌が赤みが差し、髪が黒く変色していた。鎧が鮮やかな色彩を帯び――あろうことか、その身体が脈動し、にわかに動き出していた。
エミリアが唖然と見つめるわずか数瞬で、石像だったはずのものが、ひとりの人間に変貌していた。
黒髪黒目の精悍そうな青年で、見事な全身鎧と、大剣を携えていた。
青年は台座の上で、眠そうに欠伸をして、寝起きさながらに大きく伸びをしている。
「あ……」
エミリアは信じられない気持ちで、思わず神剣を取り落として、手を伸ばした。
もしや、神人……?と呟きかけたとき、唐突に青年の装備していた剣や鎧、さらには服までもが塵となって風にさらわれた。
「へ?」
「え?」
お互いに変な声が出る。
青年の視線が下がったので、ついついエミリアもそれを追ってしまった。
まあ、青年は全裸になっていたわけで。
青年が数段高い台座にいた関係上、下にいたエミリアは真正面から青年の股間を直視してしまった。
「うっきゃあー!」
静寂に満ちた森の遺跡に、場違いな黄色い悲鳴が響き渡ったのだった。
千年もの昔、かつて神人の都として栄えた古都は、今では森に呑み込まれ、わずかばかりの痕跡を残すばかりだ。
人の身ながらに神の恩寵を受け、超絶の力を持つとされた者。そして、あるときを境に、突然姿を消してしまった者――それが神人と呼ばれた御使いたち。
時が流れ、人々の記憶からも薄れて久しいが、確かにそこに御使いが存在していた証がある。
跪く少女の眼前、長年風雨に晒され続けて崩れかけた石の台座には、蹲った格好の1体の鎧姿の戦士像がある。
それこそ、かつて世に威勢を誇った神人の成れの果て――とされている。
既に、真偽を知る者は生きていない。
少女もまた、人伝に知らされただけに過ぎないが、それが真実であることは疑ってはいない。
周囲の荒れ果てた状況とは異なり、その戦士像には風化など一切見て取れない。
表皮こそ石のようになっているが、今にも動き出しそうな繊細な外観は、人の手によって作られたものとは到底思えず、まるで生きているよう。
だからこそ、この日、この時、こうして少女は一心に祈りを捧げるのだ。
少女の年の頃は10代半ばほど。
しかしながら、年頃の娘とも思えないような、無粋な鎧に身を包んでいる。
見るものが見れば、それが聖騎士の称号を与えられた者にしか装備できない、純白の聖なる鎧であることがわかるだろう。
そして、さらに見識ある者ならば、その鎧に刻まれた紋章が、近年、滅んだファシリア王家のものだとわかるだろう。
少女の名は、エミリア・フル・フォン・ファシリア。
かつてのファシリア王家第二王女にして王家最後の生き残り。
今や亡国の王女として戦線に立つ、姫騎士である。
エミリアは大きな戦があるたびに、こうしてここを訪れる。
彼女は神を奉じる信徒でありながら、真の意味では神を信じていない。
気紛れに奇跡を与えるあやふやな存在より、血肉を持ち、かの昔には祖先と共に肩を並べて戦ったという、神人こそ祈るに値すると信じている。
数日を待たずして、ついに到来する決戦のとき。
この戦の趨勢にて、残された人族の命運が決するといってもいい。
少女が祈り続けて、一刻ほども経つ。
祈って、神人の力を得るわけでもないことはわかっているが、止めたくなかった。
現実逃避だとはエミリア自身も理解している。
客観的事実として、おそらく彼女らは負ける。
それほどに彼我の戦力差は明確だ。だからこそ、伝説となった超常の存在に縋りたくもなる。
それからさらに、いかばかりの時が流れただろうか。
中天を指していた太陽も、目に見えて位置を傾けていた。
直上からの日光に晒され続けた鎧に熱がこもり、いつしかエミリアの肢体は汗まみれとなっていた。
麗しい長い金髪が、俯いた白い頬に張り付いてしまっている。
さすがに時間をかけすぎた。
これでは森の外で待たせている従騎士が、心配してやってきかねない。
亡国となった祖国の無念を晴らすため、残って付いてきてくれたファシリア騎士を率いる将としても、弱気な様を晒すわけにはいかない。
エミリアは名残惜しさを抑え込み、祈りを止めて立ち上がった。
『アバター名、シノヤ。ログインします』
「何者だっ!?」
エミリアは誰何の声を上げ、即座に抜剣した。
慣れた動作で抜き払った、ファシリア王家の秘宝、神剣アーバンライツの白銀の刀身が、陽光を反射する。
神剣を両手に構えつつ、エミリアは慎重に周囲を窺うが、辺りには気配どころか、それらしき者の影も形もない。
感じるのはせいぜい木々を飛び交う小鳥の囀りくらいか。
念のために神聖魔法による魔力探知も行なってみるが、周囲一帯に反応はない。
ただ、幻聴と断じるには、あまりに明確に聞こえすぎた。
(アバター……ログイン? なんのこと?)
耳にしたことない単語であることは確かだ。
敵の魔法かもしれない。
エミリアはなおも、周囲に隙なく視線を配って――それが、つい今まで祈りを捧げていた神人の戦士像の前で止まった。
「なあっ――!?」
エミリアは驚愕に目を見開く。
台座に鎮座していた像の色が変わり始めていたのだ。
くすんだ石の色をしていた肌が赤みが差し、髪が黒く変色していた。鎧が鮮やかな色彩を帯び――あろうことか、その身体が脈動し、にわかに動き出していた。
エミリアが唖然と見つめるわずか数瞬で、石像だったはずのものが、ひとりの人間に変貌していた。
黒髪黒目の精悍そうな青年で、見事な全身鎧と、大剣を携えていた。
青年は台座の上で、眠そうに欠伸をして、寝起きさながらに大きく伸びをしている。
「あ……」
エミリアは信じられない気持ちで、思わず神剣を取り落として、手を伸ばした。
もしや、神人……?と呟きかけたとき、唐突に青年の装備していた剣や鎧、さらには服までもが塵となって風にさらわれた。
「へ?」
「え?」
お互いに変な声が出る。
青年の視線が下がったので、ついついエミリアもそれを追ってしまった。
まあ、青年は全裸になっていたわけで。
青年が数段高い台座にいた関係上、下にいたエミリアは真正面から青年の股間を直視してしまった。
「うっきゃあー!」
静寂に満ちた森の遺跡に、場違いな黄色い悲鳴が響き渡ったのだった。
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