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第2話
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あの日以来、二人で帰るようになった。
会話の内容はどれも他愛のないもので、今日の授業は退屈だったとか、誕生日はいつなのかとか、本当に中身のない話ばかりで。
私はどうしてこの男と一緒にいるのだろうか。
確かにいつ見ても顔がいいので目の保養にはなるけども、手を伸ばせば届く距離にいるくせに、どちらからも相手に触れようとすらしないなんて。
私は意地になっているのかな。ゲーム感覚なのかもしれない。
この男とキスができたら私の勝ち。
そんな小学生みたいなゲームをしてる。
「そうだ、橘さんて兄妹いるんですか?」
「いないけど」
「そうなんですね。僕には三つ上のお姉さんがいるんですけど、最近彼氏ができたみたいで毎日楽しそうなんですよ」
心底どうでも良かった。
そんな自分の姉の彼氏自慢なんて聞かされても退屈で仕方がない。
もしかしてこの人、見た目はいいけど中身がスカスカなんじゃないの。
どうして私、こんな人とキスしようだなんて思ったの。
私は。
「もういいや。一緒に帰るの、やめよう」←
「もういいや。なんか飽きちゃった」
「もういいや。一緒に帰るの、やめよう」
ふと立ち止まると、本当に驚いたような顔をする。
「え、どうしてですか?」
「きみと話しててもつまんないから」
流れるプールは嫌いだった。いつまで経っても同じ景色をぐるぐるとまわるだけ。
私はもっと、ウォータースライダーみたいな人と一緒にいたいのに。
「……そうですか。じゃあ、気を付けて。さようなら」
多分、私の言葉の意味をわかっていないんじゃないかな。
だってこれじゃあ、あまりにもあっけなさすぎる。
今日はって意味じゃないんだけど。これから先も、ずっとって意味なんだけど。
もしも明日も下駄箱で待ってたら言ってやろう。
きみとはもう二度と話すつもりはないんだって。
それなのに男は次の日もまた次の日も私のことなど待っていなかった。
嘘でしょう。これじゃあまるで、私の言葉の意味をわかった上で、あんなにあっけなく引き下がったってこと?
それはそれでいやだった。なんていうか、プライドが傷付いた。
ありえない。私の方から近付かなければ、私と話すチャンスなんてなかったくせに。私と話せるなんて光栄なんだから。それなのにどうして。
いてもたってもいられなくなった私は。
鬱憤を晴らすべく合コンに参加することにした。
男の教室に乗り込むことにした。←
男の教室に乗り込むことにした。
とはいえ今は授業中である。急に席を立ち教室を出た私を先生は心配し、私の名前を呼んだ。
呼びはしたものの、それ以上追いかけてはこないのだから笑っちゃうね。
心配するふり。形だけ。なんて愉快なの。
ガラッと勢いよく六組のドアを開けると、一番前、黒板の目の前に男は座っていた。
「橘さん?」
きょとんとした間抜けな顔。私のプライドを傷付けておいて、なんなのよその顔は。
「ちょっときて」
私は教室に足を踏み入れると、男の手を掴んで廊下へと引っ張っていく。
こいつだけは許さない。綺麗な顔を傷付けてやろうとは思わないけど、せめてひとこと言ってやらないと気が済まない。
「あ、あのう。どうしたんですか?」
三階と屋上を繋ぐ踊り場までくると、私は踵を返して男を見た。
「どうして先に帰っちゃうの」
まって、ちがう、間違えた。こんな言い方じゃ伝わらない。
「それは貴女が言ったんじゃないですか。僕と話しててもつまんないからって」
そうだ、私がそう言った。だから男は身を引いたんだ。
それなのにどうして私は何も言い返せないんだろう。さっきまであんなに憤っていたくせに。
「ああそうか、橘さんはきっと、あまのじゃくなんですね」
楽しそうに、柔らかに微笑んだ。窓から差す日の光が男を照らすと、綺麗だと感じた。
「あまのじゃくなんて、言われたことないんだけど」
男から目が離せなかった。この胸の高鳴りをどう説明すればいいのかわからない。
だってこんなの知らない。知らないんだからわからないよ。
「寂しかったんですか?」
「は?」
「僕がいなくて、寂しかったんですか?」
「そ、そんなわけないじゃん」←
「……うん」
「そ、そんなわけないじゃん」
「あはは。本当にあまのじゃくだ」
ふいに降ってきたタメ口にはっとする。普段は敬語を使っているくせに、ふとした瞬間にそれがなくなるのはわざとなのだろうか。それとも無意識に?
「敬語じゃなくなってる」
「あ、本当だ、ごめんなさい」
「ねえ、誰にたいしても敬語なの?」
「そうですね。敬語の方が楽なので」
「じゃあなんでさっきは敬語じゃなかったの?」
「えっと……な、なんででしょう?」
自分でもわかってないんだ。ふうん。
「ま、いいや。じゃあ私は教室に戻るから」
「あ、はい」
私にたいする行動とか、言葉とか。そういうの全部、意味なんてなかったんだ。
私ばかりが振りまわされてばかみたい。
もうやめよう。これ以上は、もういやだ。
その日学校がおわると、私は真っ直ぐ家に帰った。
>>>>やり直し
「そ、そんなわけないじゃん」
「……うん」←
「……うん」
自然と言葉が浮かんできた。するとまた、男がふわりと微笑むのでこちらもじっと見つめてしまう。
「もう、変なところで素直なんですから」
私は何か変なことを言ったのだろうか。それすらもわからなくなっている。
「仕方ないですね。ではまた、一緒に帰りましょうか」
子供扱いされているとも思わずに、私は首を縦に振る。
教室に戻るともう、誰も私のことなど気にしていなかった。
会話の内容はどれも他愛のないもので、今日の授業は退屈だったとか、誕生日はいつなのかとか、本当に中身のない話ばかりで。
私はどうしてこの男と一緒にいるのだろうか。
確かにいつ見ても顔がいいので目の保養にはなるけども、手を伸ばせば届く距離にいるくせに、どちらからも相手に触れようとすらしないなんて。
私は意地になっているのかな。ゲーム感覚なのかもしれない。
この男とキスができたら私の勝ち。
そんな小学生みたいなゲームをしてる。
「そうだ、橘さんて兄妹いるんですか?」
「いないけど」
「そうなんですね。僕には三つ上のお姉さんがいるんですけど、最近彼氏ができたみたいで毎日楽しそうなんですよ」
心底どうでも良かった。
そんな自分の姉の彼氏自慢なんて聞かされても退屈で仕方がない。
もしかしてこの人、見た目はいいけど中身がスカスカなんじゃないの。
どうして私、こんな人とキスしようだなんて思ったの。
私は。
「もういいや。一緒に帰るの、やめよう」←
「もういいや。なんか飽きちゃった」
「もういいや。一緒に帰るの、やめよう」
ふと立ち止まると、本当に驚いたような顔をする。
「え、どうしてですか?」
「きみと話しててもつまんないから」
流れるプールは嫌いだった。いつまで経っても同じ景色をぐるぐるとまわるだけ。
私はもっと、ウォータースライダーみたいな人と一緒にいたいのに。
「……そうですか。じゃあ、気を付けて。さようなら」
多分、私の言葉の意味をわかっていないんじゃないかな。
だってこれじゃあ、あまりにもあっけなさすぎる。
今日はって意味じゃないんだけど。これから先も、ずっとって意味なんだけど。
もしも明日も下駄箱で待ってたら言ってやろう。
きみとはもう二度と話すつもりはないんだって。
それなのに男は次の日もまた次の日も私のことなど待っていなかった。
嘘でしょう。これじゃあまるで、私の言葉の意味をわかった上で、あんなにあっけなく引き下がったってこと?
それはそれでいやだった。なんていうか、プライドが傷付いた。
ありえない。私の方から近付かなければ、私と話すチャンスなんてなかったくせに。私と話せるなんて光栄なんだから。それなのにどうして。
いてもたってもいられなくなった私は。
鬱憤を晴らすべく合コンに参加することにした。
男の教室に乗り込むことにした。←
男の教室に乗り込むことにした。
とはいえ今は授業中である。急に席を立ち教室を出た私を先生は心配し、私の名前を呼んだ。
呼びはしたものの、それ以上追いかけてはこないのだから笑っちゃうね。
心配するふり。形だけ。なんて愉快なの。
ガラッと勢いよく六組のドアを開けると、一番前、黒板の目の前に男は座っていた。
「橘さん?」
きょとんとした間抜けな顔。私のプライドを傷付けておいて、なんなのよその顔は。
「ちょっときて」
私は教室に足を踏み入れると、男の手を掴んで廊下へと引っ張っていく。
こいつだけは許さない。綺麗な顔を傷付けてやろうとは思わないけど、せめてひとこと言ってやらないと気が済まない。
「あ、あのう。どうしたんですか?」
三階と屋上を繋ぐ踊り場までくると、私は踵を返して男を見た。
「どうして先に帰っちゃうの」
まって、ちがう、間違えた。こんな言い方じゃ伝わらない。
「それは貴女が言ったんじゃないですか。僕と話しててもつまんないからって」
そうだ、私がそう言った。だから男は身を引いたんだ。
それなのにどうして私は何も言い返せないんだろう。さっきまであんなに憤っていたくせに。
「ああそうか、橘さんはきっと、あまのじゃくなんですね」
楽しそうに、柔らかに微笑んだ。窓から差す日の光が男を照らすと、綺麗だと感じた。
「あまのじゃくなんて、言われたことないんだけど」
男から目が離せなかった。この胸の高鳴りをどう説明すればいいのかわからない。
だってこんなの知らない。知らないんだからわからないよ。
「寂しかったんですか?」
「は?」
「僕がいなくて、寂しかったんですか?」
「そ、そんなわけないじゃん」←
「……うん」
「そ、そんなわけないじゃん」
「あはは。本当にあまのじゃくだ」
ふいに降ってきたタメ口にはっとする。普段は敬語を使っているくせに、ふとした瞬間にそれがなくなるのはわざとなのだろうか。それとも無意識に?
「敬語じゃなくなってる」
「あ、本当だ、ごめんなさい」
「ねえ、誰にたいしても敬語なの?」
「そうですね。敬語の方が楽なので」
「じゃあなんでさっきは敬語じゃなかったの?」
「えっと……な、なんででしょう?」
自分でもわかってないんだ。ふうん。
「ま、いいや。じゃあ私は教室に戻るから」
「あ、はい」
私にたいする行動とか、言葉とか。そういうの全部、意味なんてなかったんだ。
私ばかりが振りまわされてばかみたい。
もうやめよう。これ以上は、もういやだ。
その日学校がおわると、私は真っ直ぐ家に帰った。
>>>>やり直し
「そ、そんなわけないじゃん」
「……うん」←
「……うん」
自然と言葉が浮かんできた。するとまた、男がふわりと微笑むのでこちらもじっと見つめてしまう。
「もう、変なところで素直なんですから」
私は何か変なことを言ったのだろうか。それすらもわからなくなっている。
「仕方ないですね。ではまた、一緒に帰りましょうか」
子供扱いされているとも思わずに、私は首を縦に振る。
教室に戻るともう、誰も私のことなど気にしていなかった。
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