僕と彼女と夏のおわり

真鶴瑠衣

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僕と彼女と夏のおわり/Aルート

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 雲ひとつない夜空に打ち上げられた花火の下で、僕と彼女は初めて手を繋いだ。
 指先から伝わる体温は温かく、柔らかい。勇気をだして僕から繋ごうと思ったのに、彼女の方から手が伸びてくるなんて。
 僕はといえば、緊張しすぎて彼女の顔すら見れなくて、空を見上げるばかりだった。
 このまま気持ちを伝えてみようか。こんなチャンス、二度とない。
 いつの間にか積もりに積もったこの想いを彼女に伝えたい。自分勝手だとわかっていても、閉じ込めておくには大きくなりすぎた。
 息を吸って、息を吐く。
 それだけのこと。簡単だ。
 まわりは煩いはずなのに、僕の心臓の方が煩いみたい。ドキドキ、してる。何度も繰り返される三文字がでてこない。
 ちらりと見た横顔はたしかに綺麗だった。彼女の頬を赤く染めてみたい。照れるという感情が、僕に向けられる瞬間が。
「………………すきだ」
 彼女が、僕を見る。閉じていた唇が開き、風で髪が靡くそれさえも。
 ――綺麗だ。


 ◆Aルート

 開かれた口元からは赤い何かが静かに零れだし、彼女の身体が崩れていく。繋がれていたはずの手は離れ、地面に転がる姿を見て僕は。
「…………………………っえ?」
 だっておかしいじゃないか。どうしてそんなところにいるの?
 綺麗な服や髪が汚れちゃう。
 僕は彼女に手を伸ばす。膝を曲げて、髪に触れる。あんなに触れるのを躊躇っていた僕が。
「どうしたの、ねえ」
 僕は彼女しか見ていなかった。だから気付かなかったのだ。まわりの煩い悲鳴の意味も、こちらに向けられる視線の意味も。

 モシモシ、ケイサツデスカ?
 オンナノヒトガタオレテイマス。セナカヲハモノデササレテタオレテイルンデス。ハヤクキテクダサイ。バショハ――

 ………………いま、なんと言ったのだろうか。
 ケイサツ? ハモノ? 何を物騒な。
 理解がまるで追いつかない僕は、瞬きするのも忘れて彼女の背中に視線を向けた。
 たしかに何か、刺さってる。この形状は見たことがある。これは、もう、抜けないのだろうか。抜いたらやばいものなのだろうか。
 ほんとは僕がようやく告げたこの想いに、彼女が頬を赤く染めるはずだったのに。
 こんなんじゃ届かない。鋭い痛みの所為できっと僕の声は。
「あ………………う………………」
 なんてか細い声。薄れゆく意識の中で、僕の名前を呼んでいるのかい?
 僕の膝に乗せられた手は弱々しく、すぐに地面についてしまう。
 彼女を抱き締めることすらできずにいると、ケイサツの格好をした男の人達が僕と彼女を取り囲む。
 いつ、誰に、何をされたのか。なにひとつ答えられなかった。
「そこの人が彼女の背中にハモノが刺さってるなんて言うんです」
 指を差して答えてやるのが精一杯。
 あんなに激しく打ち上げられていた花火はとっくに枯れ、人混みもだいぶ減っている。
 僕はどこかに身を隠している犯人に怒りを覚えるわけでもなく、悲しみの渦に飲み込まれるわけでもなく、そこにただいるだけ。
 僕が彼女に伝えた言葉は届いたのだろうか。いまとなっては確認する術もない。
 皮肉なことに、心の痛みはあとから予告もなしにくるようで、一度実感してしまうとなかなか這い上がれないものだ。
 そうか、彼女は死んだんだ。
 噛み締めたところで、初めて僕は胸を押さえた。
 視界が歪み、鼻が詰まる。いったい誰がこんなことを。
 ああ、嗚呼! 僕は犯人が憎い!
 そこまで実感するのに随分と時間が掛かってしまった。
 ようやく家に着いた僕は、押し入れの奥底に隠してあった長方形の箱をとる。中には何通もの手紙があり、そのすべてに彼女への感情が書き殴られていた。
 僕はボールペンを手に、今日のきもちを綴る。


「今日は彼女と花火を見に行った」
「花火よりも彼女の方に集中したかったけど、繋いだ手が温かくて、つい」
 衝動的に。
「でも、後悔はしてないよ」
 だってずっとこうしたかった。
「僕は彼女に愛を伝えたんだ」
 やっと、だね。
 一文字一文字声にすることで頬が染まる。あんな高揚感は初めてだ。
 僕の下半身はいつの間にか膨張していた。
 だってあんな、声にもならない声で…………………………♡
 思いだしただけでも息が弾む。
 僕は、僕は。
「はっ…………………………♡」
 彼女をとても、カワイイと思う。


 ◇

「………………すきだ」
 彼女が、僕を見る。閉じていた唇が開き、風で髪が靡くそれさえも。
 ――綺麗だ。


 開かれた口元からは赤い何かが静かに零れだし、彼女の身体が崩れていく。繋がれていたはずの手は離れ、地面に転がる姿を見て僕は。
「…………………………っえ?」
 そんな、背中にサクッと刺さっただけで大袈裟な。
 僕は彼女に手を伸ばす。膝を曲げて、髪に触れる。あんなに触れるのを躊躇っていた僕が。
「どうしたの、ねえ」
 刺されたところ、痛いの?


 ――

「ふう、ふう、…………ヒヒッ、あァーーーーーッ、カワイイ♡」
 手紙の中身はすべて、彼女への殺意だった。

 今日、彼女と目が合った。そんなに僕に殺されたいのかな。
 彼女が僕の名前を呼んだ。うっかり殺しちゃうところだった。
 昨日親と喧嘩したんだって。可哀想に。僕が殺してあげようか?
 彼女への殺意が止まらない。今度会ったら殺しちゃうかも。
 僕が彼女の上に跨って、首を絞めて、窒息するまでの間、僕は耐えきれずにパンツを汚してしまうかも。
 彼女はカワイイ。カワイイから殺したくなる。それが普通。それが異常なわけがない。
 だいじょうぶ、コワクないよ。僕がちゃんと見ててあげるからね。

「あんっ♡」
 ねえ、きみの所為だよ。きみの所為でパンツがぐちゃぐちゃだ。
 きみがあんなにもあっけなく息絶えるから。
 おかずがなくなった僕はまた新たなおかずを探しに行く。いい声で、いい表情で絶命してくれる女の子。
 次はどの子にしようかな。秘密のアルバムをとりだしてぱらぱらとページを捲っていく。この子は僕に関心がないからだめ。この子は笑い方が下品だからだめ。
 ああそうだ。今度は彼氏持ちの子にしよう。これはきっと長期戦になる。口説いて口説いて口説きまくって、ようやく僕に落ちた頃が食べ頃だ。想像しただけでほら。またここが膨張してる。
 僕は未来の彼女に電話を掛けた。電話が繋がった瞬間、僕は利き手をゆっくりと動かして。
「あ、ごめんね急に電話して。いま電話、大丈夫?」
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