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エンター5「思い出してスクロールロック」

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――次の日。
炎理は、授業が始まっても、そわそわして落ち着けなかった。

たまに振り返ったり、あくびをするふりして大きくのけぞったりして、桃菜の様子を伺っていた。
その度に、桃菜は視線を逸らして、怯える小動物のようにピクピク震えていた。

炎理は何度も話しかけようとするのだが、結局桃菜とは一度も話せないまま本日最後の授業を迎えることになってしまった。

最後はパソコン教室での授業。
炎理は、そこで桃菜のタイピングが見れるかもしれないと、ワクワクして授業なんか耳に入らなかった。


パソコン教室は、遮光の黒カーテンで仕切られていて、昼間なのに蛍光灯の光で照らされている。
クラスメイト達がカチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえる。
桃菜はどうしてるのだろうと、振り返ると、なんだかとても打ちにくそうにタイピングをしていた。

姿勢がぎこちなかった。
だんだんパソコンに近づいていって、それに気がついたのか急にパソコンから体を離したりしていた。
でも、またじょじょに近づいていって――また思い出したかのように離れる。
それの繰り返しだった。
炎理は見ていられず声に出してしまった。
「桃菜ちゃん、キーボードから逃げないで」


その言葉を聞いた瞬間、桃菜はレンジでチンしたエビのように顔を真っ赤に染めて、
「……っ!! わ、私のこと、なにもわかってないくせに……勝手なこと言わないでくださいっ!」

転校してからのストレスに続き、タイピングの事を言われた桃菜は、声を荒げて、両手をダランと下ろしタイピングすらやめてしまった。

教室はシンッと、静まり返った……。
桃が大声を出すところなんて想像できなかったからだ。


だが炎理は、そんなのお構いなし。
「わかる! あの優しい打ち方をする桃菜ちゃんが、タイピングをやめるはずなんてない」
「……ぅっ、も、もうやめてください……もぅ、私はやめたんだから……うぇぇ、ん、えーんっ、もう放っておいてください……えぇぇん! もうやだよー!」

桃菜の綺麗な瞳からは、ついに涙がぽろぽろと流れ始めた。
教室に桃菜の泣き声が響く。
授業中にそんなやりとりをしていると、当然注目されるが、先生もクラスメイトも、
「また石豪華か……」
と、各自勝手に納得して、授業はゆるやかに再開した。

「ひっく……ぐすん……ぅぅ、私だって……うぅぅ……もう、放っておいて……」

一度流れでた涙を止めることは難しい。

止め処なく流れる涙は、スカートから出した綺麗に折りたたまれた白のハンカチだけでは拭ききれない。
赤い目をしてる桃菜に、炎理は大声で言う。

「放っておかない! 私にはわかるっっ!!」
「デリートキーでも消せない思いが、桃菜ちゃんの中にはある!!」 

炎理の強い眼差しが、桃菜の思考をストップさせた。
そして、そのまま見詰め合ったまま、授業終了のチャイムが響いたのだった――。

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